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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 人族の親子
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21話 お別れ


 ゴブリンたちを、人族領を襲っているという理由だけで、全滅させてしまった……


 と、私はかなり悩んだのに――

「何なんだ、あいつらは!」

季節が変わって森を訪れて見れば、ゴブリンは「キーキー」と私を大歓迎してくれた。どうやらゴブリンは季節が変わるごとに大量発生するらしい。

 しかも、始めは煙玉で何とか追い出せていたのに、最近はどれだけ煙玉を放り込んでも巣穴から出てこなくなった。仕方なく、ゴブリン退治グッズ第二弾の『薬剤入り煙玉』を、2年も経たずに使うハメになってしまった訳だ。


 もう、あいつらは敵だな。かつての世界での炊事場の敵――コードネーム『G』と同じだ。見つけ次第抹殺する。



 そして悩みはもう一つある。

「魔王様! 見て、見て! ラウリィが作ってくれたの! 似合うかな?」

「あぁ、マーシェよく似合っているよ」

マーシェが、ラウリィが着ているのとよく似たデザインの小さなメイド服に身を包んでいる。スカートを指で軽くつまんで、私の前で楽しそうにくるくる回っていた。


 パメラとマーシェが魔王城に来てから4年が経った。最近では、難攻不落だと思われていたラウリィまでもが、攻略されてしまっている。マーシェを見る目つきがやけに優しい。

 まぁ、そのこと自体は問題はないのだが、問題は……


「マーシェ、12歳の誕生日おめでとう。私からもプレゼントだ」

そう言って、マーシェに箱に入った髪留めを渡す。3ヶ月前から、ドワーフの親方のところで準備していたものだ。今回も無口なお弟子さんが頑張ってくれて、マーシェの髪によく似合いそうな繊細な銀のチョウチョウがあしらわれている。

「わー、かわいい! 魔王様、ありがとう!」

喜んでいるマーシェの髪に付けてあげる。うん、かわいい。


 マーシェはパメラに見せるためか、走って部屋を出て行った。羽に埋まっている色とりどりの石はもちろん宝石だ。何かあった場合に、売ったらそれなりの値段にはなるだろう。パメラは驚いて、私に返そうとするかもしれない。もちろんその場合はいつも通りに断固とした態度で断るのだが、それはそれで楽しみだ。

 今日のおやつにはパメラが作ってくれるケーキが出てくるだろう。しかもいつもより豪華なものだ! 今日も仕事頑張ろう。



 あぁ……私は、マーシェの誕生日を存分に楽しんでいる場合ではない。話すのであれば、今日だ。どうしよう……


 人族にとっては、『12歳』というのは親元を離れて、自分の将来の職業の訓練を始める大切な年らしい。つまり、マーシェが人族として当たり前の人生を送るのであれば、今年から何か将来に繋がる仕事に出なければならない。

 マーシェはもう魔族領にすっかり馴染んでいる。魔族語もペラペラだ。意思疎通にはまったく問題はない。


 魔族領で生活をするのには問題はない。だからこそ、ここ数カ月、私はずっと悩んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 おやつのケーキは今まで食べた中で一番美味しかった。昨日私が取りに行かされた大量のフルーツはこのためのものか。


 そして、夕食にはパメラお手製スープと、ラウリィが鳥の丸焼きを作ってくれた。いつもは部屋で一人で食べることの多いクルーゼルまでもが、今日はちゃんと席に着いていた。

「ラウリィは何もしていないのに、鳥が落ちてきたんだよ。すごいよね!」

マーシェが狩りに付いていったときの様子を、身振り手振りで話してくれる。イスカがなめらかなナイフ捌きで、その鳥を切り分けてくれた。イスカ自身は、自分で先に取り分けておいた腕の部分にそのままかぶりついている。

 パメラが皆の話を聞きながら笑っている。パメラは最近、簡単な言葉であれば魔族語がわかるようになってきた。私も人族語がだいぶ上手になった。パメラと以前よりもスムーズに会話できるようになったと思う。


 皆が笑ってくれている。私は幸せだった。

 今日という日を、皆の笑顔を十分に楽しんでから――私は決心した。いや、答えなど、とっくの昔に決まっていたのかもしれない。

「このあと、話があるんだ。悪いが部屋に帰らず、ここに残っていてくれ」

皆に声を掛ける。ラウリィがこちらを見て頷き、てきぱきと後片付けを始めた。イスカとアーガルは珍しく神妙な面持ちで椅子に座っていた。



 パメラが手を拭きながら席に着いた。皆の顔を一度見回す。

「マーシェ、12歳の誕生日おめでとう。うん、話って言うのは皆も予感しているように、マーシェとパメラのことだ。私は……二人を人族領に帰そうと思う」

「魔王様!」

アーガルが立ち上がった。マーシェが驚いた顔をしているが座っているのに、アーガルってやつは……その様子に苦笑する。パメラは話の内容がわからず、アーガルの突然の様子に驚いている。

「“パメラ。パメラとマーシェを人族領に帰す。これまで本当に、ありがとう”」

人族語で『ありがとう』を言うときに、思わず涙が出そうになってあわててこらえる。


「魔王様。どうしてですか?」

「魔王様。わたし、ここにいちゃだめなの?」

アーガルとマーシェの問いかけに、今日まで私自身が悩んでいたことを説明する。

「マーシェ、人族では12歳から独り立ちの準備を始めるそうだね。人族として生きるのであれば、マーシェもそろそろ準備を始めなければならない」

「魔王様。マーシェもパメラも、ずっとここで暮らせばいいじゃないですか!」

「うん、もちろん2人をここから追い出したいから、こんなことを言い始めたわけじゃない。でもアーガル、マーシェは『人族』なんだ。どれだけ魔族語が上手くても、それだけは変わらない。

 ここには――魔族領には人族がいない。人族領で暮らせば、マーシェも大きくなって、大切な人に出会って、いつか子どもが生まれるだろう。ここでは、それがないんだ……

 マーシェが、大人になって、自分の判断でここで暮らしたいと決意したのなら大歓迎しよう。でも、今は……人族領に一度戻るべきだと、私は思う」

「いやだ。やだぁ……」

マーシェが泣き始めた。マーシェが泣きじゃくりながら、私に何を言われたかをパメラに説明している。

 一通りパメラのへの説明が終わって、マーシェが真っ赤な目でまっすぐこちらを見た。

「“魔王様、どうしてそんなことを言うの?”」

「“マーシェが、大人になったらわかるよ”」

私のそんな子供だましの言葉に、「“大人は、いつもそう言うから、嫌!”」とマーシェに反論された。


「大人に騙されないようにするために、子どもは大人になるんだ」

パメラに抱きついて、わんわん泣き始めたマーシェに、聞こえていないと思うけれど、そう伝えた。

 優しくマーシェの髪を撫でながら、こちらを見るパメラに私からも訥々と人族語で説明する。パメラはマーシェと私の顔を交互に見ながら、寂しそうに頷いた。


「魔王様、人族語の勉強はもう終わったのですか?」

イスカが心配する様子で、私に確認する。

「いや、もちろんまだだ。けれど、片言では話せるようになった。今度別の人を雇うときは、前よりは楽になるだろう」

パメラのような協力的な人族がそう簡単に見つかるとは思えなかったが――私はそう言っておいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 パメラとマーシェの出立は2週間後に決まった。マーシェはそれから、あまり私と口を利いてくれなくなった。

 2週間で、2人を世話になった犬人族のところに挨拶に連れて行ったり、パメラと今後の相談をしたりした。宝石は換金が大変だそうで、城でかき集めた人族の貨幣を丸ごとパメラに渡す。パメラは「“魔王様は、これがどれだけの大金か分かっていない”」と怒っていたけれど、私は使わないからいいじゃないか。



 出発の前日、マーシェに突然服を引っ張られた。

「魔王様。わたし、あそこに行ってみたい」

マーシェが指す方向にあるのは、魔王城の頂上だ。周囲を見て、パメラがいないことを確認して、何も言わずに、マーシェの片手をしっかりつかんで転移した。

「わー!」

今日もきれいな夕日だ。景色に見とれて、落ちやしないかと危なっかしいマーシェの手を、しっかり握りしめる。

「マーシェ」

「何?」

「魔族領の話は、人族領ではしてはいけないよ」

マーシェはどうして今そういうことを言うのと、言いたげな顔で私を睨んだ。

「マーシェ。大事な話なんだ」

「わかってる! そんなことわかってる!」

マーシェが自分に言い聞かせるように怒鳴った。

 「ごめん」と言いながら、うつむいたマーシェの頭をそっと撫でた。二人で並んで、静かに景色を眺めた。

 


 日が沈んで、ぽつぽつ星が出てきた。そろそろ戻らないと、マーシェをこんな危ないところに連れてきたことが、パメラにばれてしまう。マーシェを見下ろすと、マーシェはじっと地平線を見ていた。

「マーシェ。この景色は本物だし、私たちはいつでもここにいる。世界は広いんだ。君がこれから何を見て、何を思うか――いつか教えてくれる日を楽しみにしているよ」

そう自分の気持ちを伝えてから、マーシェと目線を合わせるためにしゃがんだ。

「君の人生に、実り多からんことを」

私が旅立ったあの日、女神様はこんな気持ちだったのだろうか。優しくマーシェの頭を抱きしめた。しばらくそのままの状態でいると、胸元からとつとつとマーシェの声が聞こえた。

「豊穣の女神アイロネーゼ様の言葉だね。魔王様、知ってたんだ……」

あの関西弁の女神様は、そういう名前だったのか。

「私は会ったことがあるからな」

「本当に!?」

「本当だとも。綺麗な人だったよ」

イメージを壊さないように、すべては語らずに――自分も一緒に思い出すように笑って、あの日会った神々のことを説明した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「“荷物はそれで全部? 忘れ物はない?”」

「“うん。大丈夫”」

パメラとマーシェが小さな包みを抱えている。その反対側で、城のみんなが見送りのために並んでいた。

「パメラ、マーシェ。怪我のないように気を付けてください」

「また、いつでも魔族領に遊びに来てね」

ラウリィとイスカが見送りの言葉を贈ったあと、イスカがパメラのことをぎゅっと抱きしめていた。パメラは硬直しているが、ずいぶん仲良くなったものだ。

「マーシェ。これ」

クルーゼルが静かにマーシェに近づいて、畳んだ紙を渡している。マーシェは紙を開いて、中を一目見て目を丸くしたあと、

「クルーゼルお兄ちゃん。ありがとう!」

クルーゼルの顔を見上げて、満面の笑みでクルーゼルに礼を言った。マーシェがその紙を、自分の背負っていたリュックに丁寧にしまうのを横目で見ながら、クルーゼルに近づいて小声で確認する。

「クルーゼル。何をあげたの?」

「魔王様には内緒です」

クルーゼルに静かに拒絶された。


 アーガルは、酒臭くはないが、顔が真っ赤だ。マーシェのこと孫のようにかわいがっていたから、今回の件で私はずいぶん恨まれていることだろう。

 アーガルは真っ赤な顔で口を固く閉じて固まったまま、マーシェを黙って見つめていた。マーシェがそんなアーガルを、真っ正面に立って心配そうに見上げている。マーシェがふとこちらを見た。

「魔王様。最後にあの花畑に行きたい。今だよね?」

花畑? 魔王城に来てすぐに連れてきてあげた、あの白い花が咲くところだろうか。

「あぁ良いよ。行こうか」

そう言ってマーシェの手を掴もうとしたときに、マーシェに「アーガルも!」と叫ばれた。何も言わずにアーガルの手も掴んで、あの花畑に転移する。


 マーシェは何も言わずに、アーガルと横に並んで景色を見ている。私は一度城に戻って、パメラも花畑に連れてきた。


 3人が静かに花を見る様子を、私は、大きな石に座って見守っていた。



「魔王様。ありがとう」

「もういいの?」

「うん」

マーシェが、私とアーガルの顔を順番に見てから、周囲の花を見回した。

「魔王様も、アーガルも、この場所も……4年前から何も変わっていないね」


 魔王になってから7年間、私は時が止まったかのように成長していなかった。始めは気のせいだと思っていたけれど、魔王が老衰で死ぬのは困るというこの世界の、きっと魔王補正だろう。


「マーシェは……大きくなった」

アーガルが静かにそう言ったあと、泣き始めた。マーシェもそれを見て、つられたかのように泣き始める。

「また、遊びに来るから……また、一緒に行こう……?」

マーシェが、アーガルの腕を抱いて慰めている。パメラも目元を拭っていた。


「“じゃあ、お母さん。行こう”」

マーシェの言葉に、泣いているパメラとマーシェの手を掴む。そういう私も、この世界に来て、初めて涙をこぼしていた。


 パメラとマーシェを連れて、私は人族領に転移した。




「パメラ、マーシェ。今まで本当にありがとう。元気でね!」

悲しい別れの挨拶はもう散々やった。「また、会いに来るよ」と元気よく手を振って見送る。

 マーシェはもう泣き止んだのか、元気よく手を振り返してくれる。一方でパメラは何か深く考え事をしている様子だ。

「“パメラ、どうしたの?”」

その言葉にパメラはハッと顔を上げる。私から一度目線を逸らして、もう一度下を向いたあと

「“魔王様。一週間後……いえ、5日後にまたここに来て頂けますか?”」

そんなパメラの言葉に、新しい住所でも教えてくれるのだろうかと頷く。

「“わかった。5日後の、日没後にここに来るよ”」

そう言ってから、最後にもう一度手を振って、一人、魔王城に帰った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「パメラに5日後に来いと言われたけれど、何の用件だろうか」

頭の片隅にちらりと、人族の軍勢が待ち構えていることも考えたけれど、それはないだろう。いや、もしそうだったら、そのときは私自身の責任だ。それでいい。


 一人で、のんびりと人族領の森を見上げながら待っていたら、パメラがやってきた。マーシェはおらず、手に何か小包を抱えている。

「“やぁ、パメラ”」

「“魔王様!”」

パメラは私を見て、ほっとした顔をしていた。

 そのまま、パメラは私の前で、考え事をしながら硬直している。

「“どうしたの?”」

軽くそう聞くと、パメラは一度こちらを見て、再び顔を降ろし、決心がついたかのような様子でキッと私の目を見た。

 そのまま、パメラが森の中、泥が付くのもお構いなしに膝を突いた。

「パ、パメラ?」

パメラの突然の行動に驚き、誰にも見られていないかと、キョロキョロと周囲を見回す。


「“私、パメラは―――リュシュリート様に――――。私は―――魔王様に―――――”」


膝を突いて、何かを読み上げる言うパメラの言葉に、聞き取れない単語がいくつか含まれていて、何を言っているのかわからない。

 けれども、そのあと一呼吸置いてから続いた言葉はやけに鮮明に聞こえた。


「魔王様。私のこれから先の命、好きにお使いください」


 はっきりと聞こえたその言葉に一人で動揺していると、パメラがすっきりした顔つきで、膝を突いたまま私を見上げた。

「パメラ、ええっと、とりあえず立って。あの……マーシェはどうしたの?」

「マーシェの入学手続きはギルドに依頼を出しました。マーシェは強い子です。大丈夫でしょう」

パメラは穏やかに微笑んだ。人族語で会話しているはずなのに、そんなこと気にならないくらいスムーズだ。


 訳が分からなくなって、目の前のパメラのステータスをずいぶん久しぶりに覗くと――

 パメラのジョブ欄が『魔王の臣下』に変わっていた。



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