20話 魔王、ゴブリンを殲滅する
「さぁ、皆のものゴブリン退治を始めようか」
夕方からかけずり回って、魔族領側の人員配置は完了した。悪魔族と鬼人族と竜人族、そして数人の猫人族が蟻一匹通さない布陣で、いつでもかかってこいやというように武器を振り回して準備体操をしている。
私の両肩には今、青と緑の光の球――精霊族のルング,ヤッグが乗っている。2人が私から吸収するMPは、1時間あたり200くらいだ。私に常にくっついていれば、森を離れて活動することに支障はないだろう。それになぜか精霊たちは、私が手で触れなくても、肩に乗っていれば一緒に転移することが出でた。精霊は、私のアクセサリー扱いなのだろうか? よくわからない。
頭上を見上げる。
この世界には月が3つある。それぞれが、今日も別々の色で輝いていた。
真夜中になったので、城に居る魔人族を迎えに行って、人族側に配置する。すべての人員配置が完了したので、私は夜目が利いて逃げ足の速い猫人族のメルメルを連れて、ゴブリンの巣穴へと向かった。精霊族を連れているからか、それとも森の物々しい様子からか、ゴブリンは見渡す限りに一匹たりとも姿を見せなかった。
「ルング、これに火を付けてくれる?」
精霊族のルングとヤッグは、精霊族の族長と違って意思伝達スキルがないので、何を考えているのかは分からないけれど、私の言葉は通じているようだ。手に持った煙玉の導火線の先にぽっと火がついた。
「ありがとう。じゃあ、メルメル頼む」
「了解、です!」
メルメルがそう言いながらゴブリンの巣穴に、奥まで入り込むように角度を付けて煙玉を投げこんだ。煙があふれてくる前に、別の巣穴の入り口に転移して、残りの煙玉も同じように火をつけて放り込む。
少し離れたところで、ゴブリンの巣穴から煙りがもくもくと上がってくるのを確認する。巣穴の出入り口の位置から、これでほとんどのゴブリンは魔族領側に逃げるはずだ。
「これでよし。じゃあ私は行ってくるよ。メルメル、送ってあげられないけれど、気をつけてね」
「はい。魔王様も気をつけてくださいね」
私はルングとヤッグを連れて、人族領側にいるラウリィたち魔人族のもとまで転移した。
私の姿を見たとたん、魔人族がそれぞれ詠唱を開始した。巻き込まれないように彼らの後ろに転移する。
「ルング、ヤッグ。君たちは討ち漏らしを頼むよ」
2人は私の肩からふわふわ離れて、木の高いところまで移動した。そのまま木の枝に留まって森を見下ろすように待機している。
魔人族の詠唱が完了したようだ。森が再び静かになった。森の反対側から、ときどきかすかに争いの音が届くが、こちらにはまだゴブリンは現れていない。
「魔王様。来ました」
ラウリィの声とともに、目の前に大きな、緑の薄透明の障壁が現れた。飛んできた石か何かがその障壁にぶつかった直後、エネルギーを失ったようにコロンと、石が真下に落ちた。その後ろから土煙と雄叫びを上げて、さっきこちらに飛んで来た石を追いかけるかのように大勢のゴブリンが現れた。
数の圧力に、転移したい気持ちを抑えて、唾を飲み込んだ。ラウリィはいつもの無表情でゴブリンたちを見据えている。
武器を振り上げるゴブリンの歪んだ顔のしわまで見える。そんな距離までゴブリンに近づかれてやっと、ラウリィは右手をすっと突き出すように前に出した。
その瞬間――
ゴブリンたちはこちらに駆け寄る体勢のまま、時が止まったかのように固まった。そして、前に進むエネルギーは保ったまま、前のめりにこちらにぶっ飛んでくる。何体かのゴブリンは木に激突し、残りは再びラウリィの額前に現れた緑の障壁にはじかれた。
一気に凍らされたからであろう、倒れたゴブリンたちからは、ゆらゆらと湯気のようなものが出ているのが見えた。
呆然と、その光景をただ眺めているときに、ぷーんと、何か有機物の焼けるような匂いがこちらに漂ってきた。臭いの方に視線を移すと、ラウリィのお兄さん――ラッツェさんを囲むように、バタバタと20体ほどのゴブリンが頭から地面に突っ込むような体勢で、頭から煙を出して倒れていた。周囲に燃えた形跡はない。雷系の魔法で一気に仕留められたのだろう。
木の上で待機していた、ルングとヤッグがふわふわと降りてきて、私の肩に留まる。なぜか二人はタイミングをずらして交互に点滅していた。思わず2人のMPを確認するが、さっきとあまり変わっていなかった。なぜ点滅しているのかはわからないけれど、緊急事態ではなさそうだ。
周囲を見回せば、ついさっきまで、森を覆い尽くすような数のゴブリンがこちらに向かっていたのに、その中で立っているものはもう一匹もいない。4人の魔人族の周りで、輪のようにばたばたと無数のゴブリンたちが倒れていた。
初めて見るあまりの光景に、何か自分が『とてつもなくひどいこと』をした気分になった。
そうかもしれない。ゴブリンにとってはきっとそうだろう。
だから何だ。ゴブリンにとって私は『悪』そのもの。それでいい。
「魔王様、完了しました。周囲に生き物の気配はありません」
ラウリィが私を静かに見つめている。
「魔人族の皆さん。ありがとうございます」
手伝ってくれた4人に礼を言ったあと、4人を魔王城に送り届けた。
同じように魔族領側で手伝ってくれた魔族たち礼を言って、各々を村まで送り返す。
「ルング、ヤッグも今日はありがとう」
肩に乗せたまま、半分忘れかけていた精霊族の二人を、最後に北の森まで送り届けた。ふわふわと何人かの精霊族がこちらに近づいてきたけれど、ルングとヤッグは私の肩から降りようとしない。
「ルング、ヤッグ、いいんだ。終わったよ」
そう再び声をかけるが、二人は私の肩の上に留まったまま、交互に点滅するだけだ。精霊族の族長さんも今日はなぜかいないので、二人が何を考えているのかわからない。
「……わかった。実は、私にはまだ作業が残っているんだ。ルングとヤッグは、その間見張りをしていてくれると助かるよ」
ルングとヤッグを肩に乗せて、国境沿いの森に――今はもう、音のしない森に戻ってきた。
私の目の前には、大量のゴブリンの死体がある。
ルングとヤッグに周囲の警戒は任せて、私は、森に散らばるゴブリンの死体を、鬼人族が掘ってくれた大穴に、転移で一晩中黙々と運び続けた。




