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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 人族の親子
19/98

18話 魔王、皆に心配をさせる


 さあ、ゴブリン退治をしよう。


 今日はゴブリン退治の協力者を募りに、悪魔族の村まで来た。

 悪魔族の居住区である『魔樹 コノーキナンノキ』――いつの間にかステータスの名前欄が変わっていた。私は関係がないと信じたい――の周囲には大平原が広がっている。国境沿いの魔族の転居先として良い地域ではあったものの、悪魔族の近所に住みたいという勇気のある種族はなかなか現れなかったので、長らく空き地だった。

 そんな中、好奇心旺盛な猫人族が、栄えある第一号としてこの大平原に引っ越しすることが決まり、つい先日にその引っ越しが完了した。

 悪魔族とは上手くやっているのだろうかと、今日はその様子見も兼ねて来たのだが……


 なんだこれは。


 大平原で悪魔族が猫人族と野球っぽい(・・)遊びをしている。

 以前、悪魔族に面白い遊びはないかと聞かれて、野球を教えたことがある。細かいルールを教えても悪魔族が守るとは思えないので、ルールはあくまで概略だけだ。


 外野手であろう悪魔族が、空を飛んでいる。上空に転移して数えると、20人近くの悪魔族が大平原に散らばっていた。そしてバッターボックスに向かっているのは猫人族だ。


 ピッチャーはおらず、バッターボックスに向かう猫人族が球を持っている。その猫人族がバッターボックスに立って、大きく息を吐いた。バットとは逆の手に持った球を手元で投げ、両手で握り直したバットをそのまま振り抜く。カキンよりはやや重量感のある音と共に、悪魔族の間を斬るように球が飛ぶ。球は大平原を最大限活用するように、点になる距離までまっすぐ飛んでいった。

「おー、さすが、メルメルです」

ギャラリーの猫人族たちが、バッターを褒め称えている。メルメルと呼ばれた猫人族は、口元に笑みを浮かべて、くりくりした瞳で球の行方を見守っていた。


 上空に再転移して球を拾いに行った悪魔族の様子を見ると、球をちょうど拾い上げた悪魔族が、中継点で待機している悪魔族に向かってすさまじい速度で球を投げているところだった。球を見事にキャッチした悪魔族が空中を大きくノックバックする。そのまま、肉食獣を思わせる笑みで、今度はバッターの方を振り返り、そのまま上空からバッターに向かって豪速球を投げた。

 

 息を止めてバッターを見守る。バッターは、その球を打ち返さずに――直前でひょいと避けた。

 「ドカン」という大きな音と共に、球が地面に突き刺さり、土煙が上がる。


「あはは、すごーい」

ギャラリーの笑い声が聞こえる。バッターが一仕事を終えた笑みでバットを置き、ギャラリーに方に歩いて行った。


「………」

私の知っている野球とは違う。こんな危険な遊びではない。断じてない。


 呆然と地面に降り立つと、猫人族に見つかった。

「魔王様。こんにちは!」

「あぁ、こんにちは……」

さっきまで野球を観戦していたギャラリーたちが次々と私に向かって挨拶をしてくる。それに答えながら、猫人族たちに注意をした。

「あのさ、遊ぶのはいいけど、怪我しないようにね」

「それは注意しています!」


 猫人族は国境沿いの種族の中では、魔獣を狩って生きてきたので、かなり強い方だ。ただ、物理攻撃に特化しており、防御力の方は『紙』なのが心配だ。

 悪魔族が投げる球を、避けているのならば、大丈夫だろうか……? あとで悪魔族にも注意しておこう。


 しばらく、猫人族の安全について考え込んでいたので、警戒を怠ってしまっていた。

「魔王様!」

いつの間にか目の前まで近づいていた、ユメニアに真っ正面から抱きつかれ、そのままスピードを落とさずに、上空まで連れて行かれる。

「あぁ、ユメニア元気そうだね。とりあえず、降ろして」

急な後ろ向きの加速に少し酔ってしまい、私はユメニアの背中をギブアップするように叩いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 いつもは魔樹コノーキナンノキの中で集会をするが、移動も大変なので、そのままこの大平原に集まってもらうことにした。

 悪魔族と、今回は猫人族が並んで、落ち着きがなさそうに座っている。それを見回してから、私は話を始める。


「国境警備を始めてから、5年が経った。協力してくれている皆のおかげで、3分の1程度の村の移動が完了した。あと、3年もすれば、残りの村の移動も完了するだろう。

 この件に関しては無事終われそうだ。協力してくれて本当にありがとう」


 一度礼をする。


「ただ、最近人族から、本当かはわからないが、看過できない話を聞いた。

 どうやら、人族にとっては『ゴブリンは魔族の仲間だ』という認識らしい。人族がゴブリンから受ける被害を、魔族の所為だと思っているようだ。

 そこでだ。私はゴブリン退治をしようと思う。誰かゴブリン退治に協力してくれないか」


 元気よく悪魔族の一人が手を挙げた。

「魔王様。どうしてゴブリンが魔族の仲間だと思われているの?」

「いや、悪いが私もその理由はよくわからない。よくわからないのだが、人族にとっては当たり前の感覚の話らしい」

ざわざわと隣の人と会話する音が聞こえる。やはり魔族にとっては、協力する根本の理由が理解できない話か……

 そのまま、ぽつんと突っ立って、ざわめきが収まるのを待っていると、ユメニアがすっと手を挙げた。周囲を見回すが、他に手を挙げている人はいない。

「ユメニア、どうぞ」

「魔王様。よく理由はわからないけど、手伝えばいいのね? 今度は、何をすればいいの?」

「ユメニア、これは遊びじゃないんだ」

ユメニアの問いかけが少し嬉しかったけれど、ぶっきらぼうにそう返すと、村長代理のミルグレが口を開いた。

「魔王様。私たちにとっては遊びよ。楽しい隣人も用意してくれたし、今回も協力するわ。報酬はもちろん『面白いもの』ね」

ミルグレは私の間違いを正すかのように、艶やかな笑みでそう言った。「魔王様がやるって言うなら、私も手伝うわ」と他の悪魔族からも次々に手が上がる。

「わかった。協力してくれて感謝する。いや――ありがとう」

私は平然を装って、下を向いてそう言った。




「魔王様。あのー」

集会を解散したあと、さっきバッターをしていた猫人族のメルメルがおずおずした様子で私に声を掛けてきた。

「どうしたの?」

「私たち猫人族は瞬発力に自信があります! あと鼻も少し良いです。あのー、私も手伝いたいんですけど、いいですか?」

メルメルは自信がなさそうにこちらを伺っている。

「いいよ。じゃあ、猫人族の村にも迎えに来るよ。メルメル、ありがとう」

「魔王様には引っ越しの時に世話になりましたから」

その言葉の嬉しさと、耳を伏せて照れる仕草のかわいらしさに――

「魚って好き?」

私は思わず真顔で聞いてしまった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今日はゴブリンの巣穴だと噂されている、人族との国境沿いの森に下見に来た。

 国境沿いのため、人族が現れる可能性が高い。できる限り目撃される可能性を減らすために、現在の時刻は真夜中だ。


 けれども……

「いないね」

本当にいるのだろうかと言いたくなるくらい、森には何もいない。そんなに広い森ではないので、森を横断するように歩いてみたが、ゴブリンとは遭遇しなかった。

「おかしいなー」

ゴブリンは夜、出歩かないのだろうか? と、頭をひねって考えているときに

「魔王様、ゴブリンは臆病だと聞きます。魔王様に恐れをなして、現れないのでは?」

私の真横で、イスカが真面目に発言した。そんなイスカを見て、「あぁ、それでか……」と一人納得する。

 イスカを帰して、私一人で来れば、ゴブリンはきっと大歓迎してくれるだろう。


 もう少し弱い種族にお供をしてもらうことも考えたけれど、今は夜中だ。迷惑だろうし、噂ではゴブリンは人族でも何とかなるくらい弱いそうだから、私一人でも大丈夫だろう。そう考えて、イスカにおやすみを言ったあと、一人で森に戻ってきた。



「ギィー! ウギーィ!」

お前たちさっきの静けさはどうした。

 少しどきどきしながら転移したのに、どきどきを味わう余韻もなく、直ちにゴブリンが私の眼前に現れた。

 弱いとは聞いているけれど、私も弱いので、念のため木の上に転移する。木の上から、こちらに向かってわらわらと集まってくるゴブリンのステータスを覗いた。


 ゴブリンのステータスは個体によってばらつきが大きいけれど、平均ステータス値は30から50くらいだ。魔法攻撃だけ突出して120もある個体がいたが、魔法スキルはひとつもないという、何ともちぐはぐな構成の個体が多い。

 冒険者であれば余裕、一般人でも武器を使えば倒せる程度か。


「なんかどんどん集まってくるな……」

雄叫びを上げて、短い武器を振り回すだけなので、木の上にいるこちらには届かないが、『魔王様、大人気!』とか考えている場合ではない。


 よし、ゴブリンたちのステータスもだいぶ見れた。最後に、ここだけじゃなくて、森のもう少し向こう側も見てから帰ろう。

 眠いし、早く帰ろうと、木の上からちょうど降りるのに良い空き地を探して、転移した瞬間――


 左から飛んできた『何か』がこめかみに直撃して、私は昏倒した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 地面が大きく揺れている。吐きそうだ。頭もずきずきと痛む。


 「ウギィー! ギィー」と真下から声が聞こえる。どうやらゴブリンに抱えられて、どこかに運ばれているところのようだ。何かが体に巻き付けられていて、身動きがとれない。


 でも……

 良かった――生きてた。


 身動きが取れなくても、転移には問題はない。魔王城に帰ろう。



 魔王城の自室に転移した瞬間、顔面から地面に叩きつけられた。

「うぐぅ……」

自分が簀巻き状態で動けないのを忘れて、いつもの高さに転移してしまい、床にたたきつけられた。痛い――でもこの頬の感触は、自室のカーペットだ。自室の床に、簀巻きにされて寝転がっている状態だったけれど、そのことにすごくほっとした。


 だめだ、休んでいる場合じゃない。これを何とかしよう。

 あまりきつく縛られていなかったようで、懐に入れていたナイフも使って、何とか一人で脱出できた。

「疲れた……」

どさっとベッドに倒れ込む。

 左のこめかみ辺りがじんじん痛む。寝る前に、怪我の手当と、着替えをしなければ――



 体がそっと揺すられている。

 無視して寝ていると、今度は体を叩くように大きく揺すられた。

「何ー…?」

うつ伏せで寝ていたので両手を突いて起き上がると、ぼさぼさの髪の間から、真っ白なシーツを汚す、どす黒いシミが見えた。


 あー、昨日そのまま寝ちゃったのか……


 頭はもう痛くはなかったけれど、こめかみあたりに触れると、髪が血か泥でパキパキに固まっているのがわかった。横を振り返ると、パメラが心配そうにこちらを覗いている。

「あー、大丈夫。えーっと、“心配、なし”」

「“怪我をしている。魔王様、そこで待つ――。ラウリィさん――――”」

パメラが焦った様子で急いで部屋を出て行こうとするので、ベッドから慌てて降りて、パメラの手を掴んで止めた。

「“ラウリィに、言わない”。うーん、えー“パメラと私……秘密?”」

「“……わかった。誰にも言わない”」

「“ありがとう”」

パメラの手を離した。パメラが部屋を出て行くのを確認してから、ずるずると地面に座りこみ、ベッドにもたれかかった。


 はぁ……ゴブリンにやられて怪我とか、何をやってるんだろう私。

 こんな姿、みんなには見せられない。


 そのままの体勢で目をつぶり、また寝そうになったときに、部屋の扉が開いた。パメラが両手に桶とタオルと、やかんのようなものを抱えている。

 パメラが、やかんから桶に水を注いで、タオルをそこに浸した。濡れたタオルを軽く絞り、しゃがんで私の髪をかき分けて、頭の傷口辺りをそっと拭いてくれる。わざわざ水を温めてくれたのだろうか、タオルはほんのり温かった。

 髪まで拭いてもらうと、土も付いていたのか水が汚れてしまった。

「“ごめんなさい”」

「“魔王様。頭、痛い?”」

「“痛くない”」

そう答えると、パメラに悲しそうな顔をされた。


 もう血は出ていないし、髪で隠れているから、分からないだろう。

「“ありがとう”」

立ち上がり、パメラに笑ってそう言うと、パメラは口だけ静かに微笑んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ラウリィおはよう!」

いつものようにラウリィに挨拶すると、ラウリィは私のことをじっと見た。

「魔王様、おはようございます。今日はいつもより遅いですね」

「うん。昨日書きものをしていて、寝るのが遅かったんだ。悪いけれど、朝食の用意を頼むよ」

「はい。ではその通りに」

さすがに今回は朝からばたばたしていたので、ラウリィにばれているかもしれない。ラウリィからそんな視線を感じて冷や汗が流れた。


 朝はそう思ったけれど、そのあとのラウリィはいつも通りだった。

 思い過ごしだったかもしれないと、気分が明るくなってきたときに、ラウリィが執務室にやって来た。

「魔王様。今、お時間はよろしいでしょうか」

「いいよ」

何でもない風を装って答える。ラウリィが綺麗な歩き方で、まっすぐこちらにやってきた。

「魔王様、お願いがあります。お手数ですが、今度犬人族の村に行ったとき、マーシェの友人にこの薬を渡して頂けないでしょうか。マーシェが友人と遊んでいるときによく怪我をして帰ってくるので、できればお友達にも渡しておきたいのです」

ラウリィがいつになく雄弁にそう言ったあと、執務机の上に丁寧に瓶を置いた。

「わ、わかった」

引きつった表情で、瓶を受け取る。

「ありがとうございます。ご用件はそれだけです。失礼いたしました」

ラウリィが行きと同じように丁寧に歩いて執務室を出て行き、ドアが静かに閉じられた。



 ばれている。完全にばれている。

 ラウリィから受け取った瓶を握りしめたまま、しばらくの間、固まっていた。

 

 ゴブリンごときで、怪我をしたのがラウリィにばれてしまった。


 けれどもそれから数日経っても、ラウリィとイスカとアーガルの、私に対する態度はこれまでと何ら変わらなかった。

 完全に、皆にばれたと思っていたけれど、ラウリィが黙っていてくれたのだろうか。それとも怪我をした原因が、ゴブリンということまでは結びつかなかったのだろうか。聞くわけにはいかないので、結局理由は分からなかった。



 ラウリィから遠回しに受け取った緑色の薬は、勇気を出して塗ってみるとかなりしみる――怪我に良く効く塗り薬だった。


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