17話 魔王、真相を知る
私も人族の言葉が大分わかるようになったし、そろそろ、パメラに聞いても良いかもしれない。これから話す内容について考えながら、食器を洗ってくれているパメラが戻ってくるのを待つ。
キッチンから出てきたパメラは食堂に残っていた私を見て、少し不思議そうな顔をした。
「“パメラ、話がある”」
パメラが、不安そうな表情で頷いた。
「マーシェ、一緒に来てくれ。君にも、いや人族に、関係がある話だ」
二人を連れて、会議室まで転移した。
会議室は、扉が重いため二人はあまり来たことがない。突然連れてこられた場所でキョロキョロしている二人の前に、棚から取り出した地図を広げる。
「“これを、見て”」
この地図は、私が魔王になってから作り続けていたものだ。
大きな紙に、魔族領だけではなく、人族領も詳細に描いている。パメラは驚いた様子で、私が開いた地図を熱心にのぞき込む。『地図』というものの存在は知っていそうだ。
「“パメラ、いた、ここ”」
人族領国境沿いのやや北側を指さす。
「“ここが、山。大きな山”」
つぎに中央山脈を指さす。そしてそのまま、
「“魔族、いる。このあたり”」
地図の右半分を占める、魔族領の上をぐるりと一周するように指を動かした。同じように人族領についても教える。
「“わたしたち、今いる。ここ”」
そう言いながら、私にとっては家である、魔王城の場所を指さす。パメラの目を見て「“わかる?”」と聞くと、パメラは頷いた。魔族領にいるのは、さすがに理解してくれているのか。
「私は魔王。“魔族の……、一番、上?”」
『王様』と単語がわからないので、変な説明になってしまった。パメラの今のこの表情は――意味が分からないけれど、どうしようだ。
「マーシェ、『王様』って言葉はわからないよね? 『偉い』って人族語ではなんていう?」
「王様? 『――』に居る、えらーい人だよね?」
地名が聞き取れなかったが、王様という言葉の意味をマーシェは知っていそうだ。
「うん。私は魔族にとっての、王様なんだ」
「そうなの!? 魔王様、偉い人なの? 知らなかった」
マーシェの素直なその言葉に少しへこむ。
「マーシェ、私が魔族の王様だとパメラに伝えてくれ」
マーシェが楽しそうな表情でパメラに説明している。どういう説明をしているかは、早口で聞き取れなかったけれど、パメラは非常に驚いていた。「“えっ”」と声が出たあと、私の顔を何度も確認している。
今度、人に会うときは、頭にそれっぽい『角』でも付けようかな……魔王の隠し部屋にちょうど良いものが転がっていた気がする――肝心なことを聞く前に私は少しダメージを受けていた。
「私は確かに、偉い人だけど、あまり気にしないでくれ。これまで通りで頼む」
マーシェを介して、パメラに伝えたあと、ついに人族の言葉を学んでまで、人族に聞きたかったことを口に出した。
「“パメラ、教えて。人族は、どうして、魔族と戦う?”」
パメラが目を見開いた。
「“パメラ、私は、仲良くしたい、人族と。戦い、痛いからだめ。だから教えて、お願い”」
パメラは、下を向いて、何かをためらうような様子だ。マーシェが、そんなパメラの顔を不思議そうに見上げている。
マーシェに聞いた方がいいのだろうか……そう考えてしまうほどの時間が過ぎたとき、ついにパメラが口を開いた。
「“リュクシュク……リュクシュクが”」
「リュクシュク?」
「“リュクシュクが、畑を壊す。人に怪我をさせる。どうして?”」
パメラが私から目を逸らして、私でも分かるような単語を選んで、一言一言、苦痛をかむような表情で言ったあと、
「“どうして、そんなことをするの?”」
私の目を悲しそうに見た。
「ちょっと待ってくれ、“リュクシュク”って何だ」
パメラが、私の――いや、魔族の何を責めているのかが、さっぱりわからない。まずは,それを伝えないと。
「“リュクシュク、何? わからない”。マーシェ、リュクシュクって何かわかる?」
途中から魔族語に切り替えてマーシェに確認する。
「リュクシュクはね。こう、小さくて、キーキー追いかけてくるやつ! 魔族の言葉で何て言うのかは知らない」
マーシェは知っているものらしい。
「この辺で見たことがある?」
「そういえば、リュクシュク居ないね、ここ。向こうではよく見たのにな」
リュクシュクは、この辺りには生息しておらず、人族領国境付近にはいる生き物の何かか。仮にそういう生き物がいるとして、それがどうして魔族に繋がるのかが分からない。
とにかく、私はこの世界で暮らしてまだ5年しか経っていない。誰か私より詳しい人に聞いてみよう。
クルーゼルのもとに転移して、何も聞かずに会議室に連行する。
「クルーゼル。“リュクシュク”って知ってる?」
「突然連れてきて、何ですかそれ。知りませんよ」
クルーゼルが呆れた様子で答えた。
「小さくて、キーキー追いかけてくるやつ、らしいんだけれど」
私がそう言うと、私の横でマーシェがキーキーと物まねをした。
「よく分かりませんが、マーシェが知っているなら、絵を描いてもらえばどうです?」
「クルーゼル、天才だな」
自室まで紙と鉛筆を取りに戻った。
「“リュクシュク、絵、描いて”」
はいと、パメラとマーシェに紙を渡す。パメラは恐々とした様子で紙を受け取ってから、焦った顔で私を見上げた
「“魔王様、絵―――”」
「魔王様、お母さんが『絵はあまり上手くない』って」
「大丈夫。私の方がたぶん下手だ」
マーシェは喜んで、さっそく絵を描きはじめている。
パメラの描いている絵をのぞき込む。うん……クルーゼルの読解力にすべてを任せよう。
描き上がった2枚の絵の前で仁王立ちする。
「クルーゼル、どうだ。貴様だけが頼りだ」
「これは、難解ですね……」
パメラは自分の描いた絵を見られて、恥ずかしそうにしている。まぁ、私よりは『少しマシ』といったところか。マーシェの絵と合わせて見ると、リュクシュクとやらは、小さくて二足歩行で、目が二つで、棍棒のようなものを持っているものか……
「魔王様。何か、もう少しヒントはないんですか」
「この辺では見ない、もしくは数が少なくて、人族領の国境付近にはたくさんいる生き物だ」
「それって、そもそも私たちが知らない生き物の可能性もありませんか?」
うーん、それもそうなんだよな。
「他の人にも聞いてみよう。絵を借りるよ」
ラウリィから静かに「存じあげません。魔王様」と言われ、イスカからは申し訳なさそうに首を振られた。
あとはアーガルか……。
「アーガル。この絵、何か分かる?」
「マーシェの絵ですか?」
アーガルは私から絵を受け取って、場違いにも幸せそうに目尻を下げている。
「そうだ。さぁ、マーシェが何を描いたか当てて見せろ」
私のぶっきらぼうな言葉にアーガルは真剣に考え込んでいる。そして、小さく「あっ」と言ったあと、にんまりしながらこちらを見上げた。
「『ゴブリン』でしょう?」
どうだ当たっただろうと言わんばかりの笑みだ。
ゴブリン? ゲームで雑魚敵としてよく出てくるやつだろうか?
「アーガル、私はゴブリンって見たことないんだけれど、どこにいるの?」
「この辺にはいないですね。確か……確か人族領との境の森にたくさん居たような。それが、どうかした――」
「それだ!」と叫んで、アーガルの背中を笑顔でバンバン叩いてから、会議室に戻った。
「クルーゼル、『ゴブリン』だ」
「あぁ、あれですか。幼い頃父に、無理矢理国境付近に連れて行かされて、見たことがあります」
クルーゼルが筆をとって、さらさら絵を描き始めた。描き上げ途中の絵を指さして、
「“リュクシュク、合ってる?”」
と聞くと、パメラがコクコクと頷いた。
描き上がったので、筆を置いてクルーゼルがこちらを見た。
「魔王様、ゴブリンがどうかしたんですか?」
「人族がゴブリンに襲われているらしい」
「ゴブリンは一匹でも現れると、一気に増えるそうですからね。人族は魔族よりも弱いですから、大変でしょう」
それが本当だとしたら、人族は大変だ。何てったって、パメラとマーシェは私よりも少し弱い。
しかし、仮にそうだったとしても、ゴブリンの所為で人族が苦労している件と、人族が魔族と対抗することの間に何の関係があるのだろうか? つながりが分からない。
うーん……
パメラは、魔王たる私に向かって「どうしてそんなことをするのか」と言っていた。
まさか……
「“パメラ。リュクシュクと魔族、友だち……仲間と思ってる?”」
まさかそんなことないだろう、と思いつつも念のために聞いてみた。パメラはそんな私を見て、逆に驚くかのような視線で頷いた。
「“違う!”」
私が急に大きな声を出したので、みなが驚いている。
「大声を出して、すまない……」
「どうかしたのですか?」
「パメラ……いや人族に、ゴブリンと魔族が仲間だと思われているようだ」
「まさか? どういう意味ですか?」
落ち着け、私。ちゃんと確認しよう。
「クルーゼル。この紙に一枚ずつ、人族と魔族の絵を描いて。簡単でいいから」
そう言って、半分に切った紙を渡す。クルーゼルが、渡した紙に人族と悪魔族っぽい絵をささっと描いてくれた。
さっき描いてもらったゴブリンの絵と、悪魔族の絵を地図の魔族領の位置に配置する。その二枚と向き合うように人族の絵を、人族領に置いた。
「“仲間?”」
ゴブリンと悪魔族の絵を交互に指して聞くと、パメラは困った顔でこちらを見上げて、ためらいがちに頷いた。
「“戦い”いや、“攻める”か」
今度はゴブリンの紙を人族領まで移動させて、人族の絵の横に置く。再度パメラに
「“パメラ、考えている。魔族、リュクシュク攻めさせる?”」
と聞くと、パメラは
「“違うの?”」
と、動揺した様子で私に聞いてきた。
「“違う”」
私はそんなことしていない。「冤罪だ……」と、椅子にもたれかかった。
いや、私はそうだと思っているけれど、念のために確認しておくか。
「イスカ」
「何でしょうか?」
イスカは突然現れた私の様子を見て、姿勢を正した。
「イスカ、ゴブリンを使う――使役したりする種族に心当たりはある?」
「そんなことが、できるのですか?」
「いや、わからない。けれども、人族はゴブリンのことを、魔族の仲間のように考えているらしい。私の知る限りではそんなことはないと思うのだけれど、イスカは何か知っている?」
イスカは突拍子のないことを言われて、言葉が出ない様子だ。
「ええと、ゴブリンが魔族の仲間というのはどういうことですか……? ウサギのことを人族だと言うくらい、変なことだと思うのですが……」
「そうだよな……そう思って、『ゴブリンを操る種族がいるのか』と確認しに来たのだけれど、心当たりはないよね?」
「もちろんです」
「わかった。知りたかったのはそれだけだ」
そのまま、転移で戻ろうとして――気に掛かったことができたので、足を止めてイスカを振り返った。
「イスカ。このことを教えてくれたのはパメラだけど、パメラがそう考えたのではなく、人族全体の認識として――」
「魔王様、分かっております」
イスカはクスクスと笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まとめると、人族はゴブリンから被害を受けていて、それを魔族の所為だと考えている」
「それは、それは……」
クルーゼルは呆れた表情でそう呟いた。
「これを何とかできれば、人族が魔族領に攻めて来ることがなくなるかもしれない」
それに、どういう経緯で人族がそう考えるようになったのかはわからないけれど、すべてが人族の誤解とは限らないかもしれない。
ずっと、ずっと昔から人族は魔族と戦っている。
『ゴブリンが魔族の仲間だ』と人族に認識させるようなことを、魔族が過去に行った可能性は捨てきれない。
「やるべきことは分かった。明日からはゴブリン退治だ」
目の前のクルーゼルは呆れを通り越して、真顔だった。