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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 人族の親子
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14話 魔王、ドラゴンに会う


「クルーゼル、これに動物を描いてほしい。できる限り多くの種類だ」

クルーゼルに紙束を押しつけると、クルーゼルは静かに私を見上げて――面倒そうな顔をしたあと、慣れた手つきで絵を描き始めた。パメラとその手をのぞき込む。

「おおー、すごい」

さすが族長さんに『これしか出来ない』と言われていただけのことはある。次々と紙に躍動感あふれる動物が描かれた。私にとっては、こちらの世界の生き物はまだ馴染みがないものが多く、名前のわからないものも多かったけれど、パメラは一つずつ紙に描かれた動物たちの名前を丁寧に教えてくれた。

 馬、ウサギというような単体ではなく、ついに『動物』というカテゴリ全体を指す言葉を教えてもらえたときには、感動して思わずパメラの手を掴み、ブンブン上下に振ってしまった。


 落ち着いてクルーゼルに描いてもらった動物たちの絵を一枚ずつめくっていたときに、一枚の絵に目がとまる。

「クルーゼル、このドラゴン壁にも描いていたよね?」

「はい」

「翼のところとか、すごく細かいね」

「そのドラゴンは、実際に間近で見たことがあるので」

あっさり言われたその言葉に、クルーゼルの方を驚いて見る。

「どこか、こっそり見れる場所とかあるの?」

「いえ、普通に会いに行きました」

淡々と言われた予想外の発言を、私は始めは全く信じていなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今、小さな山を挟んだすぐ向こうに、『昔、映画で見たことがあるぞ』と言いたくなるような、巨大怪獣もかくやという大きさの生き物が丸まっている。そして

「これは、ないな。うん、ない」

驚異のステータスが見えた。



名前: (なし)

種族: ドラゴン族

ジョブ: ドラゴン

スキル: ドラゴンブレス,火耐性 Lv99,風魔法 Lv68,四属耐性 Lv46, ▼


HP: 24356

MP: 8311

攻撃: 9999

防御: 9999

魔法攻撃: 7253

魔法防御: 8720



 私が見ることのできるステータス表は、どうやら文字の大きさが、対象とするものの大きさで変わるらしい。そのため、山を挟んだ向かい側からでもドラゴンのステータス表の文字が読めるのだけれど、超特大フォントで書かれる『攻撃 9999』という文字は恐怖しか感じない。


「行かないのですか?」


 腰が完全に引けている私たちを振り返る、クルーゼルのこの涼しい顔はなんだ。


 イスカは本当に行くのですかと言った様子で、私の方をちらちら見ている。あのドラゴンの攻撃力がたとえ9999あったとしても、イスカの方は防御力とHPがそれなりにあるので、おそらく一撃は耐えられるだろう。私なんて、いつもと同じく一撃死だぞ!

 その事実に少し憤慨していると――

 待てよ、

 どうせ誰から一発くらっても、一撃で死ぬのだから、いつもと変わらない?


「じゃあ、遠くからの見物はこれくらいにして、行こうか」


今更格好つけて、さらりと言うと、イスカの盛大に葛藤する顔が見られた。

 イスカは私と違って数多くの修羅場を潜っているはずなので、一撃は耐えるか避けるかしてくれるだろう。私は転移で一度目の攻撃さえ見切って回避できれば、イスカを回収に行ける。

 クルーゼルは……自分で何とかするだろう。きっと。



 で、でけぇ……

「魔王様、もう少し近くの場所に転移してもらえませんか」

「いや、どうせだったら歩いて近づこう」

どうせだったらって、どういう意味だよ。意味分かんねーよ、と自分で自分にツッコミをいれつつ、いつでも転移できるように心構えをして、表向きは軽やかに、ただしいつもより小幅で、ドラゴンに近づく。


 丸まっていたドラゴンの視線が、クルーゼルの方を向いた気がしたそのとき――

「おお、小さいの。よく、来たな」

地面から響くような重低音の、少したどたどしい声が聞こえた。


 音が聞こえたと思った瞬間、私は、私の後ろを歩いていたイスカのさらに後ろまで転移してしまっていた。

「魔王様、さっき何かうなり声のような音が聞こえました……このドラゴンに警戒されているのでしょうか」

イスカは歩みを止めて、ドラゴンからは目を逸らさず、剣の柄に手をあてていつでも動けるように構えている。

「うなり声? たどたどしかったけれど、『よく来たな』って聞こえ気がしたけど……」

「お二人とも、大丈夫ですよ。このドラゴンはよくこの音を出しますが、これまで私に手を出してきたことはありませんので。餌としては恐らく小さすぎるのでしょう」

餌としては小さいって、確かにそうだけど――恐らくなのか。

 それにしても、さっきの声は私にしか聞こえていないようだ。といういことは、魔王の翻訳機能が、このドラゴンにも働いた?


「すみません、ドラゴンさん! 初めまして、私は魔王です!」


ドラゴンからはまだ距離があるので、ドラゴンに向かって声を張り上げる。

「おお、魔王様。はじめまして」

声が返ってきた! 聞いた? 今の聞いた? とイスカの顔を見るが、イスカが私を見る目は、恐怖のあまり錯乱した人を見るような目だ。

「イスカ、返事が返ってきたんだ。あのドラゴンは話せる!」

「えっ、あのドワーフ族のときのようにですか?」

「うん。言っていることがわかる。もっと近づいて話しかけてみるよ」

一人先に進んでいたクルーゼルの横あたりに転移すると、これまで猫のように丸まっていたドラゴンが、ゆっくり起き上がった。周囲の空気が大きく移動する。

 ドラゴンの顔の位置が大きく上に移動したので、仰ぎ見るように首を動かす。


「だれかと、話すのは、久しぶり」

「私も、まさか話せるとは思っていなかったよ」

ドラゴンは全身をぐーっと上に伸ばしたあと、まっすぐ座って、私の顔を見るためにぐいっと首だけを伸ばしてきた。

 ドラゴンの顔が近づいてきた瞬間、本能的な恐怖から思わず下がりそうになったが、私を見つめてくるドラコンの静かな――長い年月を感じさせる、深い黒の瞳を見た瞬間、私は落ち着いた。

 ふっ、と小さく呼吸をしてから、ドラコンの目を静かに覗き返す。


「魔王様、そのドラゴンは何か言っているのですか?」

「……いや? ただ、お互いに見つめ合っているだけだ」

ドラゴンと見つめ合ったままイスカの問いかけに答えていると、ドラゴンが口を開いた。

「魔王様、今日は、何しに、来た?」

「えっと、そこの小さいのに、ドラゴンさんが怖くないって聞いたから、会いに来た」

「そうか、そうか、よく、来た」

ドラゴンは今度はクルーゼルの方に首を動かした。さすがのクルーゼルも、立ち止まって硬直している。ドラゴンはしばらくクンクンとクルーゼルの臭いを嗅いだあと、目線だけをイスカの方にぴたりと合わせた。

 イスカは驚いたのか、翼を広げて、ドラゴンの頭より高い位置まで飛び上がっている。


「魔王様の、仲間?」

「うん、そうだ」

「小さいころは、翼の生えたものたちと、よく戦った」

懐かしがるような、楽しそうな声でドラゴンは言ったあと、「最近は、来ない」と寂しそうにつぶやいた。

 昔の悪魔族か……きっと今と変わらないんだろうな。小さいドラゴンに順番に挑戦している様子が目に浮かぶようだ。


「戦えないとは思うけど、今度、また別の翼の生えた人を連れてきたいんだけど、いいかな?」

「もちろんだ」

ユメニアを突然このドラゴンの真ん前に連れて行ったら、どんな反応をするだろうか。あの槍で、ドラゴンに挑戦を仕掛けそうだな。



「ドラゴンさんは、普段は何を食べているの?」

「魚だ」

海を見つめて言い放ったドラゴンの巨体を見る。

「魚? 魚をたくさん採るの?」

「大きな魚が、ときどき海から、顔を出す。そのときに、捕まえる」

クジラみたいな大きさの生き物が、海にいるのだろうか。

「陸の動物は食べないの?」

「小さい。捕まえるの大変。魚、おいしい」


 なんだ……この山が『ドラゴンのいる魔の山』と呼ばれるくらい、みんなこのドラゴンにびびりまくっていたけれど、実際に会ってみれば、私も含め、皆が皆見た目で勝手に判断していただけか。

(クルーゼルはすごいな……)

そう思ってクルーゼルの方を見ると、クルーゼルも私を見ていた。

「魔王様、このドラゴンに触れてもいいか聞いてもらえませんか?」

クルーゼルが真面目な様子で私に頼んできた。

「ドラゴンさん、この小さいのが『触ってもいいか?』って。私も触っていい?」

「おお、いいぞ」

ドラゴンの腕の近くに転移して、暗い色で光る赤黒い鱗に触れる。鱗一枚でも私の手より大きい。滑らかな表面のそれを、一人で繰り返し撫でていると、「魔王様」とクルーゼルに呼びかけられた。おっと、ドラゴンからの返事を伝えるのを忘れていた。

「触ってもいいって!」

「では、失礼します」

二人で全力のおさわりタイムが始まった。



 ドラゴンの表側の鱗は非常に硬質だったけれど、内側のものは結構柔らかかった。全体的に赤黒いように見えるこのドラゴンでも、足の先や、尻尾の先は少し色が黒っぽい。さすがに爪に触るのはためらった。

「満足、満足」

「私もここまで近づいたのは初めてです」

クルーゼルとドラゴンの前に誇らしげに並んで、ドラゴンの顔を見上げる。

「ドラゴンさん。ありがとう!」

「ありがとうございます」

二人でお礼を言うと、ドラゴンが優しい目つきでこちらを見下ろした。


 言葉が通じるのだから、このドラゴンも魔族だ。私は、私の仕事をしよう。

「ドラゴンさん。何か困っていることはない? 私にできることはあるかな?」

「また、遊びにくる」

ドラゴンは優しい目で、なんだそんなことかと言いたくなるような、頼みごとを私にしてきた。

「わかった! また来るね。何だかおじいちゃんって感じだ」

たった一人で長い年月を生きているのであろう寂しそうなドラゴンに、最後はつぶやくようにそう言うと――

「『おじいちゃん』? では、そう呼ぶと、いい」

ドラゴンは気に入ったように、頷いた。


「じゃあ、おじいちゃん。またねー!」

手を振ろうと、目の前のドラゴンを見上げて笑って手を挙げた瞬間、ドラゴンの頭上に


名前: おじいちゃん


巨大な、超特大フォントの表示が、ポンッと現れた。


「ち、違う!!」

叫んだあと、むせた。



 色々頑張ったけれど、名前は元の(なし)には戻らなかった。

 見えるのは私だけだし、ドラゴンさんも気に入ってそうだし、いいか……


 次に来るときは、もっとたくさんの人を連れて会いに来よう。そう思いながら、もう一度手を振って私は魔王城に帰った。



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