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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 人族の親子
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12話 魔王、子どもを使った懐柔作戦に出る


「イスカ、アーガル、おはよう」

国境警備の送り迎えに行く前に、今日もいつも通り、中庭で打ち合いをしている二人に声を掛ける。

「おはようございます。魔王様」

「あのさ、時間がないから手早く言うけど、今、この城に人族の親子がいるんだ。前、話した『人族の言葉を教えてもらう』っていう件で、昨日人族領から連れてきた」

「はっ?」と同時に口を開けて驚いている二人を置いて、話を進める。

「まだその人族の親子、私とラウリィが魔族っていうことも、わかってないと思うんだ。ゆっくり説明したいから、イスカとアーガルは、まだ顔を見せないように気を付けてね」

「わ、わかりました」

少し引きつった表情のイスカと、好奇心が感じられる顔のアーガルを置いて、

「行ってきます」

と、私は今日も仕事を始めた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ラウリィ、ただいま」

「お帰りなさいませ、魔王様」

「二人は? 朝食は食べた?」

「はい」

「ラウリィ、昼食の用意をお願い。二人と、私の部屋で一緒に食べるよ」

今日はいつもより早く終わるために朝から国境警備にかけずり回って、昼すぎにやっと城に戻ってくることが出来た。急いで二人の部屋に行くと、二人は窓から並んで外を眺めて、何かを話していた。

(まずい……何か変なものが,窓の外に飛んでいたりはしないだろうか……)

焦ったけれど、こちらを振り返った二人は、特に何事もない様子で私の顔を見た。

「―――――!」

「あぁ、おはよう」

こちらに駆け寄ってきて私を見上げて笑顔で何かを言うマーシェに、挨拶をする。そのまま、二人を私の部屋に連れて行き、少し遅めの昼食を取った。



 昼食後、マーシェが眠そうだったので、私のベッドで寝かせて、昨日と同じようにパメラと向かい合って、いろいろなものの名前を教えてもらった。本当はものの名前ではなく、人族領のことについて教えてもらいたいけれど、まずは理解できることからだ。じれったいけれど、少しずつ進めていく。

 魔王城にある大体のものは、私が転移で部屋に持ってきて名前を教えてもらった。紙に書き取ったそれを、ぶつぶつ一人で発声しながら頑張って覚えていると、起きてきたマーシェがパメラの裾を引っ張って何かを伝えようとしているのが目に入った。パメラは一度私の顔を見て、マーシェに何かを言い聞かせるように話しかけている。


「マーシェは遊びたいのかな? 確かにマーシェは暇だからな……」

ラウリィを呼んで、マーシェを庭に連れて行ってあげるように伝えた。ラウリィは戸惑っていたが――ラウリィがあんなに、はっきりと困っているのは初めて見た――マーシェを連れて部屋を出て行った。


 パメラと二人っきりになった部屋の中で、引き続き人族語の練習をする。私が教えてもらったものの名前を人族語で言い、パメラが発音を正したり、訂正したりする、ということを繰り返すうちに、あっという間に時間は過ぎた。

 パメラはさっきから少し落ちつかない表情で、窓の外を見ている。マーシェのことが心配なのだろう。一度マーシェの様子を見に行こうと、パメラの手を掴んで中庭に転移すると――


 目の前を、角の生えた大男が、マーシェを肩車しながら、楽しそうに走り回っていた。


 私の横に立っていたパメラが、ふっと意識を手放したのがわかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「アーガル! 何をやっているんだ。今朝、顔は見せないようにと、言ったところだろう! それがどうして、マーシェと一緒に遊んでいるんだ!」


 パメラをパメラの部屋のベッドに寝かしてから庭に戻り、固い石の上に正座をさせたアーガルを前に語気を荒くする。

「魔王様、この体勢は足がしびれる……」

「そのための姿勢だ!」

「――――!」

マーシェが私の前に立って、私の服を掴んで何か、アーガルをかばうかのように必死に何かを私に伝えようとしている。アーガルは、マーシェの言っている言葉は私と同じく分かっていないだろうに、そんなマーシェの様子を見て、なぜか涙ぐむ。ええい、私は悪役か。


「わかった、マーシェも楽しそうだったし……いつか(・・・)ちゃんと紹介するつもりだったから、少し(・・)順番が狂っただけだと思うよ。アーガル、立ってもいいよ」

よろよろと立ち上がったアーガルの脚にマーシェが抱きついた。アーガルは孫娘を見るような顔つきで、マーシェの頭を撫でている。


 アーガルに肩車をしてもらったマーシェを見て、実は「あ、いいな」と一瞬思ってしまったのは、内緒だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 バレてしまったものは仕方ない。パメラが寝ている間に、『魔族怖くないよ、大作戦』の開始だ。

 マーシェの前でしゃがんで、マーシェの話にしきりに頷いているアーガルの肩を叩く。

「アーガル、今からマーシェを連れて転移するから、マーシェに、絶対に怪我のないように頼むよ」

「わかりました! 任せて下さい」

やけに熱意を込めて言うアーガルの肩と、マーシェの手に触れて転移した。



 目の前のなだらかな丘一面に、コスモスのような形の少し大きな白い花が、互いに競い合うかのように咲き乱れている。 

「あぁ、良かった。去年、記憶にあった通りだ。ちょうど今の時期に満開だ」

「―――――!」

マーシェが声を上げて、早く早くと急かすように、アーガルの手を引いて走り始めた。

「アーガル! パメラにこの花を贈りたいから、集めてきて!」

「わかりましたー!」

あの様子では、放っておいても花を抱えて戻ってきてくれるだろう。私は少し離れたところに見えた大きめな石の横に転移して、その石の上に腰を下ろして、花しか見えないその景色と、香りを一人で楽しんだ。


 30分ぐらいその場所でぼーっとしていると、アーガルが――アーガルの姿が隠れるくらいの大量の花を抱えて戻ってきた。いやいや、取り過ぎだろう君たち。

 マーシェがその後ろからひょっこり顔を出し、私に向かって大事そうに抱えた、マーシェの顔と同じくらいの大きさの、ハスのような花を見せてくれる。

「へぇー、大きいし、綺麗だね。どこにあったの?」

「―――、――――!」

マーシェが、遠くに見える池の方を指さしながら、何かを伝えてくる。

「魔王様。向こうの方の池の側に、咲いてましたよ」

「うん。パメラも喜んでくれるだろう」

マーシェの顔を見ながらそう言って、「さぁ、帰ろうか」と二人を連れて魔王城に戻った。



 あの量の花が入る花瓶は魔王城にもさすがになかったので、ラウリィがどこかから持ってきてくれた樽に、アーガルが抱えていた大量の花を飾った。花の入った樽を机の上に飾るのも大きすぎて危なっかしいので、樽は地面に置いたままだ。まぁ部屋の隅に配置するとるとそれっぽく見えたので、これで良しとしよう。


 マーシェは握りしめたままの大きな花をラウリィに自慢している。

「ええ、綺麗ですね」

ラウリィがいつもの口調でそう言うと、マーシェはそうでしょうと言いたげに笑った。


 そのとき、「うう……」とベッドで寝ていたパメラがゆっくり目を覚ました。即座に

「アーガル、正座だ」

と指示を出す。「え、またあの姿勢ですか!?」と、アーガルは文句を言ったが、部屋の入り口でしぶしぶと正座をした。


 パメラは目を開けて、開口一番「マーシェ!」と、マーシェの名を呼んだ。その声に、マーシェがパメラの下に駆け寄り、パメラに抱きついたあと、抱えた大きな花をパメラに見せる。

「―――、―――。―――――!」

マーシェがパメラに何かを言ったあと、部屋の入り口で正座をしていたアーガルを指さした。パメラは、そのとき始めてアーガルが部屋にいたことに気づいたようで、ぎょっとしながらアーガルのことを見つめている。

「―――!」

マーシェが賢明にパメラに何かを説明している。子どもを使っているようで罪悪感があるが、「マーシェ頑張れ!」と心の中で応援した。


 マーシェの言葉に頷くパメラの目がふと部屋の端に置いていた満開の花に移動したとき、パメラが小さく微笑んだ。そのあとパメラが、私を見上げる。

「3人で取りに行ったんだ」

マーシェとアーガルを指し示したあと、樽の前に転移してそこから一輪花を抜き出す。ベッドの側に歩いて移動して、パメラに「はい」と白い花を手渡した。パメラは受け取った白い花と、私とアーガルの顔を順番に見た。

 害意がないことが伝わっただろうか。あとは、マーシェの説明に期待しよう。



「アーガル、戻っていいよ」

アーガルが立ち上がって部屋を出て行こうとしたとき

「――――!」

マーシェがパメラの横でアーガルに声を掛けて、大きく手を振った。きっと、「また遊んでね」とかそんな言葉だろう。


 アーガルはマーシェのその声に、だらしなく笑ってから、部屋を出て行った。



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