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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 人族の親子
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11話 魔王、名前を教えてもらう


 いやー、帰ってきました。やっぱり我が家だよね!


 足で、自分の椅子を引っ張り出し、椅子に座る。まだ少し鼻血が出ているので、鼻を押さえて上を向いた。タオルは向こうに置いてきてしまったけれど、このままでもあと少しで止まるだろう。

 部屋には私が、人族領から連れてきてしまった女性と女の子がいる。女性は不安そうに部屋の内装と、私のことを見ているが、女の子は豪華なベッド――魔王のベッドを前に大興奮だ。走り出しそうな女の子の手を、女性が必死に掴んでいた。

 

 二人に落ち着いてもらうために、ラウリィにテーブルと紅茶の用意を頼みたいが、ラウリィに今の私の姿を見られてしまったら――HPも少し減っていた――私が弱いとばれてしまうかもしれない。なかなか止まらない鼻血をじれったく感じながらも、椅子の上でしばらくじっとしていた。



「止まったかな?」

前を向いて、何回か鼻をすすりながら確認する。真っ黒のローブの袖で、鼻を拭ったあと、ラウリィを探しに転移した。

「ラウリィ!」

「いかがなさいましたか、魔王様」

「私の部屋に今から、3人分の紅茶とお菓子の用意を頼むよ」

「かしこまりました」

ラウリィが私に向かって優雅なお辞儀をした。


 突然部屋に戻ってきた私に、女性が「きゃっ」と驚きの声を上げた。女の子が

「――――!」

私に向かって興奮気味に何かを言っているが、わからない。状況の説明したいけれど、言葉がわからないので説明できないし、かといって勝手に連れてきて黙り込んでいるのもな……どうしようかと気まずい空気で固まっていると、部屋をノックする音が聞こえた。

「いいよ。入って」

「失礼いたします」

ラウリィが扉を開け、部屋の入り口で綺麗に一礼した。ラウリィが顔を上げて、部屋の中にいた人族の女性と子どもが目に入った瞬間、ラウリィが一瞬固まったように見えた。そのまま目線が、私の方を向き、私のことをじっと見つめる。いやぁ、済まない済まない。説明していなかった。


 ラウリィが呆れているように見えるのは気のせいかな? 気のせいだろう。

「ラウリィ、ありがとう」

お茶の用意をしてくれたラウリィに笑顔でお礼を言うと、ラウリィはいつも通りの様子で

「では、魔王様。お片付けの際はお呼びくださいませ」

と、丁寧に部屋を出て行った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、テーブルの向かいの席には、私が勝手に連れてきた人族の女性と女の子がいる。女の子はテーブルの上のお菓子と、女性の顔を交互に見ていた。

「食べていいよ」

私はそう言ってから、テーブルの上に置かれたクッキーのようなお菓子を掴んで、女の子を見ながら大きく口を開けて、ぱくりと食べた。それを見て女の子が笑顔でクッキーに手を伸ばす。女性は女の子に対し、一瞬何か声をかけたけれど、諦めたかのように自分もクッキーを一枚掴んだ。

 サクサクとはいかないけれど、素朴な味と食感のこのクッキーが私は好きだ。紅茶に良く合う。それにしてもラウリィの入れてくれる紅茶は本当においしい。毎回毎回、この気持ちを色々と感謝の言葉を変えて伝えているが、ラウリィから返ってくるのは決まって、「ありがとうございます。魔王様」の言葉だけだ。むう……本当に伝わっているのだろうか。


 そういえば、小学校低学年っぽいこの女の子には冷たい飲み物の方が良かっただろうかと、目の前の女の子を見たが、女の子はずずーっと音を上げながら勢いよく紅茶を飲んでいた。大丈夫そうだ。その勢いの良さに思わず笑顔になった。


「さてと」

ティーカップをソーサーの上に丁寧に置く。女性の方は未だに、部屋と私に対してびくびくした様子だが、突然連れてきたんだから仕方ない。


 まずは、ともかく名前を聞こう。別に聞かなくても、ステータス欄を覗けば書いてあるが、名前は面と向かって聞くのが礼儀だろう。

 そう考えたけれど、まったく言葉が通じないから、それすらも難易度が高い。まずは自分の胸に手を当てて

「私は『魔王』。『まおう』だ」

とゆっくり発音した。魔王は名前ではなくジョブ名だが、私には名前がないのでそう呼んでもらうしかない。もう一度自分を指さして「魔王」と名乗ったあと、二人の方に手を向けた。

「二人の名前は?」

女性は理解してくれたのだろうか、息をゆっくり吐いて、自分を指さしながら

「“パメラ、パ メ ラ”」

と発音した。

「パメラ?」

女性の音を真似て返すと、女性がしっかり頷いた。パメラさんか、言いやすくて良かった。私が女の子に目を向けると

「――、――――!」

女の子が矢継ぎ早に何かを言ってくるが、どの言葉が名前か分からない。私が曖昧な表情をしていると、パメラが大きく口を開いて

「“マーシェ”、“マーシェ”」

「マーシェ、マーシェか」

パメラが頷いた。女の子はマーシェね。

「よろしくマーシェ。私は『魔王』」

「“まおう”?」

マーシェから綺麗な発音で返ってくる言葉に「うん。そうだ」と頷いた。


 3人で、しばらく交互にお互いの名前を言い合った。



 よし、名前は分かった。

 ではこれから、パメラとマーシェに『君たちを、住み込みの語学の教師として雇いたい』と言うことを伝えよう。

 ずいぶん、難易度が高いな……私は頭を抱えた。


 とりあえず今日は、細かいことは抜きで、言葉を教えて欲しいというこちらの熱い想いだけは何とか伝えよう。そのために、魔王の隠し部屋まで転移して、以前冒険者からかっぱらった巾着を拾って、部屋に戻った。


 何か言葉について尋ねるのにいいものはないかと、部屋の中を物色する。さすがにこれは人族領にもあるだろうと、机の上に置いてあった筆を持って、席に着いた。


 パメラの目を見ながら、自分のことを指さし、

「魔王」

とゆっくり発音する。そのまま続けて、パメラとマーシェを順番に指さし

「パメラ、マーシェ」

と順に言う。パメラが頷いた。そんなパメラを見ながら、

「じゃあ、これは?」

と、左手で掲げた筆を、右手で指さした。


 パメラは一呼吸空けたあと、私の手にある筆を見ながら

「“ウィッテ”」

とはっきりわかるように発音した。

「ウィッテ?」

「“ウィッテ”」

何度か繰り返したあと、「そう」と言うようにパメラが頷く。

 立ち上がって、部屋の中にあるものを順番に指さして名前を聞いていく。いくつかのもの――例えばベッドシーツなんかは困っていたけれど、目に入る一通りのものはすべて聞き終えた。忘れないように、机の上に乱雑に置いてあった紙を拾い、そこにメモする。


 私が紙に文字を書くのを、気になるかのように見ていたパメラに「ありがとう」と礼を言ってから、魔王の隠し部屋からもってきた巾着を拾った。中から、人族の硬貨たぶんを一枚取り出して、パメラに渡す。巾着の中には色々な大きさの硬貨があったけれど、価値がわからないので、一番大きいものだ。

 パメラは、私が出した硬貨を見て、慌てた様子で何かを言いながら、私の顔を見た。多かったのだろうか?

 じゃあ、選んでもらおうと、巾着を逆さにして硬貨を取り出す。硬貨は全部で6種類あった。硬貨を種類ごとに並べて、パメラに選ぶように手で促した。

 パメラは困ったように、私の顔をちらちら見ていたが、私の頑とした様子に観念したのか、意を決したように、3番目に小さい銀色の硬貨を手に取った。その後、伺うようにゆっくり私の顔を覗いてきた。

「うん。それでいいんだね。今日はありがとう」

笑顔でそう言うと、パメラはほっとした顔をしていた。



 マーシェはパメラの隣で、ものすごく眠そうな顔をしている。子どもにとってはもう遅い時間だ。けれども寝る前に――風呂だ。


「ラウリィ。悪いけれど、風呂の用意をしてもらえないかな?」

ラウリィが魔法で風呂に湯を張ってくれる間に、着替えの準備をして、パメラとマーシェを連れて風呂場に転移した。魔王城の風呂はなぜかやたら広い上に、魔法でしか湯が張れないので、私でも滅多に使わない。けれども、今日ぐらいはいいだろうと、少し汚れた髪をしたパメラを半ば引きずるように、風呂に押し込んだ。マーシェは広い風呂場に、さっきまで寝ぼけ眼だったのはどこに行ったかのように、はしゃいでいる。


「魔王様。お湯加減はいかがですか?」

「いやー、癒やされる! 風呂って最高! ねぇラウリィは入らないの?」

久しぶりの温かい風呂に、私も大興奮だ。

「私はこのあとで入らせて頂きます」

「いいじゃん! どうせだったら一緒に入ろうよ!」

返ってきたラウリィの静かな微笑みに、「調子に乗りました。ごめんなさい」と私は素直に謝った。


「ラウリィ、お湯の用意ありがとね! 」

浴槽にあごを乗せて、出て行こうとするラウリィに手を振りながら礼を言う。

「はい。では失礼いたします」

ラウリィは丁寧に礼をして出て行った。


 ラウリィを見送ってから、横に目をやると、パメラは私の横で、湯船につかりながら縮こまっていた。しかも髪が湯船に入らないように、片手で必死に持ち上げている。

「よし、髪を洗おう!」

パメラを椅子に座らせて、問答無用というように髪にお湯をぶっかけた。長くて細い茶色の髪が、結構絡まっている。痛くないようにゆっくりほどきながら、何度も湯をかけて、徹底的に髪を洗った。

 私のその作業を見て、横でマーシェが同じように自分で髪を濡らして洗っている。

「おお、偉いなマーシェ」

「―――――!」

お互い何を言っているかは分からないけれど、マーシェのこちらを見上げる嬉しそうな顔から、言いたいことは何となく分かった。


 風呂から出て、さぁ髪を拭いてやろうと、パメラを椅子に座らせてバスタオルを頭に乗せると、パメラが急に立ち上がり、私を見て何かを言った。

「ん? ごめん何だろう?」

パメラがじれったい様子で私の手を引き、私を椅子に座らせた。そのまま、私の頭をタオルでごしごしと拭いてくれる。

「ありがとう」

私の分が終わると、パメラは同じようにマーシェの髪を拭いた。二人で楽しそうに何かを話している。


「あ、そういえば二人の部屋」

すっかり忘れていた……とラウリィを探すと、「もうご用意はできております」だそうだ。さすがラウリィ。有能でかわいい、我が城自慢のメイドだ。そんなこと正面で言ったら、氷漬けにされそうなので、心の中に留めておく。



 ラウリィが教えてくれた部屋の場所に、風呂あがりの二人を転移で連れていく。

「ここが二人の部屋だ」

そう言って連れてきたベッドが2つ並ぶ広い部屋で、マーシェは大はしゃぎ、パメラは驚きの表情でこちらを見た。

「何か必要なものがあったら言って欲しい……っていうのが伝わればいいんだけどな」

パメラも私に何かを聞きたそうにしているが、お互い言葉がわからないのがもどかしい。

「うん、じゃぁ、お休み。パメラ、マーシェ」

仕方なくそう言って、二人に手を振ってから、自分の部屋に転移した。



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