9話 勇者襲来
「ねえ、この木、ここでいいかな?」
「魔王様。もう少し、こちら側にお願いします」
今日は犬人族の家の建築の手伝いに来ている。
国境警備を始めてからもう3年が経った。
国境警備の送り迎えや、その報酬探し、国境沿いの村々の引っ越し先の選定や、畑の準備や井戸掘りなどの引っ越し先の整備――毎日そんなことをしている間に、あっという間に時間は過ぎた。
私が魔王となったあの日から3年と少し。早いものだ……まるで昨日のことのように感じてしまう。
引っ越しが完了した村はまだないけれど、大体の村で引っ越し先は決まった。
それにしても、引っ越し先の選定は本当に大変だった。族長が「ここでいい」と言った場所は、大体が村の女の人たちの反論で『なかったこと』になった。
だが、その理由を聞いてみれば、
『一体なんのために、こんな高台に村を作るの? 川への水くみは、あなたが行ってくれるの?』
などと、生活をするのに、あぁそれって確かに重要だよね、と言いたくなることがほとんどだった。
最後の方は、私も学んで、引っ越し先の選定には村の偉い女性――大体が族長の奥さん――に取り仕切ってもらうようになった。
ふう、朝から転移しっぱなしで疲れた。近くの丸太に腰をかけて休んでいると、目の前をドシンドシンと、鬼人族が両脇に丸太を抱えて横切った。
新しい犬人族の村は、鬼人族の村に近い。犬人族の人たちと相談して、あえてそういう場所に作った。と言うのも、鬼人族が『酒』さえあれば、いくらでも使えることが犬人族にも分かったからだ。
犬人族は真面目な種族で、手先も器用だ。元々、犬人族の村でお酒は趣味程度に作られていたが、お酒さえあれば鬼人族がいくらでも働いてくれることが分かってからは、事業として、ビールっぽいものの量産と、果実酒等の色々な材料を使ったお酒が作られるようになった。
私も時々犬人族から材料の調達を頼まれる。もちろんタダではない。できあがったお酒や、犬人族の子供たちが集めてくれる『面白いもの』と引き替えだ。
ステータスでは私並みに弱い、犬人族の女性が、鬼人族の男たちを引き連れて堂々と指図を出しているのを見ると、何だか可笑しくて――笑顔になる。
そろそろ暗くなってきた。朝、私が転移で移動させた人は、夜、元の場所に送り返さなければならない。こればかりは、私にしかできない仕事だ。
膝に両手をついて、よいしょと声を出して立ち上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これで村人は送り終わった……あとは国境警備隊だけだ」
「お疲れさまです。魔王様」
転移に肉体的な疲れはないが、跳んで、運んでと、ベルトコンベアのようなことを、延々繰り返していると精神的に疲れる。MPが0になってくれれば、まだ休めるのだけれど、MPは9999もある。しかも、転移一回にMP1しか使わない上に、寝ると回復する代物だ。
MPが多いことを、恨むのは私くらいだろう。
「よし、迎えに行くか」
今日の悪魔族の当番は、私をからかって遊ぶのが大好きな、アメニアのチームだ。転移して即座に何かを仕掛けられる可能性がある。警戒しながら、合流場所まで転移する。
「魔王様ー!」
早速来た、と思ったら、何だか慌てて居る様子だ。何か様子がおかしい。
「どうした?」
「勇者が! たぶん勇者だと思う……勇者が来たの!」
アメニアのその言葉に、血の気が引く。
動揺している場合じゃない。しっかりしろ!
「アメニア。いつの話?」
「今日の昼過ぎ……」
「あとの二人は?」
「持ち場にいるわ。あとの二人は遭遇しなかったみたい」
「アメニア、怪我は?」
「その……見つけて、あの剣はまずいと思って、すぐに逃げたの。勇者にも見つかってないと思うけれど……」
アメニアは勇者から逃げたことについて悪いと思っているのか、翼を小さくしている。
アメニアに近づき、背を伸ばしてアメニアの頭を撫でた。
「いや、良い判断だよ。無事で良かった。ありがとうアメニア」
そう言って笑うと、アメニアは珍しく動揺したようにおろおろと視線を動かして、さっきよりもいっそう小さくなった。
これで少しは、いつもからかわれている仕返しができただろうか。
「よし、村に送るよ。しばらくの間、国境警備はお休みだ。皆にそう伝えておいてね」
「魔王様! 私たちに何かできることはない?」
今すぐ転移しようとする私を引き止めるように、アメニアが真剣な顔で声を出した。
「もしかしたら、戦ってもらうことになるかもしれない。念のため準備はしておいてほしい。でも、そうならないように頑張るよ」
それだけ言って、勇者を迎え撃つために急いで魔王城に帰った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「魔王様、お帰りなさいませ」
会議室に転移すると、いつものようにラウリィが迎えてくれた。
「ラウリィ、イスカは?」
「イスカ様でしたら、庭にいらっしゃると思いますが」
「わかった」
そう言って、中庭を見下ろせる位置に転移する。いた、あそこだ。
イスカの目の前に転移して、突然の私の登場に驚くイスカの手を掴んで、再び――今度は遠くに転移した。
「ま、魔王様!? 急にどうなさったんですか?」
急に転移で放り出された空中で、イスカはそう言いながら、翼を広げて落下する私を支えてくれる。
「イスカ。勇者が来た」
「え!?」
空中から、目をこらして眼下を探すが、勇者らしき人影は見えない。もう少し先か……イスカを連れて、再度転移する。
何度か繰り返したあと、森の手前でたき火を囲んでいる勇者一行を見つけた。移動を優先しているのだろうか、昼間に国境沿いにいたにしては、思ったよりも移動速度が速い。
もう日が沈んでいたので、勇者たちから上空にいるこちらの姿は見つけにくいだろうけれど、見つからないよう距離を保って勇者たちを観察する。
4人いる人族の中で、どれが勇者かはすぐに分かった。『白馬を連れた白金髪のイケメンだから』とか、『腰に抜かなくてもわかる、まがまがしい剣を吊っているから』とかそんな理由ではない。
私が魔王だから、すぐに分かった。
「魔王様、一番奥に座っているのが勇者でしょうか」
「そうだ」
イスカの問いに答える声が若干震えてしまった。
この距離では勇者たちのステータスは見えない。けれども勇者たちに、今見つかる訳にはいかないので、見つからないよう遠くから姿を眺める。勇者と、あとは大柄の盾使いっぽい人と、魔法使いのようなローブを着た女性と、小柄な剣士がいた。それぞれ一頭ずつ馬を連れている。あの馬で、今日この距離まで一気に移動してきたのだろうか。
魔法使いが、ちょうど食事の用意をしているところだったので、おそらく今日はここで野宿だろう。今日の移動距離から計算すると、まっすぐ魔王城に向かった場合、魔王城に着くのは明後日といったところか。
しかし、勇者一行が道中に他の魔族に何もしないという保障はない。勇者の進行方向にある村々には、避難するように今日中に警告に行こう。そう考えて、勇者のもとから一度離れた。
何とか、日が昇る前にすべての村を回ることができた。村人たちは、夜中にたたき起こして申し訳なかったけれど、これで関係のない村が戦いに巻き込まれる可能性は減るはずだ。
ひとまず、勇者が転移でもしない限り、勇者が今日中に魔王城に到着することはない。せめて午前中だけでも寝かせてもらうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはよう」
私が昼過ぎに会議室に行くと、3人が神妙な面持ちで席に座っていた。3人はもう昼食は食べたのだろうか。一人だけラウリィが用意してくれた朝食を食べる。
少し行儀が悪いが、時間がもったいないので、このリンゴっぽいフルーツを食べながら話をさせてもらおう。
「あのさ」
私がそう言うと、3人がばっとこちらを見た。
「勇者が来るのはおそらく明日だ。頑張れば夜中に着くかもしれないけれど、彼らは夜目が利かないからそれはないだろう」
「明日ですか」
アーガルが左の手のひらにパンッと右の拳を打ち付けた。
「うん。だから今日中にここを離れる。
必要な荷物とか、勇者たちに傷つけられたくないものがあったら、まとめておいて欲しい。あとで私が転移で移動させるよ」
「ちょ、ちょっと待ってください、魔王様。『今日中に離れる』とは……?」
「もちろん逃げるよ。勇者とは戦わない」
イスカとアーガルは、ぽかんと口を開いている。まぁ、そうだろうな。
「魔王様。私たちが負けるとお思いですか?」
初めて、イスカの言葉から怒気のようなものを感じた。けれども、私は引くわけにはいかない。
「そうじゃない。君たちが負けるとは思っていないし、何だったら悪魔族と鬼人族を集めて、勇者をだまし討ちすれば絶対に勝てる。だって、勇者は私の能力を知らないから。
そう、勇者には勝てる。絶対に勝てる。
けど、私は勇者の能力を知らない。だから『無傷』で勝てるとは限らない
君たちの誰かと天秤にかけるほど、大切なものはこの城にはない」
まっすぐイスカの目を見ると、腰を上げて何かを言いかけていたイスカは黙った。
「わかりました……」
イスカは最後にそう小さく返事をしてくれたけど、やはり納得できない表情だ。
「イスカ。勇者は私と違って人族の『王』じゃない。
人族の王城の場所は分かっているんだ。その気になれば、私は勇者ではなく人族の王様を倒すよ。そのときはもちろん手伝って欲しい」
下を向いたイスカからの返事はなかった。このことがきっかけで、私はイスカに殺されるかもしれない。けれど、そのときは、そのときだ――悲しいが仕方ない。
静かに視線をイスカから、アーガルに移す。
「アーガルはいい?」
「わしは魔王様に従いますって」
「ごめんね……いや、ありがとう」
私がアーガルに向かってそう言うと、イスカが突如「魔王様!」と立ち上がった。その声に驚いて、イスカを見上げる。
「私は魔王様の方針に反対しているわけではありません!
ただ、勇者と戦ってみたかっただけです! アーガルと違って、私は勇者と戦ったことがありません!」
イスカの突然の行動に、私はあっけにとられた。
「そ、そうか。戦ってみたいのか……そういうことは考えてなかったな。
勇者と戦うか……できれば平和に。頑張って方法を考えてみるよ」
「ありがとうございます!」
イスカが、勢いよく私に向かって礼をしてから、席に着いた。
イスカのその様子を見て、なんかこう真面目に考えすぎた、と反省する。
最後にラウリィに声をかける。
「ラウリィ。私の方で、勇者がこの城からすぐに出て行くような仕掛けはするけど、この城を汚されたり、火を付けられたりするかもしれない。
いつも綺麗にしてくれているのに、そのことに関しては本当にすまない」
「魔王様。私は魔王様のメイドでございます」
ラウリィは、何を言っているのですかと言うように、かわいらしく小首をかしげた。
「よし! みんな!」
最後にテーブルに手をついて立ち上がり、3人の顔を見る。
「もし、もし、勇者が魔族領から立ち去らずに、他の魔族を攻撃するようなことがあったら、そのときは一緒に戦ってほしい。でも、とりあえずは……逃げよう」
最後は少しおどけて言うと、3人は仕方ないなぁという顔で笑ってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
荷物をまとめるために一度解散して、今私は、自分の部屋の机の前で仁王立ちしていた。
「これか……」
目の前には紙の山が見える。ここ3年で魔族領について記録した『魔王の機密文書』だ。異世界の言葉なので、転生者以外は読めはしないだろうけど、燃やされたら――私が泣く。この際だから整理するかと、一瞬考えたけれど、時間があまりないんだと言い訳をして箱に乱雑に詰めた。
魔王城から移動させておくのは、これと……あとはベッドくらいかな。魔王の隠し部屋は、たぶん見つからないだろう。というか未だに、あの部屋への、転移を使わない正規の入り方がわかっていない。
自分の荷物を犬人族の新しい方の村に送ったあと、3人の様子を見に行った。50年近くもこの城に住んでいたんだから、大事なものはたくさんあるだろうと思っていたけれど、3人の荷物はやけに少ない。
「遠慮しなくていいよ。重さとかは関係ないから」
そう伝えるが、本当にこれだけらしい。イスカに至っては、いくつかの武器だけだ。
「ラウリィもそれだけ?」
「はい。あとのものはどこでも手に入りますので」
ラウリィは、小さな箱が一つと、私があげた包丁セット――厳密に言えば、『解体』包丁セット――だけを大事に抱えている。
アーガルが両脇に抱えている2つの大樽の中身が何かは、聞かなくていいだろう。
3人の荷物を犬人族の村に送ったあとは、玉座の間に移って、勇者をすぐに追い出すための仕掛けをした。それも済めば、3人を連れて一度魔王城の門の前に転移する。
並んで魔王城を見上げた。
「うまくいけば、またすぐに戻ってこれるよ」
そこまで言って,3人の顔を順に見る。
「じゃあ、行こうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔王城前の平原を、勇者を乗せた白馬が、土埃をあげて駆けている。太陽を反射して輝く勇者と、平原を駆ける白馬の美しさが、ものすごくよく似合っていて、まるで物語の中の、囚われのお姫様を助けにきた勇者様のようだ。
「チッ」
思わず舌打ちが出た。
私たちは魔王城近くの森の中から、見つからないように遠目にこそこそと、魔王城の様子を覗いていた。
勇者一行が、魔王城の門の前に着いた。勇者が先に白馬から降り、警戒した様子で仲間たちに何か指示を出している。勇者一行が時間をかけて魔王城前の調査したあと、慎重に魔王城の門を開いた。
すみません。そこには何も仕掛けていません。
やっと開いた魔王城の門を、4人が周囲を警戒しながら、潜るのが見えた。
見張りを置かずにだ。
門の前に放置された、美しい白馬たちを見て、ゴクリと唾を飲んだ。
今回は、勇者たちには、さっさと人族領に戻ってもらわなければならない。だから、憎き勇者たちから、美しい白馬を手に入れるチャンスであったとしても、勇者たちの足を奪うなんてことはしてはならない。そんなことをしては、本末転倒だ。それに、私の『転移』は最大級の秘密で、万一にも、こんなことで見られて、勇者側にばれる訳にはいかない。
それはわかってはいたけれど、諦めるのに非常に精神力を使った。
「魔王様……あれで大丈夫でしょうか……」
イスカの声に、はっと我に返る。
「あれって、仕掛けのこと?」
「はい。あの……殺傷力のある仕掛けでなくて良かったのでしょうか」
「んー、時間がなくて勇者を殺せるような仕掛けは思いつかなかったし、それに私は勇者を『罠』で倒せるとは思っていない」
勇者のことだ、きっと『何かの加護』とやらで守られているだろう。
それにだ、
「結構嫌だと思うよ、あの仕掛け。私だったら血相変えて飛び出してくる」
――――――――――
今回は、勇者たちに人族領に直ちに帰って頂かなければならない。
玉座の間が空で、魔王が不在であることがわかっても、おそらく勇者たちは人族領には帰らないだろう。下手をすれば魔王城を、魔族領攻略の活動拠点にされてしまう。
勇者たちを人族領に返すには、勇者たちが一刻も早く人族領に帰りたくなるような、プレゼントをこちら側で用意する必要がある。なおかつ、そのプレゼントが、勇者たちの今後の活動に対して、足を引っ張るものになると尚よい。
そう考えて、ここ2日間空いた時間で必死に作り上げたものを、玉座の間で3人に見せる。
「どうかな!」
「地図でしょうか?」
「そうだよ」
「魔王様、もしかしてこれは人族領のですか?」
「うん、そうだ。さすがイスカだね」
以前、イスカに見せてもらった地図には、人族領は概形しか描かれていなかった。今回、私が描き上げたのは、ここ3年間、転移で上空から調べた結果に基づく、人族領の詳細な地図だ。海岸線や、大都市の場所は、何度も転移を繰り返し、正しく描写するよう気をつけたので、自分でも素人が作ったものにしてはよい出来になったと思う。
「ちょっと地図の角を押さえておいて」
地図を床に広げて、丸まろうとする地図の端を、イスカとアーガルに押さえてもらう。そうしておいて、私は持ってきた筆と赤いインクで、地図の中に勢いよく、いくつかの丸と矢印を描き込んだ。
「魔王様、魔王様が描き込まれた矢印の先にある、丸印は人族の都市でしょうか?」
背後から聞こえるラウリィの声に「うん」と答える。
「では今描き込まれているこちらの矢印は……人族領への侵攻経路ですね?」
「そうだ。魔王軍が人族領の都市に同時侵攻する場合を想定した、『架空』のだけれどね」
ラウリィと話しながら、さらに地図にいくつか言葉を書き足す。相変わらず下手くそな字なので、いい感じにおどろおどろしく――呪いの文字のようになった。
「できた!」
「『勇者へ、いつかお友だちになりたいです。魔王』」
私の書いた魔族語を、つらつらと読み上げるラウリィの静かな声が響く。本当は人族語で書きたかったけれど、分からないので仕方ない。
「魔王様!?」
「勇者が、この文字を読めると良いんだけれどねー」
読めたら、何らかのアクションがあるだろう。読めなかったら――これは地図に添えられた、ただの呪いの文字だ。
できた。完成した地図を、わかりやすい場所に飾ろう。
どこが良いだろうかと玉座の間を見回して、部屋の扉を開けて真っ正面に位置する、玉座の真後ろの壁に飾ることに決めた。今度はラウリィとイスカに手で地図をおさえてもらって、アーガルに用意しておいた小さいナイフを手渡す。
「アーガル、このナイフで、地図を壁に縫い付けて」
ラウリィの方から、一瞬だけ冷気のようなものが流れてきた。魔王城を傷つけてごめんなさい。
アーガルが渡したナイフを軽々と地図の四隅に打ち込むのを確認したあと、今度は魔王の隠し部屋にあった、装飾が派手な大ぶりのナイフを渡す。
「で、最後にこの大きなナイフを、ここに刺して」
魔族領から見て人族領の最奥にある、人族の『王都』を指差した。
王都を示す位置に――深々とナイフが突き刺さった。
――――――――――
勇者が城に入ってからなかなか出てこないので、座って休んでいると
「魔王様! 勇者が出てきましたぜ!」
見張りをしていたアーガルが声をあげた。
慌てて立ち上がって、皆と並んで木の陰から魔王城を見る。
行きはあんなに緊張感の漂う慎重な様子だったのに――城から出てきた今の勇者一行は荒々しく、明らかに慌てていた。
その様子を見て、ニヤリとほくそ笑む。
勇者が白馬に乗って、行きとは逆向きに、平原を駆けている。
見つからないようにこっそりと、後ろから転移で追いかけた。しばらく追跡を続けて、勇者たちが人族領にまっすぐ『帰って行く』ことを確認してから、私は魔王城に戻った。
玉座の間に戻ると、玉座の後ろに飾っていた地図がなくなっていた。
「一生懸命描いた地図、取られちゃったな」
近くの床に投げ捨てられていた大ぶりのナイフを拾い上げ、目に入った玉座にまっすぐ進み「よっこらせ」とずいぶん久しぶりに座る。ふーっと、玉座の上で休憩をしていると、玉座の間の通路に3人が横一列に並んで、膝を突いているのに気がついた。
「いやいや、立ってていいよ!」
3人の様子に慌てて――玉座から立ち上がろうと腰を上げたが、話をする良い機会かもしれないと、せめて姿勢良く玉座に座り直して話を始めた。
「人族の王都は、人族領の最奥にある。あの速い馬でも、ここからだと行くのに最低15日はかかるだろう。私が地図上に侵攻場所として記入した人族の都市を、勇者がすべて回ることになったとしたら、もっと時間がかかる。
それに、勇者が持って返ったあの地図は、人族領についてかなり精密に描いたつもりだ。人族領であのくらいの精度の地図が、もし一般的でなかったとしたら、『誰が魔族に地図を渡したか』もしくは『魔族が人族領にすでに侵入している可能性』について盛大に悩んでくれるだろう。そうなったら、相当時間を稼げるはずだ。
でもまぁ、今回みたいなことが、またいつか起きる訳だし、こんな風に逃げてばかりじゃいられない。
そもそも……人族はどうして魔族領を攻めるのだろうか?
魔族が先に人族領を攻撃しているんだったら分かる。けど、そんなことをしていないのは、私がこの3年間自分の目で確認した。
何もしていないのに、どうして勇者は私を殺そうとするんだろう……」
「魔王様。お言葉ですが、人族が魔族と敵対するのに意味などあるのでしょうか」
私の話の間を埋めるようにラウリィから発せられた言葉に、私は頷いた。
「うん。その可能性はもちろんある。もしそうだったら、一気に人族の王城を占拠しよう。
でも、人族の王様を殺したとしても、きっとすぐに代わりが出てくる――ただ、王冠の下の頭が代わるだけだ。だから、あんまりやりたくないんだよね。根本的な解決にならないから」
そこまで言って、3人の顔を順番に見る。どのくらい分かってもらえているのかは、分からないけれど、真面目に聞いてくれているように思う。
「そこでだ。私は、人族がどうして魔族領を攻めてくるのかについて、調べようと思う。
調べてみて、やっぱり意味なんてなかったという結果になるかもしれない。でもまずは、人族に聞いてからにしよう」
軽く息を吸ってから、私は宣言する――
「私はこれから人族に、『人族の言葉を教えてもらおう』と思う」
3人から何か言葉が返ってくるかと思い、3人の様子を伺うが、3人は無反応、無表情だ。
そ、その反応が一番つらいなぁ!
3人「(また何か変なことを言い始めたよ、この人)」
これで1章は終了です。1章は魔王就任を00年として、00年~03年の話でした。