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奏と貴樹は仲が悪い。1



まだ空が青白く、空気がひんやりとした頃に、

奏は頭痛で目が覚めた。

頭の奥が金槌で叩かれている様に、ズキズキと痛む。

「うわー、頭痛ってぇ…」

奏は人生初の二日酔いを体験していた。

そう、彼は前日サラに誘われ酒場に行ったところ、

悪酔いをしたサラに一気飲みを強制された。

そして、奏は厠へと駆け込み、

盛大にミックスジュースをぶちまけた…

七森、一生の不覚!


忌々しい記憶が蘇り、身震いする。

もうサラさんとは絶対に酒場に行かないと、

己の心に固く誓った。


家を出て、昨日釣りをした川に水を汲みに行く。

水道や井戸が無いので少し不便だが、

背に腹はかえられぬ。


鉄製のバケツを水に浸し、汲みあげる。

その時、目の端に珍妙な魚が目に入った。

風船の様に膨らんだ体躯に、

すべすべとした肌色の皮。

尾の方には、白い布の様な物が巻きついている。

泳いでいるうちに絡まってしまったのだろうか…

もう少し、寄ってみることにした。

川に足を踏み入れ、水面に顔を近づける。

見れば見る程、珍妙だ。

触れようと手を伸ばした時…

水面から手が生えてきて、腕を掴んだ。

「うわああああああ!!」

悲鳴を上げた。


何という事だ。

水中を漂っていた生物は…貴樹だった。


奏は貴樹を水中から引き揚げ、

丘の上まで引き摺って運んだ。

なぜ助けたかって??

そんなの決まっているじゃないか。

この七森、惻隠の情を備えているからだ。


貴樹を家の中へと押し込む。

家の裏から枝を集め、暖炉に火をくべ、

部屋の中を温める。

箪笥から、毛布を取り出し、

貴樹の体をすっぽりと覆った。


それにしても、何で川の中に居たんだ?

ふと、疑問に思った。

あの男達に、追い詰められて川に飛び込んだのだろうか…

それとも、食べるものに困って、

川魚でも捕まえようとしたのだろうか…

暖炉の前の貴樹に目をくれる。

体に沿って膨らんだ毛布が、上下している。

「味噌田楽…味噌田楽で叩いてください」

一体どんな夢を見ているのだろうか。

「味噌田楽で叩いて欲しいのかこいつは…」



そうこうしているうちに、

すっかり外は明るくなっていた。

「ま、まずい!仕事が!」

急いで支度を済ませ、貴樹が起きた場合の為に、

テーブルに書き置きを置いて行く。

もう一度、貴樹が生きている事を確認して家を出た。



「川で人間を拾った!?」

サラさんが驚きの余り、大声を出した。

仕分けの作業中に、今朝の出来事を話していたのだが、

予想以上に驚かれてしまった。

「ねぇ、まさかだけど…女の子?」

「違います、まるまる太った男子ですよ。しかも知り合いでした」

「あんた知り合いいたの?」

「まぁ、一応」

知り合いというか、憎むべき相手というか、

まさか再び会うとは…出来たら避けたかった。


「その人の体調が心配だわ。聞いた限り、ずっと水に浸かってたんでしょ?大丈夫かしらね」

ミレイさんが心配そうな顔をしている。

「お医者さんに診てもらいなよ!お金はかかるけど、その方が手っ取り早いじゃん!」

「そうよそれがいいわ」

サラの言葉にミレイさんが賛同する。

「誰かさんの所為で俺は今、金欠なんですよ!」

サラさんを見ると、

悪びれる様子もなくにっと笑った。

「ま、息をしてたんなら大丈夫じゃろ。人間そう簡単に死ぬもんじゃないさ。それより、最近空き巣被害が増えとるらしいぞ。お前ら気をつけろよ?」

葉巻を吸って休憩をしていたコードリさんが言った。

「うちはなーんもないから大丈夫でーす!」

サラさんが元気よく手をあげる。

するとその拍子に、仕分け箱がひっくり返った。

「ちょっとサラさん!仕事増やさないでくださいよ!っていうか、コトヅテを雑に扱ったら許さないって自分で豪語してたじゃないですか!」

「あれぇ?そうだっけ?」

しらばっくれたな。この酒乱め。

床に散らばったコトヅテを集めながら、

空き巣が家に入ったら何を狙うだろうと考えた。

うーん…貴金属類だろうか…

高価なものは置いてないから大丈夫だろうけど。

あいつの様子見ついでに、一回家に帰ろうかな。

暖炉の火を消してないしな。



そして昼休み、奏は事務所を後にし、家へと向かった。

道中、バラモンを野菜と共にパンで包んだ、

ヤパーナの郷土料理を2つ買っていった。

パンの香ばしい香りと、ソースの甘い匂いが、

堪らなく食欲を唆った。


家の前に着き、扉を開けると中から全裸の貴樹が

砲弾の様に飛び出してきた。

貴樹は、持っていた郷土料理を奏から奪い取り、

一口でペロリと平らげてしまった。

「うめぇ!まさにB級グルメって感じがたまんねぇ!ほら、そっちもよこせよ、腹減ってんだこちとら」

もう片方の手に握られた郷土料理に、

貴樹が手を伸ばす。

奏はさっと身を引いた。

「これは俺のだ。それより、礼の一つくらい言えないのか?足をかけるような卑怯者を川で溺れているのを助けて、しかも飯まで買ってきたんだぞ?」

「別に頼んでねぇし。お前が勝手にやった事だろ?俺には関係ないね。それよりこっちに連れて来てやったんだからこのくらいして当然だろ??」

口を尖らせ、嫌味ったらしく言った。

流石の奏も、そんな貴樹の態度が頭にきた。

「じゃあ出て行け!そこは俺の家だ。お前の家じゃない。感謝も出来ないような奴、俺は嫌いだね」

「ふんっ、知らないね。起きたらここに居たんだから、この家に居ていいって事だろ?な?俺様は絶対に出て行かないね」

ドアに寄りかかって、鼻くそをほじくり、

どこ吹く風といった顔をしている。

もう奏は限界だった。

「そんなんだと、こっちでも友達なんかできないだろうな」

一番貴樹が痛いであろうところを突いた。

貴樹は顔を真っ赤にさせて、体をプルプル震わせている。

「お前は自己中心的すぎるんだよ!」

追い討ちをかけると、

貴樹は奏の胸倉を掴み、右拳で殴った。

地面に倒れた奏の上に乗り、もう一度殴った。

「お前に!お前なんかに何がわかるんだよ!貧乏の癖に、出しゃばるな!」

その言葉は聞き捨てならなかった。

奏は、一心不乱に殴り続ける、貴樹に料理を投げつけ、

攻撃の手が止んだ隙に、貴樹を上から振り落とした。

「何すんだよ!」

転がり落ちた貴樹が喚いた。

その顔にはべったりとソースが付着している。

その顔が可笑しくて、思わず笑ってしまった。

それが更に貴樹の不信感を煽ったらしく、

ファインティングポーズを取って、

間合いをはかっている。


二人の間に暫しの沈黙が流れた。

遠くの川の流れる音が聞こえてくる。

そろそろ、か…

そう思って一歩、前に踏み出した時、

家の中から、椅子が床に倒れる音が聞こえた。

二人はほぼ同時に振り返って、

開け放たれたドアの先を見た。

しんと静まり返っている。

「おい、中に誰かいるのか?」

「しらねぇよ。さっき起きたばっかだぜ?美味そうな匂いがしたから出てみたら負け犬が居たんだよ」

こいつは本当に一々癪に触る奴だ。

そんな貴樹を無視して、家の中へと踏み込んだ。


リビングルームの戸を開くと、

部屋の棚や箪笥が開かれ、中身が辺りに散らばっていた。

先程とは比にならないくらいの怒りが、

奏に込み上げてきた。

「こんなに荒らすなんて、お前正気か!?」

後ろから、様子を伺っていた貴樹を怒鳴る。

「俺じゃねぇよ!部屋を出る前はもっと片付いてたっつの」

奏は貴樹を怪しんだ。

きっと、この部屋の金目のものを奪って、

質屋で金に替える気だったんだと。


コードリさんの親切心を、貴樹に踏みにじられた気がして、

奏は貴樹を殴った。

生まれて初めて、人を殴った。

貴樹の頬の肉は厚みがあり、

マットレスを殴ったような感触があった。

貴樹はそのままよろけて壁にぶつかった。

急に殴られて、少し驚いた様子だった。

だが、暫くすると貴樹の丸い顔に、

再び赤みが戻り、掴みかかってきた。


それから二人は、罵詈雑言を浴びせ合い、

お互いの気が済むまで、殴って、蹴って、噛んだ。


だが、二人の喧嘩に終わりを告げたのは意外な人物だった。

「ちょっとあんたたち何してんの!」

殴る手を止め、顔を上げるとそこにはサラがいた。

「ほらほら、離れなさいって」

掴んでいた腕を解かせ、二人の間に割って入った。

「び、美少女だ…」

貴樹の目は、最早奏を見ていない。

「昼休みが終わっても帰ってこないから、心配して来てみたら何してんのよ。まったく」

子供を叱りつけるように言った。

「すいませんサラさん…すぐ戻ります」

部屋に散乱したものを片付け始める。

「私も手伝うわ」

サラさんがしゃがんで、本を拾おうとすると、

貴樹が横から現れ、手を重ね合わせた。

「おっとすいませんお嬢さん。しかし、こんなに散乱した物の中から同じ物を拾おうとするなんて…運命を感じますね。更に言えば、あなたと私が出会って、同じ物を拾おうとする確率なんて、それこそ天文学的数字の確率でしょう。どうですか?私とお茶でも」

あろうことか貴樹はサラさんを口説き始めた。

奏は貴樹の甘ったるい声に寒気がした。

「何言ってるかよくわかんないけど、仕事中だから駄目だよ。それにお茶より酒の方が好きだな」

サラさんは酒を飲む仕草をして言った。


そんな二人をよそに、片付けをしていた奏だが、

あることに気がついた。

リビングの棚に入れておいた金がなくなっていた。

昨日、サラのせいでお金を使い果たしたが、

コードリからもらった生活資金は大事に取って置いたのだ。

だが、それを入れた麻袋が何処にも見当たらない。

そんな奏の切迫した雰囲気は伝わったのか、

サラがどうしたの?と聞いてきた。

「ここに入れて置いた金がなくなっているんだ。朝はちゃんあったはずなのに…」

そう言いながら、奏は貴樹を睨んだ。

睨まれた貴樹は、舌打ちをして、

「しらねぇっつの」と吐き捨てた。


サラは暫く、探偵の様に顎に手をあて、

考える仕草をしてから、声を出した。

「ねぇ、もしかしたら泥棒が入ったんじゃない?奏くんが家に着く前に入っていて、寝ていた貴樹くんに気づかなかったとか」

奏はハッとした。

あの音。外にいた時に中から聞こえてきた、

椅子を倒す音を思い出した。

「サラさん!ここに来る途中で誰かとすれ違いませんでしたか!?」

「えっと…確か獣人の男とすれ違ったわ。この街では獣人が余り多くないからよく覚えているわ」

そいつだ。そいつに違いない。

奏は家を飛び出し、街へ続く道を疾走した。






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