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楠木貴樹は勇者になる。 1



俺は遂に異世界に来たんだ。

異世界こそが俺の居るべき場所、眠っていた才能を開花させる場所なんだ!

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

貴樹は走った。雄叫びを上げながら、走った。

腹や首回りに付けた脂肪を大きく揺らしながら。

道行く異世界の住人達が、何事かと振り返る。

鎧を纏った者。獣の耳を持つ者。奇抜な髪色をした者・・・

遂に、遂に来たんだ!

実感とともに、興奮が津波の様に押し寄せる。体が大きく疼く。

やった!やったぞ!理想の異世界だ!!

貴樹の念願の、悲願の夢が叶った。



「ふぅ~やっと巻いたか。まったく、しょっぱなから疲れさせてくれるな異世界ちゃんは♡」

貴樹は失速して、裏の路地に入る。

手の甲で額に滲んだ、脂っぽい汗を拭う。

でも、流石にこの格好は不味かったようだな。

金髪美少女・・・惜しかったぜ!

路地に干してあった洗濯物を千切るように、乱暴に取って試着する。

「う~む、少し小さいか。ってか肌触り悪っ!絹100%にしろっつの庶民めっ。まぁ異世界の文化レベルじゃあこの程度のもんか」

毟り取ったシャツは貴樹の身体には小さすぎて、贅肉がはみ出ている。

「あ、ありり~ボタンがしまんねぇ。伸縮性もないのかよ。ま、いっか、何か海賊みてぇだし。かっちょいいっしょ!次はズボン~ズボンっと」

洗濯紐に掛かっていたズボンに手を伸ばそうとしたところで手を止めた。

「おっと、忘れるとこだったぜ」

白いふんどしの中に手を入れて弄り始めた。

暫くして、白いふんどしから出した手には麻袋が握られていた。

「うけけ、異世界に行くのが分かっていればこんな物だって用意できちゃうんだもんねぇ。大体の異世界ファンタジーじゃあ突然転移しちゃって何も持っていけないけどなー」

貴樹の持っている麻袋の中には、家から持ってきた金銀財宝が入っていた。

日本円というより、地球の貨幣が異世界で通用しないであろうと踏んだ貴樹は、金ではなく物を持ってきたというわけだ。

いい値で売れるに違いない。ここには親父やお袋が大事にしていた何千万とするアクセサリー何かが入ってるからな、これで一気に大金持ちだ。

自然と、笑みが漏れてしまう。口角をにっと上げて・・・悪い笑みだ。

貴樹は麻袋を握りしめ、軽い足取りで武器屋へと向かった。



武器屋は先程、金髪美少女を発見した通りに店を構えていた。

他にも、酒場や宿屋など、如何にもな店が軒を連ねていた。

うむ、これこそ異世界。中世の街並みが如何にもって感じだ。

貴樹は鼻歌を歌いながら、通りで一番豪壮な武器屋の扉を開いた。

「らっしゃーい」

店主の威勢の良い声が店内に轟く。

「お、おぉ!かっちょえー!男の浪漫の宝石箱や〜」

剣に斧、槌に槍、鎌に弓・・・等々。

楽器屋の様に木の壁に掛けられている。

現代じゃあ滅多にお目にかかれない品々が所狭しと並んでいる。

更に店の奥には、魔物の鱗から作ったであろう堅牢な防具が、まるで五月人形の様に丁寧に展示されていた。

貴樹は興奮の余り、あらゆる角度から舐め回す様に武器や防具を眺めていた。

「これこれ、この大剣!ちょーあのゲームのにそっくりじゃん。うわー完成度たっか!重量感ぱねぇ!」

自分の身長位はありそうな剣に目を付けた。

柄の部分には、これまた魔物の鱗であろうものがびっしりと取り付けられていて、言葉に出来ない迫力があった。

「兄ちゃん、お目が高いねぇ〜。其れはここらじゃあ見かけないオーロラドラゴンから作った剣だぜ。こいつを一太刀振るえばどんな魔物だって真っ二つさぁ!」

店主が剣を振る仕草をしてみる。

ふむふむ、希少な素材をふんだんに使った大剣と言う訳か・・・

だが初めての武器は慎重に選ばなければならんぞ。

そうそう、自分の身の丈にあった至高の武器を・・・

「あそこにある黄金の剣は?」

貴樹が指差した先には、刀身や柄に黄金の装飾を施した、まさに豪華絢爛といった剣が展示されていた。

「んん!?あれに目を付けたかい、あれは最凶と名高い魔物から作った剣だ。だがなぁ〜兄ちゃんじゃあとても手が出ねぇ代物だぜ?こんなの上級か特級の冒険者じゃなきゃ無理だぜ」

「ふーん」

店主の前に麻袋をかざす。特上のドヤ顏を付けて。

「何だよこれは・・・な!?金や銀がこんなに!?其れに、何だこれは、虹色に輝く宝石だと!?こんなの見た事ねぇ!」

「ふふん。おっちゃんそれはダイヤモンドって言ってな、俺の住んでいた所じゃあこれより堅い物はねぇって言われる、超超超希少な鉱石なんだぜ」

「ま、まじかよ兄ちゃん!」

店主が興奮して顔を近づけてくる。

いい食い付きだ。これは案外高値が付くかもなぁ。

「そうさ。このちっこいの一つで家なんか何個も建っちまうんだぜ?こーんなちっこいくせにな、信じられるかい」

信じられないといった顔をしている。

「その黄金の剣と交換したいんだが・・・どうだい?」

「うーんだがなぁ、こんな見た事もないもんの価値なんて俺にはとんとわからねぇよ。それにこの剣だってマジで貴重なんだぜ?そう簡単にゃ譲れんよ」

案外頑固だなこのおっさん。

「金と銀だけじゃあダメなのか」

「このくらいじゃあな。そこの剣ならまだしもこいつは譲れんよ」

ちっ、強情なヤツ!

ダイヤモンドの価値がわからないなんて糞だな。

庶民の価値観じゃあ、わからんか。

貧乏くさい格好してるしな。

店主を上から下まで値踏みする様に眺め、溜息を一つ吐いて肩を落とす。

「じゃあその金と銀で買える一番良い防具と武器を頂戴よ」

「あいよ〜。毎度ありっ!!!」

いいさ。俺は最強の冒険者になる男だからな。

あんな剣の一本や二本。すぐに買えるようになるさ。

「まいどーまた来てなー」

店先で店主に見送られ、防具と武器を身につけた貴樹は意気揚々と冒険者ギルドへと向かった。



貴樹は全身に身につけた防具に倍以上の重力をかけられ、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと酔っ払いの様なふらふらとした足取りでギルドへと向かっていた。

「重い暑い臭い・・・重い暑い臭い・・・」

不快の三拍子が揃って、イライラが積もっていく。

冒険者じゃなかったら絶対にこんなの身につけない。

「何だよこれ、めちゃくちゃ歩きずらい。つーかマジ獣臭い。漫画とかアニメの主人公ってこれに耐えてんの?」

きっと奴等には常人以上の忍耐があるに違いない。

正座とか余裕で一日中やってやれるに違いない。

貴樹は世の主人公たちに脱帽した。



「や、やっと着いたぜ」

言葉通りやっとの思いで、冒険者ギルドに到着した。

防具の中は滝の様な汗を掻いている。

獣臭と体臭が混ざり合って、腐った卵の様な悪臭を放っている。

そんなことは貴樹にとっては全然気にならなかった。

何故ならあの冒険者ギルドを目の前にしているからだ。

ギルドは街の中心部にあり、一見西洋の城の様な出で立ちをしていて、石造りの堅固な外観をしていた。

壁から伸びたギルドを象徴する剣が交錯して、その交点に盾をあしらった旗が彼を出迎える様に、風ではためいていた。



ギルド内は物々しい雰囲気で包まれていた。

血走った猛者達の鋭い目。

血と汗と火薬の漢達の香り・・・渋いぜ。

姿勢を正し、眉間に皺を寄せて貴樹なりの大人な漢の顔立ちで大股で歩く。

上質な武器に上質な防具。

今の俺様って最高にかっこいいじゃん。

声には出さず、胸の内でクスクスと笑う。

「おっと、反対側が窓口か」

壁にぽっかりと空いた空間に、窓口があった。

窓口は複数あり、依頼受付や素材買取カウンターなどがあった。

そう、冒険者はまずここで登録を済ませなくちゃならない。

面倒だが、登録は必要だろう。

依頼なんかは全部ギルドで取り仕切ってるからなぁ。

「すんませーん」

窓口に声を掛けると、中から女性が出て来た。

それも、獣の耳を持った、綺麗な赤髪のお姉さん。

む、む、胸が!まるで風船の様に大きい!!

「はーい、どんな用事で?」

堪らん。彼女は俺の嫁になるべきだ。

「綺麗な髪色だね。まるで薔薇のようだ。いや、沈む夕日の様に美しい」

「は、はぁ・・・」

ふんふん。いいぞ貴樹。彼女は、今ので心の扉を数センチ開いたに違いない。過去に俺は恋愛ポエムの賞だって取ったことあるからな。女を落とすなんて造作もないぜ。

「冒険者登録ですか?でしたら、こちらの用紙に名前を・・・」

「名前?そうだな、愛の国から恋という名のプレゼントを届けに来たサンタクロース・・・とでも言っておこうか?」

はは!彼女、恥ずかしさのあまりに縮こまっているぞ!

胸がときめいてときめいて仕方ないのだろう。

きっと彼女の心の泉は大洪水に違いない。

ノアの方舟も腰を抜かしちまうくらいな!

全く、このこまった子猫ちゃんめっ!

貴樹は受付の台に肘をかけ、頬杖をしながら彼女を眺める。

見れば見る程美しいじゃあないか。

すっとした鼻筋。ぱっちりと開いた大きな目。そして桃色の可愛いお口。

堪らんのぉ〜。

「サ、サンタクロースさんですね。こちらで書かせていただきます」

ふ〜ん気が効くじゃんか。

「ではギルドカードの説明を・・・」

「そんなの後でいいよ。それよりさ、俺と楽しいことしない?お茶とか、お食事とか、デートとか?どう?」

彼女は目を泳がせている。照れてんのかよ。

「い、いやお仕事中なので・・・困りますっ」

そう言うと窓口の奥に引っ込んでしまった。

「ちぇ、あと少しだったのに」

窓口に置かれた掌サイズのカードを取って、珍しそうに眺める。

厚めの紙に、名前とランクDと書かれている。

「もっとステータスとか、スキル名とか書かれるもんだと思っていたけど思っていたけど・・・さっぱりしてんな」

ま、いっか。



窓口の近くの、丸太で縁取られた重厚な掲示板には討伐依頼が競う様にあちこちに貼り付けられていた。

質の悪い藁半紙に、黒いインクで内容が書かれていた。

その中に、血の様に真っ赤なインクで書かれた用紙を発見した。



至急!!

ヤパーナ郊外の暗黒の森にて、ルルシュケルトを発見。

近隣の村に多数の被害が確認されています。

力に自信のある冒険者は討伐に向かってください。



ほほう、俺様の幕開けにぴったりの依頼じゃないか。

早速、パーティを組まないとな。

ギルドの奥、長机と椅子が置かれた集会所へと入っていく。

ひえ〜強面のおっさんが多いなぁ。

机に丸太の様な傷の付いた太い腕を置き、睨みを利かせている。

貴樹なんかが目を合わせたら、それだけでちびりそうだ。

出来たら可愛い子とパーティを組みたいな。

そんで持って道中イチャイチャしてさー、魔物を倒してちやほやされたいぜ。

机に座る奴等の顔をチラチラと盗見しながら、通路を歩いていく。



とある机の前で貴樹は足を止めた。

魔法使いの格好をした黒髪美少女が1人。

清楚な格好をした、大きな弓を机の横に携えた青髪美少女が1人。

露出の激しい格好をした格闘家らしき茶髪美少女が1人。

計3人の美少女がおりました。

まさに、俺様に相応しいパーリィじゃないか!

「ねぇねぇお嬢様方。この紳士とパーリィ、おっとパーティを組みませんかぁ??」

美少女たちが振り返り、怪訝そうな顔で俺を見ている。

照れるじゃないか・・・

「あんたのパーティ?はは、めっちゃ弱そう」

格闘家が指を指して笑う。

「君、ランクは?」

魔法使いが尋ねる。

「ランク?将来、この世界の頂点に立つ男と言っておこうか」

「そいつさっき登録窓口にいたよー」

おいおいそれは言わない約束だぜ弓使いさん。

「まじで?ないわ」

魔法使いちゃんが呆れた顔をしている。

だが、俺はこの程度じゃあ諦めない。

貴樹は、懐から麻袋を出して机の上に放る。

「それ、全部あげるからさぁ。お願いっ」

3人は餌に群がる野良猫の様に麻袋に集まり、中身を探っている。

「すっげー、金銀があるぞ。それにこの宝石むっちゃきれー」

格闘家が目を輝かせている。

「ダイヤモンドっていうんだ。家なんて二、三件建つぞ」

「虹色に光ってるわ。私、これ欲しい」

魔法使いが釣れそうだ。

「全部売ったら結構な額になりそうよね」

弓使いもいい感じだ。

「ちなみに何の依頼?」

「ルルシュケルト」

その単語を口にすると、3人の動作が固まった。

どうやら、相当手強い相手の様だ。

「マジで言ってんの?あんなの上の連中でも苦戦すんのよ?」

「俺は強いから大丈夫!」

「でも君、ランク1番下じゃない」

意外と慎重なんだな。でも、俺にはきっと最強のスキルとかが女神様から与えられているから大丈夫に決まっている。

余裕、余裕。

「秘策があるのさ。君たちは見てるだけでいいよ。ちゃーんと報酬も山分けにするからさ。ね?」

そう言うと3人は固まって話し合いを始めた。

「ねぇ、あの豚さん本当に大丈夫なの?」

「秘策があるって言ってたよ?」

「嘘に決まっているじゃない。何も出来っこないわ。ルルシュケルト討伐へ行って何人の男が死んだと思ってんのよ」

「でも、あの豚。割と高価な武装しているわよ」

「別にいいじゃん金くれるんならさー。少しは遊んで暮らせるってもんでしょー」

「まぁ、確かにそうだけど・・・」

3人が俺に一瞥をくれる。

俺は紳士スマイルを贈ってあげた。

どうも腑に落ちない表情をしていたが、3人は結局了承してくれた。

怪しげな単語が聞こえた気がするが・・・気のせいだな。



そして貴樹は美女3人を連れて、暗黒の森へとルルシュケルト討伐へ向かった。







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