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Re:Actor・オブ・グラディエーター  作者: 河童Δ
次回予告━━━━━━━━━━━━━
67/344

開幕 コロシアム解放

【SS1】アルフォンス


 友軍五十に対して、敵は騎兵八十を含む三百強の軍隊だ。


 緊急対応の小規模編成だが、六倍の兵力差。

 それが、都市の中心にある王城から、コロシアムまでまっすぐに伸びる広い街道を、直近の中継基地から出撃、進軍してくる。


 我々の任務は、<勇者イリーナが悪王フォメルスを討伐する>それまでの間、軍の足止めをして、コロシアムに近づけないこと。


 大陸一の都市は広大だ。新しく且つ、王城に次いで巨大な施設であるコロシアムは、その中でも特殊な立地にあった。

 娯楽施設である都合、市街地に面し、同時に監獄施設である都合上、見渡しの良い広場の中心に位置する。



『大魔術師殿、状況はどうだ?』

 遠くにいるヴィレオン元将軍の声が、<脳内に直接>響いて来る。


――これは<私の魔術>の力。

 友軍を四つの班に分けた為、魔術を使って、それぞれの代表者と私の間に通信回線を繋げているのだ。

 五人からの状況報告を、必要な対象に報告する作業を同時進行しなくてはならない為、とても無駄口を叩ける状況にないのは理解しているのだが――。


「ヴィレオン氏!」


『どうした、アルフォンス?!』

 ヴィレオンが私の名を気安く呼んだ。


「私は大魔術師では無く、大天才魔術師です。天才部分を省略する事には目を瞑りますが、何卒、失念なされぬよう、心の中で天才と付け加えて呼んでくださ――」


『無駄口はいい! 状況を報告しろ!』


 怒られた。既に戦闘が開始されているのだからやむなしだ。



 我々の隊はこの市街地でしか機能しない。

 コロシアム周辺の広場まで到達してしまえば、こちらの偵察部隊を除いた四十騎で軍隊のコロシアム侵入を防ぐことは不可能となる。

 横に広がってしまった軍隊相手に、たったの四十では壁にもならないからだ。


 しかし、街道を進軍中の今ならば、隊は縦に伸びている。

 横道から襲撃を加えれば、不意打ちの効果を得て分断を狙うことが出来る。


 対応に追われた軍は、進軍速度を落とさざるを得ない。



「二班が追走の騎馬を撒いて、再度襲撃を開始。後方の進軍を大分引っ張っています。四班は逃走中、前方寄りに位置しています。敵戦力の半数は現在、隊列を成していない状態です」

 私は戦況をリアルタイムにヴィレオンに中継する。


 するとヴィレオンが次の指示を出した。

『五班に中央の足止めをさせ、前方の軍を孤立させろ。三班は二班の逃走をフォローだ』


 前もって用意していた数頭に、敵の偵察部隊から略奪した騎馬を加え、元々地理に聡い彼らは、十分な機動力を確保できた。

 五つに分けた部隊は、それぞれ列の後方、中央に波状攻撃を仕掛けては撤退する。

 指揮官のいる前方を避けることで、対応を遅らせているのだ。


 前進しなくてはいけない状況で、後方が戦闘に巻き込まれた。

 後方からの報告が指揮官に届き、指揮官の支持が後方に届くまでに間が出来る。


 まさか現場に到着するよりも早く、進軍直後に市街地で戦闘になるとは思っていなかったろう。

 その混乱を利用している。



『奴らにとっては目的地への到着が最優先だ。後方ばかりを気にして進軍速度を落とす訳にはいかんからな、対応は鈍る。ここで立ち止まって迎撃の体制を取るなら、それもこちらの思う壺だ』


 ヴィレオンがほくそ笑んだ。

 左遷先で看守をしていた時のくたびれた寡黙な老人とは違う。歴戦の勇士の面目躍如ということか。


「楽しそうですね」


 私が指摘すると、彼は馬鹿なといった反応で否定した。


『相手は自国民で、元同僚だぞ?』


 これが敵国に最も恐れられた、ヴィレオン将軍の戦術か。七倍を超える兵力差を持つ舞台を手玉に取っている。


 可哀想なことに、敵は何が起きていて、何を相手にしているのかすら分かっていない。

 それを把握する為の出兵なのだ。加えてコチラは全てを把握している。


 とはいえ、如何にこちらが策を労そうとも、この整備された平地で、高齢者も多い自軍の力だけで、精強な敵軍を殲滅することは不可能。


 我々が成すべきは、時間稼ぎに限られている。


 作戦開始前には、ヴィレオン隊もフォメルス討伐の戦力とするべきという見解もあった。

 しかし、此処での足止めが無ければ、軍はとっくに王の元に駆けつけていただろう。

 ヴィレオン氏の読みは正しかったのだ。



 敵軍は既に複数に分断され、前列は七十人程度で孤立している。

 撤退するヴィレオン分隊に追っ手を放つなどの行為で、敵軍は散り散りになっていた。


 しかし、当然相手は人形ではないのだから、その都度対応をしてくる。


「ヴィレオン氏! 指揮官を含む騎兵三十が隊から離脱、先行してコロシアムへ進軍を開始しました!」


 私は軍の更に前方で馬を走らせながら、敵の動きを観察する。


 敵部隊は歩兵を切り離して、犠牲になっている移動速度を獲得。

 コロシアムへの到着を優先することにした様だ。


『一班、追撃する。四、五班はアルフォンスに合流。二、三班は撹乱を続行しろ!』

 ヴィレオンはすでにそれを警戒していたのだろう。

 一班はすぐに先行する騎兵に追い付いた。


 一班はヴィレオンの一人部隊だ。

 ヴィレオン一人で一班分の戦力を担う。そうやって、他班に人数を割いていた。


 それだけ彼の能力は突出しており、単独行動の身軽さは、その場の判断を即座に実行に移せる利点があった。



 ヴィレオンが後方から迫り、騎士たちを馬から叩き落として行く姿が、遠目に確認出来た。

 敵兵も反撃を試みるが、その剣はヴィレオンを捉えることはなく、手を出した者から落馬して行く。


「スマンな」

 怪我を追わせた騎士達にヴィレオンが言葉を掛ける。


 致命傷を与えないように気を使いながら、あれだけの数を捌く彼の技術は、まったく違う次元の剣士だということを証明していた。


 私はその様子を備に窺い、ヴィレオン元将軍からの次の指令に備えた。



 隊列の崩壊した騎兵たちがその場に停滞すると、ヴィレオンは敵部隊の前方へと回り込み、堂々と姿を曝す。

 敵の指揮官が驚愕する。それでいて、どこか合点がいったという反応を含んでいた。


「ヴィレオン将軍!? あなたの仕業か!!」


 ヴィレオンは敵指揮官と対峙する。


「久しいなチンコミル、出世したじゃないか」


 騎兵三十を前に悠然と立ち塞がる元将軍に、チンコミル将軍は戦慄した様子だ。

 ヴィレオンは、指揮官自ら姿を現す危険を冒した事で、先行しようとした騎兵の足止めに成功した。


「……何故、このような真似を?」


 表情に失意の色を濃く滲ませながらも、チンコミルの態度は冷静さを失ってはいない。

 落馬した騎士たちの復帰を急がせている。


「話をしよう。穏便にいこうじゃないか、チンコミル」


 ヴィレオンはこの戦力差を覆せると思って姿を曝した訳じゃない。

 時間稼ぎ自体を目的とした交渉をするつもりだ。


 チンコミル将軍が猛る。


「反逆者に貸す耳はありません! そこを通してもらいます!」


「チンコミル、お前は俺がフォメルスへの腹癒せで暴れているとでも思っているのかもしれんがな。

 違うぞ。ティアン姫の濡れ衣が晴れ、フォメルスの罪が白日の元に晒される日が来たのだ」


 ヴィレオンがチンコミルを諌めるように言った。

 しかし、チンコミルは耳を貸さない。


「政治は我らの仕事ではありません。話は任務を完了した後に聴かせて頂く」


「監獄でか? ……ふん」

 ヴィレオンは鼻息一つ。

「相変わらず、融通の利かん奴だ。俺の部下だったなら、その判断を賞賛したがな」


 説得の失敗に不満を漏らしていた。


 チンコミルは騎兵たちに指示を出す。

「ここは引き受ける。先に行け! 行って王の指示を仰ぐのだ!」


 騎兵たちを先行させた。

 ヴィレオンは当然、妨害に走るが、その間に指揮官のチンコミルが自ら割って入る。


「覚悟ぉぉっ!!」

 チンコミルの重い攻撃を受け止めたヴィレオンが呻く。


 その横を騎兵たちが通過して行った。

 こうなってしまっては、もはやそれを見送るしかない。


「やれやれ、歳は取りたくないな」


 ヴィレオンはボヤいた。7年のブランクに加えて、かなりの高齢だ。

 まだ若いチンコミルとの膂力に差を感じているのだろう。



「大天才魔術師!! 四班、五班を引き連れて、騎兵を追え、俺の方は手間がかかりそうだ!!」


 その指示は実質の解散命令だ。ここでの足止めの終了を意味している。

 作戦を続けるよりも、チンコミル一人を引きつけることの重要性を優先したのだ。


 分断された敵兵達も、それぞれにコロシアムへと集結を始めるだろう。

 それを此処で留めておくことは、もう出来ない。


「分かりました! 私達はコロシアムに向かいます!」


 あとは現場の乱戦をサポートするしかないが、それはこの敵軍の只中にヴィレオンを一人残して行くということだ。

 しかし、彼の代わりは誰にも務まらないのだから、他に選択の予知はない。


「一班から三班の武運を祈ります!」

 私はヴィレオンの指示に従い、コロシアムへの帰還を開始した。



 合流した四、五班は三人にまで減っていた。

 死んだとは限らない。戦闘の継続を可能な者が、私を含めて四人になったということだ。

 もはや陽動作戦を維持できる兵力では無くなっていた。解散も頃合い、戦線は崩壊したのだ。


 私達は全力で、勇者とフォメルス王が対決するコロシアムに向かって、馬を走らせた。


 まだ決着していなければ、コロシアムでは勇者率いる剣闘士達と、フォメルス率いる近衛兵による、三百人規模の乱戦が繰り広げられている筈だ。


 ヴィレオン隊との通信を切ったが、接続を絶ってしまった勇者の位置を再度特定するのは容易ではない。

 魔力のストックも限界に近付いていた。


 先行した騎兵三十に加えて、すぐ合流するであろう二百人以上がフォメルスの元に集結すれば、敗北は必至。

 即座に決着しなければ、我々に未来は無い――。




 直進した先はコロシアムだ。あっという間の到着だった。

 視界の先に騎兵の姿が見える。追いついたのだ。


 しかし、追いついたからと言ってどうする?

 入り組んだ市街地ならばともかく、コロシアム前の広場では我々四人程度では勝ち目がない。


「アルフォンス殿ッ!」

 私の思案を遮って、五班のリーダーだった老騎士が叫ぶ。


「どうしました?!」

「様子がおかしい!」

 そう言って、老騎士は前方を指し示した。



 確かに不可解な事態が起きている。


 先行した騎兵達が立ち往生し、一向にコロシアムに攻め込む気配が無い。

 その原因を見て、私達は驚愕した。


「コイツぁ一体……」

 老騎士が困惑の声を上げる。


 コロシアム前の広場に人だかりが出来ていた。

 それはもはや群衆と呼べる人数で、一目で千人を軽く超えていることが判った。彼らが邪魔をして、騎馬が通れないでいるのだ。


「コロシアムの観客達ですね」

 それは一目瞭然であったが、老騎士の呟きに私は答えた。



 フォメルス王を打倒する為、最低限の護衛で王宮の外に出るコロシアム観戦中を開戦のタイミングに選んだ。

 その為に、観戦目的の一般市民も現場にいるのだ。


 敵部隊は指揮官の指示無しに、自国の民衆を蹴散らして進軍する決断を下せずにいる様子。

 悪王フォメルスの傀儡とは言え正規の騎士達だ。それくらいの分別はあるらしい。


 施設内で戦闘が開始された為、観客達が一斉に外に避難して来たのだろう。

 そう思ったが、どうやら違うみたいだ。


 群衆からは、「逆賊フォメルスの手先は帰れ!」とコールが起こっていた。


 つまり、勇者の戦いを邪魔させない為に、意識的に軍隊の侵入を拒むバリケードとして行動しているのだ。

 軍の本隊が到着する迄、或いはフォメルス王がその指示を下すまで、彼らは十分な時間を稼ぐだろう。



「驚いたな……」

 思わず素の感想が溢れる。


 あの人は一体、彼らにどんな魔法を使ったというのだろう。

 勇者の顔が頭に浮かぶ。

 気が付くと私は、馬から降りてコロシアムへ向かって駆け出していた。


 あとは悪王フォメルスが勝つか、勇者イリーナが勝つかだけだ。



 私は群衆の壁にたどり着く。


 コロシアムの入り口まで距離があるが、この密集地帯をどうやって抜けたらいいか、思いもよらない。

 考えるより先に、ただ掻き分けて進もうと身体が動いていた。


「通して下さいっ!」

 群衆の壁に向かって私は嘆願する。


 すると、掻き分けて進もうと手を差し込んだ私は、身体ごと群衆の中に飲み込まれていく。

 何の抵抗もなく、身体がコロシアムの入口へと導かれていった。


「アルフォンス!」

「アルフォンスだ!」

「魔獣戦観てたぞ!」


 彼らはコロシアムの観客達だ。

 剣闘士として数試合出場した私のことを、皆が知っていた。


 そして、勇者の味方である事を知っている。


 人生の殆どを魔術の研究に捧げてきた私にとって、他人との距離感がこんなにも近いことは初めての体験だ。

 どう消化して良いのか判断出来ない。ただやたらにむず痒かった。


「かんばれよっ!」

 そう言って、誰かが私の背中を叩いた。


 私は、「あ、ありがとうございます!」と礼を置き去りに、コロシアム施設内へと駆け込んだ。



 手厚く見送られたものの、果たして私に出来ることが残っているだろうか?

 私は結果を確かめに来たものだと理解していた。


 観客の入場スペースは、皆が外に出払っていて無人だ。

 闘場の方から喧騒が聞こえているが、そちらも終息している頃だろう。


 肝心の勇者は何処だ?

 勇者との通信の最後、軍との合流を目指し、出入口の方に向かっていたフォメルス王を追走していた。


 ならば、とっくにここ迄たどり着いていても、おかしくはないというのに――。


 私は出入り口側から、施設の奥へと向かう。



「勇者様っ!! 勇者様、何処ですかっ!!」


 私の呼び掛けに対し、微かに女性の返答が聞こえた。

 それは実に微かな声で、無人状態の通路でなければ聞き逃していただろう。


 私はそちらに向かって駆け出す。



 円形コロシアムを囲う施設はカーブを描いており、先の景色が見通せない。

 直前まで来てやっと、二千人からの収容が可能な客席を擁する、広い施設の通路先に、人が倒れているのを発見した。


 一、二……、四人だ。全員が見知った人物だった。


 一人は、共に戦い友情を育んだ少年、ジェロイ。

 血溜まりの中に沈んでおり、もはや無事で無いことが明らかだ。


 もう一人は、敵将として討ち取るべき人物、フォメルス王。

 こちらも、心臓にボウガンの矢を受けており、絶命は必至だ。



「――助けて、誰、か……イリーナを……!」


 そして私の呼びかけに答えたその声は、この国の正当な王家の血筋であるティアン姫のものだった。


 ティアン姫は勇者イリーナと折り重なるように倒れていて、微かな魔力を放ち続けている。

 彼女は治癒術師であることから、負傷した勇者を治療していると考えて間違いはない。


「ティアン嬢、大丈夫ですか?! 勇者様は、勇者様はご無事なのですか?」


 ティアン姫は息も絶え絶えに、呪文を詠唱し続けている。


 私は、彼女達の傍らに膝をついて、その安否を確認する。

 苦悶の表情から負傷を心配したが、ティアン自身に外傷は無さそうだ。


 一方、勇者は微動だにする様子が無い。

 防具、衣服の破損、汚れを見れば、どの様な傷を負ったのか想像ができる。


 肩口から肺までを寸断されたそれは、完全な致命傷。即死のはずだ。

 しかし、勇者の傷はすっかり塞がっていた。


「……これは」

 私は息を飲んだ。


 ティアン姫の治癒魔術は、その傷を再生させ、死にかけた魂を蘇生させようとしている。

 そんな膨大な魔力や高度な術の構築など彼女には、いや、殆どの魔術師には不可能な筈だ。


 そう、まるで奇跡としか言いようがない。



「ティアン嬢、これは一体……」

 ――!? 私はその魔力の源に気付いた。


 魔力を吐き出しきって枯渇させたティアン姫は、それでも術を行使し続け、自らの生命を司るエネルギーを魔力へと転用しているのだ。


「ティアン嬢! もう十分です、すぐに魔術を停止して下さい! さもなければ、貴女が命を落としますよ!」


 このまま続ければ、生命の維持に必要なエネルギーが底を付く。

 私は強く言い聞かせる。


「もう大丈夫です! 勇者様は助かりました、一命は取り留めましたよ!」


 確証は無かった。それでも、外傷は完治していたし、脈もある。

 何より彼女を死なせる訳にはいかない。


 聞き分けたのか、力尽きたのか、ティアン姫が放っていた魔力が終息する。

 誰かが止めていなかったら、この人は勇者の為にその命を燃やし尽くしてしまったのでは無いだろうか。



「良かった……」

 ティアン姫はその美貌を涙で濡らしていた。


 それを理解出来ない行動だとまでは言わない。

 しかし、私にとっては愚かしい。少なくとも、理性的で賢い行動とは思えなかった。


 この戦いは彼女を救う為の戦いであり、戦った全ての者にとって、彼女が生きてこその勝利。

 少なくとも、勇者にとってはそうである。


 そして何より、勇者の為に命を落とすことは結果として、ナンセンスなのだ。


 何故なら、勇者は<異世界より召喚した魂>を、この世の肉体に憑依させた物。

 そう、ネクロマンサーである私が、<死霊魔術>によって呼び寄せた霊魂だ。


 死者に命を捧げるなんて、馬鹿げている。


 勇者は、初めから死んでいたのだから。





  『禁断の死霊魔術が大暴走してボクっ娘オブ・ザ・デッド』開幕。

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