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Re:Actor・オブ・グラディエーター  作者: 河童Δ
次回予告━━━━━━━━━━━━━
196/344

開幕 女王の結婚

【SS3】ティアン


――昨夜、訃報が届いた。


 彼は頼りにしていた書記官でした。



 リビングデッドの襲撃によって、皇国の被った被害は甚大で、人手の不足から多くの機能が麻痺してしまった。

 何より、悲劇的な出来事に見舞われ、民衆が心に負った傷は深く。


 戦時中とはいえ、復旧に着手出来ない彼らに鞭を打つような真似は出来なかった。

 そのしわ寄せで、政府の処理能力を超過させてしまった事は、このアシュハ皇国女王たる私の責任だ。


 とても優秀な人物で、嫌な顔一つせずに対応してくれていた。

 私は彼を尊敬し、とても頼りにしていたのです。



――書記官リヒトゥリオは亡くなった。

 死因は突発的な心不全や、それに類するものではなく。


 自殺だった――。そう報告を受けた。


 当日、顔を合わせた時に、お互いに労い合い。

 笑顔を交わして別れた筈だったのだ。


 しかし、その日のうちに彼は自死した。


 私は、自らの責務と対するのに精一杯で、異変に気付いてあげられなかった。


 彼の訃報を知らされた時、私は唐突に意識を失い。

 目を覚ませば、自室のベッドの上だった。



「レイクリブ。彼はどうして、その手で命を絶ってしまったのでしょう……」


 私はベットに横たわったまま、護衛騎士のレイクリブに疑問をぶつけた。

 日は既に半周しており、執務の遅延が気掛かりだった。


 そして、リヒトゥリオ書記官の自死の動機がどうしても知りたい。



――現在は閉鎖中のコロシアム。

 私はそこで人生の半分を過ごした。


 それ以前は物心が無かったという意味では、人生の殆どをそこで過ごしたと言えるかもしれない。


 社会との繋がりがそうであると言うのならば、私の人生はまだ一歳半でしかない。


 その監獄の中では、私は生きる意味を奪われていた。


 社会的に抹殺され、全うすべき役割も無く、人との接触すら無い。

 寵愛を受けて主の心を癒すだけ、籠の鳥の方が遥かに存在意義があった。


 家畜の様に人の腹を満たす訳でもなく、玩具や道具の様に用途がある訳でもない。


 誰もいない部屋で、誰に影響を与える事も無く、ただ呼吸をしていた。


 よく泣いたと思う。

 けれど、それは誘眠剤と同じ意味で、そうしなければ眠りに着けない時があったというだけ。

 泣いても、誰にも響かない。壁に吸収され、溶けて消えるだけ。


 私は世界から断絶された、まったく空虚な存在だったのだ。


 孤独だった。書物だけが友であり、教師だった。


 おかしな話だけれど、私は書物に嫌われない為に、70000時間の間、背筋を正していたようなものなのだ。

 書物の中の登場人物にすら、嫌われたくないという滑稽な理由で。



 私は死にたかった――。


 でも、自分で命を絶つのはあまりにも惨めで、いつか誰かがそうしてくれることを夢見て生きて来た。


 他殺を、夢に描いて生きて来た。


 元は英雄であるにも拘ず。

 私への忠節を尽くすため、看守に身をやつしたヴィレオン将軍。


 実際に口に出して伝えた事はなかったけれど、彼にそれを求める気持ちでいた事もあった。

 他にはいなかった。彼ならば適任であると思えたからだ。


 私の為に全てを捧げてくれた彼になら、その権利があると疑わなかった。



 でも、死を夢想することは、もう二度とない。


――あの人に出会って、人生の愛おしさを知ることが出来たから。



「陛下。お言葉ですが、その答えを今得ることは不可能でしょう。一刻も早くの復調を目指し、安静に努めてください」


 相変わらず、神経質そうな声でレイクリブが私を咎めた。


 これまで専属の女中と、イリーナ以外の自室への立ち入りは無かった。


 私が倒れてしまった為、急遽、スケジュールの変更が必要になり、こうやって護衛騎士のレイクリブが調整に来てくれている。


 それと、女中のサンディが何時ものように付き添って、身辺の世話を焼いてくれていた。

 彼女は私より二つ年上で、背丈も近しい可愛らしい女子だ。


 長い牢獄生活で特定の世話役などつかなかった為、気安い相手をとの理由から若い彼女が担当に選ばれたということらしい。



「ごめんなさい。この忙しい時に……」


 仕事を滞らせていることを、私はレイクリブに詫びる。


「いや、不謹慎な意見であることは承知の上で。口で言っても利かない陛下を休ませる機会が得られ、良かったと考えています」


 普段から歯に衣着せぬ物言いが特徴の彼だけれど、今回ばかりは流石に酷い発言だと感じた。


「そんな言い方……!」


 女王である私が諫めようとしても、一切ひるむことなく意見を述べて来る。


「自覚を持たれよ。献身の心は尊いが、それで陛下が過労死などされたら、皇国は滅亡だ。

 書記官を愚弄するつもりは無いが、俺は陛下の為には生命を賭する覚悟です。他者にもそれを望んでいる」


 厳しく口うるさかったヴィレオンでさえ、此方が意見をすれば畏まって折れたものだった。

 流石は唯我独尊を旨とした、フォメルス元国王の次男である。



 レイクリブ上級騎士は、リヒトゥリオ書記官の自殺に対して、哀悼を示すよりも、むしろ憤慨している様子だ。


 任務の放棄と見なしたのだろう。


 しかし、リヒトゥリオの働きぶりや、これまでの貢献を考えれば、悼みこそすれ非難する気は起きない。



「そんな事より、陛下。ダーレッド・ヴェイルに婚姻を迫られている。という噂を耳にしました」


――騎士隊長ダーレッド・ヴェイル卿との婚姻。


 その話は先程、騎士団長からされたばかりだ。


 この場にいた私と、身の回りの世話をしているサンディしか知らないものだと思っていたのに。


「もう、話が広まってしまっているのですか?」


「人の口に戸は立てられませんよ」


 レイクリブがそう言うと、女中のサンディが突然、忙しなげに部屋の掃除などを開始する。


 私とサンディしか知り得ない情報が、いったい何処から漏れたのだろう?



「陛下は、どの様にお考えか?」


 何に対する質問か判らず、私は首を捻る。

 レイクリブの口調が険しくなる。


「ダーレッド卿に対して、どういった印象をお持ちかと訊いている」


 その威圧感は、とても女王に対する騎士の態度とは思えない。


「ええと……。優秀な騎士長だと伺っております。それと……そう、とても明朗で快活なお人柄でいらっしゃいますわね」


 何度かお会いした時は、とても紳士的な方だった。

 よく気を回して、冗談で和ませようとして下さっていた。


 その冗談は私には難度が高く、笑うタイミングがよく分からなかったのだけれど。


「陛下の前では皆、そのように振る舞う努力をするでしょうね」


「何を怒っていらっしゃるの……?」


 私はレイクリブを咎めると、彼は否定も物怖じもせずに答えた。


「陛下は愚昧である。としか言いようがございません」


「ええ……」

 私は戸惑った。<その様に振る舞う努力>とやらを怠っている者が、目の前にいる事に。


 レイクリブは続ける。


「陛下と婚姻を結べば、その者は実質、皇帝です。


 僭越ながら、個人的な感想を述べさせて頂くならば、ダーレッド・ヴェイルという男に傅く事には激しい抵抗を覚えます」


 つまり、レイクリブはこの縁談に反対なのだ。


 言葉は乱暴だ。

 けれど、真意のわからない者だらけの中で、ハッキリと本音で向き合ってくれることには安心感がある。


 でも、レイクリブのそれは無用な心配だった。



「――ふふ、安心なさってください」


「ダーレッドは、陛下に対する建前通りの男ではありません。清廉潔白とはかけ離れた人物です。必ず御身を不幸にすることでしょう」


「――私、初めから縁談を受けるつもりは無いのです」


「しかし、陛下がこの調子ではそうも言ってはいられない。国家の存続が危ぶまれれば、否応なく――」


「レイクリブ、あの、レイクリブ?」


「求心力のある騎士団長と、その息子に実権を譲らざるを得なくなるのは必定――」



「結婚しませんってばっ!!」


 女王の言葉を無視して話し続ける騎士に、ありったけの声量をぶつけた。


「――はっ? ダーレッド卿との縁談は破談になさると?」


「何度も言いました!」


 レイクリブは、ふむと、ようやく納得した素振りを見せる。


「そうですか。無知蒙昧な陛下でも、あの男に権力を与える危険性は憂慮しているご様子。安心しました」


 解ってもらえたみたいで、私は満足した。



「ダーレッド卿の人柄は関係ありません」

 私は、その理由を誇らしげに掲げて見せる。


「――何故ならば! 私はイリーナと結婚すると、心に誓っているのですから!」


 ですから!

 から!

 ら!


 私が決意表明をすると、レイクリブは眉間を抑えて俯き、黙ってしまう。


「どうかしまして?」


「…………クソが」


 今、有り得ない言葉を小声で呟かれたような……。


 レイクリブは度々聞かせてくるのを遥かに上回る、大きな溜め息を吐いた。


「それ、嫌いです」

 当て付けがましい溜息を非難すると、彼は心底忌々し気な眼差しで私を見返した。

 あまりに刺々しい、ちょっと人に向けて良い視線ではない。


「君主が、予測を遥かに上回る阿呆だったので、目眩がしました」


「何が阿呆なのです!?」


 愛し合う二人が、契を交わす。当然の帰結のはず!

 それの何が間違いなのか、分かり易い説明を求めます!


 次の瞬間、レイクリブはとんでもない事を言った。



「――イリーナとは、結婚できませんよ」


「……ん?」

 私は何かの間違いかと思い、訊き返す。

 しかし、同様の返答が繰り返されるのみ。


「イリーナとは結婚できません」


 出来ない。何が? ……結婚が? 何故っ!?


 結婚とは、生涯のパートナーを定める儀式。

 私にとってそれは、無二の親友たるイリーナ以外には有り得ません。


 レイクリブは何故、そんな理不尽を言うのでしょうか?!


「何故です!? あんまり不敬が過ぎると免職にしますわよ!!」


「女同士だからだよ! 同性婚は出来ない法律だろうが、阿呆がっ!」



 同性、同士の、結婚は、法律で、禁止されて、いるっ!!?



「そんな……。そんな事、どの書物には記されてはいませんでした……」


「記すまでもないんだよ、常識なんだから」


 生涯のパートナーを、異性に限定する理由はなんだろうか?


 結婚出来なかったらどうなるの?

 別の異性の方を生涯のパートナーに?


 えっ? えっ?


 別の方をパートナーにしたら、イリーナはどうなるの?


 お別れなの?

 イリーナとお別れして、別の方を愛する……。


 それは不可能な事だ。


「……おい、その絶望顔を止めろ」


「やだ! 嫌です! 私はイリーナと結婚します!」


「無理を言うな!」


 私の理性とレイクリブの敬語が溶けて消えた。


「無理なものですか! 私は皇帝なのですよ! 決めました。今、決めました! 今日から同性同士の婚姻以外は法律違反にします!」


「落ち着け! まず、落ち着け!」


「だってだって! 有り得ませんもの! 今後、イリーナ以外の人をどうやって彼女以上に愛せると思いまして!」


 取り乱す私達を見て、サンディが「あはははは」と、笑い出す。


「笑い事じゃねえーんだよ!!」「笑い事じゃありませんわ!!」


「申し訳ありません……」


 どんなに苦境に立たされようと、皇国の復興を続ける事は出来る。

 けど、これだけは無理ッ! 絶対に無理ッ!


「とにかく、今すぐ手配してください。アシュハは今日から同性婚を許可します。いいえ、推進します。むしろ賛美します。そう致します!」


「おいっ! 陛下がご乱心なされたぞっ!」


 主君に対して、頭のおかしい相手を見る様な眼差しを向けるのは止めなさい!


「どうしてですのぉ……」


「他の娘がどんな恋愛をしようが構わん。しかし女王である以上は、その血を受け継いだ、跡取りを残さなくてはならないだろう」


「それの何処に問題が?」


「はあ? 女同士で子供は作れんだろうがっ!」


「……ん?」

 私は何かの間違いかと思い、訊き返す。


「何がっ!?」

 レイクリブは反り返って頭を抱える。


「ええと……。ちょっと、考えを整理させてください」

 私は指を折って、何かも分からない数を数え始める。


「その必要は無い。女同士では、子供は産まれないと言っている」


 その瞬間。私は天啓を得たかのように全てに合点がいったのだ。


 そうか! 女同士では子供は作れないんだ!

 それで性別なんてものがあるのか、なるほどなぁぁぁ!


「諦めて、婿を探すんだな」

 そう言って、レイクリブがこの命題をぞんざいに完結させようとする。


 私は懸命に思考し、一つの妙案を思い付いた。



「そうだ。仮にも貴方は、一時王位継承権を有していました。未練がおありでしょう?」


 そのあたしの発言に、レイクリブは過去一番の軽蔑顔を見せた。


「おい!! 皇国の命運を丸投げして来たぞ!?」


「冗談です! 冗談です!」

 余りの剣幕に、私は前言を撤回した。


 だって、レイクリブの方が適性があるような気がするのですもの!


 その様子を見て、サンディが腹を抱えて地面に蹲っていた。

「駄目だ……死ぬ……」

 ひいひいと苦しそうにえづいている。



 私はショックを受けていた。


 イリーナがそういった話を一切して来ないことが疑問だった。

 むしろ、避けている様子もあった。


 私はそれをそんな場合ではない為に、遠慮しているのだとばかり思っていたのだ。


 しかし、それはとんだ勘違いで、真相は女同士の婚姻が成立しないからだったのだ。


 女王だから、男性と婚姻を結び、時期皇帝たる跡取りを残さなくてはならない。

 だから、私が国を背負うと告げた日、イリーナは諦めたのだ。


 私には、まったくそんなつもりは無かったのに。


――私は、とても悲しい気持ちになる。


 私の思い至らない所で、皆が重大な覚悟や決断をしている。


 私を守る為、ヴィレオン達は長い戦いを続け、剣闘士達は帝国に反旗を翻し、民衆は私を支持してくれた。


 特にこのレイクリブに至っては、その信念に従って、敬愛する父親の仇である私に仕えている。


 もう、私一人の願望を叶えようなどと言う我儘は、決して許されないのかもしれない。


 何を置いても優先されるべきは民衆の幸福なのだ。



「時々、考えずにはいられません。もし、フォメルス王が健在なら、アシュハは没落する事は無かったのではないかと……」


 そんな想像には意味が無いと、イリーナは言っていた。

 フォメルス王であるが故に、もっと悲惨な未来が訪れた可能性も同じくらいにあるのだと。


 しかし、事実として私は無力なのだ。


 リヒトゥリオの様に、今も誰かを不幸にしているかもしれない。



 立ち去りかけていたレイクリブが、私の呟きを受けて振り返る。


「お前一人の力が父に及ぶ必要は無い。我々の力も合わせて足りれば、それで良いのだから。


 それよりも陛下、ゆっくり休み体力を回復されるよう。済んだことを悔やんでいる暇はありませんよ」


 そう言い残し一礼すると、今度こそ退室して行った。



「いやいや、体を気遣うなら、もう少し態度があるってもんですよね」

 レイクリブを見送り、扉を閉じると、サンディがボヤいた。


 私は薄笑いを浮かべて答える。

 確かに、随分とエキサイトしてしまった。


「でも、レイクリブ様の仰る通りだと思いますよ」


 サンディのそれは、どの部分を指しての事だろう。

 振り返ると、随分な醜態を曝した印象しか残っていない。


「やっぱり、私、阿呆だと思いまして?。


 今のやり取りを聴いて、失望させてしまったのかしら……。


「まあ、ダーレッド様はなんか信用出来ないって事です。男は慎重に選ばないと」


 まあ?


「……サンディは」

「はい?」


 阿呆に対する否定はないのかしら?


「例えば、どんな男性が良いと思いますか?」


 私の質問に、ふと視線を上へと泳がせた後。

「明確な相手は思いつきませんが、あのアルフォンスとか言う魔術師が論外とだけは断言できます」


 サンディは名指しで特定人物を否定した。


 この時は、無関係なアルフォンス様の名が上げられた事が疑問に思えたけれど、その真相は後日、白昼の元にさらけ出される。



「陛下は立派であらせられますよ。私が同じ立場なら、半日で投げ出していますとも」


 今となれば、彼女とのやり取りも懐かしい――。


「無学な私が言うのも何ですが、陛下を無理させてまで幸せになりたいとは思えないんです。皆、勝手に幸せにでも何でもなれば良い」


 私がした選択は正しかったのでしょうか?


「そう思うようになったのは、身の回りの世話を任されてからで、それ迄は皆と同様に国家の不振は全て、陛下のせいだと思っていたので、偉そうには言えませんが」


 それとも、間違えていたのでしょうか?


「皆、それを宿命だとか、責任だとか言うでしょう。でも、私はあなたの犠牲を望まないです。幸福を願います」


――ありがとう、サンディ。



 これから始まるのは、最終章。

 結末の物語。


 それは、大魔術師の死によって唐突に幕を開け。

 皇国の崩壊と、女王の死をもって幕を閉じる。


 それは、私の愛した勇者の物語。


 小さな二人によるとても幸福で、ささやかな恋の物語だ。





  『暗愚の女王と愛しのグラディエーター』開幕。

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