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◇ ◇ ◇





10年前の9月、僕は人生最後のバイトを終えた。


ド○ールコーヒーショップでのバイト。最終日には、閉店後の店舗を貸し切って(?)のお別れ会と、それとは別にディナーを誘ってくれる先輩スタッフがいたりと。

それは、比較的と言うか、かなり綺麗な思い出の一つで。これから先、僕はサラリーマンとして働き始め、この10年間で職場を4回変えることになったのだが、それぞれの職場を立ち去る際にこんなに心温まる送り出しをうけたことは、一度もなかった。



…話を戻そう。10年前に僕がバイトを終えた時の話だ。


最後にその店に来たとき、パートの清水さん(新婚さん)が、仕事中にもかかわらず休憩所で手続きをしていた僕のところにやってきて、


「頑張ってね。…応援している!」


と言ってくれた。…清水さんったら、すごく顔を近づけて言ってきたので、僕はドキマキしながらも、彼女の肌のきめ細やかさと、大きな瞳と睫毛を堪能することが出来て、そして何よりも、その笑顔が、本当に眩しくて素敵だった。




僕は1年前からずっと、彼女、清水さんのことが大好きだった。なんでって、とっても美人で可愛かったから。

バイト初日で、一気に好きになった。


新婚さんで人妻だってことはすぐ知ることになったけれど、それでも好きな気持ちは収まらなかった。なんでって、そんなの気にならないくらい、とっても美人で可愛かったから。



でも、清水さんは最初僕に結構冷たかった。…それも、恐ろしいくらいに。

たぶん最初の1か月くらいはガン無視だった。


ガン無視された理由は、恐らく、

1)彼女そもそもの性格 →その容姿から周囲にチヤホヤされすぎて、傲慢な性格になっていた

2)僕の第一印象があまり良くなかった →気があるのを察知して避けようとしていたのかもしれない


まあとにかく、心が折れそうになるくらい、冷たくされたわけだ。




◇ ◇ ◇

…で、どうしたかって?


仕事を、頑張った。仕事頑張って、彼女から「君がいてくれて、助かったわ~」って思ってもらえるくらい、出来るスタッフになろうと頑張った。

…ってやっているうちに、3ヶ月くらいしたら僕は仕事がかなり早いスタッフとして注目されるようになった。




◇ ◇ ◇

…で、どうなったかって?


清水さんとは仲良くなれた。仕事を終えてから休憩室で彼女と話し込んだりとかもするくらい、仲良くなった。

…ただ、それ以上仲良くなることは無かった。なぜかというと、僕はほかのバイトの女の子からアプローチを受けて、付き合うことになったから。

僕よりも3ヶ月後輩の子で、僕のことを『仕事できるのに、謙虚な先輩』と感じて好きになったらしい。

僕は僕で、そうやって甘えた猫のようにやってくる後輩のことを可愛いと思ったし、彼女がいるというのはやっぱり、毎日が楽しかった。




◇ ◇ ◇

…で、その彼女と今は?


僕がバイトをやめた3ヶ月後に、彼女と別れた。理由は、はっきり覚えていない。

とにかく、僕がバイトを辞めた時点で、僕らとの共通の話題がほとんどなくなったのだ。そして、僕が社会人として最初に入った会社は見事なブラック会社で、殆どプライベートの時間が取れなかったこと、そして、心の余裕がなくなって彼女の話をあまり聞けなくなったこと、それら理由から、突然彼女の方から別れを切り出された。…そのころには、彼女もド○ールのバイトを辞めていた。



◇ ◇ ◇

…結局、清水さんとはそれっきり?


実は、バイト中に清水さんと1度だけ、デートをしたことがあるんだなこれが。『見たい映画があるんですよね』って言ったら、『それあたしも!』ってことになって。…僕はもうその時は彼女もいたので、いわゆるW不倫ってやつだ。…もちろん、異性同士で映画を見に行くのが浮気ってことになるんだとしたらだけど。

映画の内容はあまり覚えていない。…ただ、隣のシートに座る清水さんのおっぱいが大きいのが服の上からもわかるくらいで、僕はそっちが気になってしょうがなかった。映画を見終わったあとは、近所の喫茶店でお茶して、そのあとは何もなかった。『そろそろ、夕飯の買い物行かないと…』と言われたら、そこで引き下がるのが大人の付き合いって奴だろう。


その後、清水さんを誘うことは無かった。…なんとなく、それ以来彼女の方で壁を創っていたような気がする。僕とのデートは、きっと例外事項の範疇にしておきたかったのだろう。

ただ、僕と清水さんとの仲はどんどん良くなっていったと思う。一時期なんか、ふたりで話せる時間があるときは、お互い積極的にそれを確保しようとしていたと思う。もちろん、バイトのシフトが重なったとき限定での、付き合いだったけれど。



ド○ールコーヒーのバイトを辞めて1年後、僕はその店にふらっと寄ってみた。そのときは仕事が本当に大変で、彼女もいなくて、つまりとっても寂しかったのだ。

何人かは新しいバイトの人に代わっていたが、一緒に働いていたスタッフも何人か残っていた。…ただ、そのなかに清水さんはいなかった。


『そういえば…清水さんは、辞めちゃったの?』さりげなく、僕は聴いてみた。


『ああ、清水さん!』そのパートの女性は、顔を少しだけしかめて、言った。





彼女ね、先月辞めたんだけど、──離婚しちゃったのよ。


ほら、旦那さん結構エリートだったでしょ?たぶんね、浮気されちゃったみたいで。

彼女も彼女で、結構気の強いタイプだったからね…きっと、合わなかったんじゃないかしら。


でね、彼女の実家、高知なんだけど、そっちに帰ることになっちゃって。





◇ ◇ ◇

10年経ち、僕の今はどうだったかと言うと



つい先月、僕は4社目の会社を辞めた。ひどい辞め方だった。ちなみに、退職時の僕の役職は執行役員で、その2か月前は取締役だった。

社長とことごとく意見が合わず、激しく対立していくなかで、どんどん居心地が悪くなって、気付いたら味方が誰もいなくなっていた。

送別会は、開催されなかった。…寂しい気持ちも強かったが、それ以上に、疲れ果てていた。


そんなとき、ふと、思い出したのだ。





『頑張ってね。…応援している!』




10年前の、清水さんのあの一言を。




もしかしたら、僕はこれまでの10年間、この一言のおかげで頑張れてきたんじゃないかって。

そして、そんな一言を言ってくれる人が、今の僕に必要なんじゃないかって。


すっっっごく都合のよい解釈だっていうのは、分っている。

でも結局、今の僕は、その一言が、無性に今、欲しかった。







──That's All. 








だから今、僕は高知にやってきている。




当時のバイトメンバーで連絡取れる人を伝って、なんとか、清水さん本人と連絡することが出来た。


彼女はまだ、再婚はしていないらしい。



当時彼女は24歳だったから、今は34歳。



34歳の彼女が、あと10分後に、今僕がいる、高知駅前の古びた喫茶店に、やってくることになっている。




──その後のストーリーは、まだ誰も知らない。






そして、それはまた、別の機会に。












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