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僕の家の前には、古くからある神社がある。とても古い神社だ。神主も世話をする人もいなく、とにかく古びていて、時代から取り残されたような、ひっそりとした神社だ。



□ □ □


その神社には、敷地内にいくつもの神さまの像があり、その像ひとつひとつに賽銭箱がついている。そして、その賽銭箱は立て付けが甘く、中に入っている賽銭は結構簡単に取り出せてしまうのだ。

とはいっても、そんな古くてきたない神社に来る参拝客なんてあまりいないので、(参拝客が千円札や壱萬円札をお参りに使わない限りは)賽銭箱の中身はそんなに潤ってはいない。


なぜ知っているかって、僕も賽銭の中身をくすねたことがあるからだ。──まだ小学校に上がって間もないころだった。そのときは結局近所の人経由で親にばれ、これでもかというくらい酷く叱られた。「人の貧しさは行動で決まる。お前の今回の行動は、きっとお前自身をとても貧しくしてしまった」と母親は僕に言った。僕はそのときはじめて「とんでもないことをした」という恐ろしい気持ちになって泣いた。


僕はそれ以来賽銭を掠め取ることはしなくなったが、たまに夜ふけに、賽銭箱をカラカラとさせる音が聴こえてくる。…誰か知らない人が、あの頃の僕と同じように、賽銭をくすねようとしているのだ。


今では僕もある程度は分ってきている。世の中には、裕福な人もいれば貧しい人もいるのだ。そして、賽銭箱の5円や10円を必死になって集める人たちがいる。それは、母の言う通り、その人たちは自分たちの行動で更に自らを貧しくしているのかもしれない。



あるとき、学校の先生が言った。


「貧しい人、困っている人を見かけたら、助けなくてはいけません」


それを聴いてまず思い出したのは、家の外で賽銭箱をカラカラとさせている人たちのことだった。

…でも、彼らを具体的にどう助ければ良いのかなんて、まったく分らなかった。




□ □ □


ある日の夕方、神社を一人で歩いていたら、クラスの女子の佐々木恵里佳がそこにいるのを発見した。


佐々木恵里佳は、気が強い不良タイプの女子で、女子からだけでなく男子からも恐れられており、友達はあまりいなそうだった。

それでも、佐々木恵里佳は僕ら男子の話題でよく登場した。なぜなら、佐々木恵里佳は、とても綺麗な顔立ちと、綺麗な脚の形をしていたから。そして、いつも丈の短いショートパンツを着ていて、その綺麗な脚に僕らはいつも、みとれていたから。



──佐々木恵里佳は、賽銭箱の中から、まさに今、お金を取ろうとしていた。



そして、僕はたまたま、そのとき、その場に立ち会ってしまった。



彼女と僕の間は、15mくらいの距離がった。その間には、大きな銀杏の木が一本と、膝丈くらいまで伸びた雑草、そしてもう何ヶ月も掃除されていない石畳が彼女のところまでまっすぐ連なっていた。そんな風景の中、彼女の姿はひときわ目立っていた。──Tシャツとショートパンツから伸びる、彼女の健やかな四肢が、とても眩しかった。


僕はゆっくりと、彼女に吸い込まれるように、彼女のところまで歩いて近づいて行った。



佐々木恵里佳は僕の存在に気付くと、一瞬おびえた表情を見せたがすぐにそれは敵意ある目つきに変わった。彼女のその瞳は、僕を虚無に吸い込んでしまうかのような黒さだった。


「…なに?」


彼女は立ち上がり、僕に向かってそう聞いた。…あたしに何か用か、ということを聴いているのだろう。


「ドバシがなんでここに居るの?」


ドバシとは、僕の名前だ。正確には、土橋ツチハシと言うのだが、皆僕のことを『ドバシ』と呼んでいた。でも、佐々木恵里佳が僕のことを名前で呼んだのは、これが初めてだったかもしれない。

なんせ、僕と彼女はこれまで会話したことすらなかったからだ。


僕は黙って、彼女のことを見つめていた。

今思うと、彼女の瞳に気持ちを吸い込まれてしまって、動けなくなっていたのかもしれない。



…しばらくして、彼女は小さくため息をついて、踵を返して立ち去ろうとした。



小学生とは思えないすらっとした後ろ姿と、左右に小気味よく揺れるポニーテールが一歩、二歩と遠ざかっていく。



…僕は彼女が10歩歩いたあたりで、初めて彼女に声を掛けた。



「誰にも言わないから」



──彼女の後姿が止まった。




そして、佐々木恵里佳はまた振り返り、今度は僕の方を向かって、歩き出した。

…まっすぐ、僕を見据えて、ゆっくりと。


彼女は僕の目と鼻の先に立った。


…本当に目と鼻の先だった。僕の鼻のてっぺんの5cm先には、彼女の鼻があった。彼女の視界に映る僕と、古びた神社の景色を、僕は彼女の瞳からしっかりと確認することが出来た。


彼女の吐息が、僕にかかっていた。甘ったるくて、くすぐったくなるような匂いだった。



そして、彼女は言った。


「…なんで?」


…なんでだろう?なぜ僕は、『誰にも言わない』なんて言ったんだろう?…僕は彼女の表情から目を逸らせないまま、考えていた。


──そして同時に、このとき僕は、佐々木恵里佳が何を想っているのかを、とても知りたがった。



 何故なら、彼女はとても怒った表情をしていて


 それでいて、怯えたように、目線は僕のことを縋っていて


 更には、目には涙を一杯に溜めていたから。



 …そして、その表情が、今まで見たことがないくらい、美しい佐々木恵里佳だったから。



たぶん3分くらいの時間、僕らは何も言わずに向き合っていた。


しばらくして、佐々木恵里佳の表情からまず、怯えが失われていき、それに僕が気づいたとき、



ガン!!



目から一瞬、火花が見えた。彼女は僕の顔面に、思いっきりパンチをお見舞いしたのだ。



僕は、痛みでその場にうずくまり、そして彼女は本当に、立ち去って行った。





□ □ □


佐々木恵里佳は、その数か月後、学校から居なくなった。親の都合で、急に転校することになったらしい。

結局、僕はあれ以来彼女と話すことは無かった。



それからも、たまに夜、神社の方から賽銭箱をカランカランとさせる音が聴こえてくる。

僕はそのたびに、佐々木恵里佳のことを、そして彼女の華奢な手足と、怒りに震え涙を溜めた黒い瞳を、思い出す。


まるで、今賽銭箱を揺らしているのは、彼女であるかのように。

僕は彼女の存在を近くに感じ錯覚してしまうくらい、彼女のことを強く、思い出す。




僕は、あのとき彼女を救いたかったのだろうか?──それは、Yesだ。

…とっても、おこがましい話だけど。



そして、あのときの僕は、彼女の救出劇に失敗してしまった。



…そう考えるたびに、僕は堪らなく、悲しい気持ちになる。


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