街に入る
真っ白、と言うにはクリーム色というか灰色というか、そんな感じの石造りの壁がゆるいカーブを描いて広がっている。壁の中にある建物は三階建てくらいのが多そうで、奥に行くほどやや高くなっているのは地面の関係なのか、建物が高くなっているのかはよくわからない。
奥の方にはひときわ大きな建物。これは建物が大きいのだとひと目で分かる。城、と言うには教会っぽい見た目だ。
石壁の手前のところには明らかに検問っぽい出入り口があった。
「――街、だ」
「街だな」
「街だね」
……。
…………。
「「「よかったああああ~~~」」」
三人で同じように息を吐いて、どかりとその場にへたり込んだ。
「よかったよおお、ここまできて何もなかったらどうしようかと思った」
「ちょっと休もう。街もすぐそこだし、そんなに危ないことはないだろうし」
「賛成、さっすがに疲れた」
変な緊張が解けたせいか、どっと汗が吹き出す。袖口で汗を拭うと、いつの間にか砂埃で顔が汚れていたようで黒っぽい汚れが付く。
――母ちゃんが見たらすっげえ怒りそう
まあハンカチなんて高尚なものは持っていないし、今は怒る母親もいないので汚れてるっぽい顔を袖でぐいぐい拭く。白かったシャツの腕は一気に黒くなった。
……顔洗いたいな。
毎日の洗顔なんてかったりいとずっと思ってきたけど、顔が洗えない状態だと洗いたくなるものらしい。以外な発見だ。
「……行くか」
足の疲れがだいたい取れたところでズボンの土をはらって立ち上がる。
二人が不安そうな顔をしながら遅れて立ち上がった。
「本当に、大丈夫かな。いきなり捕まったり……」
「ラノベだと市民権持ってないと行動が制限されるとかあるけど……」
「じゃあ、せっかく街見つけたけど野宿か? 神殿戻るか?」
「「うっ……」」
二人が気まずそうに顔を見合わせて、しばらく息をつまらせた後、がっくりと肩を落とした。
「行く」
「よし。」
多分俺一人足取り軽く街への道を下る。
ってかあいつら色々考え過ぎ。法律も風習もわかんねえ内から悩んだって仕方ねえじゃん。
門の前にはすぐについた。
少し遠目から見た感じ、検問、っていうには随分ちゃちい門だった。門の前には兵士っぽい男が二人だけ。小学生くらいから俺らと同じくらいまでの子どもが結構頻繁に出入りしている。
門の前に並んでる様子もないから、順番待ちさせられてる様子もない。もしかして出入り確認だけで、別に検閲とかはしてないのかもしれない。
そう思って他の子どもたちと同じように中に入ろうとした時、
「ちょっと、そこの三人」
兵士の一人が俺たちを呼び止めた。
「さて、とりあえずお前らなんて名前なんだ?」
「えっと、僕が山口幸宏で、こっちが斎藤彰、こっちが高木和人と言います」
控室みたいな所に三人押し込まれ、ちょっとコワモテのおじさんに質問される。部屋は6畳くらいで、壁はほとんど本棚になっていて、書類っぽいのとか木の板っぽいものが積み上がっている。いくつか装飾品なのか、水晶みたいのとか皿みたいのとかが置かれていて、もっと別の所に飾れよという気がしないでもない。
おじさんはヤマグチユキヒロ、サイトウアキラ、タカギカズト、とフルネームを小声で何度かつぶやいて、首をかしげる。
「坊主らどこの出身だ? この街の人間じゃないだろ?」
「あの、俺たち昨日こっちに来て、えっと、とにかく街を探そうって……森を迂回するかで悩んだんだけど、結局まっすぐにきて、えっと……」
幸宏がしどろもどろになりながら話す。おじさんは幸宏の話を聞いてはああと大きくため息を吐いて、おぼっちゃまが難民かよと吐き捨てる。
「とにかく南って目指したのは間違ってねえが、行き過ぎだ。南の森は聖域だから奥まで行くと神殿の連中が怖えぞ」
そう言って壁の棚に飾ってあった水晶を取り出す。
「規則だからな、一応順番に触れ」
「えっと、これは?」
「ああ、ないとこから来たのか。これは街や貴族に悪意を持っていないかを確認する魔術具だ。悪いことするつもりでないならなんともないから触れ」
幸宏と和人が顔を見合わせる横で、ほいっと手を出して水晶を触る。魔術具と聞いてどんな不思議現象が起こるのかとワクワクしたのに、うんともすんとも言わねえ。俺のトキメキを返せ。
「大丈夫だな。ほら、そっちの二人も」
二人が恐る恐る手を伸ばして水晶に触れた。やっぱりなんも起こらなかった。
「よし、問題なさそうだな。
お前らには辛いかもしれんが、貴族籍を持ってないやつは貧民だろうと富豪だろうと全員一律難民扱いだ。定収がないと市民権の獲得や家の購入は難しい。安全面は保証できないが、門外に無料の難民キャンプが敷設されてる。宿に困ったらそっちに行け。ここは南門で、難民キャンプは北門と東門の外すぐの所だ。
仕事がほしいなら、悪いが今は人あまりで普通の働き口はあまりない。北門をすこし西に行った所に冒険者酒場の黄金龍の鱗亭があるから、そこで討伐や短期の力仕事なんかが斡旋されてる。
それとさっきも言ったが、南の森は聖域だ。採取しすぎない、奥に行きすぎないを徹底しろ」
おじさんはやつぎばやにいくつか注意を言って、門の外まで一緒に行ってくれた。
「それじゃ、神殿都市ルクセールへようこそ。達者でやれよ」
異世界生活二日目。
見知らぬ兵士のおじさんに背中をドンと押され、
俺たちは街に入った。




