魔法
「やっぱり、魔獣とか魔物とか、いるのかな」
「魔王がいるっつーくらいだし、多分いるだろ」
さっきの女神の使いとやらも、知らずに対面したらどう見ても魔物だし。
「僕達で、倒すの……?」
和人が泣きそうな声で言う。
幸宏はしばらく考えこむような顔をした後、くてっと首を傾げた。
「あれ、俺達で全部何とかする必要ってないんじゃないか?」
「え?」
「いやだって、この世界の人は魔王で困ってるんだろうけど、俺達みたいな子供が魔王倒すとか普通に考えて無理だし。事情話して、祠を取り返したら俺たち送り返して代わりのちゃんとした勇者を呼ぶらしいですよって言って、手伝ってもらえばいいんじゃないか?」
「ああ、なるほど。魔王を倒さなくっても、祠さえ取り返せばいいなら大人が助けてくれればできるかもしれないね」
なんか二人が祠奪還を原住民に頼む方向で意気投合している。
なんだよ、せっかくチートもらえて勇者になったってのに、そんなんで満足するわけないだろ!
「なんだよそれ! つまんねーじゃん! 俺達で魔王倒すんだろ!?」
「「むりだって」」
二人が同時に突っ込んでくる。
「だからさ、なんかチート貰ったって言っても、俺ら剣とか振れないし。今だって剣を持つのすらまともにできないのに何言ってんだよ」
「彰、これゲームじゃないんだよ? ぶつかれば痛いし、死んでもきっと生き返れないよ?」
盛大なダメ出しに、ぐぬぬぬぬと二人を睨みつける。しかし二人もそこは一歩も譲らないとばかりに睨み返してくる。
「あーもうしょうがない! 武器探すぞ武器!! どうせ街まで丸腰で移動ってわけにゃいかないだろ!!」
街につくまで休戦だ。とりあえず情勢が分からないと二人を説得もできん。
俺は絶対勇者になるがな!!
俺はフルプレートアーマーの鎧から離れて、もちっと軽量の胸当てっぽい装備に近づいていく。後ろで二人が軽いため息をついたのと、動き出したのがわかった。
こっちは双剣使いだったようで、両脇に細身の剣が刺さっていた。
左腰の剣を抜き取る。今度は重さで下にたたきつけるようなことにはならなかった。
というか、軽い。びっくりするくらい軽い。
ひゅっひゅっと軽く振ってみたが、片手で十分振り回せる。第一候補としてはよさそうだ。
幸宏は革鎧のような装備に近づいていく。ベルトに刺さっている……メイス?を手に取る。ぎゅっと両手で握りこんで、ぶんぶんと振って首をかしげる。
「それ、振り回して大丈夫なやつか?」
「正直自信ない」
メイスの先端は金属ではなく宝石みたいなのがはまっていた。丸い石なんだけど、赤青緑黄紫白とくっきり色が分かれていて、うっかり床とか殴ったらバラバラに割れてしまいそうに見えた。戦うにはちょっと向いてなさそうだ。
幸宏はうーんと首をかしげる。
何か考え込むように目をつぶった後、まっすぐ扉を見つめた。
「<ファイヤーアロー>」
宝石の赤い部分が光り、ぶわっと炎が飛んでいく。炎は和人の脇を通り過ぎて入り口付近のぼろぼろになった絨毯っぽい布に着弾し、燃え始めた。
「うわわわわ、え、ええ!? 燃えてる!?」
「お、落ち着けって、おおおい、どうすんだよこれ!!!」
延焼した!? どうすんだ、消火、消火器?! 消火器は部屋の隅!? ねえよ!!!
「<クリエイトウォーター>!!!」
いつのまにか幸宏から杖を分捕った和人が叫ぶ。今度は宝石の青い部分が光って、足元に水がだばだばと生まれ、炎にあたるとじゅわっという音とともに火が消えて、ものが焦げたときのちょっといやなにおいだけがのこった。
「び、びっくりしたああ……」
幸宏がへたり込む。
「よかったあ」
和人もひざに手をついてがっくりとうなだれた。
「ちょっとは考えるべきだった。悪い」
「まあ、これは仕方ないというか、さっき僕たちも場所とか考えずに魔法の呪文言いまくってたから……」
「マジあぶねえ。さっきのなんちゃって呪文のときに成功しなくてよかった」
「本当に……発動魔石が必要なタイプなんだね」
和人がしみじみと言う。
さっきから結構ありきたりな呪文で魔法が発動してるところを見るに、そういうことなんだろう。そりゃどんなに唱えても魔法にならんわけだ。
いや、この惨状を見るに、発動しなくて本当によかった。サンダーとかうっかり幸宏や和人に落ちる可能性もあったのだ。魔法使いの道はちょっと考え直したほうがいいかもしれない。
魔法を目の前にした喜びより大惨事になった焦りのほうがずっと強くて、なんだかげっそりした。
「焦げ臭くなっちゃったし、換気したいけど……」
神殿の入り口は少し開いてるけど、外はあまり風が吹いていないのか、神殿の窓が開いてないせいか風が通らない。
「竜巻魔法とか使ったら俺たちごと吹っ飛ばされそうだしなあ」
「そうだね……そよ風! 日本語じゃだめなのか……」
「和人、ちょっと貸してくれ。あと一応離れて」
俺たちはさささっと杖を構えた幸宏の後ろに回りこむ。
「<ブリーズ>」
白い部分が光って、神殿の奥から吹きぬけるようなやわらかい風が出口に向かってまっすぐ吹いていく。
「ブリーズって?」
「Breeze、英語でそよ風って意味だな。英語なら魔法になるのか」
「俺もやってみたい!」
「まて、一応外に出ろ。ここでこれ以上やるのはやばい」
出入り口で焦げてぐちょぐちょになっている絨毯を指差して幸宏が止める。
確かにこれ以上やったら女神に怒られそうだ。外に出よう。
荒れた庭に出る。一応周囲を見渡してみるけど、獣みたいなのはいないようだった。
さっきはちょっとげっそりしたが、それはそれ。俺はわくわくしながら杖を構える。唱える呪文は考えていた。魔法っぽくて、危なくないやつ。そう、つまり、
「<ライト>!」
背中からぞわりとした怖気が走る。鳥肌の波のような何かが杖を持つ腕に高速で広がっていく。指先に届いた何かを杖が吸い込むと、魔石の黄色い部分がぶわっと光って、あたりにふよふよと光の玉が漂った。
なんだ、今の。
あれか、魔力消費とかか?
「おお、光魔法か」
幸宏が光をつんつんとつつく。触れないみたいで通り抜けちゃってるけど。
「なあ、なんか魔法使ったとき、鳥肌みたいのが杖に吸い込まれてかなかったか?」
「体中からなにか集まってくるような感じするよね。魔力、かな」
「あせってたから分かんなかったな……」
和人は同意するように頷くけど、幸宏はどうだったかなと首をかしげる。
なんか魔法が使えたー! とか、すっげえ! って喜びたいのに、わからないことが多すぎてムズムズする。なんかもっとこう、わかりやすくMPが見れるとかねえのかよ。
俺は今度は杖を地面に向けてみた。
「<ランドウォール>」
ぞわり、とさっきよりもはっきりと鳥肌みたいなものが杖を持つ右手に向かっていく。
魔石の緑の部分が光り、土がもこもこと起き上がってくる。
……鳥肌が止まらない。
壁が土壁が大きくなるごとにぞわり、ぞわりと何かが杖に吸い込まれていく。
なんか、やばい気がする。
何がとは言えないけど、これ以上吸われちゃいけない気がして、慌てて止めようとする。
「止まれ! 止まれってば! 中止! <ストップ>!」
ストップと叫ぶと鳥肌がピタリと止まり、土壁は高さ俺の顎くらい、1メートル3,40センチくらい、横幅は2メートルくらいで止まり、それ以上大きくならない。
俺はようやく安心して杖を左手に持ち直した。――あ、これ杖離せば止まったんじゃね? まあいいか。
右手をにぎにぎと握り、ちょっと肩を回してみたりする。
「どうした彰? 大丈夫か?」
壁を叩いていた幸宏がこっちを見て首をかしげる。
「なんか、ちょっと腕が痺れてる?」
電動ドリルを使った後みたいな、なんとなくじんじんした痺れがあってイマイチうまく力が入らないような、そんな感じが腕に残っている。
今こうやってるだけなら問題なさそうだけど、これから剣を持って戦えって言われたら多分きつい。うまく握れなくてスッポ抜けそうだ。
そう言うと、和人が手を差し出してくる。貸せってことだろう。杖を渡す。
「うーん、なんて言えばいいのかな。ならす……平ら……なんかそんな感じの魔法なかったかなあ。ああ、スムースか。――<スムースグラウンド>」
何かぶつぶつ行っていた和人が杖をかざして言うと、俺の魔法で盛り上がった土がみるみる低くなっていく。ゴトゴトと音を立てながら平らに平らになっていく。
「おお、戻るのか」
「さっきもすごかったけど、これはこれですごいな……この土どっからきてどこに行くんだろう」
感心しながらふむふむと見ていると、和人は突然慌てたようにストップと叫んだ。
叫んだ直後に杖を取り落とす。
「おっと」
落ちる前にすかさずキャッチ。さすが俺。
地面はほとんど平らになっていて、そこだけ掘り返したように雑草が生えていなかった。
「ごめん、ありがと彰」
「おう、腕大丈夫か?」
さっきの俺と同じように手をにぎにぎと握っている和人に声をかける。
「さっきの彰の気持ちがわかったよ。これ戦いながらは無理だね」
やっぱそうだよな、と頷きあっていると、幸宏が横から声をかけてきた。
「俺もやってみていいか? さっきは火事になって慌ててたからあんまりよくわかんなかったんだよ」
そのあとそよ風もやってただろ、と思いつつ杖を渡す。
幸宏はまっすぐ構えると、俺と同じ呪文を唱えた。
「<ランドウォール>」
もこもこと土が起き上がってくる。
横に、縦に、まさしく壁と言った感じでどんどんでかくなる。どんどんでかくなる。どんどん……どんどん……どんどn……いやでかすぎだろ
「幸宏、大丈夫?」
和人が心配そうに幸宏を覗きこむ。その言葉にちょっとむずかしそうに眉を寄せて、幸宏はストップと言った。
縦横3mくらいになった土壁をぺちぺちと叩く。デカすぎだろ。あとはええよ。
幸宏はさらにうーんと唸ると、もう一度杖を構えた。
「<スムースグラウンド>」
めこめこと土が減っていく。さっき和人がやっていた時より圧倒的に早く土嵩がなくなっていく。
あっという間に土壁は他の地面と同じ高さになり、幸宏はそこで今更<ストップ>を唱えた。
「なるほど、たしかにちょっとぞわっとするな」
……ちょっと?