勇者レベル1
光の波が通りすぎたと思ったらまた全く違う場所にいるんですがそれは。
「ええっと……」
ふたりとも完全に固まってフリーズしてるし。どうすんだよ。ああ、もういいや。
「ていあーん」
右手を大きく上げてできるだけ大声で言う。二人がはっと顔を上げた。
「とりあえず中入って座ろうぜ」
俺は後ろを指差して言う。
そこにはさっきまであった立派な石造りの真っ白な神殿ではなく、昔は白かったんだろうなって感じのくすんで土埃にまみれて所々に苔や蔦の張った、古びた神殿っぽい建物があった。
「ああえっと、うん」
「そう、だね?」
顔を引きつらせている二人から一応賛成をもらって、はいばーんと扉を開ける。あ、ちょっと変な音した。こんなんで壊れるなよ?
中もボロボロだったけど、さっき見た祭壇みたいな見た目をしていた。
「いきなりボロボロになっててびっくりしたけど、これも魔王の妨害ってやつなのかな?」
幸宏がつぶやく。
そういや女神が最後のほうでそんなことも言っていた。
「まあ、僕達の荷物は無事みたいだね」
和人が安心したように中に踏み込み、俺達も続く。
中に入ると祭壇に続く道の両脇に、両脇にさっきまでなかった甲冑がずらっと並んでいた。
「おう、アッカン」
「またこういう不思議現象かよ……」
「慣れろよ幸宏。そーいうもんだ」
「「……」」
二人がなにやら言いたげにこっちを見る。
「なんだよ」
「いや……なんていうかさ、こういうときは」
「彰のいい加減でゆる~い感じが、羨ましいなと思って」
「ジュウナンで柔らかいと言え」
「何その頭痛が痛いみたいな言い方」
幸宏が頭が頭痛で痛そうな顔をした。
「どれでも持って行っていいって言ってたよな」
足取り軽く一番近くの甲冑に近づく。
銀色であちこちに魔法陣のようなものが掘ってあり、魔法陣の所々に宝石みたいなのがはまっている。
剣帯に刺さっているのはいかにもという感じの長剣だ。
俺はにんまりと口が上がっていくのを抑えきれないまま、柄を握りぐいと剣を抜き取った。
ガツン
抜き取った剣を盛大に振り下ろす。
石の床からちょっとヤバそうな音が鳴った。
慎重に足を肩幅で開き、ふんっと声を上げて踏ん張る。
息も止めてひたすら唸る。
多分今俺の顔は真っ赤になってるだろう。
「あ、彰?」
「おいどうした?」
うなり続ける俺に二人が慌てて声を上げ、おずおずと近づいてくるのが視界の隅に映る。だけどこっちはそれどころじゃない。
現在俺は、
全身全霊全力でこの剣を持ち上げようとしている。
見た感じ刃こぼれひとつない、うまく角度を合わせれば顔が映りそうなキレイな剣先は、大理石っぽい床にちょっとだけ刺さったままピクリとも動かない。
支えているだけならなんとかなるのだが、剣先が恐ろしく重いのか全く上がらない。
「ふんぬうううううぉりゃああああぁあああ!!!!!!」
足を踏ん張り直してもう一度全力で力を込めると、今度はほんのちょっと浮いて
ガゴン
また床に落ちた。あと今度は石にヒビが入るのが見えた。
ゆっくり剣をおろして床に置く。多分手を話したらものすごい勢いで落ちて床がひどいことになる。と思って神殿のために慎重にやったのに、剣は俺の手を離れた途端、目の前からすうっと消えて、気づいたら元の鞘に収まっていた。
なんだよ、ゆっくり下ろすの難しいんだぞ!
どかりと床に座り込む。
たったこれだけで肩で息をして、すでに汗だくだ。
「彰? ねえ、あの……大丈夫?」
「……なあ、和人」
「う、うん」
何があったのか分かってないような和人の声に、俺はいま心から思っていることを率直に伝えた。
「勇者の剣、舐めてたわ」
和人は一瞬考え事をするような顔になった後、なるほど、と言って溜め息を吐いた。
「魔術師の装備とかを探したほうがいいかな? ナイフくらいなら……」
「え? いや待てよ、どういうこと?」
幸宏があわてて会話に割り込む。
「あんな、幸宏」
「うん」
「俺たちは多分、勇者になった」
「お、おう。まあ勘違いだったけど、なんかチートもらったし、そうなるかもな」
「でもな、ここに並んでる甲冑は、みんな歴代勇者の装備だ」
「まあ、神殿にわざわざ飾ってあるんだし、そうだろうな」
「俺、勇者レベル1。これ、多分引退勇者レベル80とかの装備」
「あ、あー……」
幸宏がようやく合点がいったように頭を振った。
「結論、ステータスが足らん。STR不足で装備できない」
ステータスで武器の装備制限があるRPGみたいだ。
そしてふと思い立って、神殿の奥を指差した。
「メラ ファイア ヒャド ブリザド ギラ サンダー」
指先にぐぐぐっと力を入れて、魔法の呪文を唱えてみる。強化系は発動したかどうかわからんので後回しで、とりあえず敵にまっすぐ飛んでく系の攻撃魔法だ。
和人も俺が何をしたいのかわかったようで、同じように手を神殿の奥に向けた。幸宏はあんまりゲームやアニメに詳しくないので横で見ているだけだ。
思いつく限り魔法の呪文、どっかで聞いたような魔法っぽい呪文をどんどん唱えていく。
疲れてリタイアした。
「くっそー、強い言葉っていうから、てっきり魔法だと思ったんだけどなあ」
「僕も思った。けど、ひょっとしたらこっちの世界特有の呪文とかかもしれないからね。それだとあてずっぽうじゃできないよ」
「それこそレベルが足りないのかもしれないな。俺たちはレベル1なんだろ?」
「レベル上げ……魔獣狩りか」
ぽつりとつぶやくと、二人の顔が明らかに曇った。