チート
見たことのないエメラルドグリーンの葉の生い茂る大木が風にさあと揺れた。
右側から奥へと流れていく川を流れる水は絵の具でも混ぜたような濃い青をしていて、でも結構深い底まで見れるほど澄んでいる。
足元に咲く花からはふよふよと光の玉が飛び出しては近くをただよいいつの間にか消えている。
所々にあるでかい岩はもさもさと苔が生えていて、その苔がまた洗剤みたいに虹色にくるくる光っている。
極めつけは草だ。時々土の中からひょこっと飛び出して、ちょこちょこと移動して、そしてまた土の中に埋まっていく。意味がわからない。え、草って動くの? マンドラゴラみたいなのがデフォなの? それだって自分で動いたりしないぞ?
「と……り……?」
幸宏がつぶやく。見ている方を見ると、確かになんかいる。空みたいな水色の羽の鳥、かな? 俺の目が間違ってなければ俺らと同じくらいの大きさで、人っていうか猿みたいな顔してて、足もあんまり鳥っぽくないけど。
三人の視線が集まると、猿顔の鳥はすごい速さで上に飛び上がりあっという間に視界から消えた。
《猿鳥という私の遣いです。翼で大空を飛び、必要があれば翼を仕舞い二本の足で野を駆け、人語を発し私の言の葉を伝えます》
「うわ!?」
声と同時に隣にさっきの人影がゆらりと現れる。心臓に悪いからいきなり現れないでほしい。
《ここが私の庭。地上で私の力が最も強く現れる場所。昔はもっと豊かだったのですが、私自身の力が瘴気に蝕まれ、今はこのような状態です》
言われて全体を見渡す。
見たことのない植物ばかりに目を奪われていたけど、ひとつひとつの花とかはきれいだし、木もでっかいんだけど、なんて言うんだろう、「最近手入れしてなくてー」とか言ってるばあちゃん家の庭にでっかい木を生やしたらこんな感じだろうか。
なんとなく手入れがされていた時のふいんきを残しながら、絶対雑草だろみたいな草が所々に生えてとっちらかった印象を受ける。
《この庭は大陸の縮図。南端のこの神殿から漏れ出る力のみが人々の生活を支えています》
神殿の近くはかなりキレイだけど、奥の方を目を凝らして見ると枯れ木や枯れ草が目立ち、雑草みたいなのだけがぼさぼさと生えていた。
その辺りは鮮やかな植物はほとんどなくて、くすんだ植物ばかりが目に入る。気のせいかもしれないけど川の水の色も変わっている気がする。
ずっと向こうはもう真っ黒になっていてよく見えない。
《奥へと切り込み荒れた元凶を討ち、手入れをし、庭を正さねばなりません。しかし奥へ行けるだけの勇者が、この世界では生まれなかったのです》
さっき言ってた、魔王ってやつだろう。ここは大陸の南の端で、魔王は北のあの真っ黒になっているところにいるってことだ。
「待ってれば生まれるとか、そういうことはないんですか?」
和人が声を震わせた。
人影は悲しげに首を振る。
《魔王が世界を侵食し始めてから、春が五十訪れました。
本来はこの世界の人々の力のみで成し得なければならないということは、理解しています。ですがこれ以上待てば私は勇者を召喚する力すら失い、もし勇者が生まれなかった時には人々は滅ぶしかなくなってしまうでしょう》
限界まで待ったのです、と呟くように言ったのが聞こえた。
幸宏を肘で小突く。庭を顎で示して目を合わせる。
幸宏が眉間に特大のシワを寄せて首を振り、和人の今にも泣きそうな顔が一層深まった。
「ここが、本当に異世界だと仮定しよう」
幸宏が言う。
「帰るには最低3つ祠?を取り返さないといけない」
《終わった暁には、あなた方をお返しすることはお約束しましょう》
「信じろと?」
《神は虚偽の言霊を発することはありません》
「そーいうのはいいだろ幸宏。今疑ってもしょうがねーじゃん」
「お前はまたそういう……はあ、もういいよ。でも女神様、僕達戦えないんですけど」
《そのようですね》
声はなにか考えるように途切れて、不意に足元が光った。
《疾き足を、猛き力を、強き言葉を、小さきものに》
足元が数度点滅して、光がすっと消える。
「今のは?」
《この世界に満ちる私の<ことば>、加護のようなものです。あなた方にこの<ことば>が馴染むほど、<ことば>の意味は強くなることでしょう》
「ええと、何か戦うための強い力をくれた、って意味でいいんでしょうか?」
《戦いだけの力ではありませんが、そのように思っていただいて構いません》
――チートだ。
さっき誘拐だと思ってしぼんだ心がまたむくむくと沸き立ってくる。
――異世界召喚に、チート能力だ。
《庭の外の祠には、歴代の勇者が残した武器が安置されています。いつかは自分に合う業物を探すべきですが、使えるものがあれば当座の獲物として持ち出すのも良いでしょう》
どうやら強武器も最初からもらえるらしい。ひのきのぼうだけで放り出されるようなことはなさそうだ。
「あの、僕たち、お金とかも全然持ってないんですけど……」
《宝飾品の類が少々置いてあったはずです。多すぎる金銭は-を滅ぼしますが……-むをえない…もあるでしょ-……》
「? 女神様、声が」
《まお…のぼう ………をうけて……どうやらここまでの…………》
人影がぐにゃりと歪む。
《きたの……るくせる--……》
ざざっとノイズみたいなものが走ると、女神の人影が消えた。
女神が消えると、光の波みたいなものがさーっとこっちに近づいてくる。
思わず目を閉じて、次の瞬間には周囲は荒れたただの庭になっていた。
光る花も、変な水も、虹色苔も動く雑草もない、よく知らない植物ばかりが生えるただの荒れた庭っぽいものが広がっていた。さっきまでは奥にどこまでも広がっているように見えたのに、今はちょっと行った先に境界っぽい朽ちた柵が見える。
「「「え?」」」
どこだよここ。