冒険者酒場で
「これから、どうしようか」
二段ベッドと小さい机、荷物を入れる用の鍵のかかるロッカーが四つ。これだけ入れたらいっぱいいっぱいで足の踏み場しかない、四人部屋と言い張るにはちょっと狭すぎる部屋で、俺たち三人は頭を抱えていた。
机には今しがた宝石を買い取ってもらい宿代を払ったあまりの銀貨十二枚、銅貨十五枚、鉄の硬貨が八枚が並び、それから国内の街の位置を大雑把に書いただけの、地図っぽい何かが広がっている。
人の目や声が届かなくなった状態で、俺達はぐったりと肩を落としていた。
黄金龍の鱗亭ってところには、案外迷わずに行けた。
北門をまっすぐ西に行ったところだった。東西を間違えたなんて事実は存在しない。しないったらしない。
西部劇とかに出てくるバーの入り口って言えばいいのか、木の扉がキコキコ揺れている。扉の前にはドラゴンの模様が彫られた木の看板があって、そこに小さく「黄金龍の鱗亭」って書いてあった。看板にはギターピックみたいなキラキラしたのがぶら下がっている。あれが「黄金龍の鱗」なんだろうか。なんかワクワクしてきた。
冒険者酒場って聞いておっさんのたまり場みたいなとこを想像してたんだけど、出入りしてる人は意外と若い。俺達と同じくらいから、多分三十いってないくらいの男が一番多そうだ。
何人かが出入りするのを近くで見送って、俺はとうとう「入るか」と声をかけた。二人も硬い顔で頷く。
酒場なんて入る年じゃないし、追い返されたらどうしようとか、考えるとちょっとお腹痛いけど、行くしか無い。
緊張しながら木の扉を潜ると
「いらっしゃいませ!……初めてのお客様ですか?」
俺達と同い年くらいの女の子が、猫耳をぴこぴこさせていた。
まああれだ、正直なところ安心した。強面のオッサンに追い返されたらどうしようって思ってたから。初めてですって、(ちょっとどもりながら)言うと、こちらへどうぞーって店の奥のカウンターに案内された。
待っていたのはコワモテのおっさんだった。
「なんだミリア、新人か?」
「多分、まだお話は聞いてません」
「そうか。――坊主ら、冒険者登録か? それとも依頼か? 飯を食いに来たってえツラじゃねえよな」
ミリアと呼ばれた猫耳娘は仕事は終わったとばかりに他の客のところへ向かって行く。
冒険者登録、イイ響きだ。いいねいいね、まさしくこれから俺の物語がはじま「依頼です」
幸宏がすっぱりと言い切り、俺はがっくりと頭を下げた。
「おい幸宏!」
「止めんなバカアキラ。俺達じゃ無理だって言っただろ」
「やってみなきゃ分かんねえだろ! 俺たち選ばれたんだぞ!」
「巻き込まれたんだ。選ばれたのは俺達じゃないだろ」
「最後にはちゃんと選ばれただろうが! チートだってもらって!」
「俺や和人ならまだしも、お前のチート役に立つのかよ。剣もまともに振れないのになにが素早さアップだ」
「あんだと、お前だって魔法の呪文もロクに知らねえで」
「二人共ストップストップ!」
和人が慌てて奥を指差す。指の先でコワモテのオッサンが不機嫌そうに眉をひそめて、指をトントンとカウンターに打ち付けている。思わずヒッと息を飲むくらい背負っているオーラがどす黒い。怒ってる、めっちゃ怒ってる。
「意思統一ぐらいしてこい。こっちも暇じゃない」
「め、女神の祠を取り返すために、人を雇いたいんです!」
幸宏が叫ぶと、酒場の中が水を打ったように静かになった。
漫画だったらシーンとか書かれてそうだ。
幸宏がえ?なに?ってキョドってる。俺も和人も突然のことにキョロキョロと周りを見渡す。
ぷっ
誰かが最初に吹き出し、
ぶあっははははははははは
酒場の中が、突然爆笑の渦になった。
「楽しそうなこと言ってんな、リトル・ヒーロー!」
「俺が魔王を倒しますってかあ!」
「おいあんまり笑ってやんなよ、ぶふっかわいそうだろ、くふっ」
「吹き出しながら言ってんじゃねえって、ぶくくく」
「いやあ最近減ってたけど、いるもんだねえ」
「こないだのアレであぶり出されたんじゃねえの」
皆が笑いながら好き勝手言っている。よく分からんが、バカにされていることだけは分かる。幸宏は顔を赤くして肩を震わせて、
「ま、真面目に聴いて下さい! 俺達は女神ルターリアの言葉を聞いて来たんです!」
「やめとけやめとけ、女神の名前をむやみに出すと神殿が怖えぞ」
「この街じゃどこに神官どもの耳があるか分かんねえからなあ」
相変わらず笑いながら、近場の客がやじを飛ばしてくる。
後ろでオッサンが、はあとため息を吐く声がした。
「祠を取り返すってな、どこの祠だ」
「え? えっと、場所のことは言われてなくて……」
「期限は?」
「わかりませんが、できるだけ早く」
「で、これが一番大事なことだが、何をもって取り返したって言うんだ?」
「え?」
「魔物を追っ払うだけか? 近づかないように柵を作るのか? それとももともとあった町を復興させるのか?」
「え、ええと……」
幸宏は何も返せない。俺も和人も何も言えなかった。
オッサンはもう一度深く深くため息を付き、一言「話しにならん」と言い放った。
その後三人で肩を小さくしてオッサンに謝り、宿はないかと言ったら上に部屋があると言ってもらい、宝石を換金したり地図を買ったりして、今に至る。
何も分からなかったし、何も得られなかったし、なんか恥ずかしい思いばっかりする最低な冒険者酒場デビューだった。
「幸宏が依頼なんて言うから」
「……悪かったよ」
一応言いたかったからアクタイついたけど、一番泣きそうな幸宏にはそれ以上言えなかった。




