神殿都市ルクセール
――達者でやれよ。
門番のおっさんに背中を押されて、俺たちはあっさり街の中に入った。剣とか街中じゃ没収されるんじゃないかと思ってたけど、何も言われなかった。
時間は午後二時くらいか。よく日が照って、陰にならない道の真ん中は少し暑い。
白っぽい石の壁、灰色の石畳、ボロい服を着て行き交いする人。映画か何かのような光景が、目の前に広がっていた。
しばらく呆然と街を眺めていると、門に向かう人に邪魔だと押しのけられる。道のど真ん中に突っ立っていたと気付いて、三人で慌てて端に寄った。
「あ、案外あっさり中に入れちゃったけど……」
「なんか、北から来たと思われてたよね?」
「森が聖域だとか言ってたし、行き過ぎたと思われてたな」
「ええっと、これからどうしようか?」
和人の質問に三人で頭をひねる。正直どうしたらいいのか検討がつかない。ゲームだったらこの辺でお助けキャラとかインストキャラが出てくるんだが。
「神殿?に行ってみるか?」
幸宏がうーんと首をかしげて聞いてくる。
「ルターリアの啓示がありましたとか、そんな感じで保護してもらうなり、祠を取り返す人員貸してもらうなりすれば少しマシなんじゃないか?」
「宗教施設かぁ」
「ちょっとなあ」
俺と和人がほとんど同時に首を振る。幸宏は分からないとばかりに首をかしげた。
「何だよ」
「いや何ていうか、ゲームとかアニメで教会って、すっごい便利施設かすっごい腐ってるかのどっちかだから……」
「今やってるゲーム、聖書持たないで大きい神殿に行くと異端者って言われていきなり地下牢行きなんだよなあ」
神殿地下牢でしか出ない敵やアイテムもあるからコンプするなら必須なんだけど、リアルではやりたくないよな。
「宗教が強いとこだと何がダメなのかも分からないから、情報収集を先にしたほうが良い気がする」
「じゃあ、えっと、冒険者酒場の……おうごんりゅうのうろこてい?」
「よく覚えてんな」
「むしろお前はちゃんと覚えてくれ。流石に俺一人じゃ限りがあるからな」
へいへいと返事をして、北に向けて大通りを歩きだす。幸宏が後ろで何か文句を言ったが、つとめて無視した。
後ろからすぐに追いかけてきた和人が、街のマップがほしいなぁとつぶやいた。
「それこそ酒場に行けばあるんじゃないか? なくても大体場所がわかれば自分で作ればいいし」
「ああ、そうだね。難民キャンプがあるって言ってたし、意外とそっちとかにあるかも」
「街中で暮らすの、厳しいかもしれねえな」
「お金によるだろうけど……そうだ、お金。換金所も探さなきゃ」
「一気に宝石沢山持ってったら怪しまれねえか?」
「そうだね……それに、物価が変動制だと、いきなり全部換金したら損することもあるかも」
「カブかあ。あれ苦手なんだよな」
やいのやいのと目の前で相談している二人の後ろを、特に言葉を発さずについて歩く。
本当は、すぐに神殿に向かいたかった。
街の真ん中にある、あの建物。最初は城かと思ってたんだけど、神殿都市とか言ってたし多分神殿だ。
石造りの、あまり文化が発展していなそうな街。門のすぐ前の大通りだと思われる道は馬車が二台すれ違える程度の広さ、片側一車線というやつだ。大通りが聞いて呆れる。っていうか、馬車だ。車じゃなくて。馬が引いてる馬車なんて写真以外では初めて見た。
食べ物の値段も、国の名前も、宗教の影響力も、何も分からない状態で、保護者さえ居ない街を当てもなく歩くのは、正直なところ苦行だった。
だからといって彰や和人と分かれて一人で向かうのは得策じゃない。一人になったら名前も顔も知らないガキのことなんて、何かあっても誰も助けてくれないだろう。
目の前の二人はなんだか楽しそうに歩いている。
ゲームや漫画が好きな二人だ。きっと似たような世界観のものを知っていて、リアルなゲームをしている気分なんだろう。
俺は、ただひたすらに、気持ち悪い。
道行く人がこちらをちらちら見ている。彰たちがよくわからない用語で騒いでいるせいもあるだろうけど、何より服だ。周りの人たちは皆無地のシャツにズボン。飾りは一切ないし、全体的に薄汚れいていて汚い。真っ白な制服のシャツがすごく浮く。
地面はあまり均されていないみたいでガタガタしていて、街中なのに歩き辛い。スニーカーの中に砂埃が入ってジャリジャリする。
すれ違う人はあまり風呂に入っていないのか、髪の辺りから変な匂いがする。
軒先で何か売っている人に、黒っぽい汚い硬化を渡して女性が買物をしている。
背中に背負っている赤ん坊も、衛生面が心配になるくらい小汚い。
そんな中を、ひたすら歩く。
どうして、そんなに笑ってられるんだろう。
どうして、そんなにすたすた歩けるんだろう。
どうして、周りを気にしないでいられるんだろう。
二人の後ろを、少しうつむいて歩く。
どうして、こんなことになったんだろう。
俺が何をしたって言うんだろう。
毎日きちんと勉強して、塾にも行って、門限はまあ、守らない事もあったけど。
遊びはほどほどに。だけどそれなりに遊んで。
誰からも優等生と言われるように。将来は困らないように。
一つ考えるごとに、腹に小さな氷を一つ一つ落とされているような感覚がする。
帰れるんだろうか。
帰ってもきっと、すごく怒られるだろう。一晩無断外泊。俺は何も悪くないのに。
どうし「おい幸宏」
突然声をかけられて、ばっと顔を上げる。
いつの間にか立ち止まってしまっていたようだ。
「どうした、疲れたのか?」
彰が駆け寄ってきて、心配そうにこちらを覗き込む。
「ごめんごめん、ちょっと考え事してたら足止まった」
「あんま顔色よくねーぞ。休むか?」
「大丈夫。黄金龍の鱗亭ってとこ着いたら休むよ」
「んー、そう言うなら良いけど、無理すんなよ」
そう言うなら、このまままっすぐ神殿に行こう。
その言葉を、俺はぐっと飲み込んだ。