契約
中学二年の秋。具体的には十月一日。
学祭が終わり、丁度衣替えが終わって、制服は強制的に長袖になった。
って言ってもまだブレザー着てる奴なんていなかったけど。みんな長袖に腕まくり、ズボンだって夏用の薄いやつだ。だって暑いし。
配られた進路希望調査紙をヒコーキにして飛ばして、担任に怒られた。会心の出来だったが、出来が良すぎて職員室の前まで飛んだのが敗因だ。優秀すぎるのも考えものだな。
折り線のついた藁半紙を広げて伸ばして、言われた通りに希望を書く。
チャリで通える距離
チャリ通OK
勉強しなくても入れる
雷が落ちた。
いや、希望書けったのお前じゃん。書いたじゃん。高校なんて調べてねーし。
毎日何となく学校に行って、帰ったらゲームして、幸宏と和人とバカやって、最近幸宏が塾であんまり遊べないことに文句言って。
そんなのが、どこでも当たり前だと思っていた、あの日。
「なにこれ?」
いつも通り待ちあわせした学校の裏門に、なんか変な模様が書いてあった。
「あれじゃない? この間やってたアニメの……名前忘れちゃった、異世界に召喚されるやつ、あれの魔法陣」
和人が先週までやっていたアニメの話をする。俺は見てないので知らないが、こいつが言うならそうなんだろう。
「面白かった? 見てないんだけど」
「んー、テンポはよかったけど、原作知らないと分かんないとこ多すぎると思う」
「ならいいや。……これ、ナニで書いてあるんだ? チョークじゃねーの?」
魔法陣をガリガリと足で削ってみるが、剥がれないしにじまない。
「ペンキとかだったら先生呼んでこないとだね」
その様子を見た和人も真似して魔法陣を踏んでみる。
職員室まで戻るとか、メンドクセー。
「お待たせ……って、何やってんの?」
後ろから聞き慣れた声が近付いてきて、俺はアクタイつきつつ振り返る。
「遅えぞ優等生」
「遅かったね幸宏」
「悪い悪い、ちょっと職員室寄ってて。で、これなに? 書いたの?」
「書いてあったの!」
何でも俺のせいにすんな!
「アニメの魔法陣だと思うんだけど、ペンキかなんかで書いてあるみたいで、先生呼んでこないとねって話をしてたんだよ」
幸宏がフーンと言いながら入ってくる。
「我が叡智を求めるものよ! その呼びかけに応えよう!」
左手で顔を覆い、右手をバッと伸ばしてキリッとポーズをとった。
「えwwwいwwwwwちwwwwwwww」
「なんだよ! カッコイイだろ!」
「カッコイイってのはもっとこうやるんだ!」
おれはシュバっとポーズを決めて
「俺は彰! 三者の頂きに立つもの! 我が名を呼びし者よ、力を与えよ!」
「何言ってんだよwwwwwってかそれじゃお前に力ないじゃんwwwww」
「だって力欲しいし」
「だっせえwwww」
「もー違うよ二人とも!」
和人が口を尖らせて言う。
「あのアニメはもっとこう」
何かを持つように右手を前に差し出してキリッと前を見据えて、
「世界よ、我が剣を求めよ!」
芝居がかった声で言うと、にっこり破顔する。
「こんな感じで、主人公は剣ご(けい…くはな……)う………え、今なんか言った?」
「なんも?」
和人があれと首をかしげる。
「いや、僕も聞こえた。女の人の声」
「校庭からか? テニス部だろ今日」
(…が よびか…に …うじし つわものよ)
その直後、今度ははっきりと、頭に響くように声が鳴る。
足元の魔法陣が目を開けていられないくらい眩しく光る。
「うっわああぁあぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁ」
足元が崩れるような、浮かぶような、落ちるような、登るような、とにかく平衡感覚を奪われて、真っ白な世界の中で俺は素っ頓狂な叫び声をあげた。
(契約は成った。我が呼びかけに応じし強者よ。我がもとへ――)