06.従僕(1)
「おー、おー! 似合ってるぞ青年! 君、身長高いからその服似合うわよ」
「そ、そうですか? こういう服着るの初めてなもので、凄く緊張しますね」
着替え室から出てくると、ジョディが廊下で待っていた。
「あの、仕事内容確認しないで働くことになったんですが、何をするんです? まさか執事とか言わないですよね?」
すると突然ジョディが笑いだした。
「あはははは、何ってるの君は。そんな執事なわけないでしょー、あははは」
「ん?じゃー、執事でないならなんでこんな服着るんです?それと笑いすぎです」
「ははは、ごめんごめん! 君、その辺の事はあまりわからないんだね。男性使用人は大雑把に言って、執事、従僕、従者に分けられるの。執事は従僕やメイドとか御者とか領地を管理するためのいろいろな使用人(狩猟小屋の番人とか)達をを束ねるお仕事なのよ。従僕は食事の給仕、ドアの開閉、重量物の運搬やメイドが裏側を掃除できるように家具を移動させるといった種類の仕事を担当したりするの。たまに従者のようなこともするわね。で、君は従僕の仕事をするのよ」
「そうなんですか。知らなかった。じゃー、力仕事関係なんですね」
「そうね。本当ならば従僕の仕事を教えるのは同じ従僕をしている男性使用人なのだけど、今出払ってるの。だから代わりに私が抜擢されたのよ。まぁ、書類手続きしたついでに任命されただけなんだけどね」
「投げやり感がハンパないですね」
じとーっとした目でジョディを見る。
「はいはい、怒らない怒らない。美人なお姉さんに指導してもらえるのよ? 嬉しくない?」
勇輝は頭を撫でられ顔を赤くする。
「う、まぁ、正直に言うと嬉しいですね」
「そ。素直でよろしい!」
年上には適わないなと勇輝は思った。
「じゃ、まずはこの学園を軽く案内するから付いて来てね。」
「うっす!」
くるりと反転し歩き出すジョディの後を付いていった。
アーレン王国ブレア魔法学園。
今から300年程前に王国と帝国が領土争いで戦争があった時代、数多くの魔法使いが戦争に駆り出されそして散っていった。
後世に継承される魔法技術の衰退を危惧し、魔法使いを育成するために設立された。
当時の魔法使いは戦争のために殺傷能力の高い魔法を研究されていたが、時代の流れとともに両国の関係は和睦し、この魔法学園のあり方が変わる。
王国は民の生活を第一と考え、魔法による生活向上へと育成方針へ変えていく。
その時に、魔力を持たぬものでも魔法の恩恵を受けられる道具が造られた。
そう、『魔道具』である。魔道具と言っても生活用に造られた物で、例えば、夜に明かりを灯す際にはランプに火を灯すが、当然光量は低い。
代わりに『発光石』というものがあり魔道具で運用することにより、ランプ以上の光量が出る。また光の調整もできる。
又、氷を生み出す魔道具、雨水や池の水を飲めるように浄化する魔道具、簡単に火を起こせる魔道具などである。
もちろん、戦闘用の魔法も学園のカリキュラムの中に入っているが、これは単純に王国の戦力を低下させない為でもある。
「まず、建物は『事務棟』『研究棟』『学生寮』『職員寮』、そして今いる『第1校舎』と『第2校舎』よ。事務棟は職員が事務的な仕事を行うところね。研究棟は魔法や魔道具など研究するところ。まぁ、言葉通りの建物だから説明省くわね」
「うあー、省きまくりですね」
「だって、そのままの意味でわかるでしょ?」
本当に軽くで済まされてしまい困惑する。
「よし、次は君が寝泊りで使う職員寮の部屋を案内するわ」
ジョディの後を付いていくと、そこは6畳くらいのワンルームであった。簡易ベット、タンス、小さな机と椅子が置かれてる。
「ここが今日から君の部屋になるわ。後で隣の部屋の住人に挨拶しておきなさい。食事は職員寮にも食堂があるからそこで済ますように」
「わかりました。で、他の使用人の方々に挨拶はどうしますか?」
「今日は執事であるセバス様に挨拶して、他の使用人には明日の朝の朝礼時に紹介されると思うわ。ではセバス様の所へ行きましょうか」
そして事務棟の方へ歩いていき、ある部屋まで来るとジョディがノックする。
「セバス様、アオイ・ユウキを連れてきました」
「どうぞ、入りなさい。」
「失礼します」
部屋の中に入ると一人の老人が書類の整理をしていたところだった。
「君が明日から働くことになったアオイだね。学園長から話は聞いているとも。頑張って仕事を覚えてくれたまえ」
そう簡潔に言って、セバスは視線を書類へと戻す。するとジョディが礼をして部屋から出てくので、勇輝もその後を付いていく。
「うあー、随分とあっさりしてますね」
「そう? 楽でいいじゃない。じゃ、今日はもういいから明日に備えてゆっくり部屋で休んでいなさい」
「うっす!」
勇輝は割り振られた自分の部屋へと戻っていった。
夜、部屋の中でのんびりしていると、隣の部屋の住人が帰って来たような音が聞こえてきた。
(そういえば挨拶をしないとな。)
隣の部屋の扉まで行きノックする。
「今日から隣の部屋で住むことになった者ですが」
数秒待つと扉が開き、中から若い男が出てきた。20代前半だろうか。
「はいはいーって、ん? 今朝門の所に来てた奴じゃねーか」
「あ、門の所で門番してた人」
「なんだ、あんたこの学園の仕事受かったのか。俺の名前はグレン=ハスター。よろしくな」
「青井勇輝です。よろしく」
グレンは右手を差し出し握手を求めてきたので、その手を握りると力強く握り返してきた。
「これから食堂でエールを一杯やろうと思ってたところなんだが、ユウも一緒にどうだ?」
「お、いいですね」
随分とフレンドリーな愛称で呼ばれたが、勇輝は別段気にもしなかった。
それに食事もまだだったので、グレンに誘われ食堂まで付いていく。
食堂まで来ると何人かチラホラと食事をしていたり、お酒で一杯やってる人がいた。
部屋の隅の方はカウンターバーになっているようだ。
そこに腰掛けて、グレンがエール2つ頼む。
「ほいよ、あんたの分な。あ、それと俺も先月配属されたばかりだからな、同期ってことで堅苦しいのは無しにしようや」
「そうか? なら、遠慮なく。改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
エールで乾杯する。
「ングッングッ、ぷはぁぁ! うまい!」
グレンはエールを一気に飲みほすと2杯目をおかわりしていく。
「このエール、凄い冷えてるな」
「ん?魔道具で冷やしてるからだろ」
「魔道具?」
「なんだ知らないのか? 魔法を付与した道具のことで、例えばこのキンキンに冷えたエールは氷結系の魔法が付与された道具で冷やしてるのさ。魔道具知らんてどこの田舎もんだよ」
一杯目で既に酔ってしまっているのだろうか。顔を真っ赤にしたグレンが「わははは」と笑いながらユウキの肩をバンバン叩く。
実際、勇輝はこの世界の生活水準は低いだろうと思っていた。中世のような町並みなので、飲み物は常温だろうと思っていたのだ。しかしこの世界では魔法である程度の生活基準は上がっているようだ。
「ところで、グレンは魔法は使えるのか?」
「まったく! 全然! 魔法は無理だが、剣には自信があるぜ! ……と言っても、門番なんかやってる時点で説得力ないと思われるだろうけどな」
「門番も立派な仕事だろ?」
「まぁ、そりゃそうなんだが。だけど、俺の目標は王都で10番隊あるうちの最高と言われる1番隊の騎士隊長になるのが夢なんだ!しかし現実は厳しい。年2回ある王都の騎士試験に受からなければならない」
「あー、なるほど。試験に落ちてここにいると」
「お前、さらりとキツイ事言うな」
グレンが落ち込み始め、肩を落とす。
「あら、二人共」
そこへジョディが現れると、グレンは顔を勢いよく上げる。
「ジョ、ジョディさん!? こんばんわです! 今日も大変お美しいであります!」
「ふふふ、ありがと。グレンは良い子ね」
ジョディはグレンに近づき頭を撫でている。グレンはデレデレしていた。
(グレン、涎が出ているぞ。そして顔がキモイ)
「じゃ、二人共仲良く飲んでなさいね。バーイ」
ジョディはカウンターでワインのボトルとグラスを貰うと、別のテーブルへと向かっていく。
「いやー、ジョディさんは美しいな! あの笑顔はきっと俺に惚れてるからに違いない! ユウ、お前もそう思うよな!」
落ち込んだ姿は何処へやら、勘違い野郎がここにいた。
「なんだグレン、ジョディさんに惚れてんのか」
「おうよ! あの麗しい女性を自分の女にしたいね! その為には、門番なんて枠にハマってられるかってんだ。俺は絶対、王国の騎士隊長になって箔をつけ、ジョディさんに告白するんだ!」
「その間に他の男に取られなきゃいいけどなー」
ぴしり……。とした音がグレンから聞こえたような気がし、そしてそのまま一人で「アッー! ソウダッター!」と頭を抱えながら叫んでいた。
グレンという人物は熱い男のようだが、どこか抜けていて憎めない奴のようだった。
「ところで、その騎士試験ってのはどういう試験なんだ?」
「ん? ああ、各ブロックで別れてのトーナメント制で、勝ち残った者が王都の兵士になれるんだ。んでだな、10番隊あるうちのどれかの隊に配属される」
「へー、勝ち抜き戦か。結構シビアなんだな」
「そりゃ、弱い者が兵士になっちまったら守る民を守れんだろう?」
グレンは4杯目のエールのジョッキを飲みほし、またおかわりをしている。
「また隊に所属してからも、上に上がるには大変なんだ。それぞれの隊に10人の騎士がいて序列がある。例えば10番隊の序列1位、騎士隊長だわな。隊長を筆頭に序列2~10位までランク付けされる。そしてそれぞれの序列のある騎士達一人一人に、従士(軽装備兵士)が付いているんだ。んで、試験に合格するとそのどっかの隊の従士に任命されるってわけだ」
「なるほど、その話を聞く限りグレンがジョディさんに告白する日が永遠に来ないような気がするんだが」
「ちょっ、おま、ばっか!縁起でもないこと言うなよ」
「悪い悪い、冗談だよ。でも、惚れてるならアタックし続けていけよ。グレンならできる!」
勇輝は「グッ!」っと親指を出し手を握り締める。
グレンは「そうだよなー! 俺はできる奴だからなー!わはははは」と気分を良くする。
そんな単純明快なグレンと夜遅くまで飲んでいのだった。