34.アビスの瞳
評価ポイントつけてくれた方、ありがとうございます。
やる気がみなぎってきました。
アルビノが断末魔を上げ絶命する――――。
この場で戦っていた誰もが諦めていた中、たった一人の青年の手によってアルビノが倒された。
アーレン王国第一皇女フレア=ミスク=アーレンは次元の違う戦いに言葉を失う。
否。城内である一つの噂が流れていた真実を目の当たりにして、言葉を失っていたのだ。
◇
遡ること数日前、城内では騎士8番隊の分隊が全滅しかけた魔物、変異種のフォレストベアーをたった一人の青年が倒したという噂が流れていた。
そして、その青年の片眼が青く輝く瞳――、
―――――――――『アグニの瞳』であったと。
ロードスは事の顛末を報告したのだが、ゾルディはその話を認めようとはしなかった。
むしろ、そのような話を広めないようロードスに箝口令を出したのだ。
ゾルディはある一つの懸念を抱く。
もし、お伽噺である『アグニの瞳』が本当であるのならば、それはもう一つの最悪の瞳が起こり得るということ。
御伽噺の中では、二つの瞳の力が記されている。
一つは『生命』を司る力、『アグニの瞳』――――。
そして『アグニ』とは対となる、『死』を司る力、
―――――――――『アビスの瞳』の存在である。
ゾルディは実在した『アグニの瞳』の噂が国中に流れれば、もう一つの瞳の存在に気づき、混乱が生じるのではないかと懸念していたのだ。
だが人の口には戸は立てられぬというもの。ロードスとゾルディのやり取りを近くで見ていた者が、噂の出処であった。
◇
勇輝は上空で出現させた巨大な黒刀を消し、地上へと降り立ってくる。
「よっと、っとっとっとっ、うわっ!!!?」
着地した場所が悪かったのかバランスを崩し転ける。
そして直ぐ様立ち上がり、フレア達の方へと歩いていく。
「姫さん達、怪我は大丈夫か? 何とか間に合ってよかったよ。って街はめちゃくちゃだけど……」
心配そうに覗き込む勇輝の瞳には、既に紋章が消えていた。
「あ、ああ……そのアオイ……其方の左眼なのだが――――」
フレアが勇輝に瞳の事を聞き出そうとしたら、周りにいた騎士隊・ハンター達が押し寄せてきた。
「おい! あんちゃんやるなお前ぇ! 凄かったぜさっきの!」
「ああ、もうダメかと思ったぜ! 本当に助かったぜ兄ちゃんよ!」
「あんたはこの国の救世主だ! ありがとうよ!」
大勢の人達に囲まれて沢山の賛辞の言葉を受け取っていた。
「いや、あはははは、なんか照れるな」
勇輝は恥ずかしさで頬をかく。
沢山の人に賛辞を送られている中で、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「―――ュゥ……ユウキィーー……ユウキぃーーー!」
ルシアが手を振りながら此方に走ってきていた。
「ルシアッ!」
人垣をかき分け、ルシアの方へと駆け出す。
「ユウキーーー!」
「ルシアーーー!」
ルシアは勇輝に抱きつき、そして勇輝はルシアを優しく抱き抱えた――。
「ユウキっ……ユウキィ……無事でよがっだよぉーーーうわぁぁぁん!」
「はははは、ただいま。ルシア……ちゃんと約束守っただろ? ほら、泣くなよ」
勇輝の腕の中で泣きじゃくるルシアの頭を優しく撫でる。
暫く頭を撫でていると、ルシアの嗚咽が落ち着いてくる。
「……落ち着いたか?」
「ぐすん……うん。……でも、もうちょっとこうしていたい……」
勇輝はルシアの体をぎゅっと抱きしめる。
「ルシアは甘えん坊だなぁ。よしよし……」
「ぐすん……えへへ♪」
二人で抱き合っていると、勇輝は周りからの視線に気づく。そしてその中にニヤニヤ顔のミリアの姿もあった。
「いやー、若いっていいなぁ」
「羨ましいね~。俺も彼女欲しいわーー!」
「俺も昔は奥さんとあんな感じだった。 だが今では……ブルブル」
やんやんやと周りが騒ぎ始めた。
「兄ちゃん、ここでキスしなきゃダメだろ!」
「そうだそうだ! 彼女さんを泣かしちゃダメだぞ!」
「二人とも顔真っ赤にして初々しいな! おい!」
勇輝とルシアが戸惑っていると、突然大きな咳払いが響く。
「ウォッホン!!! あー、ちと邪魔して悪いが、少しばかりいいかの」
声のした方へと顔を向けると、そこにはアーレン王国騎士1番隊ゾルディ=クロス=ロードと王国騎士隊の大隊がいた。
ゾルディはフレアとルミナの元まで向かうと、跪く。すると王国騎士隊の面々も跪いた。
「フレア様、ルミナ様、ご無事でなによりです」
「うむ、街に被害が出てしまったが、皆の協力のお陰だ。そして、そこのアオイがいたからこそ我々は勝てたのだ」
フレアは勇輝の顔を見つめる。
「アオイ、此度の件では本当に助かった。其方には感謝しきれない」
「いや、俺は唯、なんというか――――」
パチッパチッパチッパチッ―――――――。
手を軽く叩く音が響いてくる。
音のする方へ視線を向けると、そこには倒壊した瓦礫の山の上にマントとフードを深く被った男がいた―――。
その男は禍々しいほどに死の気配を放っている。
「いやー、ほんと……素晴らしいよ」
余りの不気味さに、周りの者たちは体が硬直する。
ある者は呼吸が乱れ、またある者はびっしりと体中に冷や汗をかく。
「何者だ貴様っ!!! 名を名乗れぇ!」
ゾルディはその男の異質さに、激昂する。
男は無言で深く被ったフードを脱ぐ。
その右眼には赤く輝く紋章を宿した瞳があった――――――。
その紋章は逆十字を描いている。
「「「 ――っ!!!!!!! 」」」
「『アビスの瞳』だとっ!!! ……やはり存在しておったか!!」
ゾルディは苦虫を噛み潰したような顔をして叫ぶ。
『アビスの瞳』と呼ばれた男の赤い瞳を見た瞬間、勇輝の左眼が青く輝いた。
「――っ!! ぐ、なんだ!?」
突如として熱くなる左眼に勇輝は驚く。
「まぁ、落ち着けよ『アグニの瞳』。今日はただの軽い挨拶だ。どうだ? 俺の余興を楽しんでくれたか? ふふ、はははは――」
「……余興だと? まさか、あのアルビノはお前の差金だったのか!!」
勇輝は怒りで叫んだ。この男のせいで沢山の人が死んだのだ。怒りで頭に血が上る。
「ああ、そうだ。 まぁ、あれは元は人間だったがな。 確かヴェルダンディとかいう男だったか?」
ヴェルダンディという言葉に騎士達全員が驚愕の顔へと変わる。
「なっ!!!? 貴様! ヴェルダンディをどうした!!」
ゾルディが怒りで叫ぶ。
「おいおいおい、あの男が帝国に接触してきて、俺の力を求めてきたんだ。怒鳴られる言われはないぞ?」
「な……ん……だと………」
フレアはヴェルダンディの裏切りにもそうだが、帝国という言葉が出てきてより一層驚く。
「帝国だと!? 貴様! 帝国の人間なのか!」
「くくく、ああ、そうだ。俺は帝国側の人間だ。だが、元より俺はそこの男と同じでこの世界の人間ではない」
「……なに?」
今度は勇輝が驚く番だった。
「わからないか? 俺もお前と同じ世界から飛ばされてきた人間だ。宝玉の力によってな」
男は前髪を掻き揚げ勇輝の瞳を睨みつける。
「覚えておくがいい。俺の名は緋村一輝……。憎悪によって全てを破壊つくしてやる……くくく、ははははは」
一輝と名乗った男は高笑いをし、そしてルシアへと一瞥をくれる。
「そこの女、半分混ざってるな……。まぁ、いいか。今日はこれくらいで失礼するよ」
一輝は不気味な笑いを浮かべながら、自らの影へを沈んでいった。
沈みゆく夕日が勇輝達の影を伸ばし、これから起こる出来事に不安を覚えさせるようだった。




