03.ルシア=バレイン
その日、ルシア=バレインは村の外れの森の奥で魔法の練習を行っていた。
魔法系統は大まかに四系統ある。「火」「水」「風」「土」の四大元素魔法だ。
遥か昔、今では失われた系統の魔法があったというが。
ルシアは小さな泉の前で精神を集中し、自身の身長と同じ位の杖を目の前に構え魔法を唱える。
「ファイアーボール!」
杖の先に小さな火の渦ができようとしたが、そのまま黒い煙を出して消えてしまう。
「はぁ……やっぱりだめかー……」
ガックリとうなだれる。そう、彼女は魔法学園の生徒でありながらまったく魔法が使えないのだ。
魔法学園の入学条件は、一定以上の魔力があるものだけが入学ができる。
なので魔法が使えなくても魔力があるなら、学園で知識を学び研磨することで魔法が使えるようになる。
そのような者でも、入学から三ヶ月もすれば一つくらい初歩魔法を使えるようになる。しかし入学してから半年以上経ってもルシアは魔法を使えなかった。
「私才能ないのかなー。でも諦めちゃだめ! まだ入学して半年だもん! きっとまだ修行が足りないからなんだわ!」
そう自分に言い聞かせ、魔法の修行を再開するルシア。
意識を集中し、眼を閉じている時にその音は聞こえてきた。
『グルルルルゥ……』
視線を上げ、唸り声の方へ顔を向けると数メートル離れたところに、一匹の狼がいた。
灰色の狼、グレイウルフだ。魔物特有の紅い眼をしている。
通常魔物はこの辺には出てこないのだが、近年魔物に遭遇したと言う声がよく王都の方で報告が出ていた。
事態を深刻とみた王国は、定期的に王国の村周辺を兵士達が巡回し、またはハンターギルドに魔物の討伐依頼するなどの対策を行っていた。
まさか自分の村の近くで、魔物に遭遇するとは思ってもいなかったルシアはカタカタと震えだす。
このまま呆然と立っているだけでは、殺される。そう判断したルシアは恐怖を押し込み、背を向けて走り出した。
それが狩りの合図になった。グレイウルフは唸りを上げ、背を向けて走り出すルシアを追いかける。
足場の悪い森の中を全力で走る。走る。走る。しかし獣と人間ではすぐさま追いつかれてしまう。
怖くて泣きそうになる。途中、木の根っこに足を引っ掛けて転んでしまう。
転んだ近くの樹木に尻餅しながら後ずさる。背中を樹木にもたれた時、それは起きた。
グレイウルフが飛びかかってきた時、ひと吹きの突風が起き、グレイウルフが吹き飛ばされていったのだ。
風だと思ったそれは、一人の青年が拳を突き出して目の前に立っていた。
青年が顔をこちらに向けると、その左眼には、青く輝く紋章が浮かび上がっていた――――。
この大陸の国々で昔から伝えられているお伽話の一つ。
それが青年の瞳に宿す紋章。
―――アグニの瞳―――
『遥か昔、赤眼の魔を、青く輝く紋章を瞳に宿した異世界人が光の巫女と共に世界を救う』というお伽話である。
「アグニの………瞳……?」
声にならない声で呟く。いや、そんなはずはない。あれはお伽話ではなかったか―――と。
樹々の隙間から溢れる太陽の光が、目の前の青年の背中を照らす。その時、逆光で眼を細める。
青年は目の高さまでしゃがみ、優しい声で話しかけてきた。
その青年の瞳には先ほど見た紋章はなかった。両眼ともに黒眼だった。
気のせいだったのだろうかとルシアは首を軽く捻る。
「大丈夫? 怪我はない?」
その言葉に先程まで起きた事を思い出し、恐怖と助かったことへの安堵でルシアは泣き出してしまう。
「助けることができて、良かった」
その優しい言葉は、少女の心に深く染み込んでいった。
恐怖心も収まってきて、ルシアは助けてくれた恩人に話しかける。
彼は「アオイ・ユウキ」と名乗った。この国では珍しい黒髪黒眼であり、また服装も見たことのないものだった。
旅人なのだろうか――とルシアは考える。
ルシアは思い切って聞いてみたが、逆に此処はどこだと聞かれてくる。どういうことだろうと首を捻る。
この人は旅の途中で自分いる場所がわからなくなり聞いてきたのだろうとルシアは思った。
ルシアが国の事を話してるうちに、彼の顔が徐々に険しいものに変わっていった。
気に障ることでも言ってしまったのだろうか。命の恩人に対してお礼をしないのも失礼だと思い、ルシアは家に招待した。
村に戻る途中、勇輝はキョロキョロと辺りを見回していた。すると何か考える素振りをみせる。
ルシアは家に着き、お婆さんに事の顛末を話しだすと怒られてしまった。
その後に親友のミリアも来て、事情を話したらミリアにも怒られてしまった。
確かに一人で森に入って魔物に襲われたなんて、自分が無用心だったのは非を認める。認める分、更に怒られるとルシアは凹んだ。
そんな凹んだルシアに気を使ったのか、ミリアがユウキに色々と質問をしていく。
歳はいくつだとか、彼女さんはいるのかだとか。
(もう、ミリアちゃんたら、別に私はそんなつもりじゃ……まぁ、嬉しいんだけどね)
そして勇輝はお婆さんの勧めもあり、家で食事をして泊まっていった。
夜、ルシアはベットの中で今日出会った彼との出来事を思い出していた。
彼の瞳に映っていた紋章。あれは気のせいだったのだろうか――と。
きっと、お伽話のような助けられた展開に頭が混乱して錯覚を見たのだろうとルシアは自分に言い聞かせる。。
「ユウキ………か……。カッコイイ人だったな……」
昼間の彼の言葉を思い出す。
――――助けることができて、良かった。
その言葉を反芻しながら、ルシアは深い眠りへと落ちていった。