02.シルグ村 ★
少女はひとしきり泣いた後、落ち着いたのだろう。
俯いていた顔を上げ自己紹介を始める。
「危ないところを助けて頂き、ありがとうございます。私の名はルシア=バレインと言います」
ルシアと名乗った少女は可愛らしい笑顔で答える。
その笑顔に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
(か、可愛い……)
勇輝は向けられた笑顔につい顔を赤らめる。
身長は155前後だろうか。ほっそりとした体つきで、胸は体の割には結構大きい。
髪は白銀色で肩まで掛かるセミロング。前髪は少し長く、後ろ髪の一部を薄い黄色いリボンで束ねている。
小柄な顔で眼がクリッとした可愛い女の子だ。
「俺の名前は青井勇輝。まぁ、勇輝と読んでくれ」
「アオイ……ユウキ、さん」
「さん付けはしなくていいよ」
「そ、そうですか?じゃー、ユウキ……はこの国の方ではないのですか?珍しい服を着ていらっしゃいますし、何より黒髪黒目の方はこの国ではいないものですから」
そう、一目で彼女との違いが分かるのが服装だ。こちらはボタンシャツの上にパーカーを羽織っている服装。
ルシアの服装はオーバーニーソにプリーツスカート、そして魔法使いのようなローブを羽織っている服装で手には自身の身長と同じ位の杖を持っている。
どう見てもファンタジーのコスプレにしか見えない。
「えーと、まぁ、実は俺も今の状況が全くわからないんだ。逆に質問を返すようで悪いけど、ここはどこなんだ?」
彼女は質問の意味に首を傾げながら、質問に答えてくれた。
「ここはアーレン王国領土内にある、王国から少し離れたシルグ村近くの森の中です」
アーレン王国―――。民を第一と考える国で、民の生活を豊かにすることで生産性向上を目指している。
主に生活面に力を入れている為、軍事力はあまり高くないという。
しかし、王国の三方を大きな湖が囲っており、他国と戦争になった場合攻めづらい地形になっている。
陸に続いている方は草原と小さな森がポツポツとあり、その周りに小さな村がいくつも点在しているとのことだ。
他にもガレリア帝国、パレス法国、クレティア共和国と大まかな国で成り立っている。
ちなみに今ここにいる場所は、王国周辺にあるシルグ村の東側にある森らしい。
ルシアの話を聞いてる内に、勇輝は内心焦り始めていた。
(やはりここは日本でもなく、更に地球でもないみたいだ。なんかやばい状況だな)
勇気の背中に冷や汗が流れる。
「あの、顔色が優れませんけど大丈夫ですか?」
ルシアが顔を覗き込んでくる。
「いや、大丈夫だよ。具合が悪いわけじゃないから。むしろこの今の置かれた状況が悪いというか……」
「あ、ごめんなさい!命の恩人にこんな場所で話続けるなんて失礼でしたね。シルグ村に私の家がありますのでぜひ寄っていってください!」
どうやら気を悪くしたと勘違いをさせてしまったのだろう。
とにかく、この場所から移動したほうが良さそうだった。
お言葉に甘えて、勇輝はルシアの家に招待してもらう。
30分程森の中を歩いてると、森の外に出る。そこには草原が広がり、穏やかな風に揺られて草が波のように揺れていた。
そしてその少し先には何軒か家が建っているのが見えた。
更に20分程歩いたところで村の入口につく。村の建物はブロックレンガで建てられており、屋根には煙突があり、白い煙が出ていた。
村の中に進むと水路があり、水車小屋の水車がクルクルと回っている。その周りを小さな子供たちが笑いながら追いかけっこして遊んでいる。
「なんか、穏やかでいい所だね」
勇輝は都会暮らしだったので、こういった田舎の風景は凄く新鮮であった。
「そうですか? 何もないところですけど、そう言ってもらえると嬉しいです」
側を歩いていたルシアが勇輝を見て、笑いかけてきた。
勇輝はその笑顔にドキッとして思わず呆けてしまう。
見つめられていたルシアは首を傾げる。
「ユウキ? どうしました?」
「い、いや。なんでもない」
顔を背け頬を掻く。
(見惚れてたなんて言えない)
勇輝は落ち着く為に咳払いをした。
「あの先に見える建物が私の家です」
彼女の家に着き、建物の中に入っていく。
「おばーちゃん、ただいまー!」
「おや、シア帰ってきたのかい? おかえり。ん? お客さんかい?」
シアとはルシアの愛称なのだろう。そう思いつつ、お婆さんに軽く会釈をする。
「うん。実は森の中で狼に襲われそうになった所を助けてもらったの。お礼がしたくて家に招待したんだ」
「これシア!あれほど一人で森の奥へ行ってはダメだって言ったじゃろ! まったく、この子ときたら…」
怒られてバツが悪そうにルシアは「あはは……」と笑っている。
お婆さんが近くまで来ると勇輝の手を握り閉めて深々をお礼を言う。
「孫を助けて頂きありがとうございました。大したおもてなしは出来ませんが、せめて今夜はうちで食事でもして泊まっていってください」
「いえ、そんな泊まってしまうのはご迷惑じゃないですか?」
「そんなことはありませんよ。それにシアも貴方さまにお礼がしたいと言っていますので」
お婆さんはルシアを見てこちらを伺う。
ルシアは頭をコクコク! と上下に振っていた。
「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます」
勇輝がお辞儀をしていると、家の外からドアを叩く音と人の声が聞こえてきた。
「シアー! いるー? ちょっと宿題を教えてほしーんだけど」
ドアから覗いてきたのは栗毛色のポニーテールで活発そうな女の子だった。
スラッとした体型で体が引き締まっており、凛々しさを引き立たせている。(ただし胸はあまりない)
「って、あれ? 見かけない人だけど、お客さん? 邪魔しちゃったかな?」
ポニーテールの子はそう言いつつ家の中まで上がり込んでくる。
「あ、ミリアちゃん! この方はアオイ・ユウキさん。森で狼に襲われそうになったところを助けてもらったんだ」
「はぁ!? あんた、一人で森の中に入っていったの!? 魔法もロクに使えないのに! しかも最近は魔物の数が増えて凶暴になってるって言うし、危ないじゃない!」
ミリアと呼ばれていた子はルシアに詰め寄り「ガー!」と捲し立てる。ルシアは「ひぃー! 許してミリアちゃん~!」と頭を抱えながら縮こまっている。
二人のやり取りを眺めていると、視線に気づいたミリアがこちらに気づく。
「申し遅れました。あたしミリア=リースって言います! シアとは幼馴染なんです。シアを助けて頂きありがとうございます!」
元気いっぱいな声でお礼を言うミリア。大人しそうなルシアとは正反対の性格のようだ。
「ところで、さっき魔法だとか魔物だとか言っていたけれど、この国ってそういうのあるの?」
「はい。私とミリアはアーレン王国・ブレア魔法学園の生徒で一年生なんです。」
お婆さんが湯呑を出してくれたので、テーブルに座りつつ質問に答えてくれるルシア。
ならうように勇輝とミリアも席につく。
「魔法は誰でも使えるってわけではないんです。一定以上の魔力量があって初めて使えるんです。ブレア魔法学園は魔法をちゃんと制御できるようにと、
王国が魔法使いを育成するために造られた施設なんです」
「おにーさ、ユウキさんはこの国の人じゃないの? ……ないんですか?」
ミリアが言葉を言い直す。敬語が苦手なのだろうか。
「無理に敬語で話さなくていいよ。話づらいなら好きなように話してよ」
「ほんと!? いやー、あたし敬語とか苦手でさー。じゃー、おにーさんのことユッキーって呼ぶね!」
フレンドリーな態度で接してくるミリア。こっちが地なのだろう。明るい性格なのか全く嫌味に聞こえてこない。
そこが彼女のいいところなのだろうと勇輝は思った。
「話を戻すけど、この国の人間じゃないよ。俺がいた場所は魔法とか魔物とか、そういうものがない場所だった」
「やっぱりそうだったんですか。じゃー、海の外の世界からきたんですね」
眼をキラキラさせながら聞いてくるルシア。実はまったく違うのだが、「異世界からきました」なんて言ったら頭がおかしいやつだと思われるのが関の山だろうと、そういうことにしておいて話を合わす。
「まぁ、そんなところかな。なので右も左もわからず迷ってたわけだな」
「旅人さんが迷子だなんてダメですよー」
くすくすと笑うルシア。素直に信用してくれることに、勇輝はちくり胸に刺さるような感覚と罪悪感を覚える。
(異世界で迷子ってのは本当なんだけどな)
「ね、ね! ユッキーって歳いくつなの? 生まれ故郷に彼女さんとか奥さんとかいるの?」
「20歳だけど、彼女とか嫁さんとかはいないよ。というか、嫁さんとかいたら一人でこんなところにいないよ」
「あたし達と4つ違いだ。だってシアー、よかったねー?」
小声でルシアにニヤニヤしながら耳打ちするミリア。そんなミリアを「何言ってるのよー! もー!」と赤面しながらポコポコ叩くルシア。
女子トーク全開である。そんな話の流れをスルーしつつ(というか恥ずかしい)別の話題を振る。
「ところで、当面の間この国で過ごそうかと思っているんだけど、そのために仕事とか斡旋してくれるところとかない?」
まずは情報収集しなくてはならないのだが、生活していけるお金がなければ生きてはいけない。
だから第一の目標はお金を稼ぐことであった。
「そういえば、うちの学園で住み込みの雑用の使用人募集してたのあったけ? ちょうど今日で休み終わりだから、あした一緒に学園に行けばいいよ。シアもそのほうがいいでしょ?」
ニヤニヤとルシアを肘でつつくミリア。そしてポコポコとミリアを叩く。
「シアやー、夕食の準備するから手伝っておくれー。ミリアちゃんもそろそろ帰らんとお母さんに叱られんー?」
台所の方からお婆さんの声が響く。「あ、やばい! じゃ、また明日ね!」と言ってミリアは出て行った。
(魔法学園か……。もし雇えてもらえたらなら、この世界とこの体の身体異常のことが分かるかもしれないな)
その後、勇輝は夕食を美味しくいただいて、夜は早めに休んだ。