18.掃除
アーレン王国魔法学園のとある部屋―――――。
「はい、確かに『アグニの瞳』でした。この目でしかと。それと、変異させた魔物を容易く倒した力は本物かと」
「――――――――」
「まだ『巫女』方は見つかっておりません。ただ……」
「――――――――」
「いえ、まだ確証は取れてないのですが、気になる娘がいまして、もしかしたら……と」
「――――――――」
「は! 引き続き監視を行います。それと一つよろしいでしょうか? 『アビスの瞳』の方は――」
「―――ッ!! ――!!」
「も、申し訳ありません。出過ぎた真似を」
「――――――――」
「は! 仰せのままに」
暗い部屋の中、報告を終えた女が立ち上がり窓の外を見る。
夜も深けた空には大きな月が二つ浮かんでいる。不気味に赤く光る満月と、淡く青く光る三日月―――――。
それはこの世界の行く末を表すかの如く、暗い暗い夜の空に浮かんでいる。
二つの月を眺めて女は愚痴る。
「くだらない……本当にくだらないわ……」
そして女は部屋から出ていくのであった――――。
◇
「くわぁ~~~……ぁふぁ………眠い」
日も高くなるお昼前、勇輝は重い瞼を擦りながら庭の掃除をしていた。欠伸をしていると一緒に掃除をしているリリーに窘められる。
「ユーキ君、そんな欠伸ばかりして。自己管理がなってないわよ?セバス様に見つかったら、お説教されるわ」
「す、すみません。昨日の夜は中々眠れなかったので……。以後気をつけます」
「夜眠れないとか、なんか悩みでもあるの?」
「い、いえ! 別に悩みとか別にないです」
「そう?なんか悩みとか困ったことがあったら相談に乗ってあげるからね?」
ただ悶々として眠れなかったとは言えない。
「有難うございます」
そして勇輝は黙々と掃除をしていく。
先日の変異種の魔物の件は学園内で騒がれることはなかった。学園長が当事者達に口止めをしたからだ。
漏らせば厳重処罰するとのこと。勇輝としては大変ありがたかった。学園長にお目こぼしをしてもらったとは言え、下手に騒がれると学園にいられなくなるからだ。
ただ、王宮内の方は不安であった。騎士隊1番隊長のゾルディは信じているようには思えなかったため、大丈夫だとは思うが。
「ま、深く考えても仕方がないか」
校舎棟の庭の掃除を終え、研究棟の庭掃除をしていると突然ある部屋から爆発が起きる。
ドカーーン!!
「ば、爆発!? テロか何かが起きたのか!?」
「あー……、研究棟はたま~~~~にあるのよ。今みたいな爆発。んー、あそこの部屋は確か魔道具を開発研究している先生の所ね」
「だ、大丈夫なんですかね」
「んー、大丈夫じゃない? 此処は私が掃除しておくから、ユーキ君はあそこの部屋を見てきてくれる?」
「わかりました! って、リリーさん、もし死体があると嫌だからって俺に押し付けてません?」
「ん~ん~♪」
リリーは聞こえないフリして掃除を続けている。
「はぁ、わかりました。では行ってきます」
「いってらっしゃい♪」
リリーはにこやかに勇輝を送り出していった。
◇
研究棟3階の爆発の起きた部屋の前。
爆発で人だかりが出来て――――いなかった。
たまに起こることなので周りの教員達は気にも止めないのであった。
「うあー、入口のドアが爆風で吹き飛んでるよ」
勇輝は開いたドア(爆風で吹き飛んでる)の入口から中を覗くと、一人の中年男性がうつ伏せで倒れていた。
「うわーーーー! やっぱりーーー! 大丈夫ですか!!? 死んでないよなこれ!?」
「ふーー、失敗してしまったか」
中年の男はムクリと起き上がる。その体には爆風による傷はなかった。
勇輝はびっくりする。もの凄い爆発だったため、生きていないんじゃないかと思っていたのである。
「あの怪我とかはないんですか?もの凄い爆発でしたけど」
「ん? ああ、実験するときは必ず耐火・衝撃吸収用の魔道具を発動させてるから問題ないよ」
勇輝は「あ~、なるほど」と納得する。ここは魔法ありきの世界である。自身を守る魔法・魔道具があっても不思議ではないのだ。
「そうでしたか、では研究の邪魔にならないよう失礼します」
「おーーーーっと、待った!」
ガシッと首根っこを掴まれる。振り向くと男はニコニコとしている。
「君、使用人だろ? 丁度良かった、部屋の片付けを手伝ってほしい。いやー、助かるよ! 部屋爆発しても、最近誰も来てくれなかったんだ」
勇輝は「あ~、なるほど」と納得する。リリーさんが来たがらない訳が。余計な仕事を増やすのが嫌だったからである。
これも仕事だと、自分に言い聞かせ納得させる。
「分かりました。ですが、使えるものと使えないものの分別はそちらでやってください」
「ああ、そのつもりだから大丈夫。やー、悪いね」
「いえいえ、これも仕事の内だと思えば」
「お、感心するね~、ではもしまた部屋を散らかしてしまったらお願いしようかな」
藪蛇をつついてしまったようだ。
「ま、まぁ、その時はその時で」
勇輝は片付けをしながらお茶を濁す。
「はは、冗談だよ。っと、そういえば君とは初対面だね。私の名はロイド=クライムだ。主に魔道具の開発研究をおこなっている」
「青井勇輝です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
白髪でざんばらな髪型のロイドと握手を交わす。しっかりと力強く握られる。
部屋を掃除していくと色んな物が出てきた。例えば、走る速度が上がる靴『瞬足』。これは靴に『風』の魔法が付加されていて、走るたびに足の裏から圧縮された風が吹きでて、歩幅を上げるというもの。しかし速度が出すぎると止まれないは、放たれた風が周りの女性スカートを捲るわということでお蔵入り(ロイド談)
遠くを見るメガネ『ミルミル』。これはレンズに千里眼系魔法が付加されていて、遠くの物を見ることができる。はずだったのだが、遠くの物どころか服が透けて見えるというレアアイテム。
偶然の産物なのだが、王国にバレたらヤバイということで絶賛封印中とのこと。(ロイド談)
部屋の塵や埃を吸い取り空気を浄化する『清浄機』。これは『水』『風』『土』の魔法が付加されていて空気を浄化するはずだったのだが、発動させるための刻印を何処をどう間違えたのか、浄化された空気には媚薬成分が含まれ、その部屋にいる女性は発情してしまうという『発情機』。当然、王国にバレたらヤヴァイということで絶賛封印中とのこと。(ロイド談)
全部がロクでもない物だった。
一時間程経過しただろうか、部屋の3分の2程片付けた時、部屋の隅に厳重に封印されている漆黒の箱を見つけた。
「ロイドさん、この箱随分と厳重に封印されていますけど、中には何が入ってりるんですか?」
「ん?ああ、それは魔道兵器を封印した箱だよ。何年も前に王国から創ってくれと頼まれた物でね、苦労して生成したはいいが使い手がいなくてね」
「へー、どういったものなんです?」
「四大元素『火』『水』『風』『土』属性の宿った精霊石を特殊加工・精製・製造した4つの指輪だ。この内3つの指輪は火、水、風が付加魔法として宿っている。
で、最後の属性はかなり特殊な物でね、土と言うものなんだ。
錬金術の応用でね、一種類の素材を武器として一時的に創造できるんだ。その素材は『アダマンタイト』だ。
だけどこれ、もの凄い莫大な量の魔力が必要で常時消費されるんだ。魔力量の多い魔道士でさえ、10秒持たない。言わば欠陥品なのだよ」
「凄いですね。そのクリエイトってどんな武器が創造できるんです?」
「君は魔法の発動条件を知っているかい? 通常、魔法発動する際は、発現させたい事象としてイメージする。そして起動言語を発することで初めてイメージされた魔法が具現化する。要は作りたい武器をイメージすれば、創れますよってことだ。わかったかい?」
「ええ、要するにロイドさんは兵器としての魔道具は超一流だが、生活用の魔道具だとエロイのしか作れないダメダメ魔道士ってことですね」
「君、さらりと毒吐くね」
ロイドは勇輝の手から漆黒の箱を受け取り、何やら呪文を唱え封印を解除していた。
「部屋の掃除を手伝ってくれたお礼だ。この指輪を君にあげよう。どうせ使えないだろうし、好きな女の子へのプロポーズ用にでも使ってよ」
ロイドは4つの指輪を勇輝に手渡す。それぞれの指輪は属性色特有の淡い輝きを放っていた。
「いや、むしろお礼なら『清浄――」
「ダメだ」
ぴしゃりと即答される。
「じゃー、『ミルミ――」
「ダメだ」
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。
「すみません、では指輪を有り難く頂きます」
「うんうん、お洒落装備品として使ってくれ」
ロイドは「はっはっは」と笑っていた。
勇輝は両手の指に2個づつ指輪を嵌めてから、再度部屋の掃除を再開するのであった。
この時ロイドは、後に勇輝が指輪を使えることになるとは思ってもみなかったのである―――。




