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14.アグニの瞳

 セシル=アーク=ブレアは己の目を疑った。

 勇輝の後を追いかけて行くと、そこには巨大なフォレストベアーと勇輝が戦闘を繰り広げていた。



 その離れた所に倒れている3人を介抱するように、生徒5人が集まっていた。

 さらにその先にはルシアが一人でいる。

 ルシアの元に駆け寄りたいが、下手に近寄ると戦闘の巻き添えを受けてしまう。

 

 「皆さん、無事ですか!?」

 

 セシルは皆のいる所に駆け寄る。

 丁度その時、セシルのパーティーメンバー達も追いついてきて、駆け寄ってきた。


 「セ、セシル!? あんたどうしてここに?」


 「突然、獣の咆哮が聞こえてきたと思ったら、アオイ様がこちらに向かっていったのです」


 「そう、ユッキーが……。ねぇ、セシル。ユッキーの左眼をよく見てみて、信じられないことが起きているわ」


 セシルはミリアが言ってる意味が分からなかった。現にフォレストベアーを蹴り飛ばしている自体、信じられないことだが。

 途端、セシルのパーティーにいた魔導教師が驚きの声を上げる。


 「な、なんと! あの紋章はアグニ!? あれはアグニの紋章なのか!?」


 魔導教師は千里眼系の魔法で自身の眼を強化し、勇輝の瞳を凝視する。

 セシルのパーティーの全員が驚愕する。


 「うっそ!? 本当に!?」


 「え? あれってお伽話だろ? そんなはずはないだろ!?」


 「いや、本当に紋章を宿している!」


 千里眼を使えない生徒は「馬鹿な」と否定し、使える生徒は「本当だ」と驚愕していた。

 すると突然、勇輝の体が青い焔のような輝きに包まれた。その左眼はより一層輝きを増す。


 「なんだあれは、火炎系の魔法なのか?青い焔なんて見たことないぞ!」


 「ち、違う。あれは可視化できる程まで高まった『魔力の輝き』だ!! 魔力のみ具現化するなんて……あ、ありえない……」


 魔導教師は興奮し叫んでいた。 

 通常、魔法を発動させる際、己の内に眠る魔力を発現させたい事象としてイメージする。そして起動言語トリガーを発することで初めてイメージされた魔法が具現化する。

 言葉にはそれぞれ意味がある。例えば火属性であればファイアフレイムとそれぞれ言葉の意味は違う。イメージ力は人それぞれで、本来同じ炎魔法をイメージしても人によって違う。

 だが、言葉に含まれる意味を読み取り、人のイメージを補正し魔法が発現する。これは森羅万象によるものと考えられていた。よって、魔法の威力・大きさ・魔力消費は世界の働きにより自動補正される。


 また魔法には2つの起動方式がある。先に述べたとおり、イメージによる音声魔法と魔法陣(刻印)である。刻印によって起こしたい事象の意味を書き捉え、魔法陣を描き魔力を込めることによって自動発動されるものである。

 魔道具などがいい例である。魔石を組み込むことによって魔力が無いものでも使えるのである。


 勇輝の体から可視化できるほどまで高まった魔力は、魔導教師からしてみれば勇輝はこの世界の理から外れた者だった。

 もし彼が魔法を使えたら……、世界の理から外れている彼が魔法を使ったら魔法の威力は想像を絶するだろうと戦慄を覚えた。 


 それは綺麗な輝きであった。見る者全てを魅了するような輝き。そして勇輝はフォレストベアーを一撃で屠ったのであった。

 全員がその姿に魅了されていた。人智を超えた力に。


 勇輝はルシアの元まで歩み、優しく抱きしめていた――。


 セシルは勇輝がルシアを抱きしめる姿を見て、胸が痛むのを感じた。

 羨ましいと。何故自分があそこにいないのかと。

 それと同時に勇輝に対しての想いが膨らむのであった。


 ◇


 ルシアが落ち着きを取り戻しなんとか立ち上がれるようになると、、一人の騎士が左腕を庇いながら近づいてきた。


 「私は王国騎士8番隊に所属するロードス=ラン=ハワードという者だ。君の名前を教えてもらってもいいだろうか」


 ロードスと名乗った男は真っ直ぐに勇輝を見つめ名前を訪ねてきた。


 「青井勇輝です」


 「アオイ・ユウキ……アオイ殿、この度は危ない所を助けて頂き感謝します」


 ロードスは片膝を付き深々を頭を下げる。

 本来、騎士が使用人に対して頭を下げることなど有り得ない。だが、勇輝の異質さはそんな概念を吹き飛ばすくらいロードスに畏怖の念を覚えさせた。


 「いえ、あの、頭を上げてください。無我夢中で飛び込んだものですから、下手したら自分も殺られていたかもしれません」


 ロードスは勇輝の謙虚さに驚く。この大陸で、力や権力を持つ者はそれ相応の態度を取る。威厳を示すためだ。

 ましてあれ程の力を見せつけて、謙虚に振舞う勇輝にロードスは好感を持つ。

 そしてセシル達も負傷しているグレン達を支えながら近づいてきた。


 「アオイ様! お怪我はありませんか!?」


 「あ、ああ。大丈夫だよ」


 セシルは勇輝に近づき顔をペタペタと触り始めた。セシルが走ってきてかいたであろう汗の匂いと、女の子の甘い香りが合わさった匂いに勇輝は頭をクラクラさせる。


 (う、なんかエロいなこの香り……)


 顔を赤くする勇輝にルシアは頬を膨らませムッとする。そして勇輝の腕を引っ張りルシアの方へと寄せる。


 「うわっ」


 「ちょ、ちょっとルシアさん、何しますの!」


 「べっつにー。セシルちゃん、ユウキの体触りすぎだよ! ハレンチだよ!」


 「ハ、ハレンチですって!? わたくしは唯純粋にアオイ様に怪我が無いか―――」


 「はい、ストーップ! ストーップ! 二人共落ち着いてー」


 セシルは顔を真っ赤にして言い訳を言おうとすると、ミリアが話に割り込んできた。


 「今はそんなことより、別に聞くことがあるでしょー! ユッキー!」


 ミリアは勇輝に「ビシッ!」と人差し指を向ける。その顔は真剣だった。お調子者のミリアにとっては珍しいことである。


 「お、おおう?なんだ?」


 「その眼は一体どうしたの! 『アグニの瞳』を宿してるなんて、あなた一体何者なの!」


 そう、この場にいる全員が知りたい疑問であった。お伽話で語られてきた瞳。世界の理を無視した力。人は誰でも得体の知れない力に恐怖する。

 しかし、当の本人は「は?」と頭にハテナマークが浮かぶような顔をしていた。


 「あーもう焦れったい!もうこれよこれ!」


 そう言いミリアはカバンの中から手鏡を出すと、勇輝の顔に押し付ける。

 其処には勇輝の顔が写し出されていたが、自分の顔の一部がおかしいことに気づく。


 「うおおぉぉ!? なんだこりゃ! 俺の眼どうしちまったんだぁぁぁ!」


 自分の左眼が、青く輝く瞳になっていたことに驚いていた。

 勇輝以外の全員が「あれ?」とポカーンとした顔をしている。

  

 「なに? ユッキー、あんた全然それに気付かなかったの?」


 「あ、ああ。自分でも気付かなかった。なんか左眼が熱いなーくらいしか感じなかったからなー」


 当の本人が驚いていたのは束の間、怪我をしていない魔導教師の一人が前に出てきて『アグニの瞳』について簡単に説明をする。


 「それはこ大陸の国々で昔から伝えられているお伽話の一つにあるものだ。『遥か昔、赤眼の魔を青く輝く紋章を瞳に宿した異世界人が光の巫女と共に世界を救う』という話なのだが、その話を知らない所を見ると君はこの大陸の者ではないね?君は別の世界から来たのではないのかね?」

 

 魔導教師は推論をたて確信的な言葉を投げかけた。

 人智を超えた力を見せつけた勇輝が異世界人だとしても納得がいくからだ。

 勇輝は正直に言うか迷ったが、嘘をついても仕方がないので正直に頷いた。


 「ええ、俺はこの世界の人間ではありません」


 周りの者達の動揺した声が響く。しかし、直様に納得したのかザワめきの声が止む。


 「ユウキ、その、本当なんですか?」


 「ああ、黙っていて悪かった。こんな話をしたら普通、頭のおかしい奴だと思われるだろ? だから言わなかったんだ」


 ルシアに向けて勇輝は苦笑する。怖がられても仕方がないと思った。

 しかし、勇輝のそんな裏腹とは別にルシアは勇輝の右手を取り、優しく手の平で包む。


 「いえ、そんな。森で助けてくれた時、実はその瞳を見たの。もしかしたらって思ってたけど。それにユウキは私の命の恩人だもの。そんなの関係ないわ」

 

 ルシアは満面の笑みを浮かべる。その笑顔を見て勇輝は顔を赤くしていた。

 セシルはジト目で二人のやり取りを眺めていた。 


 「そうだな、ユウは俺らの恩人だからな! そこは変わらないぜ。ま、異世界人って聞いた時は驚いたけどな!」


 グレンは「わははは」笑っていた。相変わらず能天気である。


 「とりあえず、ここを離れましょう。怪我人もいますし、早く王都で怪我の治療をさせたほうがいいでしょう。それと、ウーリの遺体はここで火葬してあげてください」


 一人の兵士がウーリを名乗った者の名。フォレストベアーの一撃によって死んだ兵士の名である。

 魔導教師は頷くと、弔いの言葉と共に魔法を唱えウーリの遺体を火葬した。

 勇輝は燃えゆく炎を見つめ思う。この世界の日常は外へ出ただけで死と隣り合わせなんだなと。

 

 骨折しているグレンとロードスの腕に添え木を当て応急処置をする。どうやらこの世界は治癒魔法が存在しないらしい。遥か昔、失われた属性には有ったらしいが。

 その代わり、ポーションという怪我の治療薬がある。飲む事によって、体の細胞を活性化させ自己治癒力を高め傷を治すそうだ。

 王都に戻る準備を済まし出発しようとした所、セシルが声を上げる。


 「あ、ちょっと待ってください。」


 セシルがフォレストベアーの死体の近くまで行き、そこに転がっていた大きな魔石を持ってきた。

 相当な重さなのかセシルが「んっしょ! んっしょ!」と言っている。ミリアが駆け寄り、セシルを手伝う。


 「うわでっか! ユッキー、これ凄いよ! 売ったら相当な金額になると思う」


 ミリアの眼がマネーマークになっている。他の二人の魔導教師も「研究用に欲しいな」と呟いていた。

 一人の男子生徒がトランク型の魔道具を差し出してきた。どうやら勇輝が置いてきた魔道具を持ってきてくれていたらしい。

 そこにバスケットボールくらいの魔石をしまう。すると小さくなりトランクの中に収納できた。

 今度こそ出発の準備ができる。


 「では王都へ向かいましょう」


 ロードスは声を掛け、王都の方角へと皆歩き出した。


 その中で、ただ黙って勇輝とルシアを見つめるジョディの姿があった―――。

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