新学期ってドキドキするよね(二次元限定)
クラスの中に一人や二人。すごい人っているよね。
「朝村 陵っていいます、みんなよろしくっす!」
私の前の席――朝村くんが良い笑顔で自己紹介を終えた瞬間、女子から割れんばかりの拍手が起こった。
茶髪に所々メッシュを入れ、ヘッドホンを首から下げている朝村くんはチャラい雰囲気だけどカッコいい。
制服も改造しまくり。学ランのしたに派手なパーカーを着込み、手首やベルトからはシルバーのアクセがジャラジャラとたくさん見えている。
…………萌え要素満載ですね。語尾も含めてかなりいい線いってると思うよ。
でもなぁ~…なんでときめかないんだろ?イケメンは大好きなはずなんだけど。
……っと、次は私の番か
「葛城 由優です。好きなものは……」
ちょっと待って。
好きなもの……イケメン、乙女ゲーム、二次元etc
「……………」
言えない!!どれも人前で言えるようなものじゃない!!
なんて言えばいい!?他に好きなものが全く浮かんでこないんだけど!!
「………葛城?」
担任である颯斗が不思議そうに首を傾げる。颯斗が担任だって知ったときは驚いたよ。
でももともと私がここにきたのは颯斗の授業してる姿を見てみたかったわけだから、問題ない。むしろグッジョブだ。
颯斗だけじゃない。周りもざわざわし始める。
これ以上注目を集めるわけにはいかない。もうヤケクソだ!
「……葛城 由優、好きなものは二次元。趣味は乙女ゲームです。よろしく」
みんなの反応を待たずに席に座り、机に突っ伏す。
………いいもん。不良の友達なんていらないもん!一人でも寂しくなんかないもんっ!
「……くっ、は…あっはは」
その時、誰かの吹き出すのが聞こえた。そして笑い声はだんだんと大きくなってくる。
「あっははは!ひっ、もう、ダメ……おもしろすぎるっすよ!! はははっ」
顔を上げてみると、朝村くんが笑い地獄に陥っていた。正直、なにがそんな面白かったのか謎だけど。
胡桃塚も頬を赤らめ、「ゆうゆ可愛い」と呟いている。正直、どこが可愛いのか謎だけど。
別にウケを狙ったわけじゃないんだけどな。その証拠に笑ってるのは朝村くんだけだ。他のみなさんは呆然としてる。どうやら朝村くんのツボがおかしいらしい。
未だに笑いが止まらない彼の扱い方がわからず、視線だけで颯斗に助けを求める。颯斗は困ったような顔をしたが
「あ~……正直なのは良いことだと思うぞ?………じゃ、次」
適当なフォロー(?)をいれて次の人へ自己紹介を促した。
正直なのは良いことって………微妙なコメントだね。私、ちょっと傷付いた。コメントしにくいことを言ったのは私だけどさ……。
全国のオタクの皆さん、自己紹介でオタクであることを暴露すると微妙な雰囲気になりますよー。気を付けてくださーい。
ちなみに胡桃塚の自己紹介は
「胡桃塚 愛架でぇす。まなって呼んでねぇ?好きなものはぁ、湊様たちとぉ、ゆうゆですぅ」
男子の熱い視線を集めていた。最後の発言のせいで私にいくつか嫉妬が向けられていたけどね。
とゆうか、いつの間にそんな親しくなった!?
男子の皆さん安心してください。胡桃塚が勝手に言ってるだけなんで。
あ~でも、そっか……胡桃塚は私がオタクだって知っても、まだ好きだって言ってくれるのか。
胸の奥が暖かくなる。あぁ、やばい。顔が緩む。誰にも見られないように下を向いた。
「へ~そんな顔もするんっすね」
「…っ!?」
バッ
突然視界に入ってきた人物に驚いて、勢いよくのけぞった。
「あれ?驚かせちゃったっすか?」
さ、最っっっっっっっっ低ぃぃぃいい!!!!乙女の顔覗き込んでくるなんて最っ低!!
思わず顔に熱が集中する。見られたくなかったからうつむいてたのに!しかも距離めっちゃ近かったよっ!!
タコみたいに赤いであろう私をみた朝村くんは
「照れてる?かわい~」
楽しそうにケラケラ笑った。
……こ、こんにゃろう。美形ってこれだから嫌い!すべての人間が自分に惚れると思うなよっ!!?
一瞬、からかわれているんだろうか?とも思ったけど、無垢な笑顔には邪気は含まれていない。加賀屋みたいな意地の悪さはちっとも感じられなかった。
むぅ、じゃあこれは素なのか。それはそれで質が悪い。
「あっ…朝村く、ん…!人をからかうのは…その、どうかな~と思ったり思わなかったり……」
あれ~?
この怒りをぶつけてやろうかと思ったんだけど……。オタクが不良に歯向かうのは難しいらしい。なんか、悔しい。
私が更に顔を赤くしていると
「何してるの、ゆうゆっ!!」
悲鳴じみた声を上げながら胡桃塚が抱きついてきた。ピンクのツインテールがふわりと揺れる。
「な、なにしてって…」
「陵様は湊様たちの仲間なんだよぉ!?ケンカ売って勝てる相手じゃないんだよぉ?」
私は目を見開き、朝村くんを見る。朝村くんは得意気にピースしてみせた。
この学園にいる時点で不良なのはわかってたけど、加賀屋の仲間ってことは、きっとそこらにいる奴とは違うんだ。
「それに…」
付け足そうとする胡桃塚に、唾を飲む。まだなにかあるの?一体私はどんな凄い人にケンカを売ったわけ?
すぅ と息を吸い込んだ胡桃塚は
「それにゆうゆ、顔真っ赤にして潤んだ瞳で上目使い!途切れ途切れの拙い言葉!可愛い……可愛いすぎるよ!!愛架が陵様の立場だったら間違いなく襲ってるレベル!!人前なんて気にせずに手出しちゃってるレベルだよっ!!!!」
一息で長文を言い切った。
胡桃塚って興奮するとあのイラつく話し方じゃなくなるんだね。あと、その長文についてコメントするなら…
………………ドン引き。それだけ。
思わず冷たい視線を送ってしまった私に非はないはず。正常な反応のはず。
「へ、へぇ~……胡桃塚ちゃんって意外とそういう趣味だったんっすね…」
そう言って朝村くんは笑ってるけど、若干その笑顔がひきつっている。クラスの男子はこの世の終わりだといわんばかりに絶望感を露にしている。
そんな周囲の様子に気付いてか、慌てて胡桃塚は両手を胸の前で振った。
「ち、違うよぉ!?愛架はレズじゃないからねぇ?ただ、美しいものが好きで、可愛いものには素直に感想を言っちゃうだけなのぉ!だからゆうゆそんな引かないでぇ!!」
涙目の胡桃塚に泣きつかれたから、仕方なく冷たい瞳を解除する。
二次元だったら百合ルートはいけないこともないけど、三次元…ましてや自分が経験するのは断固お断り。
…百合ルートといえば、この間やったゲームのイラストは綺麗だったな~。
主人公と友人が二人でバラ園でお茶会をするんだけど、たくさんのバラに囲まれて美女二人が微笑み合っているっていうのがなんとも幻想的で……
「そういえば、今日湊さんに抱えられてきた女生徒って葛城ちゃんっすよね?」
百合ルートといってもそれは恋愛というより素敵な友情って感じで、けっこう楽しめたんだよね。あの時は私も友達欲しいなぁ~って思ったっけ。
「あっ、そうだよぉ!愛架もそれ詳しく聞きたい~」
あぁ~なんかすっごくゲームやりたくなってきた。周り見たら普通に漫画とか持ってきてる人いるし、私も明日からゲーム持ってこようかな~?
「……あれ?葛城ちゃん?」
「ゆうゆ?」
あ、もちろん授業中はやらないよ。休み時間にこっそりとだよ。一応いとこが教師だしね。先生の前では真面目な生徒を演じるつもりだよ?
「ど~しよぉ?ゆうゆ自分の世界にトリップしちゃってるよぉ~」
「……………へぇ」
そうだ!今日買う予定の朝露の如くを早速持ってこよう!
いつもゲーム発売日の翌日は学校休んでプレイしてるんだけど、このゆるい風紀の学校なら休まなくても明日中にコンプリートできそう!あ~明日が楽し…
「うゆっ!?」
不意に伸びてきた細い指に頬を両側から挟まれ、現実に引き戻される。
…………変な声出たぁ。
私は笑い声をあげる朝村くんを睨み付けた。
「何ひゅゆの、あしゃむりゃくん」
ちなみに『何するの、朝村くん』って言いたかった。ちゃんと言えなかったのは朝村くんが頬を挟んでるせい。
それでも離そうとしない朝村くんにもう一言文句を言ってやろうかと口を開いた時
私に触れている指に力が加わった。力強く引き寄せられ、前のめりになる。
鮮やかなメッシュの髪が私の鼻先にかかる。それほど近い距離に端正な顔があった。
「ねぇ」
さきほどまでより幾分か低いトーンの声が鼓膜を揺らす。
目を合わせると、困惑気味な自分が朝村くんの瞳に映っていた。
「どうして?どうして俺が目の前にいるのに、無視できるんすか」
……………………
知・る・か!
全ての女がお前に見惚れると思うなよ!と叫びたかったけど、朝村くんの笑みが妖艶なものに変わり、いたたまれなくなった私は
ゴッ!!
口より先に手が出てた。
完全な死角からの左ストレート。手がパーでなくグー だったのは……ごめん。
私のパンチをもろに食らった朝村くんが椅子から転げ落ちる。
「……ってぇ~」
頬…よりちょっと上の辺りを押さえながら呻き声をあげる朝村くん。
頬より上を殴っちゃったのは、ごめん。人を殴るなんて初めてだからちゃんと狙えなかったんだよ。私の手もすっごく痛いから許して。
「……………」
「……………」
気付けばクラスは静まり返っていた。どうやら私たちは知らず知らずのうちに注目の的になっていたみたい。
つまり、このクラスのほとんどが私の暴挙を目の当たりにしたわけで……
「……っ、キャー!!」
一人の女の子が悲鳴をあげた。講堂で巻き起こった黄色い感じの悲鳴じゃない。
ふと胡桃塚を見れば、心配になるくらい青かった。
「……………」
私、今なにした?
オタクが不良くんを殴っちゃったよ。国宝級の美しい顔に傷つけちゃったよ。
「ゆ……う、ゆ」
胡桃塚が震えたか細い声で私を呼ぶ。
我に返った私は
「…ご、ごめんなさいっっ!!!!」
スライディング土下座を披露した。
スライディングのせいで新品のスカートは既に擦れ、摩擦でおでこが痛い。でも命を落とすことに比べれば全然まし。
これまでにわかったことを整理すると
加賀屋たちは不良。イケメン。そして、女子はもちろん。男子からも人気があるみたい。
朝村くんはそんな加賀屋軍団の一員。
そんな人を地味で無愛想なオタクが殴ったら?間違いなくこの学園には居られない。
最悪、短い人生に終止符を打つことになったりして。
一度 悪い想像をしてしまうと止まらない。颯斗に助けてもらおうかと思ったけど、ついさっきHRを終えて教室を出ていったばかりだ。
視線は怖くて上げられない。笑顔しか見せない朝村くんの顔が、鋭く私を見据えているのかと思うと、泣き出してしまいそう。
講堂の時とは違って、今は私が当事者。怖さと不安と申し訳なさが胸中に押し寄せてくる。
誰も、なにも言わない。沈黙が辛い。不良は苦手。注目されるのも嫌い。これは、一体なんの仕打ちなの。
「…っ!」
耐えられなくなった私は、逃げた。きっと目を背けちゃいけなかったのに、逃げ出した。
教室のドアに手をかけた瞬間、胡桃塚がなにか言った気がしたけど、かまわず廊下に出た。
閑散としている廊下を走る。私の足音と時計が秒を刻む音だけが存在する廊下を、あてもなく走り抜ける。HRが終わったばかりの校舎は、不気味なくらいに静かだった。
なんで、なんでなんで
どうして静かなの。どうして私は逃げてるの?
たしかに私は悪いけど、それは朝村くんがからかってきたからだもん。なんで私だけが逃げてるの?
これだから不良って嫌。全部人に押し付けて、まるで自分が正義みたいに。
息がきれてきて、立ち止まる。たどり着いたのは中庭だった。木がざわざわと音をたてる。
それが私を責め立てているように聞こえて、耳をふさいだ。
……………やっぱり
「来るんじゃ、なかった…」
本音がこぼれ落ちた。今まで耐えていたものが堰をきったように溢れ出す。
どうやらこの本音が、不安や恐怖を止めてくれていた枷みたいだ。目からこぼれ落ちた雫が足元を濡らす。雫は止めどなく流れ、地面に染みを作っていく。あぁ、泣きたくなんてなかったのに。
「颯斗のばかぁ~…あほぉ、はげ」
なんでこんな所勧めたの。私も私だよ。なんで詳しいことも聞かずに受験しちゃうかなぁ?
そもそもなんで不良なんていうものが存在するのよ。人間なんだからいいことして暮らせばいいじゃん!!わざわざ悪いことする必要ないじゃん!!なんでそんな奴らが威張って歩いてるの?意味わかんない。
いつのまにか思考がネガティブから不良への愚痴に変わっていた。悲しみや苦しみが怒りへ塗り替えられる。
そうだよ!私、悪くないもん。
そもそも不良って悪いやつじゃん。そんな奴に泣かされてる私はどう考えても被害者だ。
キリッと顔をあげる。涙はもう流れていない。
私は大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「この、不良共がー!!」
他の生徒や先生は校舎の中。せいぜい響いても中庭程度だろう。
だから遠慮なく、思いっきり叫んだ。続けて、『朽ち果てろぉぉお!!』とでも言ってやろうと、再び息を吸い込んだ。
「呼びました?」
ところが、割りと近くの茂みから聞いたことのある声がして、その息を声として吐き出すことはできなかった。