入学式ってわくわくするよね(二次元限定)4
「胡桃塚……何者なの」
「湊様たちのことぉ?」
「さっき、加賀屋先輩とか言ってなかった?」
「あれはぁ~ゆうゆが湊様って呼ばないタイプの子だなぁ~って思ったから~、機転きかせたのぉ。えらいでしょぉ?」
…………ん、時間かかるしゃべり方だね。
「ゆうゆ、本当に知らなかったんだぁ」
「そんなに有名なの?」
「うん!少なくとも、あの方たち目当てで入学してくる人もいるくらいにはっ!!」
急にあのしゃべり方を止め、目を輝かせる胡桃塚。
あれ、さっき怖がってませんでした?
「さっきはすごかったね!裏湊様を初日で拝めるだなんて思ってなかった!!死んでも悔いなし!!!」
……どうしよう。あれを見たのにこれだけファンでいれるって…。
仲良くなれる気がしない。一緒に過ごしていける自信すらない。あれを見てから死んで悔いないなんて露ほども共感出来ない。
…おかげでさっきの恐怖はだいぶ和らいだけど。
ん?……露?
「それでぇ、湊様たちは不良って言っても、正義の…」
「胡桃塚!!!」
「ふぇえっ!?急に何ぃ?」
説明してくれてるのを遮って申し訳ないけど、それどころじゃない。
「きょ、今日って何日?」
た、大変なことになった気がする。
「今日はぁ、入学式だからぁ~……4月6日じゃなぁい?」
“4月6日”
それは私が一日千秋の思いで待っていた日付だった。
「……ぬぁぁぁあああっ!!やっちまったぁぁあ!!!」
人目も気にせず、頭を抱えた。
「ゆ、うゆ?」
胡桃塚は若干引き気味な声を上げる。
4月6日、つまり今日は……
『朝露の如く』の発売日じゃんか!!
朝露の如くとは、一人前の陰陽師を目指す主人公が陰陽師仲間や式神、妖怪たちと恋を育む和風ファンタジー系 乙女ゲーム。
初回限定版にはスペシャルキャストコメントCDがついてくるっていうのに、発売日を忘れるなんて不覚!!好きな声優さんが出るから絶対欲しかったのに……。まだ残ってるかな?
予約はしない主義なんだよね私。前に…まぁ、ちょっとエロい感じのドラマCDを予約したとき、店員さんに白い目で見られて以来予約はしてない。
まさか入学式と被るだなんて……。
「ゆうゆ、大丈夫?湊様たちの話は…」
「ごめん………今それどころじゃない」
ショックで立ち直れそうにない。今すぐお店屋さんにダッシュしたい。終わってから走れば間に合うかなぁ?
トンッ
そんな私の肩に誰かの手が触れる。
「由優…」
耳に吹き掛けられる吐息混じりの色気ボイス。
「颯斗」
私は訝しげな視線を颯斗に送る。
安易に話しかけちゃうのかよ。こういうのって普通 …
皆には秘密。二人だけのナイショの関係!
とか………いや、颯斗とのラブコメはご遠慮だ。願い下げだ。
でも一応のため、
(なに?)
と口パクで問いかけると
(ほ・う・か・ご)
颯斗も口パクで答えてきた。
…………放課後?嘘でしょ。走ってゲーム買いに行きたいのに、何か用事あるの!?
「ちょ、待っ!!」
広い背中に向かって急いで手を伸ばす。が、
「風間せんせー!久しぶりっ!!」
「せんせー、会いたかったぁ~」
「好きです 付き合ってください!」
手が届く前に女の先輩たちによって阻まれた。
……さすが、イケメンはおモテになりますね。ちゃっかり本気の告白が聞こえてきたんですけど。
あっという間に女の大群に囲まれた颯斗は困惑の色を浮かべていた。
「おいっ、お前ら離れろ………それから彼女は作らねーって言ってんだろ」
「え~なんで~?」
「せんせー、ウチと付き合ってよー!」
目の前で繰り広げられる展開に呆然とする。
胡桃塚が不思議そうに、知り合い?って尋ねてきたから頷くと
「へぇ、カッコいいねぇ……モテモテだぁ」
という感想が返ってきた。
「……………………うん…」
なんだよ颯斗の奴。彼女候補いっぱいいるんじゃん。心配して損した。
あーあ…颯斗にも先越されて、やっぱり私だけ残るんだ。一人だけ独身なんだ。
………別にいいもん。二次元があるし。悔しいなんて思ってないもん。非リア仲間の颯斗に裏切られたなんて思ってないもん!!
「ゆうゆ可愛い~」
笑顔の胡桃塚に頬をつんつんされた。無意識のうちに頬を膨らませていたらしい。嫌だな、子供っぽい……。
「行こう、胡桃塚」
講堂を出るために目の前の集団を迂回する。途中、颯斗と目があった気がしたけど、気のせいということにしておこう。
私と胡桃塚は一切振り返ることなく講堂を後にした。
Side~颯斗~
「由優っ!! ……あーもう!お前ら本当いい加減に…」
由優が友人と講堂を去った後、俺は苛立っていた。
離れろと言っても聞かない自分を取り巻く女たちを相手に、思わず叫びだしそうになった時
「え~?何、ハヤ浮気?俺たちという大事な教え子がいるとゆ~のに~」
両肩にズシッと重みが加わった。
「女子生徒に囲まれんのがそんな嬉しいかロリコン野郎」
「えっ………マジっすか…ハヤさん、そういう趣味があったんすか」
そして、次々とそこに現れた人物たちに女子は皆 顔を赤らめた。
「…………何しに来た」
その姿を見とめた瞬間、どっと疲労感が押し寄せてくるのを感じる。
肩にのしかかっているポニテの生徒が更に体重をかけながら
「ん?可愛い女の子たちがロリコンに取られそうだったから、阻止しに来た」
そう言って女子に至近距離で微笑みかける。微笑みかけられた女子はもちろん、その周辺にいた女子も顔がゆでダコみたいに赤くなった。失神した人も少なくない。
生徒の、教師の前での堂々とした女好き発言にため息を抑えきれない。
「まぁ、そういうわけだから女の子たちは逃げたほうがいいよ?」
最後によく通る爽やかな声が響き、その言葉に促されるように女子たちは去っていった。それはそれは名残惜しそうに。
女子たちから解放されたことにホッと息をつき、すかさず奴らを睨み付ける。鋭い視線を送られた生徒――加賀屋 湊は苦笑をこぼした。
「ひどいな~僕たちはハヤを助けにきたのに」
「…は?」
眉間に皺を寄せると、後ろから腕が伸びてきて首に回された。
「そだよ~ハヤ、キレそうになってたじゃん。だから止めてあげようとしたのにさぁ~…」
「ハヤさん、あそこでキレたら優しい先生のイメージ崩れちゃってたっすよ?」
「ふんっ、俺様に感謝しやがれ!!」
そう口々に言われ、自分が何をしようとしていたのかを思い出した。
「あ、あぁ…すまなかった。ありがとな」
特別 問題のない生徒には優しくを心がけて今までやってきた。そのモットーをもう少しで自ら壊すところだった。
由優にあの光景を見られたぐらいで動揺するなんて、俺もまだまだだな。
……ところで、首に回された腕がだんだん絞まってきてる気がするんだが。
「あのさ、なんでハヤ急に焦ってたわけ?女子に囲まれるなんていつものことじゃ~ん」
「おい、小野寺はなんで俺の首絞めてんだ?そのうざったらしい髪抜くぞ」
低くドスのきいた声で言えば、小野寺はオレンジ色のポニテを庇いながら、涙目になった。
「ひでーよハヤ!髪は乙女の命だってのに!!」
………誰が乙女だ。
「でも、言われれば確かにそうだよな。おい、なんでキレそうだったんだよ」
腕を組み、偉そうな八街道が俺を見上げてくる。
…………お前は相変わらずちっちゃいよな。
由優がよく使う言葉でいえば、ショタ系の可愛らしい顔の八街道。それで俺様キャラやっても全然 威圧感ないことに気付け。
「あ、もしかして」
何かを閃いたのか、わざとらしく手を打った加賀屋のほうを見る。
老若男女問わず魅了してしまう綺麗な顔に、いたずらっ子のような笑みを貼り付けた加賀屋は
「近くに本命の子がいた、とか」
そんなことを言ってきた。
ドクンッと心臓が鳴る。
さすが、鋭いな。だが、まだ確信はしてないんだろ?
「んなわけあるか。俺は生徒に手は出さねーよ」
バカにしたように核心を突いた言葉を否定する。
バレるわけにはいかねーよ。誰にも。
加賀屋の探るような視線が刺さる。そのうち加賀屋は、諦めたように苦笑した。
「そっか、そうだよね。仮にもハヤは教師だもんね」
おい、仮にもってなんだ仮にもって。しかも最後に痛いこと言いやがって。
「ほら、お前らもそろそろ教室戻れ」
「え~ハヤのケチ~」
「………毟るぞ」
「ひっ…」
よし、今度から小野寺を脅すときはこれだな。
講堂から奴らも追い出し、誰もいなくなったところで長く息を吐き出す。
今のところ、由優の存在を奴らに濃く印象付けてはいないはず。加賀屋のせいで存在は知られちまったがな。
ただ、これからどうなるか……。
やっぱ由優をここに入れさせたのは失敗だったか?
…………まぁいい。
奴らが由優に興味を持ったところで、渡す気なんざ毛頭ねぇし。誰にも譲ってやらねぇよ。
「……っしゃ」
小さく気合いを入れ、講堂を出る。
無人になった講堂に鍵をかけ、職員室までの道のりを歩きながら
ロリコンか……あながち間違いでもねぇかもな。
そんなことを考える俺は相当 重傷だ。