入学式ってわくわくするよね(二次元限定)3
刹那、
「うぉぉぉおおお!!」
「きゃぁぁぁああ!!」
地響きのような野太い歓声と黄色い声があちこちからあがった。あまりのうるささに、両手で耳を覆う。
な、何事!?
慌てて周囲を見回すと、男子は尊敬や羨望のこもったキラキラとした眼差しで、女子はうっとりと頬を朱に染めながら、一点を凝視していた。
つられて私もみんなの目線を辿ると……
さっきまでPTA会長がいたところ。つまり、ステージの中央。
伸ばせば肩ぐらいまであるだろうオレンジ色の髪をポニーテールにした中性的な美男子が、マイクを持って立っていた。
制服は着てなくて、なぜかつなぎ着用。腰に巻かれている黒い布は、もしかして学ランの上着?
「新入生のみんな!入学おめっ!!俺、心から歓迎しちゃうよ~!」
バチンッと星が飛び出そうなウィンクに、近くにいた女子が鼻血を噴き出した。男女問わず、他にも何人か鼻血を出したり、失神した人が見える。
……派手な人が勝手にステージの上でなんか言ってますけど~。先生方は注意しないの?
そう思い、ちらっと横目で教員席のほうを見るけど…。どうやら止める気配はなさそうだ。
むしろ、さっきまで退屈な式にイライラしてた生徒たちがおとなしくなったことに安心したような雰囲気を醸し出している。颯斗だけ頭を抱えてるけど。
つまり、あの派手なポニテは学校公認な訳か。
いつのまに用意されていたのか、色とりどりのスポットライトがステージを彩る。入学式というより、文化祭のような光景だ。
「胡桃塚、あの人は一体…」
隣でポ~っと熱っぽい視線を送り、「ナオ様…」と呟いている胡桃塚に話しかける。
すると胡桃塚は、何当たり前なこと聞いてるの?みたいな表情を向けてきた。
「一体って、ナオ様だよぉ~?」
だからそのナオ様とやらは誰じゃい!!と叫ぶことも出来ず、微妙な顔の胡桃塚にこれ以上尋ねることも出来ず、私は押し黙る。
その間にもステージ上ではポニテの進行が進んでいた。
「そんじゃあお次はお待ちかね!生徒会の代わりに我らがボスの挨拶だぁあ!!」
…ポニテの司会は、上手い。
豊かな表情と天真爛漫な言葉。周りもそれに乗せられて、どんどんボルテージが上がっていく。
…………それより、あのポニテさっき“ボスが挨拶する”って言った?
いきなり不良の頭 君臨!?大丈夫かな?もし私の登場シーンを見られてたらどうしよう!殺されるのかな!?
汗ばんだ手でスカートをギュッと握りしめる。ドキドキしているのは私だけじゃない。
頭を見たことがないのであろう新入生たちも緊張しているようだった。
でもみんな私と違い、憧れの人にもう少しで会えるドキドキ。私はもう少しで命が終わるかもしれないドキドキ。
一秒がひどく長く感じ、喉の渇きを必死で堪える。
「ちょ、ナオっ!!ボスって何!?」
幕の袖から慌てて出てきたのは
「いーじゃん、こういうのはノリだろーが」
「僕はボスとかそういう柄じゃないんだけど…」
本日二度目の加賀屋でした。
…………うん。
とりあえず、私の死の覚悟を返せ。
登場のシーンを見てるどころか、張本人じゃん!!
…あれ?それならここにいる人は一回は加賀屋を見たことになるよね。さっきの憧れの人にもう少しで会えるっていう雰囲気はなんだったの!?
まぁ、あれはあくまで私の推測にすぎなかったけども…。
「み、みみみみみ…湊様ぁああっ!!」
私が心の中で取り乱していると、突然 胡桃塚が立ち上がり、発狂した。
驚いて目を丸くする。なにやってんだこいつ。
でも、どうやらこの場においておかしいのは私のほうみたい。他の生徒たちも胡桃塚に続き、次々と叫びだした。
その光景はまさに異様。強面な不良と派手なギャルたちが涙を流しながら立ち上がり、何かを叫ぶ様はさながら地獄絵図だ。ある意味恐すぎた。
女子はアイメイクが涙で崩れ、妖怪みたいになってる。改めてこの人たちと仲良くなるのは無理だ、と感じる。
加賀屋の登場がそんなに嬉しいか?理解不能。もう既に一回見てるのに。カッコいいけどそこまでかなぁ?
私はイケメンが好きだったはずなのに、どうして周りに乗れないんだろう?
「えー改めまして…小桜学園三年、加賀屋 湊です」
森林を吹き抜ける風のように、加賀屋の声が講堂中に広がっていく。
マイクに彼の声が吹き込まれた瞬間、辺りはさっきの騒ぎが嘘のように音を無くした。
最初から思ってた。加賀屋は……風みたいだ、と。
決して太陽のようにギラギラとした存在感を持っているわけじゃない。月のように妖しげな魅力を放っているわけじゃない。
でも確かにそこに存在している。気づけばすきま風のように心に入り込んでいる。
音を、視線を。全てをさらっていってしまう。
そんな、風が
「突然ですが、調子のって浮かれてる新入生に釘刺しに来ました」
嵐に代わる。
加賀屋は笑顔を崩していない。なのに私たちは笑顔を浮かべることができない。せっかくポニテが上げたテンションもみるみるうちに急降下していく。
「この学園に入学して、強くなったつもりかもしれねぇが、勘違いすんな。粋がってバカする奴は俺らが潰す」
穏やかな風は嵐となって牙を向く。
雷が鳴り響き、豪雨が吹き付け、人間の脅威となる。
一人称を僕から“俺”に変えた加賀屋は別人のようだった。
心地のいい声色は地を這うように低く、お姫様だっこされた時あんなに近くで見た瞳は、氷のように冷たい。
あんなに蕩けていた胡桃塚さえ、顔を真っ青にして震えていた。
………これが、不良というやつか。
私は無意識のうちに両手で体を抱え込んだ。
ここに来てから、何度も冷や汗を出したり震えたりと、怖い場面に出くわした。
でも、比にならない。足が尋常じゃないほど震える。目は見開かれ、歯がカチカチと鳴った。
「………っ」
声は出ない。手先は血液が通っていないかのごとく冷えきっている。
それなのに、彼から目が離せない。ここで目を離せば殺される。そんな錯覚を覚えた。まるでライオンの前の小鹿になった気分。
別に何かされたわけじゃないのに。何もしてないのに。こんなにも怖い。
これが三次元の不良なのか。
「俺らの前で少しでもルールに背く行為してみろよ」
加賀屋は心底楽しそうに笑って
「この学園のルールを教えてやる」
氷のような目を細めた。
「………以上、加賀屋 湊でした」
演説が終わり、そこにいたのは穏やかな加賀屋だった。
側にいたポニテに
「いや~、緊張したよ」
と照れたようにはにかむ。
そんな加賀屋の肩をポニテはバシバシと叩いた。良くやったとでも言うように。
私は、そんなすぐに元に戻ることは出来ない。まだ目に、耳に。あの加賀屋が残ってる。
不良はカッコいいと、そう思ってた。
男なら多少ヤンチャなぐらいが調度いいんだと颯斗に語ったりもした。自分がピンチになったら助けてくれる、そんな強い男は素敵だと思ってた。
『イケメンで強いなんて最っ高!!』
そんなことを言ってた私はなんて浅はかだったんだろう。
不良はカッコよくて強いから不良なんじゃない。
危険だから、恐れられているから不良なんだ。
不良は二次元だから他人事のように憧れられる。三次元に、目の前に不良がいてカッコいいなんて言ってられない。そこにあるのは恐怖だけだった。
…怖い
こんなところで生活しないといけないなんて、嫌だ。
私が不良だったらまだしも、ただのオタクだよ?それなのに、不良も怯える奴がいるところに毎日通わないといけないだなんて、どんな拷問だ。
ふと右手に温かさを感じた。見ると、胡桃塚が私の手を握ってた。そんなに私は弱っているように見えたのかな?
「………大丈夫」
じゃないけど。
まだ弱味を見せるほど仲良くなった覚えもないからそう答えておく。
……………感謝は少ししてるけど。