入学式ってわくわくするよね(二次元限定)2
Side ~颯斗~
勤務二年目の小桜高校の入学式。そこに見慣れたいとこの姿は無かった。
一つだけ不自然に空いたパイプ椅子。周りの生徒は不思議そうにそこを見つめていた。
俺はこめかみを押さえそうになるのを必死で我慢する。
まさかあいつ、寝坊とかしてねーよな?初日から不登校か?ふざけんな。まぁでも、チキンな由優にそれは無理か……。
なら、悪いことに巻き込まれてたりとか。
「……っ」
嫌な想像をして、思わず肩が跳ねた。
「どうしました?風間先生」
「あ、いや、なんでもないです」
不思議そうな表情をする同僚に適当に誤魔化しを入れる。
無いとは思う。そう信じたいが、もしなにか…由優の身になにかあったら、俺は。
……………………ダメだ。気になる。やっぱ探しに行こう。
そう決心して席を立とうとした。
ちょうど壇上では校長が(誰にも聞かれちゃいないが)祝辞を読み上げていた。
「この晴れやかな春の日に入学した君たちに心からの祝福をもって、祝辞とします」
校長が言い終わるのと
バァァアアン!!!
講堂入り口のドアが何者かによって蹴破られたのはほぼ同時だった。
講堂内にいた全員の目がそちらに向く。もともと長い校長の話に飽々していた生徒たちの瞳は、なんだなんだと輝いている。
光を受けて光度を増す金髪とピアスには嫌と言うほど見覚えがあった。
俺があと二、三年はこの学校にいなければいけない理由。学園が抱える問題児の一人。
憎たらしい笑顔を浮かべる男の腕の中にいるのは……
俺は耐えきれずこめかみを押さえた。
何してんだよっ由優っ!!!
無事だったのは良かった。でも、なんで入学早々奴と関わってんだアホ!!
見えた由優の顔は可哀想なくらいに蒼い。絶対 後からゲームせびられんな。
俺は椅子から立ち上がり、この状況を明らかに楽しんでるクソガキを殺気を込めて睨み付けながら近付く。
新入生も在学生も先生までもそんな俺らの様子を固唾を飲んで見ているが、気にしねぇ。
由優の足の下に回された奴の腕を掴み力を入れる。
くそっ、俺だってお姫様抱っこはしたことねーってのに……。
ギリギリと力を込めてんのに奴の顔は相変わらず涼しげな表情で、それが余計堪に障る。
「なにしてんだ、加賀屋」
今すぐ殴り倒したい感情を抑え込み、怒気を露にして奴の名を呼んだ。
背後からいくつか、息を飲む音が聞こえた。
Side~由優~
……この状況ナニ!?
私を抱き上げてる男子を怖いくらいに睨み付ける颯斗。ついでに殺気も放ってない?怖すぎるんですが……。
自分に向けられている訳じゃないってわかってるのに、背筋が凍る。
瞬きすら出来ないほどの絶大な恐怖。
それを直に受けているはずの彼の表情はさっきから一度も変わらない。むしろ笑みが深まったようにさえ感じる。
どうして私がこんなにも怯えなければならないんだろう…。とにかく下ろしてくれないかな。たくさんの人の視線を独占してるこのシチュエーションから早く逃れたい。
「なにしてんだ、加賀屋」
颯斗が、たぶんイケメンのであろう名前を呼んだ。
その声がとても低くて、ゾクッとした。周囲の人たちも思わず息を飲む姿が見える。
こんな颯斗、見たことない。こんな声を出す颯斗なんて知らない。
私が知ってるいとこは、時々いじわるで、過保護で、色欲の塊みたいな、彼女が出来ないどうしようもない奴だけど……。
大人で、優しくて、いざという時に誰よりも頼りになる。そんな颯斗だ。
怒ることもあるけど、最後には笑顔で頭を撫でてくれる。それが颯斗だ。
かれこれ15年もいとこやってるけど、こんな颯斗初めて見た。
「……は、やと…?」
不安になった。
もしかしたら、颯斗には私が知らない一面があるのかもしれない。
人間なら隠し事の一つや二つ、あって当たり前。私だって誰にも言ってないことがある。
だけど……。
誰も知り合いがいない。敵だらけのこの学校で、唯一の味方である颯斗が、私の知らない人になってしまうような気がして、すごく心細くなった。
私が発した声は小さくて、震えてて、ひどく情けなかったけど。
「っ!! 由優…」
それでも颯斗には届いたみたいだ。
驚いた顔を見たところ、私が怯えているのに今気づいたらしい。
「…ごめんな、怖がらせたな」
全く……迷惑ないとこだ。
大きな手が申し訳なさそうに頭を撫でてくれる。子供っぽいから認めたくないけど、その行為になんだか凄くホッとした。
まぁ…今回の件は、この学園への入学を勧めたことも含めてゲームソフト二本で許してあげよう。
「新入生ちゃんとハヤ、知り合いなの?」
頭上から爽やかな声が降ってくる。
そうだった……。忘れかけてたけど、まだお姫様抱っこされたままでした。
下ろして~っ!っていう視線を向けたら、イケメンくんは案外アッサリと下ろしてくれた。
……とゆうか今、ハヤって言った?
もしや、颯斗のこと?どうゆうことだ?ただの教師と生徒の関係じゃないのか?まさかのBL展開ですかっ!?
「加賀屋、話は後だ。今は入学式の途中だからな」
颯斗が加賀屋 (と、いうらしい)に声をかけながら、私の背を押す。
そうだよ。入学式に遅れたんだよ私。ただでさえ目立つのに、こんな登場の仕方で更に注目を集めてしまった……。
グッバイ、平穏ライフ。これで不良に目をつけられるようなら私は不登校になります。
いっそこのままこの場から退場したかったのに、新入生である私は入学式を受けなきゃいけないらしい。
颯斗に連行され、パイプ椅子に座らされた。
ねぇ…隣の子からめっちゃ見られてる。その他にもたくさんの視線が突き刺さってる気がする。
騒ぎを起こした張本人である加賀屋とやらはどこかへ消えました。ずるい。私も連れてってほしかった。
とりあえず俯く。オタクで人見知りで若干ひきこもり経験のある私にこれは耐えられない。
そんなことを思っていたら、制服の袖がくいっと引かれた。
目線だけ隣に投げ掛けると、ピンク色の髪を綺麗にセットしたバッチリメイクの女子が、私の袖を掴み、上目遣いでこっちを見ていた。バッチリメイクなのに、ギャル先輩たちとは違う。
はっきり言って、可愛い。
ツインテールにした髪は毛先が緩やかなカーブを描いていて、白い肌にはピンクのチーク。アイシャドウもリップもピンクで……一瞬、ピンク星人?とか思ってしまった。
「あのぅ~」
声も可愛い。しゃべり方がウザいけど。
「あなた、何者なんですかぁ?」
こてん、と首を傾げてそんなことを聞いてきた。
……………え?あなたこそ何者なんですか?
いきなりナニ!?この子!!
可愛いけど乙女ゲームの主人公にはなれそうにない。むしろ敵キャラとかにいそうなピンクちゃんは、その大きな瞳で私をじっ、と見る。
あ、ヤバい。冷や汗出てきた。他人に見つめられるの苦手なんだよな。
私より壇上で一生懸命 祝辞言ってるPTA会長を見てあげて!!
「え、あの……何者と言われましても…」
「胡桃塚 愛架ですぅ~」
「…………は?」
もしかして自己紹介?唐突だね。この子、かなりマイペースかもしれない。
「葛城 由優です…」
胡桃塚 愛架にならって一応挨拶を返す。
それにしても、可愛い名前だな。それでいて名前負けしないってどうよ。
胡桃塚 愛架は私の右手に両手を重ね、目を覗き込むようにして言った。
「ゆうゆ、加賀屋先輩と親しいの?」
……………………。
待って。色々ツッコミたい。
まずこの手はなんだろう。必要ある?それから、ゆうゆって私のこと?なんでわざわざ一文字付け足した?
そして質問の内容。どうやったら私たちが親しそうに見えたの?あの人私のこと新入生ちゃんとか言ってたけど……。
「…ち、違いましゅけど」
キッパリ言ってやるつもりだったのに、噛んだ。ここ何ヵ月間か家族と颯斗としか口きいてなかったせいかな…。
「そっかぁ~」
私の答えを聞いた胡桃塚 愛架は、わかりやすく肩を落とした。
「愛架ね、加賀屋先輩たちのファンなんだぁ~。本当にね、大好きなのぉ~」
頬を染め、はにかみながら告白する姿は、正直可愛いかった。
恋する女の子の表情ってやつか。オタクには真似できない芸当だな。
それにしても、加賀屋 (もう呼び捨てでいいよね)。こんな可愛い子をファンにするなんて何者なんだ。
確かにカッコよくはあるけど、私はあんなことされた後だし、もう二度と関わりたくないけどね。
「胡桃塚 愛架」
「あ、まなでいいよぉ~」
……どうしよう。いきなりあだ名呼び強要されたんだけど。
「…じゃあ、胡桃塚」
私みたいなコミュ障気味人間にいきなり距離を縮めようと心がけても、無駄ですから。
「あのさ、加賀…」
「しっ!!」
そのプルプルの唇に自分の人差し指を当て、私の発言を止める胡桃塚。
一体何事か、と思っていたら
「レディース エーンド ジェントルメ~ン!」
堅苦しい入学式にはどう考えても相応しくない、おちゃらけた声が聞こえた。