入学式ってわくわくするよね(二次元限定)
4月。
はらはらと舞う桜の花びらが、まるで私の入学を祝福してくれているようだ。
これから過ごす校舎を見上げ、期待に胸を膨らませながら、私は校門をくぐる………
そんな少女マンガによくあるような始まりで、私の高校生活は幕を開けるはずだった。のに………
「待てやゴルァ!!」
「逃げてんじゃねーぞ!」
「ぶっ殺すぞっ!!」
「いやぁぁぁああ!!」
ただ今、強面のお兄さんたちと鬼ごっこの真っ最中。
頭がカラフルで、ピアスをたくさん開けている人達に暴言を吐かれながら追いかけられるのはかなり怖い。
どうしてこんなことになったんだろう?私は普通に校門の前で校舎を見上げてただけだ。そしたら突然3人の不良に
「お前、新入生か?」
「なかなか可愛い顔してんじゃん」
と絡まれ、怖かったのでダッシュでその場から逃げた。
…………そして今に至る。
確かに、勝手に逃げ出した私も悪いかもしれない。でもあの状況で
「そうそう、私新入生~!可愛いって?ありがと~」
なんて言える子、そんないないと思うよ!?
頑張って走るけど、運動が得意じゃない私が彼らから逃げ切るのはかなりキツい。
私はとっさに近くの物陰に身を隠した。
「くそっあの女どこ行きやがった!?」
「探せっ!」
なんとか撒けたみたいだ。男たちは私と逆の方向へ走っていった。ホッと胸を撫で下ろし、その場に座り込む。
こ、怖かった………。本当に殺されるかと思った。
まだバクバクと忙しなく動く心臓に手を当て、深呼吸する。
あ!そうだ。
不良たちから逃げてる途中で、1つ気になったことがあったんだ。
私は物陰からこっそり顔だけを覗かせ、辺りを伺った。
男女問わず明るい髪色。
女子のスカートは下着が見えそうなくらい短い。男子はシルバーのアクセをジャラジャラと付けていて……。
うん、やっぱり。
ここ不良校じゃんか!!
改めて状況を理解した私は青ざめた。鞄を握る指が微かに震えている。
ねぇ、どうするよ?
オタクと不良なんて一生理解し合えることができない生き物だよ!?対極に存在する生き物だよ!?!?そんな敵だらけの中に私は独り放り込まれたのっ!?!?!?
冷や汗があり得ないくらい流れ出る。身体中の水分が汗で出てきてしまいそうだ。
春の風がそんな私を嘲笑うように頬を撫でる。
とりあえず颯斗を呪ってしまおう。
あのいとこ、絶対許さない!今度ゲームのソフト買わせてやる!!
そんなことをしている間にも、刻一刻と入学式の時間が近づいてくる。
ど、どうする?サボるか…?でもなぁ~、それが原因で目をつけられたりしたら嫌だしなぁ~……。
「………」
しばらく考えた後、周りに人気が少なくなったのを確認してから生徒玄関へ向かった。
玄関で受付をしていた女の先輩たちに花のコサージュを胸元に付けてもらい、講堂に歩を進める。
それにしてもすごいね。
先輩たち、一般的に言うギャルだったよ。まつ毛はバサバサで、唇は不自然なくらいに真っ赤。チークやファンデーションもガッツリ塗ってて……
今からそんなバッチリメイクしてたら、将来肌が大変なことになりますよ~って忠告してあげたくなった。もちろんそんなこと言えないけど。
他の生徒はもう講堂に行ってしまったのか、廊下を歩いているのは私一人だ。
不良校なはずなのに、案外校舎の中は綺麗だった。もっと窓ガラスが割れてたりするのかと思ってた。
おっと。あと5分で入学式始まっちゃうじゃん。早く行かないと、遅れて登場して目立って、怖い人に目つけられたりなんてしたら不登校になるからね。さてと、講堂は~……
………………
……………
…え?
私、講堂の場所知らなくない?
立ち止まって辺りを見回してみるけど、今日来たばかりの知らない所。どこに何があるかなんでわかるはずもなく……。
「…う、嘘やん」
その場に呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
うっわーー!しくじった私!ギャル先輩たちに場所聞いとくんだった!!先輩たちの香水がキツくてすぐに逃げ出したからな~…。
鳥のさえずりが聞こえるほど周りはやけに静かで、そのことが一層 焦燥感を煽る。
遠くのほうで入学式開始を告げるアナウンスが響いた気がした。
もう終わった。私の高校生活、怖い人たちに目をつけられて終了。不登校確定。全部 颯斗のせいだね。恨むよ、割りと本気で。
鞄を持ち直し、家に帰るべく踵を返した。
その時
ザアッと若葉たちを一斉に揺らす、一陣の風が吹いた。
さっまでうるさいくらいに聞こえていた鳥のさえずりも耳に入らない。
まるで全ての音を奪ってしまったかのように起こったその風は
「君、新入生?」
心地いい声が聞こえたのと同時に
消えてしまった。
まるで、その人物に道をあけ渡すかのように。
辺りを満たすミント…いや、森林のような安心感のある香り。
さっきまでの焦燥感はどこかへ消え去った。
振り返ると、目を瞠るような白に近い金髪と、それとは対照的に穏やかな笑顔を浮かべる美青年が立っていた。
「もしかして、迷子かな?」
私の胸元のコサージュを見た美青年が首を傾げる。
彼の左耳についたクリスタルのピアスが、日光を受けながらキラキラと揺れた。
今、私は目の前の光景が信じられずにいる。
だって、こんなイケメン実在するの!?
え?イケメンって二次元が生み出した空想上の生き物じゃないの!?!?
白い肌に整い過ぎた顔のパーツ。優しげな瞳は透き通っていて、それに陰を落とすまつ毛は悔しいくらいに長い。ギャル先輩とは違って、自然なまつ毛だ。
学ランのボタンは全て止まっていなくて、その下のYシャツのボタンも第2ボタンまで開けられている。
着崩してはいるけど、嫌じゃない。むしろどことなく清潔感が漂っているのは何故!?
「……?」
二次元の画面から飛び出してきましたって言われても信じるしかないよ。
うわぁ、なんか本当にカッコいい。
颯斗以外にイケメンって見たことなかったから感動。
「おーい」
この外見だったら学ランより王子様みたいな格好が似合うと思うな。
で、主人公はひょんなことからお姫様の身代わりをすることになった庶民。
たくさんの結婚候補者から一人の旦那様を選ぶことになって……でも結婚候補たちには誰にも言えない秘密があったりして………。
あ、やばい。こういう乙女ゲームしたい。ぜひ攻略したい。
そんな邪なことを考えていたら
「うひゃあっ!?」
突然体が宙に浮いた。
「無視しないで欲しいな」
あの美しい笑顔が間近にある。
いや、無視してた訳じゃなくて、自分の世界に逃げてただけです。……結局 無視してたことになるのか。
それより、これはどういう状況だろう?
「あ、の……」
私、今お姫様抱っこされてますよね。
戸惑いの視線を向けると、イケメンは良い笑顔を浮かべ
「講堂に行きたいんだよね?」
そう問いかけた。
…………ま、まさか。
このまま運ぶなんて、そんな無茶なことしないよね?
私はオタクなんだよ。コミュ障気味なんだよ。
そんな人間にとって見ず知らずの美形に姫抱っこされるということがどれだけの苦痛かわかるか!?二次元の主人公なら キャッって顔を赤らめる所だけど、実際そんな順応スキルの高い女子っていないと思うんだ。
つまり、早く下ろして。
イケメンの学ランを掴む指がカタカタと震える。下ろしてと言いたいのに、声がでない。
そんな私の様子に笑みを深めたイケメンは
「じゃ、行くよ!」
あろうことかそのまま走り出した。
しかも、めっちゃ速い。人一人抱えるとは思えないスピードだ。ひょっとしたら私の全力ダッシュより速いかも。私は顔面蒼白になりながらも、気を失わないようにキュッと唇を引き結んだ。
ちょっと待って、今から行ってももう入学式始まってるよね?そんな所へこの体勢のまま突入?ふざけんな。
「お、下ろし…」
「しっかり口閉じてないと、舌噛みきって死んじゃうよ?」
…笑顔で怖いこと言われた。抗議することもできなくなってしまった。
こうなるとイケメンの親切な行為もただの迷惑でしかない。このままじゃ絶対注目の的になるじゃん!
「あ、ほら、着いたよ」
…………今悪魔の囁きが聞こえた気がしたんだけど、嘘だよね。