受験前
部屋に飾られた沢山のポスター。CDラックに並ぶのはアニソンやドラマCD。本棚に入りきらないほどのマンガと、服の代わりにクローゼットを占領している大量のゲーム。
私、 オタクですけど何か?
それも女子向け恋愛シミュレーションゲーム、乙女ゲーム専門のオタクですけど 何か?
受験生だというのに、私は部屋のベッドに寝転がりながらゲームをしていた。
やっぱりこの時期にゲームは買うもんじゃない。全く勉強する気になれない。
『僕は君が好きなんだ』
部屋には攻略中のカレの声だけが響く。
よっしゃ!告白エピソードクリア!!
次はハッピーエンドに向けてもっと魅力を上げないと……
「あら、いらっしゃいっ!見ないうちにまた一段とかっこよくなっちゃって~」
私が真剣にゲーム機と向かい合っていると、下からお母さんの明るい声が聞こえてきた。
「お久しぶりです」
若干興奮気味なお母さんに引くことなく、冷静に対処する男の人の低音ボイス。
きっと 颯斗だ。
私はゲームを片手に、部屋着のまま階段を下りてリビングに向かう。ドタドタと階段を下りる音に少し顔をしかめ、ネクタイを緩めながら颯斗が振り返る。
「……颯斗!」
「あのなぁ」
ハァ、とため息をつく颯斗。
「お前は仮にも女なんだから、階段を音をたてて移動するのはやめろ」
仮にもとは失礼な。乙女ゲームを愛する、立派な乙女だというのに。
私はムッと口をとがらせる。
「春から華のJKに向かって仮にも女とは失礼な。そんなんだからいつまで経っても女にモテ………彼女が出来ないんだよ」
途中で女にモテないんだよ、から彼女が出来ないんだよにシフトチェンジしたのは訳がある。
実は颯斗凄くモテるんだ。
悔しいことに顔は整ってるし長身だし、声も大人な男の人って感じの低音。そこらの芸能人より断然かっこいい。
「それは違うな」
ビールのタブをプシュッと開き、口へ運ぶ。
そのビール、お父さんの仕事帰りの楽しみなのに。
私と颯斗はいとこで、昔から付き合いは長いけど……。この人ちょっと遠慮しなさすぎじゃなかろーか?
「違うって、なにが?」
「出来ないんじゃなくて、作らないんだよ」
ビールを飲み干した颯斗が自慢気にそう言った。
そのどや顔がウザイ。
「はいはい」
適当に受け流してソファに座る。
颯斗に興味を失くしたから、ゲームの続きでもしよう。
「そういえば由優、お前勉強は終わったのか?」
ギクッ!
「結局 志望校どこにしたんだよ?俺まだ聞いてないぞ」
冷や汗が流れるのを感じながら、私はゆっくりとゲームをソファに置いた。
「………」
無言のまま颯斗を見つめる。
「ん?」
どうした?と首を傾げる仕草と声が妙に色っぽい。
颯斗のヤツ、いつのまにそんなスキルを……
「………だ」
「は?聞こえない」
「…………ま、だ」
「……………は?」
「むむぅぅ~~………だからぁ!」
ソファからバッと立ち上がり、
「まだ決めてないってばぁ~!!」
思いっきり叫んだ。
「…………」
颯斗は目を丸くして驚いている。私は恥ずかしくて、下唇を噛んでうつむいた。
「………決まってないってお前、今何月だと思ってんだ」
颯斗がそう言うのも無理はない。
もう願書を提出しないといけない時期なのに、志望校を決めてない受験生がいるほうがおかしい。
「だって……別に行きたい所無いし」
「ほら、何かやりたいこととか」
「そんなの無いし」
私は二次元の世界に浸ることさえ出来れば幸せだし。
「ん~、それは困ったな」
頭をガシガシ掻きながら、考える颯斗。他人のことなのに真剣になってくれる颯斗はなんだかんだ言って優しいと思う。
時々意地悪なことを言ったりもするけど、一応大切ないとこだから、早く素敵な女性を見つけて幸せになってほしい。颯斗の見た目だけじゃなくて、性格も好きになってくれるような人と。
「由優、うちに来るか?」
………………は?
理解出来なかったので、颯斗の言葉をもう一度頭で再生してみる。
“うちに来るか?”
………………………
……………っ!?////
言葉を理解した瞬間、コンマ2秒(くらいの気持ち)で側にあったゲーム機を振り上げた。
「最っっっっっ低ッ!!本当は優しいんだなとか思ってたのに!!」
ゲーム機を颯斗に投げつけるべく振りかぶる。
「ちょ、待っ!落ち着けって!!」
「落ち着いてられるかぁ!進路のことだって、私は本気で悩んでるのにお前は……ヤることしか頭に無いのか、この色魔っ!!」
「…っ、はぁ?」
ひどいよ 颯斗。
女子中学生を家に連れ込むなんて犯罪だよ。見損なったよ。
大切な大切なゲーム機だけど、この色欲オバケを退治するためなら仕方ない。投げつけてやろう。
「いや、絶対なんか勘違いしてるだろ」
焦った様子で私の腕を掴む。
「そんなこと言って、私はもう油断しな………………勘違い?」
腕の力を抜くと、颯斗はホッと息をついた。
「一体由優はどんな風に解釈したんだよ?」
「…進路に悩むいたいけな受験生を家に連れ込んで×××」
「…………………………なっ!?///」
素直に言ったら、颯斗の顔はみるみるうちに紅く染まった。
「お、お前、何を言って……」
「違うの?」
「ちげーよ!!!」
どうでもいいけど、何でさっきの発言で私より颯斗が動揺してるんだろう?
歳上いとこが頬を赤らめてあたふたする姿なんて、あまり見たいものじゃないんだけど。
「俺が言いたかったのは、特に行きたいとこがないなら俺が勤務してる学校に来たらどうだ、ってことだ」
勤務……あ!
そういえば颯斗、教師だったっけ。
ん~……。
颯斗が黒板の前で授業してるとこ、ちょっと見たいかも。
「……でもさ、」
私はふと浮かんだ疑問を尋ねる。
「私が入学したのに、颯斗が転勤とかになっちゃったら意味なくない?」
「あ~それな」
颯斗は冷蔵庫から二本目のビールを取りだしながらこっちを見た。お父さんのビール……
「たぶん、あと二、三年は大丈夫だ」
どこからその自信がきてるのかわからないけど。何でそう言い切れるの。
そんな訝しげな視線には颯斗は何も反応を示さなかった。
まぁでも、
「高校の名前は?」
「おっ、行く気になったか」
「念のため名前だけでも聞いとく」
初めて高校に興味が出たから、そろそろ受験勉強 本気で頑張ろうか。
「小桜学園」
………なんていうやり取りをしたのが数ヶ月前。
真新しい制服に身を包んだ私は、小桜学園の校門近くに立っていた。
小桜学園という可愛らしい名前から、勝手に乙女ゲームの舞台のような学園を想像してしまっている。
葛城 由優、15歳。
今日から晴れて高校デビュー。
これから私は、どんな高校生活を送るんだろう。
乙女ゲームみたいにイケメンにモテちゃったりしてねっ!!
……なんて甘く考えてた。
私はこの後思い知ることになる。イケメンも逆ハーも神展開も二次元だから良いんだってことを。