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乙女ゲーム系短篇集

ねぇ、早く。

作者: 軋本 椛

 ヤンデレほどではないけど病んでますよー。

 攻略対象に当たる人がヒロインに悪感情を抱く話。多分。




 例えば、自分の命なんかよりもずっと大切な人がいたとして。

 例えば、その大切な人が利用され貶められたとして。

 例えば、彼女を助けることが自分の首を絞めるとして。

 例えば、それでも構わないと言っても彼女に涙ながらに止められたとして。

 例えば、手を出さず堪えていたらその大切な彼女が死にかけたとするならば――――――君はどうする?





 傷つけないように真綿に包んで大切にしてきた彼女は、悪女と呼ばれ蔑まれ、全ての濡れ衣を抱えたまま屋上から飛び降りた。

 …いや、本当に飛び降りたかどうかははっきり言って定かではない。彼女が飛び降りたと言っているのは、その時彼女と一緒にいた女だけなのだから。

 けれど、彼女は屋上から落ちていたわけで。4階もあるそこから落ちて、生きているとはいっても彼女の意識は未だ戻らず、目が覚めても体を満足に動かすことはできないだろうと医者には告げられた。

 ―――――どうして、彼女が傷つかねばならないのですか?

 優しくて、お人好しで。その立場から素直な気持ちを言うことはしなかったけれど、周囲が言うような高飛車で高慢ちきな悪女ではなかった。つっけんどんな態度をとっていても、冷酷で性格が悪いふりをしても、目はとても正直で、心配や罪悪感をそのまま映していた。

 そんな彼女がどうして一人の女生徒を虐めようか。

 嫉妬? 好きな人ができても誰にも言わず胸の中にしまって、大切に思うからこそ自分以外の誰かと幸せになることを祈るような彼女が?

 逆上? 自分のことをどれだけ悪く言われようと意にも介さず、自分以外の悪評に怒る彼女が逆上したのであれば、それは相手が悪いのだ。

 「どうして僕に何も言ってくれなかったの?」なんて今更な言葉。彼女に伝えることもできないまま、ただ僕を押しつぶしてくる。

 ……どうして僕は、そんな彼女に気づくことが出来なかったの?

 僕のせいだ。と言えば、彼女はきっと否定するだろう。そして私が悪いんだと、涙をこらえて言うだろう。……でも、ごめん。やっぱり僕のせいだったよ。君は悪くない、ただ巻き込まれてしまっただけ。

 ―――――昨日ね、女生徒に話しかけられたんだ。君が虐めていたとか下らないことを言われていた彼女だよ。学校に通っても気力さえ出ず、裏庭に隠れるように踞っていたところに、声をかけられた。

 「大丈夫?」って言われたのが第一声だった。そんなに心配かけられるような格好だったのかと少し反省したよ。そのあと言われたのがさ、「龍宮さんのことで落ち込んでいるんだよね。……ごめんなさい」って言葉。いきなり謝られるし、その生徒も俯き気味で、君を貶めたんじゃないかと思っていた認識を改めた。もしかしたらこの子も被害者の一人なんじゃないかって。たまたま二人で話していたところを誰かが目撃して勘違いされて、否定し切ることができなかったんじゃないかって。

 ……でもね、違ったよ。

 謝罪を受け入れようとした僕に、その生徒が言った言葉。それを僕は忘れられない。


『あなたのせいじゃないよ。

 だってあなたは龍宮さんにずっと冷遇されてきたんでしょ?

 あなたは悪くない。全部悪いのは龍宮さんなの。

 …ほら、あなたを縛っていた竜宮さんは居なくなったよ?

 あなたは自由になったんだよ』


 僕が彼女に冷たく当たられたのは、僕が旦那様に拾われたばかりの頃。旦那様を取られたように感じた彼女は僕に叫ぶように怒鳴って、泣き崩れた。

 「ごめんなさい。あなたの事情は聞いていたけど、感情が追いつかないの。ごめんなさい」そう言って、泣き虫な彼女は罪悪感と高ぶる感情に振り回されていた。それを理解していた僕は少しずつ成長して笑いかけてくれるようになった彼女を、愛おしく思った。

 ここまで真っ直ぐな感情を受けたのは初めてだった。少しずつ受け入れてくれることに喜びを感じた。確かに辛く当たられたときは悲しかったけれど、それだけに今の彼女との絆のようなものがある。

 ……そんなことも知らないくせに。

 知った風な口を聞くな。

 自由なんていらない。ただそこに彼女がいればいい。たとえ彼女が好きな相手と結ばれようと、僕は彼女の幸せを祈りこそすれ離れようとは思わない。

 …むしろ縛っていてくれる方が、よっぽど安心できてずっといい。

 自由なんて、何をしたら良いかも分からなくて、怖いだけじゃないか。


 ―――――そもそも何で、関係のない女がそんなことを知っている。


 彼女のせい? 何が彼女のせいなんだ。




『あなたを縛っていた竜宮さんは、私がこの学校から追い出したから』










 ――――――意識が、空白を挟んだ。


 ふと気がつけば女は相変わらず僕に話しかけてきていて、表情の抜け落ちた僕の胸の内にはふつふつと憎しみがこみ上げてくる。

 ……こいつのせいだ。

 そう、こいつのせいなんだ。

 彼女が傷ついたのも、泣いたのも、屋上から落ちたのも、目が冷めないのも。

 こいつと―――僕のせいなんだ。


 ついっと、涙が頬を流れる。女はその理由をさらに勘違いして何か言っているが、そんなのどうでもいい。

 僕は笑う。まるで自由になったことを喜んでいるように、女が望むような笑顔の仮面をかぶって、微笑みかける。


「――――――――ありがとう。君の、名前は?」


 ……嗚呼、目が覚めた時、君は僕に何て言うかな。それとも悲しそうな顔をして謝るだろうか。けれどこれは君のせいじゃないよ。僕がただ、この女を許すことができないだけ。

 信用させて、夢中にさせて、最後には絶望して苦しんで壊れればいい。





 だからお願い。目が覚めたら笑って、よくやったって褒めて。


 ――――――僕はそれ以外望まないから。



                 ねぇ、早く――――――…






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