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七夕の出逢い  作者: 葉野りるは
番外編SS
25/26

◆ 新しい家族 03話 Side 司

 三限が終わったところで携帯が震えた。

 ディスプレイを見ればメールの着信を伝える表示。

 メールを開こうとすると、続けていくつかのメールを受信した。

 差出人は父さんだった。

 そして、添付されているファイルはすべて子犬の写真。

 これは間違いなく犬を買うつもりでペットショップめぐりをしているのだろう。

 届いたメールすべてに目を通し、父さんに電話をかけた。

「なんで写真?」

『情報を共有するには有効だろう?』

「なるほど……。別に父さんと母さんで決めてくれてかまわないんだけど」

『真白さんが司の意見を訊きたいと言っている』

 そんなことだろうと思った……。

「なら、母さんと同じ誕生日の犬にすれば? 確か白いチワワだったと思う」

 それだけを伝えて切った。


 先日、夕飯の席で、「動物を飼うとしたら何がいいか」と母さんにたずねられた。

 前振りが一切なく、「藪から棒に」という言葉がぴったりな状況で訊かれて困惑した俺は、どうしてこんな質問をされているのかを問い返した。

 それに対する答えは、「純粋な好奇心」。

 その言葉に嘘はないだろう。

 けれども、あれは間違いなく何か動物を飼うことを前提で訊かれていたと思う。

 突拍子もない問いかけにすぐ答えることはできなかった。が、家で飼うなら犬か猫、ウサギ、鳥――このあたりだろうか。

 ウサギと鳥に関しては初等部で飼育経験がある。

 飼育経験があるもののほうが問題なく飼うことができそうだが、新しい動物に触れたいという欲求がなくもない。

 だとしたら、猫か犬――

 ふと脳裏を掠めたのは大型犬。

 しかし、その選択肢は早々に却下する。

 動物を飼ったとして、自宅で一緒にいる時間が長いのは母さんだ。

 飼うなら飼うで責任を持って育てられる生き物のほうがいいだろう。

 たとえば猫や小型犬なら、何かあっても母さんでも抱え上げることができる。

 大型犬はどう考えても無理だろう。

 ならば、猫と小型犬ならどちらがいいか……。

 猫は共に散歩する必要はないが、犬は一緒に散歩をする必要がある。

 ……犬にしたら母さんの負担になるだろうか。

 でも、母さんは少し家から出たほうがいいことは確か……。

 それなら、朝の散歩は母さんに任せるにしても、夕方の散歩は俺が行こう。

 そうすれば、母さんの身体にもいいだろうし、母さんだけに負担がかかることもない。

 躾を入れるのも犬のほうが入りやすいだろうし……。

 俺は取り寄せた本に付箋やアンダーラインを引き、それを今朝母さんに渡してきた。

 そしてこの時間に連絡……。

 もしかしたら、今日は家に帰ったら犬がいるかもしれない。

 そう思うと、少し帰宅時間が楽しみに思えた。


 部活を終えて自宅へ帰ると、

 ワンワンッ――ワンワンワンワンッッッ。

 リビングにいるであろう犬にこれでもか、というほどに吼えられていた。

 リビングに顔を出すと、

「司、おかえりなさい!」

「ただいま……」

 部屋の中に新設されたスペースへ視線を移すと、小さなぬいぐるみみたいな犬がいた。

 見かけはかわいいのに、吼え方には険があっていただけない。

「なんで吼えられてるのかわからないんだけど……」

「今まで私と涼さんしかいなかったから、もしかしたら警戒しているのかもしれないわ」

「ふーん……」

 サークルの上から見下ろすと、「ウー」と唸られる。

 こんなに小さいのに、唸り声や鳴き声はいっぱし。

 しかし、母さんがサークルを開けて抱き上げると、嬉しそうに尻尾を振る。

 何、この差……。

「司も抱っこしてみる?」

「……抱っこした瞬間に吼えられたら教育的指導しそうなんだけど」

「別にかまわないわ。叩いたりしなければいいわよ?」

 そう言われて、いやがる子犬を抱っこした。

 子犬は険しい視線を向けて歯を剥く。

「……あのさ、俺はここの住人。認識してもらわないと困るんだけど」

 子犬は警戒心を帯びたままにきょとんとした顔を見せ、ほんの少し鼻先を俺に近づけた。

 クンクン――匂いを嗅いで首を傾げる。

 ……こいつ、何考えてるんだろ。

 子犬は母さんを振り返り、母さんが手を出すと、今度はその手の匂いを嗅ぐ。

 何か思うところがあったのか、また俺のほうを向くと、今度はペロリと手を舐めた。

 何こいつ……かわいい――

「母さん、これの名前は?」

「まだ決めてないの。名前は司が決めてあげて?」

「……雪か花。――雪は冷たそうだから却下で、花」

「ハナ! かわいい! ハナ、良かったわね! あなたの名前はハナよ?」

 ハナは今まで聞いたこともない響きで自分が呼ばれていることを不思議そうに耳をピクピクと動かす。

「ハナ……今日からよろしく」

 それだけ言ってサークルにハナを戻した。


 その日の夜半、コーヒーを淹れに一階へ下りると、暗がりの中でふたつの目がこちらを見ていた。

 なんとなしに近寄ると、ハナは身を震わせていた。

「なんで震えてる……? 寒いのか?」

 でも、ベッドの中にはホットマットが敷いてあるはずだし……。

 カップをダイニングテーブルに置きハナに手を伸ばす。と、縋るように手にまとわりついてきた。

 その直後、バリバリバリドドーン――季節はずれの雷が轟く。

 もしかして、雷が怖いのか?

 抱き寄せると、俺の脇に鼻先を突っ込む始末。

「……怖いのか」

 犬の聴覚は人間の四倍から十倍というし、人間が十六方向から音を感知するのに対し、犬は倍の三十二方向――

 恐らく、人間が感じる以上のものを感じているのだろう。

「……俺の部屋に来るか?」

 ハナは一度俺を見上げてから、再度きゅ、と脇に鼻をうずめた。

「……了解」

 俺はコーヒーを淹れるのをやめ、ハナを連れて自室へ戻った。


 電気の点いていた部屋にハナを放すと、ハナは初めて入る部屋に関心を移す。

 色んなものの匂いを嗅いで回っては、雷が鳴るたびに俺の足元に逃げてきて抱っこをせがむ。

 俺は久しぶりにスケッチブックを開き、膝に乗せたハナを描いた。

 時間的には二十分くらいなもの。

 膝でうとうとしては雷の音に起こされるハナが少々哀れになり、布団に入れて一緒に寝ることにした。

 布団に入ることで少しは音が小さくなるといいけれど――

 俺の腕を顎置きにしているハナは時折ビクビクと身を震わせていたが、一時間もすると雷は止み、すやすやと寝息を立てて眠り始めた。

 動物のぬくもりに触れるのが久しぶりで、あたたかな身体を撫でると心が満たされる気がした。

 動物に触れるにしても、こんなふうに一緒に寝るのは初めてのこと。

 くすぐったいのが柔らかな毛のせいなのか、「一緒に寝る」という行為に対してなのかがわからなかった。

 ハナ、三回目の予防接種が終わったら、藤山を案内してやる。

 そんなことを思いながらハナの眉間をさすると、薄く目を開け「ぷしゅ」と鼻を鳴らして目を閉じた。


 翌朝、ハナがいないことに慌てた母さんが部屋へ飛び込んできた。

「司っ、ハナがいないのっ」

「ハナならここにいる」

 ハナは俺のベッドの上で身を投げ出していた。

「昨日、夜遅くに雷鳴ってて、それが怖かったみたいだから一緒に寝た」

「あら……そうだったのね。……ハナ、気づかなくてごめんね」

 母さんがそっと手を伸ばすと、ハナは尻尾を千切れんばかりに振って立ち上がる。

「司、ありがとうね。そうそう、今日は楓と湊ちゃんが来るのよ」

「なんで……」

「なんでって……実家だもの。何もなくてもいいでしょう? でも、今回はの目的はこの子、ハナを見に帰ってくるの」

「あぁ、そういうこと……」

 ふと、玄関を開けた瞬間にハナに吼えられるふたりを想像して笑みが漏れた。


 ハナは一階へ下りるとトイレを済ませ、母さんにご飯をねだり始める。

 母さんは嬉しそうに、それに応えるべく朝ご飯を用意した。

 先にハナにエサをあげようとした母さんに、

「母さん、ハナは人間のあと」

「え?」

「優先順位を教えるため、それは崩したらだめ」

「……わかったわ」

「渡した本、ちゃんと読んだ?」

「まだ全部は読めていないの」

「なるべく早くに読破して」

「はい……」

 しゅんとした母さんを見た父さんが、

「真白さん、エサをあげる順番が多少前後したところでハナのヒエラルキーにはさほど影響はないかと思いますよ」

「どうしてでしょう?」

「犬はエサをくれる人が一番好きですし、逆らってはいけない人だと認知します。そこからすると、真白さんに対してだけはハナがつけ上がることはないでしょう。……そうですね、つけ上がるとするなら私か司に対してでしょう」

 言いながらも俺が下にくることを匂わす視線をよこす。

「……いや、俺は最下位にならない」

 昨夜だって一緒に寝てやったし……。

 これから来る姉さんと兄さんに負けるはずがない。

 そんなことを考えていると、母さんはクスクスと笑いだし、父さんはくつくつと笑った。

「司は動物を目の前にしてるときは感情が表情に表れやすいわね」

「そんなことない」

「ムキになった時点で肯定しているも同然だ」

 これ以上言い返したところで溝にはまるだけな気がした。

 俺は朝食の用意を手伝うために無言でキッチンへと逃れた。

 自分でもなんとなくわかってはいる。

 感情がどうこう以前に、人間より動物と向き合うほうが楽。

 動物は嘘をつかないし損得勘定もしない。

 エサをくれる人間には媚を売るかもしれないが、その程度ならかわいいものだ。

 藤宮の名にたかる強欲な人間たちとはわけが違う。

 動物の生態を知ることは楽しいと思えたし、何よりも利害関係がないところに惹かれた。

 こんなことを考えているからか、俺には友人と呼べる人間がいない。

 でも、それで問題が生じるわけでもなければ俺が困ることはない。

 だから、きっとこの先も何が変わることはないだろう――

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