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七夕の出逢い  作者: 葉野りるは
Side 真白
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01話 籠の鳥

真白ましろ、顔色が良くないぞ?」

 私の顔を覗き込んだのは兄のゆかりだった。

「お兄様……少し疲れているだけだと思うわ」

「あぁ、最近、引っ切りなしに縁談が来てるからな。ここのところ血液検査にも来てないって聞いたぞ? 今日、病院に来たらどうだ?」

「そうね。そうしようかしら……」

 カレンダーを見れば七月七日であることがわかり、もう少しでお盆なのね、とぼんやりと思う。

 お盆の前後は病院が混むからその前には行ったほうがいいかもしれない。

 父と母は昨日から仕事で家にはいなかった。妹の紅子こうこは学校に行ったあとで、自宅には私と兄のふたり。

「あと十分もしたら出るから一緒に行くか?」

「そうしたいのだけど、まだ身支度ができていないわ」

「そうか。じゃあ、先に行くけど、たけるに送ってもらうんだぞ?」

「わかってるわ。心配性ね」

 言うと、苦笑いを返される。

「そういう家だからな。心配にもなるさ」

「えぇ、そうね……」

「スペアの診察券で受付は済ませておくよ」

 兄はダイニングの席を立ち、出勤する準備を始めた。


 兄は藤宮病院に勤める医師。

 そして、私の家は藤宮グループ会長本宅。つまり私は、世間でいうところのお嬢様というものになるのかもしれない。

 ――いいえ。かもしれないではなく、そうなのよね。

 出かけるときには必ず警護の人たちがつき、車での送迎は必須。もし歩きたいと言えば、供の人がつく。

 私には、藤堂武とうどうたけるさんという人がついている。

 藤堂家は藤宮の一族、藤守ふじもりの分家。一族の分家ともなれば「身内」であるはずなのに、とうてい身内とは感じられない。

 本家に分家、さらなる分家……。藤宮の人間は生まれたときからそんな血脈にがんじがらめにされている。

 十八歳を過ぎれば途切れることなく縁談がやってくる。それは藤宮の人間ならば当たり前のこと。その気がなければ自分で断るなり、どうにかしなくてはいけない。

 みんながみんな、それをかいくぐってきている。

 私にはとても難しいことなのに、ほかの人たちはサラリとかわしてるように思えてならない。

「私……きっと生まれる家を間違えたんだわ」

 ため息と共に愚痴を零し、兄が食べ終えた食器をカートへ下げた。


 時計を見れば八時前。

「真白、行ってくる」

「えぇ、お気をつけて」

 リビングに顔を出した兄を見送り、武さんに連絡を入れた。

「真白です」

『はい、お出かけですか?』

「えぇ。三十分後にお願いできますか? 病院までなのだけど……」

『かしこまりました。八時半にお車をご用意いたします』

「ありがとう……」

 不思議な会話。武さんはこの邸宅のどこかにいるというのに、黒いボックスのボタンを押し、専用の無線で連絡をとる。

 ――慣れない。

 この環境でしか暮らしたことがないのに「慣れない」と思う。

 痛む胃を押さえて自室へ戻り、病院に行く支度を済ませる。私は八時半前には玄関を出た。

 家の鍵を閉める必要はない。家には常に警備の人もお手伝いさんもいるのだから……。

 仰々しい見送りを好まない私は、出かける際、ただひとりにだけ声をかけ、そっと玄関を出る。

 住み込みのお手伝いさんや料理長、庭師の方に警護の方。生まれたときからみんながいるこの家で暮らしてきたけれど、私がこの環境に馴染むことはなかった。

 みんなのことが嫌いなわけではなく、「常に誰かに気遣われている」という空間に息が詰まりそうだったのだ。

 頻繁に体調を崩す己が悪いとわかっていても、それらを受け入れることはできず――かと言って、父は使用人の数を減らすことも、警護の人数を減らすこともしてはくれなかった。

 兄も妹も何も感じないというのに、私ひとりだけがその中で違和感を覚えていた。

 そんな私のために、父はひとつだけわがままをきいてくれた。それは毎日の夕飯の支度。

 もちろん、試験中や忙しいときは料理長にお願いするけれど、それ以外は習い事のほかには何もないのだから、せめて家での楽しみのひとつとしてお料理をしたいとお願いした。

 時には料理長に教わることもあるけれど、たいていはひとり料理の本を読みながら作る。母はどちらでもいいみたいで、私が言い出すまでは料理長と一緒にキッチンに立つこともあったそう。

 母はアメリカ人。 つまりは外人さんで、アメリカが祖国という人。

 そんな母と父がどこで出会ったのか……。詳しいことは知らないけれど、お見合いでないことは確かで、とても仲のいい夫婦だと思う。

 私もいつか、両親のように仲のいい夫婦になれる人と出逢いたい。

 お見合いも出逢いのひとつであることはわかっているけれど、そういうものではなく――道端に咲く花を見つけるような、河原にあるたくさんの石から特別なひとつを見つけるような、そんな素敵な恋をしたい。

「こんなことを考えてるから、恋愛のひとつもできないのかしら?」

 ため息をつくと、車が玄関の前のロータリーに静かに停まり、運転席から武さんが降りてきた。

 長身で、身のこなしに無駄のない人。

「真白様。前にもお話しましたが……」

「ごめんなさい」

 笑みを添えてごまかす。

「お謝りになるのではなく、お部屋でお待ちください。着きましたら川瀬かわせに迎えに行かせると何度――」

「そうね……わがままを言って時間ぴったりに来てもらうようにしたのに。……わかったわ。次からは自室で待ちます」

「……何度同じことを聞かされたことか」

「本当ね」

 何度も繰り返している会話。そして、決まって最後には呆れたように笑われてしまうのだ。

 車のドアを開けられたとき、気持ちをこめ感謝を伝えた。

「警護についてくださる方が武さんに代わってから楽になりました。ありがとうございます」

「紫から任されてますからね」

 彼は苦笑しながらドアを閉め、運転席に乗り込んだ。

 武さんはお兄様と同い年で、さらには家のつながりをなくしても、お兄様とは親友という間柄。

 だからなのか、ほかの人が警護につくよりも格段に気持ちが楽だった。

 兄を介した共通の話題もあるし、何よりも、兄から私の性格を聞いているせいか、あまり堅苦しくならず、それでいて近づきすぎず……。

 武さんはそういう人だった。


「顔色が優れませんね?」

 バックミラー越しに訊かれる。

「ここのところお見合い続きだったでしょう?」

 その際の送り迎えはすべて武さんがしてくれている。だから、彼も知っているのだ。

「えぇ、先月は少々多かったですね」

「少し疲れが溜まっているだけだわ。お見合いが立て込んでいて病院に行く日も逃してしまったし」

「そうでしたね」

 こんな会話をしていれば病院に着いてしまう。そんな距離ですらひとり歩きは許されない。自由に動けるのは学園内くらいなもの。

 学園敷地内に入るには身分証明書やボディチェックが必要となるし、その中であったとしても警備体制は甘くはない。

 誰かが随時私についていることはないけれど、必ずどこかから視られている。ただ、自由に歩くことができる場所、というだけのこと。

「病院から連絡が入りましたらお迎えに上がります。院内には警備のものが多数おりますからご安心ください」

 いつもと同じ言葉を告げられ、私は病院の正面玄関で下ろされた。

 そう――私は、籠の鳥。

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