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七夕の出逢い  作者: 葉野りるは
番外編SS
17/26

◆ 彼の故郷 01話 Side 真白

前回の【過去 Side 涼】に続くお話となっております。

 先週の土曜日、結納という名の誕生日パーティーを終えてから考えていた。

 本当はもっと前から――涼さんの生い立ちを聞いた日から考えていたこと。

 涼さんのご両親とおじい様やおばあ様のお墓参りをしたい、と。

 けれど、あの日以来、涼さんのご家族のお話が出ることはなくて、自分から切り出す勇気もなくて、時間だけが無常に過ぎていった。

「どうかなさいましたか?」

 運転席から声をかけられてはっとする。

「い、いえっ……」

 涼さんはくすくすと笑う。

「嘘はいけませんね。そもそも、嘘などつける性分ではないのですから、白状なさってください」

「…………」

「そんなに仰りづらいことですか? ……当ててみましょうか?」

「っ……」

 涼さんは相変わらず涼やかな顔でにこりと笑う。

 こんなことを考えてるなんて当てられるわけがない――どうして私はそんなふうに思ってしまったのかしら……。

「私の両親の墓に参りたい、ではないですか?」

 サクリと言い当てられて、私はどんな顔をしたらいいのかわからなくなる。

 当てられたことに驚くとかそういうのではなく、血の気が引くような感覚だった。

「……そんな顔をなさらなくても大丈夫ですよ。毎年、命日が無理でもその前後に墓参りには行ってましたから」

「……そうなの、ですか?」

「えぇ。芹沢の墓を参る人間は少ないですからね。私が行かなければ無縁仏にされてしまいます」

 それはそうなのだろうけれど――おつらくはないのかしら?

 前方を見据え、運転する涼さんを見ていると、胸の中の疑問に答えてくれた。

「両親を亡くしたのは九歳、祖父母を亡くしたのは十二歳。先日私は二十八になりました。もう十分すぎるほど月日は経っています」

「……そうです、よね」

 言葉だけは同意の旨を伝えるけれど、心の中は複雑なまま。

 いつもと変わらずに見えたけど、誕生日のお祝いしたとき、涼さんは時々空虚な目をなさっていたから……。

 自分の誕生日が両親の命日だなんてどれほどつらいことか、と考えずにはいられなかったのだ。

「真白さんがよろしければ今から行きましょうか」

「えっ!?」

「私の両親と祖父母の墓参りに。今日はちょうど曇りですし、炎天下を行くよりはいいと思うのですが」

 フロントガラスから空を眺めて口にする。

 確かに、今日は曇り空ではあるものの、雨が降ってきそうな気配はなく、湿度も気温も残暑にしてはそこそこの日だった。

「それとも、もう少し涼しくなった秋に行きますか?」

「いえっ、行きますっ。……あ、でも、私、お花も何もご用意して――」

「大丈夫ですよ。花など、その辺に咲いてますから」

「え……?」

「寺が山中にあるんです。その道中に百合が咲いています」

「でも、それでは……」

「お気になさらず。それが芹沢家流なので」

「……お父様もお母様も、おじい様もおばあ様も、そうなさっていたと仰るのですか?」

「えぇ。そして、それを咎める住職でもありません。むしろ、野に咲く草木のほうが花のもちが良かったりします」

「……そうなのですね」

 不安を覚えながら、きゅっと手を握りしめた。


 涼さんの故郷は、幸倉で高速道路に乗ってから一時間ほど走ったところにあった。県名で言うなら、隣の県なのだけども、場所的にはそのまた隣の県の手前。つまりは県境にある。

 高速道路を下りるなり、

「今日は私事に付き合っていただいてもよろしいですか?」

 と訊ねられた。

「はい」

 緊張したままに答えると、

「それではフルコースでお付き合いいただきましょう。あなたが一緒なら心強い」

 涼さんはほんの少し肩を竦め、クスリと笑った。

 最初に連れて行かれた場所は新興住宅地のよう。

「ずいぶんと様変わりしたものです。自分が小学生のころはまだ家が建ってない場所が多く、空き地や雑木林が多く残っていたものですが……」

「っ……!?」

「車を停めて、少し歩いてもいいですか?」

 涼さんは私に訊きつつも、すでにコインパーキングに車を停めたところだった。

 私は気が動転してしまい、車が停まってもなかなか車を降りることができないでいた。すると、

「両親と暮らした町を少し歩いてみたいんです」

 と、外からドアを開けられた。

 私はシートベルトも外さずに涼さんの顔を見上げる。

「大丈夫、なのですか……?」

「何が」というものは明確ではない。ただ、心配だったのだ。涼さんの心が……。

 涼さんの目が優しく揺れ、

「真白さん、あなたがいてくれれば」

 と返された。

 シートベルトを外し、差し出された手に右手を預ける。

 車を降りると、ミーンミンミン、とセミの鳴き声がした。その音に気をとられていると、

「藤山よりは静かでしょう?」

 涼さんはほんの少しいたずらっぽく笑った。


 コインパーキングから十分ほど歩いた場所で涼さんが足を止めた。

「ここに、3LDKの白い戸建ての家がありました。母も父も自然愛好家でしたので、家は木造建築でしたね。外装がシンプルで、花がよく咲いていた。両親共働きだったのですが、庭の手入れだけは怠らない人たちで、春夏秋冬、どの季節にも欠かさず花が咲いていました」

「……素敵なおうちだったのですね」

「えぇ……自慢の家でした。なんといっても、私が小学二年生のときに建てた家でしたからね。両親にとっては念願のマイホームといったところだったのでしょう」

「…………」

「だから……祖父母もあの家を取り壊すことができなかったんですかね」

 その家は涼さんのおじい様が亡くなるまで残してあったらしい。決して廃屋になることもなく……。

「それとも――いつか私がここに戻ってくることを考えていたのでしょうか……」

 思いを馳せるように、今は違う家が建つ場所を見ていた。

 かつて、一軒家が立っていた場所には庭などあってないようなペンシルハウスが二棟建っている。

「あの……うちにご用ですか?」

 突如、後ろから現れた人に驚く。

 二十代半ばくらいの若い男女。指に輝くリングが夫婦であることを物語っている。

「申し訳ございません。もうずいぶんと昔の話なのですが、このあたりに住んでいましたもので……。懐かしく思い、少し立ち寄らせていただきました」

 涼さんがそつなく答えると、女性が顔を真っ赤に染めた。

 今さらのように思い出す。そうだ、涼さんはとても人目を引く容姿をしていた。

「不躾で申し訳ございませんでした。さ、真白さん。行きましょう」

 背に手を添えられ、私もペコリと会釈して歩きだす。

 来た道を戻る涼さんに問いかける。

「よろしかったのですか……?」

「何がでしょう?」

「ほかに……学校などは……」

「えぇ、かまいません。次は、祖父母と暮らした場所へ行きたいのですが、よろしいですか?」

 訊かれてコクリと頷いた。

 どうやら、涼さんはお墓参りに行く前にそこへ立ち寄りたいようだった。


 国道を使って隣の市に移動すると、さきほどと同じようにコインパーキングに停める。

 そこからも、やはり十分ほど歩いた。

「その角には駄菓子屋があったんですよ。私よりも祖母が好きでしてね、よく黄な粉棒を買いに行ったものです」

「黄な粉棒、ですか?」

「食べたことありませんか?」

「……はい」

「では、今度買ってきましょう」

「あのっ……」

「なんですか?」

「あの……買ってきてくださるのではなくて――」

 涼さんの手がふわりと頭に乗った。

「そうですね、一緒に駄菓子屋へ行きましょうか」

「はい!」

 そんな会話をしながら角を曲がって数メートル。

「こちらにはマンションが建ったようですねぇ……」

「え、コレ……ですか?」

「えぇ。元は古民家が立ち並ぶ一角だったのですが……。さすがに世代が変われば家もなくなりますね」

 涼さんは淡々と口にしてはその場を引き返す。

「……大丈夫ですか?」

 恐る恐る声をかけると、

「大丈夫ですよ」

 にこりと笑顔が返される。けれど、その言葉と笑顔を信じていいのかがわからない。

「次こそ、寺へ参りましょう」

「はい……」


 お寺はそこから三十分ほど走った場所にあった。同じ市とはいえ、ずいぶんとのどかな風景。夕方近いこともあり、眼下に広がる町が西日に照らされ光って見えた。

 途中、車を停めてはトランクから何か取り出す。

「切るものを持ってきませんでしたので、特別にメスで切ろうと思います」

「っ!? お仕事の道具ですのに、よろしいのですかっ?」

「えぇ、何かあったときのために入れてある救急セットのようなものですので、後日新しいものに替えます」

 車を降りると、車道脇にオニユリ、ヤマユリ、カノコユリが彩り豊かに咲いていた。芳香の強いものは少ない。けれど、目にはとても鮮やかに映った。

「さて、どれにしましょうか?」

 涼さんに訊かれ、配色を考えつつ百合を選ぶ。涼さんはメスでいずれの百合も長めに切っていく。

「寺に行けば花切りばさみを貸していただけます。それで長さを整えましょう」

「――あのっ」

「はい?」

「お花、いけさせていただけませんか? 私に、いけさせていただけませんか?」

 涼さんは少し驚いたような顔をしたけれど、すぐに快諾の意を伝えてくれた。

「願ってもない申し出です」

 花粉がつくから、という理由で百合はトランクに入れられた。そこから走ること十分ほどでお寺の入り口が見えてくる。お寺を前に道路を挟み、車が二十台ほど停められる駐車場になっていた。

 入り口にご住職と思しき人が竹ぼうきを携えて立っている。

 目を凝らし、人の特定ができる距離になると、驚いた顔をしてから頬を緩めた。

「涼くん、よく来たね。そろそろ来るころだと思っていたよ」

「ご無沙汰しています」

「そちらのお美しい方とはどのようなご関係かな?」

 にんまりと笑った人に涼さんは、

「どのような関係に見えますか?」

 と訊き返した。

「恋人、だったら嬉しいねぇ」

「では、喜んでいただきましょうか……。恋人であり、婚約者です」

 ご住職らしき人は、先ほどよりももっと驚いた顔をした。

「藤宮真白と申します」

 挨拶をすると、竹ぼうきを手から放すほどに驚かれた。

「藤宮というと……あの――」

「住職、推理はそのくらいになさってください。それより、花切りばさみを貸していただきたいのですが……」

 ご住職は、「いや、申し訳ない」と額に手を当て私に向かって頭を下げた。

「花切りばさみを持ってくるから先にお墓へ行くといい」

 と、お堂に向かって歩きだした。

 私たちは水桶やスポンジ、ほうき、ちりとりを持ってお墓に向った。

 一・五メートル四方のお墓。御影石には「芹沢之墓」と彫られており、その裏には卒塔婆が数本立てかけられている。

 涼さんは慣れた手つきで掃き掃除を始め、それらを手早く済ませると、

「水がかかりますから、少し離れていてください」

「あの、お手伝いさせてください」

「ですが、すでにそこまで花切りばさみがいらしてますので、剪定をお願いしてもよろしいですか?」

 私の後ろにはご住職が、そして涼さんが指差した場所には桶に入れられた百合があった。

「でも……」

「お願いします」

 有無を言わさない態度に困りかねていると、

「あれは彼の仕事ですから。決してあなたに気を遣っているわけではないのですよ。やらせてあげなさい」

 ご住職の言葉に私は花切りばさみを受け取った。

 私が桶の中で水切りをしている傍ら、涼さんは墓石に水をかけ、スポンジで丁寧に墓石を磨き始めた。とても丁寧に、大切なものに触れるように。

 私の水切りが終わると同時くらいに墓石を磨く作業も終わった。墓石のてっぺんから水を一かけしたあと、花器に百合をいける。

 そうして墓地の通路に出た。

 ふたり揃って深くお辞儀をし、その場にしゃがみ手を合わせる。


 初めまして。私、藤宮真白と申します。

 ご挨拶が遅くなり大変申し訳ございません。本当でしたら、婚約をする前にうかがうべきでしたのに……。

 先日、涼さんの誕生日に婚約させていただきました。

 とてもすてきな方を産んでくださり、愛し育んでくださり、ありがとうございます。

 私は出逢ったときから助けられてばかりで、この先も何度となく助けられるのでしょう……。けれど、それだけではなく、私にも何か返せたら……と思っています。

 自分に何ができるのかはわかりません。それでも、涼さんと一緒にいられたら幸せだと思うのです。

 涼さんにもそう思っていただけるように努力いたしますので――どうか見守っていてはいただけませんでしょうか。

 お願いします――


 目を開けると、涼さんに顔を覗き込まれていた。

「ずいぶんと長く手を合わせてくださいましたね」

「そんなに長くないです……。まだお話し足りないくらいで――」

「私もです。何せ、珍しく報告することが多かったものですから」

 ふたりの会話にご住職が混じる。

「では、また来ればいい。もしくは、心の中で話しかけなさい。想いはどこにいても届くものです」

 ご住職はにこりと笑うと目がなくなってしまう人だった。

「涼くん。やはり花崎はなさきのところには……」

 ご住職が言いづらそうに話しかけると、

「……これから伺おうと思います。お手数ですが、電話を一本入れておいていただけませんか?」

「っ……よし! すぐに連絡を入れよう。花崎も喜ぶぞ!」

「喜ぶよりも、驚かれてしまうかもしれませんね」

 涼さんは苦笑した。

 私は「ハナサキさん」という方がどなたなのか、口を挟むことができずにお寺をあとにした。

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