第六章
もう誰も待ってなどいないと思いますが、更新します。
意識を取り戻したオレの耳に最初に入ったのは謝罪だった。
「いや、すまんすまん。興に乗ってしまってついやり過ぎてしまった」
とまるで悪びれた様子の無い素戔鳴は、ハッハッハッと笑いながら頭を掻いている。
「本当にやり過ぎですよ、素戔鳴さん」
冬矢が、温厚な彼にしては珍しく少し怒った口調で文句を言っていた。
「……冬矢。オレはどのくらい意識を失ってた?」
身体がそこら中痛いので仰向けに地面に寝転んだまま訊ねた。
「ほんの二、三分ですよ。ちょっと待って下さい」
「?」
肩に冬矢の手が添えられる。
「水よ。癒しの流れとなりて彼の者を癒せ。──方術・命水癒」
冬矢の言霊と共にオレの身体が淡い水色の光に包まれ、まるで温かい水の中を漂っているような感覚を得る。
気が付くと全身の痛みがきれいさっぱりと消えてなくっており、驚きに目を丸くした。
確認のために上体だけ起こして片腕をぐるりと回してみたが、上体を起こす時も腕を回した時も痛みはなかった。
「何だ、これ……? 冬矢、オレに何をした? ……ひょっとしてお前も?」
「いいや。違う。冬矢のそれは神の力ではない」
冬矢も自分と同じく何か神の力を持っているのかという問いは、素戔鳴が否定した。
「じゃあ、これは一体何なんですか?」
「それは方術と言う。我らの使う神の力は、固有の魂の力を強く顕現させたものだが、方術は霊力──精神の力で森羅万象の五行の力を操る術だ」
「……ええと。その五行の力ってのは?」
どこかで聞いた事がある気がするが、思い出せない。確か現国の授業だった気がする。
「木氣、火氣、土氣、金氣、水氣の森羅万象を成す五つの氣の事だ。木氣は樹木、火氣は炎、土氣は大地、金氣は金属、水氣は水を指す。まあ、これらは気の力の強く顕現したものを指しているだけで、そのものを言う訳ではないがな」
「ああ、成る程。大体分かりました」
と言うより思い出した。現国じゃなくて、古文か漢文の授業中の余談で触り程度の話があった。
要は、その思想に基づいた魔法みたいなものだろう。
「そうか。理解が早いな。つまりは神の力は血筋によって発現する個人の能力。方術というのはある程度霊力が強ければ誰でも使えるようになる技術という感じだ。だというのに、何故神の血筋でもないお前が神の力である軻遇突智の焔を使えるのかは分らんがな」
「ふむ。それじゃ冬矢は……」
「ええ。適性が有ったんで、ここにいる間に教わって使えるようになったって訳です」
異世界じみた神話の時代で再会した幼馴染が、なんか魔法使いになっていました。
「……もう、何が起きても驚かない自信がある……」
「ん? どうかしたのか?」
「いえ別に。……って、さっきオレも使えるようになるとか言ってたような?」
無数の石飛礫が飛んできたアレが方術なのだろう。それを使う前に素戔鳴はそんな事を言っていた。
「ああ。言ったぞ。そら、これをやろう」
そう言って素戔鳴は懐から何かを取り出して放った。
「勾玉?」
素戔鳴が投げてよこしたのは、乳白色の勾玉だった。
「方術を使うのに必要な触媒の霊石を加工したものだ。俺が予備に持っているものをやろう」
「はあ」
良く分らないが、魔法を使うのに必要なマジックアイテムのようなものなのだろうと、ゲーム関係の知識で判断する。
「それに血を垂らして、握り締めてみろ」
「血を?」
言われた通り右手の親指を噛み切って一滴血を勾玉に垂らして握ってみる。
すると、自分の周囲に大きな『力』の流れを感じられた。軻遇突智の焔を使う時に自分の内側に感じるものに似た『力』を。
それが伝えるイメージは『炎』。そして、頭の中に『力』を操るに相応しい言霊が浮かび、『力』がどういう結果を齎すのかが分かる。
勾玉を握った手を冬矢が的にしていた丸太に向かって突き出す。
「炎よ。我が声に応えよ。──方術・炎弾破」
言霊を受けて周囲に満ちていた『力』が収束し、バスケットボールほどの大きさの火球を形成して丸太に向かって飛んでいった。
火球は丸太を一瞬にして包み込み、突き刺さっていた矢ごと焼いていく。
「おお。すげぇ」
パチパチと音を立てて燃える丸太を見ながら喝采を上げる。
今の炎は軻遇突智の焔と違い、マッチやライターで起こせるような普通の火が大きいだけの自然の炎だった。
上手く言葉に変換できないが、あの緋色の焔と今の炎はどこか質が違うように感じた。
「ん? ……勾玉が……赤い?」
握った拳を開くと、掌の勾玉は何時の間にか乳白色から赤色に変じていた。
「成る程な。お前は火氣が強い訳か。まあ、軻遇突智の焔を操るのだから、当然と言えば当然かもしれんな」
「火氣が強い?」
「そうだ。人間をはじめ、全ての生命は五行の氣が奇跡とも言える過程を経て作用し合い、誕生した。故に、方術は霊力が強ければ誰でもどの氣の力も操れるようになるが、それでもいずれかの氣が強く、扱いやすくなる傾向がある。お前の場合は、それが火氣だという事だ」
「──ふむ。差し詰め、オレは『炎使い』って事か」
勾玉を眺めながら呟く。
軻遇突智の焔を操り、自然の炎も使える。
どうやらオレは『燃やす』ことに長けているようだった。
「そのようだな。とはいえ、神の力を行使するのは人間の身では負担が大きいだろう。妖魔どもと戦う事になった時は極力方術を使うように心掛けろ」
「……神の力、か。……確かに人間が使うには大きすぎる力だ」
指摘されて低く唸る。
時間が経って自分の内側に宿る力の大きさを漠然と感じ取れるようになっていた。
その感覚からすると、昨日は無意識に初めて使った後は軽く掌に発現させた程度だったが、全力で軻遇突智の焔を発現させれば周囲を焼き尽くしてしまうだろう。それこそ草一本、虫一匹、全てを灰すら残らない状態で街一つ程度の範囲を焼き尽くしてしまう。
そして、その時はオレ自身をも焼き尽くしてしまうだろう。そう感じている。
「……軻遇突智の焔ですか。言霊の詠唱無しで使えたので便利そうでしたが、そこまで都合良くはなさそうですね」
「ああ。まぁ、そうオレが感じてるってだけだけどな」
軽く肩をすくめて言う。軻遇突智の焔に関してはまだ『使える』だけで、詳しい事はまだ自分でもよく分らないのが現状だ。
「……神の力と言えば今まで聞いた事は有りませんでしたが、素戔鳴さんの神の力はどういうものなんですか?」
冬矢はふと思いついたように疑問を口にしていた。
「む? 俺か? 俺の神の力は……そうだな。『強化』とも言うべきものだ」
「強化?」
「そうだ。物に使えば物の性能や物の強度を、自身や他者に使えば身体能力や肉体の強度を飛躍的上げる」
「ひょっとしてさっき雰囲気が一変したのは……」
「ああ。俺は分からんが、どうやら力を行使している間は雰囲気が変わるらしいな」
素戔鳴の雰囲気が変わったのは、どうやら気迫のみが原因ではなかったようだ。
「はぁ~、一口に神の力といっても色々あるんですね」
「まぁな。天照は占術による『予知』、月読は結界などの『守護』といった具合に異なっている」
占術や結界という超常能力に比べれば、俺のものは地味かもしれんがな。と続けた。
確かに素戔鳴のそれは地味に思える。しかし、肉体の限界以上の運動を可能とし、武器の切れ味を増し、防具は攻撃を弾く。単純な戦闘においては堅実で強力であるように思えた。
「……成る程。神の力について少しは分かった気がします。それで……その、神の力っていうのは、一人につき一つだけなんですか?」
「ああ。基本的に一つだけだ。それがどうかしたのか?」
「……いえ、少し気になる夢を見たもので……それも神の力のせいなのかなと……」
「夢?」
尋ねられて、オレは今朝見た夢の話をした。
「……成程な。〝迷いの森〟を目指せ……か」
夢の話を聞いた素戔鳴は、手を顎に当てて思案するように呟いた。
「知っているんですか?」
「一応な。ここから西に山を三つ越えた先の森をそう呼ぶ。古の巨大樹が残る広大な森でな……確かに、神獣が住まう聖域だとかなんとか聞いたような……」
「山を三つ……」
昨日のきつい道のりを思い出してげんなりとして項垂れる。しかも今度はそれを遥かに上回る距離だ。
「紅真さん。気持ちは分かりますが、手掛かりらしい手掛かりも無いんです。ここは駄目もとで行ってみるべきだと……」
冬矢の言う事は正しい。オレもこんな状況なのだから藁にでもすがりたい心境だ。
だが、それでも──
「遠いわ!」
オレの心からの絶叫が響いた。
気が付けば半年は放置してしまっていました。自分でかなりショックを受けています。思ったようにキャラが動いてくれず、納得のいくクオリティにもならない。かなりのスランプです。