【外伝】戦いの後に【香澄×悠樹】
本編では入りきれなかったエピソードを拾い上げた結果です。
恋愛色強め、出てくるのはタイトルに名前がある人物のみ。
多分戦いません、多分甘酸っぱいです……それでもよければ、どうぞ。
体育館裏での一悶着も終わり、雛菊からの提案で絶望に打ちひしがれたあたしは……気がついたら、生徒会室の机に突っ伏していた。
今日は活動も休みなので、稲月先輩や皆瀬君という馴染みのメンバーがいない。
あの場所で解散だったから、先輩も今頃家路だろう。
広い部屋の中、電気もつけずにぽつんと一人。夕日が傾き、部屋が赤から紺色へ染まっていく。
帰らなきゃ、帰って夕食の準備と予習を……そう思うけれど、もう少しここに一人でいたかった。
いや、だって、明日から毎日って、毎日って……。
「雛菊……ひどい……」
この場にいない彼女の名前を呟いても、現状は変わらない。
あたしは明日からも、今日のように誰かとペアを組んで『堕落者』退治だ。
先輩じゃ、ないんだよなぁ……。
せめて、同じ学校で気心のちょっとは知れた人なら、まだ気が楽なのに。
今日のことが、頭の中でフラッシュバックした。
降り注ぐハードル、剣を構えるあたし、その掌ににじんだ汗と、動機。
……怖かったのに。
逃げ出したいくらい、怖かったんだから。
「……かった、から……」
自分でも呟いていた。
怖かった。
こうやって言い聞かせないと、何かがおかしくなってしまうような気がしたのだ。
崩れた日常、取り戻せない何か。
あたしはずっと、この恐怖と背中合わせで生きていかなきゃいけないなんて……。
「とんだ罰ゲームだよ……贖罪にしては、重すぎるでしょ……」
「何が重すぎるんだ?」
「そりゃあ……って、えぇっ!?」
刹那、扉の方から聞こえた声に顔を上げた。
視線の先、電気のスイッチに手を置いた奥村先輩が、こちらを見つめている。
「どうしたんだ、今日は休みだぞ」
いつもと変わらない声に、思わず泣きそうになってしまった。
「し、知ってますよ! 奥村先輩こそ、帰ったんじゃ……」
「忘れ物を思い出したんだ。樋口もそうじゃないのか?」
「あたしは……まぁ、そんなところです」
あたしが話をはぐらかしたところで、先輩が電気のスイッチを入れた。
室内が明るくなり、押し寄せていた闇を吹き飛ばす。
そしてそのまま、こちらへ近づいてきて、
「座るぞ」
「……どうぞ」
あたしの正面に椅子を持ってきて、机を挟む形で腰かけた。
何これ……二者面談?
あたしがきょとんとした顔で先輩を見つめると、不意に、
「嫌だったら言ってくれ」
「はい? 何が――」
詳細を確認する間もなく、先輩の右手が、あたしの頭に触れた。
思ったよりも大きくて、暖かい掌。
心臓が一度、今までにないほど大きく波打つ。
「へっ!? あ、あのー、そ、その、奥村先輩!?」
「ダメか?」
「いや、ダメといいますかそのー……いきなり何かと思いましたものでっ!!」
そんな、子犬みたいな顔でしゅんとしないでください!
混乱して敬語もおかしいけれど、そんなあたしの問いかけにも、いつもより優しい顔で答えてくれる。
「樋口が、辛そうに見えた」
「奥村先輩……?」
「体育館裏で戦ってるとき、終わってから……俺には辛そうに見えたんだ」
ああどうしよう、泣きそうになる。
先輩はきっと、忘れものなんかしていない。そんな性格でもないし。
「俺の妹は、頭をなでると落ち着くから……あ、いや、すまない、樋口を小学生の妹と一緒にするのは悪いと思ったんだが……」
後半、何だかしどろもどろになる。初めて見るそんな先輩が可愛い。
きっと、妹さんのことが可愛くて仕方ないお兄ちゃんなんだろうなぁ……うん、全く想像出来ないけど。
あたしが何も言わないからだろうか、先輩は不意に手をどけると……その場でうつむき、ため息をついて、
「やっぱり、高校生相手にこれはダメだよな……」
何だか落ち込んでるし!
「そんなことないです! あたしは……嬉しかったですよ!」
本心からの言葉を伝えると、先輩がちらりとあたしを見た。
「だから、その、えぇっと……」
正直恥ずかしいけれど、これくらい甘えたって、今日は許されるような気がして。
あたしは、ほんの少しだけ、自分から先輩の方へ頭を突き出して、
「……もう一回、お願いできますかっ?」
言いながらも先輩を直視できず、うつむいたままじっとするあたし。
自分でも何を言ってるのか分からないんですけど、っていうか、どれだけ恥ずかしいことを頼んだんだあたしは!
やっぱり止めよう――そう言おうとしたあたしの頭に、先輩の優しい手が触れた。
一度だけびくりとしてしまったが、混乱していた心が、驚くほど落ち着いていく。
「……これでいいか?」
その言葉に、あたしは一度だけ頷いた。
「怖かったか?」
正直に頷いた。
「よく頑張ったな」
優しい声に、頷く。
あたしにはお兄ちゃんやお姉ちゃんがいないけれど、もしもいたら、こんな風に甘えられるんだろうか。
先輩の妹さん、羨ましいな。
「明日からも大変だと思うが……何かあったら、俺に相談して構わないからな。今更、遠慮はなしだ」
頷く。
先輩の手が、あたしの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「だから……あまり心配させないでくれよ、樋口」
声に出してお礼を言いたかったけれど……泣くことを我慢することに必死で、あたしはただ、頷くことしか出来なかった。
「そういえば先輩……忘れものって何ですか?」
教室を出る間際、あたしが何となく尋ねる。
あたしの隣りにいる先輩は、部屋の扉を閉めながら、ぼそりと一言。
「……泣きそうな後輩だよ」
「へ?」
聞きとれなかったあたしが首をかしげて聞き返すと、鍵を抜き、素知らぬ顔でこう言うのだった。
「さて、何だったかな……帰るぞ」
「え!? あ、ちょっと……待ってくださいよ!」
スタスタと階段を下りていく背中を、慌てて追いかけるあたしなのだった。