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【外伝3・樋口香澄編アフター】久那高肝試し~王子様なんか待てな……い?

 雛菊が『境界』を解除した瞬間、更に蒸し暑い夏の空気と自動車の音など、周囲の生活音や喧騒が戻ってくる。

 職員室やその他の教室にもチラホラと明かりが戻り、校舎内から出てきた生徒が、グラウンドでたむろしているあたし達4人に、訝しげな視線を向けていた。

 そういえば、先輩も椎葉も私服だ。制服の絢芽だって他校生なのだから……部活動も終わったグラウンドの中央で一体何をしているんだって感じだよね。ちなみに雛菊は既に消えているので問題なし。でも帰るのちょっと早くないか!?

 通常営業の雛菊はもう放っておくことにして……あたしは半歩後ろにいた絢芽に向き直り、様子を尋ねる。

「絢芽、調子はどう?」

「もう大丈夫ですわ。お騒がせしました」

 そう言って軽く会釈をしてくれたその笑みに普段通りの余裕が戻って来ているから大丈夫だろう、と、あたしも一安心だ。

 さて、とりあえず……ここから移動しよう。具体的には久那センにあるドーナツ屋さんにレッツゴー!!

 ……ってあれ、何か忘れている気がする。

「あ、ちょっと待ってて、カバン取ってくるよ」

 そうだカバンだ。あれがないと財布もないから何も食べられないし帰れない!!

 二人分のカバンは、何事もなければ資料室にあるはずだ。チラリと3階を見上げ、その部屋に明かりがついていないことを確認する。よし、誰もいないなっと。

 今すぐにでも走り出しそうなあたしに、絢芽が一声かける。

「でしたら、私も一緒に……」

「いいから絢芽はどこかで休んでて。あ、ついでに首のストラップも返却してくるよ。奥村先輩も椎葉も、わざわざ来てくれてありがとうございます。お疲れ様でしたーっ」

 絢芽が外したネックストラップを腕に巻きつけたあたしは男性陣に手を振ってから、踵を返して校舎に向かった。

 後を追いかけるのを諦めた絢芽は、ため息をついて一度背伸びをしてから、釈然としない表情の先輩と椎葉を見つめ、首を傾げつつ、この場の解散を告げることにする。

「本日はお疲れ様でした。では……」

 ごきげんよう、普段ならばそう続く言葉は、椎葉の無言の笑顔で打ち消された。

「有坂さん、何か?」

「いやいや絢芽ちゃん、何か、じゃないよね? うーん、これはちょっと場所を変えてお話が必要かなー」

「お話、ですか? でしたらまた日を改めて……」

「いやいやいや絢芽ちゃん、それはダメっしょ。と、いうわけで悠樹、あっちは頼んだ」

「分かった。先に久那センで待っててくれ」

 そう言った奥村先輩が、校舎に向けて歩き始める。

 後をおいかけようにも自分はこの学校の生徒ではないし、何よりも……隣で意味不明な笑顔の椎葉が見逃してくれそうにもない。

 チラリと彼に目線を向けると、笑顔の椎葉が絢芽を校外へ促した。

「さぁさぁ絢芽ちゃん、俺達は部外者だからさっさと出て行かないとね。そうだ、先に久那センに行って席も取りつつ、仲良く語り合おうじゃないか!!」

「そうは言われましても、私、財布などがカバンの中にありますので……」

「心配しなくても、後から2人とも合流するからさ。俺だって、絢芽ちゃんのおやつを立て替えられるくらいの金は持ってるぜ。それに、今の時間帯は混むから、先に行って席取りしとかなきゃ。と、いうわけで行くよー」

「ですが……」

「行・く・よー」

「……」

 合点がいかない絢芽だったが、椎葉の満面の笑みに気圧されて……とりあえず、久那高校を後にしたのだった。


 さて、場所は図書室、その隣の資料室にて。

 二人分のカバンを回収したあたしは、再度室内をチェックして、片付け漏れがないかどうか確認する。

 隣の図書室は既に誰もいない。図書室の鍵は巡回の先生が閉めてくれるので、あたしはこの資料室の鍵を職員室に返却すれば、今日の生徒会活動は全て終了だ。

「明日には、使えるようになってるといいけど……」

 この、目の前にある長机で作業した分の資料は、明日、全員揃って運べばいいよね。そもそも生徒会室が使えるかどうかも分からないし、プリントが積み重なって1人で運ぶには重そうだし。

 室内を改めて見まわってみても、特におかしなポイントはない。相変わらず薄暗くて、どことなくカビ臭くて……うん、早く帰りたい。

「よし、コレでOK、っと……」

「――まだ終わってないぞ、樋口」

「ひっ!?」

 刹那、背後から奥村先輩の声が聞こえたため、喉から変な声が出てしまった。

 いつの間にか資料室の出入り口に立っていた先輩は、扉を閉めてコチラへ近づいてくる。

 その表情は、普段通りの冷静な顔というか……いや、違うぞこれ、多分、静かに怒っていらっしゃる……!?

 ズカズカと室内を移動して、長机がある位置――要するにあたしの目の前までやってきた奥村先輩は、折りたたんでいたパイプ椅子を2脚組み立てて、向かい合うように置いた。

 その1つに腰を下ろし、もう一つにあたしを促す。

 逃げられるわけもなく……あたしも腰を下ろし、先輩と向かい合う形になった。

「あ、あのー……奥村先輩、どうかしたんですか? 生徒会の仕事ならちゃんと終わらせましたよ」

「そうじゃない」

 先輩は静かに否定すると、あたしを真っ直ぐに見据えた。

 その眼力に耐えられず、視線を逸らしてしまう。

「じゃ、じゃあ……さっきは風で吹き飛ばしてスイマセン、でした……でも、あんなところに先輩や椎葉がいるなんて思わなかったからっ……!!」

「そうじゃない」

「ふぇっ!? じゃ、じゃあ何ですか!? はっ、はっきり言ってもらわないと分かんないです、けど……」

 俯いたまま言葉を絞りだすあたしに、先輩は「顔を上げろ」と無機質に告げてから。

「どうして……何の連絡もなしにあんな無茶をしたんだ?」

 その言葉に、一抹の不安と……寂しさを感じた気がした。

 一瞬返答に詰まってしまったけれど、あたしは我に返り、大急ぎで言い訳を構築する。

「え? だ、だって、先輩は親戚の家に行くって聞いていたのでっ……!!」

「確かにそうだが、今日の午後には帰るとも伝えていたはずだ。それに、何かあったら連絡して欲しい、そう伝えていたつもりなんだがな」

「そ、れは……そうですが……」

「有坂から連絡を貰わなかったら、俺はここにいなかっただろうな。雛菊さんに確認したら、樋口が俺には連絡しなくていいと言ったと聞いているぞ」

 椎葉の奴、余計なことを……とは、口に出せないけれど。(実際助かったし)

 頼んだことと違うことをしたあたしを責めるような眼差しで見つめる先輩を、真っ直ぐ見つめるなんて、出来るはずもなくて……視線を泳がせたまま、言い訳になる言葉を絞り出す。

「……今回は先輩に頼らずに、何とかするつもりでした。お疲れのところを呼び出すなんて、その……なんか、申し訳なくて」

「そうやって気を遣ってくれたことは分かっているし、俺が樋口の立場でもそうしていたかもしれない、けど――」

「――スイマセン、でした」

 視線をそらしたまま、先輩の言葉を遮って口先だけの謝罪を呟く。

 それは当然先輩にも伝わっていて、目の前からこれみよがしなため息が聞こえた。


 頑張ったのに。

 あたしは先輩に頼らず(……最後は少し頼ったけど)、頑張ったのに。

 奥村先輩を呼ばなかったのは、先輩のことを思ったからだったのに。

 どうして、怒られなくちゃいけないんだろう。


 あたしは椅子から立ち上がり、机においたカバンを1つずつ手にとった。(右手に絢芽、左手にあたし)

「奥村先輩、話は終わりですか? そろそろ帰りたいんですけど」

 椅子に座ったままあたしを見上げる先輩は、どこまでも冷静にこう言う。

「……その態度はなんだ、樋口。納得してないって顔してるぞ」


 自分の頭に血がのぼったのが嫌でも分かる。

 あたしが、納得してないって顔をしてる?

 だって、だってだって、そんなの――


「当たり前じゃないですか!!」

 

 刹那、自分でも驚くくらいの大声を出していた。

 2人だけの室内で反響して消えた声にかぶせるように、あたしは言葉を続ける。

「どうしてあたしが先輩に怒られなくちゃいけないんですか!? 確かに、先輩の意向を無視して連絡しないよう伝えたのはあたしです。えぇそうですよあたしですよ!! でも、別に仲間はずれにしたかったわけじゃないし、家のこととかで疲れてるだろうなって思ったから……珍しくあたしが気を遣ったんですよ!?」

「分かってる」

「分かってないです、何も分かってませんよ!! だったら……どうしてわざわざそんなこと言いに来たんですか!? 連絡しなかったことへの嫌がらせとしか思えません!!」

 泣きそうになる自分を必死で自制して、自分のカバンを握る手を強く握りしめた。

 先輩は静かに立ち上がると、睨みつけるあたしを見下ろし、もう一度、ため息を付く。

 全く分かってないな、と、表情で訴えて。

「……俺達がどれだけ心配したのか、分かるか?」

「え……?」

「樋口が俺を気遣って連絡しなかったのは別にいいんだ。実際、俺が来ても来なくても結果は同じだったと思うし、状況を考えれば納得出来る。ただ……2階から飛び出してきた2人を見た瞬間、俺達がどれだけ心配したのか……分かっているか?」

 心配? 俺達? どういうこと?

 何やら微妙に話が噛み合っていない気配を感じる。キョトンとした顔で先輩を見つめるあたしに、彼は一歩近づいて……。

「いだっ!!」

 おもむろにあたしの額を指で弾く、要するにデコピンされたのだ……地味に痛い。

 両手がカバンでふさがっているので、防御も出来ないまま……今度は痛みで涙目にあるあたしの左手から、先輩はおもむろにカバンを奪い取り。

「樋口……午前中は課外授業があったのにカバンが軽すぎないか?」

 あたしのカバンが羽のように軽いことに、思いっきり眉をひそめた。

 ……辞書や参考書を学校に置いて帰っているなんて言えない……。

「ほっ、放っておいてください!! それよりもいきなり何ですかぁ……痛かったんですけど……」

「俺と有坂の心の痛みだ」

「はぁ……心の痛みですか?」

 さっぱり分からないあたしに、本日何度目なのか分からないため息を付いた奥村先輩は……何かを思い出したかのように顔を伏せ、どことなーく悲しそうな表情で理由を説明してくれる。

「高校について、有坂と合流して何とか相手の『境界』内に入り込めたのはいいが、校舎の中には入れなかったんだ。とりあえず全体が見渡せるあの場所に移動したら……2階の教室の窓が開いて、樋口と東原が飛び降りてきた。今になれば自分たちの能力を計算しての行動だと分かるが、あの時は……敵に攻撃されて外に吹き飛ばされたのか、逃げ場も助けもなくて自棄になっているのかと思ったんだ」

「……」

 ……確かに、いきなり校舎の窓から仲間が降ってきたら怖い。状況を想像したあたしは思わず先輩から目をそらし、顔を伏せてしまう。

「着地したかと思えば、事情の説明もなくまた校舎に戻るし、後を追いかけようにも大量の椅子と机が降ってきて……全部終わって説明があるかと思えばそうでもない。余裕がなかったのかもしれないが、そこまで蔑ろにされると流石に凹むぞ」

「それは……言い訳出来ません。スイマセンでした……」

 確かに、戦いが終わった後のあたしは脳内に妙なアドレナリンが出ていたというか、絢芽と2人だけで何とか出来たっていう妙な達成感と自信があって、折角助けに来てくれた奥村先輩と椎葉に嫌な態度を取ってしまっていたと思う。

 先輩の伝えたいことをようやく理解したあたしは、恐る恐る顔を上げて……あたしをいつもの苦笑いで見つめてくれる彼を見つめた。

 その顔に安心してしまう自分がいる。肩の力が抜けて、放心状態に近いあたしは……自分の中に浮かんだ疑問を恐る恐る尋ねてみた。

「心配して……くれたんですか?」

 先輩が浅く息をつく。

「さっきからそう言っているだろうが。樋口が俺の立場でも同じだと思うぞ」

「それは……そうですね。スイマセン、あたしまた1人で、視野が狭くなってて……」


 怖かった。

 あたしの油断がミスを誘い、結果として絢芽に辛い思いをさせてしまったから。


 ――香澄ちゃんに関わる人は、みんな不幸になっちゃうんだよ。


 同じ顔の違う誰かに、嘲笑された気がして。


「少しだけ、絢芽と離れ離れになってた時間があるんです。あたしの油断で絢芽が敵の攻撃を受けてしまって……何とかしなきゃって、肩に力が入っちゃって」

「そうだったのか。大変だったな」

「大変でしたよ、本当に。もう……1人はイヤです」

 しみじみと呟いて苦笑いを浮かべると、奥村先輩は笑顔であたしを見つめ……不意に、右手の人差し指で、あたしの額をつつく。

「だったら、次からはもっと早くに連絡をして欲しいところだな。俺達の間に遠慮はナシだ、それでいいだろう?」

「分かりました、けど……さっきからなんですか? あたしのおでこばっかり攻撃して……」

 ジト目で彼を見上げるが、先輩はあたしの額をつついた指で、自分の額を指差した。

「樋口はピンで前髪を止めてるから、何となくここが一番いじりやすいんだよ。前髪、切らないのか?」

「放っておいてください。今のヘアスタイルが気に入っているんです」

 前髪を切ったら、折角先輩からもらったこのヘアピン、はずさなくちゃいけなくなるじゃないか。

 ……なんて本音は言えないけど。

 しかし、個人的には意外だった。奥村先輩がこんなに……。

「奥村先輩が、そんなにスキンシップを取る人だなんて知りませんでした」

 そう、さっきからデコピンとか額を小突くとか、スキンシップ(?)が多めなのだ。全て額だという事実に多少の悪意は感じるものの、でも、何か変わったというか、いつもの先輩とは違う気がする。

 そんなあたしの質問に、彼はさも当然と言わんばかりの表情で答えをくれた。

「当たり前だろう。俺だって、誰にでもしてるわけじゃない」

「へ……?」


 誰にでもしてるわけじゃ、ない?


 2人きりのこの状況でこんなことを言われたら、さすがのあたしでも緊張してしまうよ!?

 だって、それはつまり……つまり……!?


 続きを期待して目を見開くあたしに、先輩は笑いをかみ殺し、言葉を続ける。

「樋口は……何となく華奈と同格に扱ってよさそうな気がしてるんだと思う。とはいえ……確かに今日は若干やりすぎたかもしれないと自分でも思ってるところだ。ゴメンな」

「……」

 えぇっと……奥村先輩、それはつまり、つまりですよ……!!

「それはつまり、私の精神年齢は華奈ちゃんと同じ小学生だということですか!?」

「俺の口からはこれ以上何とも言えないな」

「それってつまり認めてますよね!? いっ、いいですよ、華奈ちゃんは年齢の割にしっかりしてますからねっ……!!」

 喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からなくなってしまったあたしを放置して、先輩がくるりと背を向けた。

 そして、肩越しに振り返ってあたしを見つめ、普段通りの口調でこの場を〆る。

「樋口、そろそろ移動するぞ。まだ残るつもりか?」

「かっ、帰りますよ帰りたいに決まってるじゃないですか!! ったく、引き止めたのは奥村先輩なのに……」

 ブツブツ文句をいいながら、あたしは絢芽のカバンを持ち直し、空いた手でスカートのポケットに入っている部屋の鍵を確認する。そして、扉に向けて歩き出した先輩の後を追いかけた。

 やれやれ、ようやくこの部屋ともお別れ出来る――


「――ふぃいだっ!?」


 次の瞬間、扉の前で立ち止まった先輩の背中に思いっきりぶつかってしまった。

「す、スイマセン……どうかしたんですか?」

 突然壁になった先輩を見上げると、彼は振り向かないまま、あたしにだけ聞こえる音量で、ボソリと呟く。

「……約束、してくれないか?」

「約束、ですか?」

「ああ。今度から……何かあったら、俺に必ず連絡して欲しい。これ以上、自分の無力さを痛感したくないんだ」

 彼の顔が見えないので、どんな表情でこの言葉を口にしたのかは分からない。

 でも、その声音は普段の先輩とは違う、悲しいとか悔しいとか、そういう感情がにじみ出ているような気がした。

「無力だなんて……奥村先輩、大袈裟ですよ」

 笑い飛ばそうとしたあたしに、彼はゆっくり首を横にふる。

「大袈裟じゃない。星霜学園でも、プールでも……俺は、樋口を助けられなかった。それでいてコレだ、タイミングが悪かったとはいえ、流石に情けなくもなるだろう?」

 振り向かずに語る彼の背中が、いつもよりずっと、寂しそうに見えた。

 あたしは日頃から、奥村先輩に頼りすぎている気がして……だから頑張って自立できるよう、先輩の『仲間』として隣に立てるように努めてきたつもりだ。

 勿論今後もその努力は続けていくけれど……でも、少しワガママを言えば、それ以上に近づけると嬉しいって思っているから。

 あたしは精一杯の勇気で自分の額を彼の背中にくっつけて、軽く、目を閉じる。

「分かりました、約束します。次からは……どんな些細なことでも連絡しますからね」

「ああ」

「本当に些細なことでも連絡しますからね。覚悟してください」

「分かってる」

「言っときますけど、先輩もあたしに連絡する義務がありますからね。忘れないでくださいよ」

「忘れないよ、樋口じゃないんだから」

「ちょっ……!? ま、まぁいいです。もしも約束破ったら、あたしの言うこと何でも聞いてもらいますからね」

「それは、俺が樋口に対しても有効だと思っていいんだな」

「当然です。あたしたちは一蓮托生、運命共同体なんですから」

 そう言って彼から離れる。そして、振り向いた先輩をいつもどおりの表情で見上げて……。

「先輩、移動しましょう。絢芽と椎葉が待ってるんですよね?」

 あたしの言葉に、彼はいつもの冷静な……でもどこか満足そうにも見える表情で、首を縦に動かしたのだった。


「ちょっと待て樋口、帰る前に樋口のクラスに寄って行くぞ。カバンが軽すぎる……辞典とか持って帰ってないだろう?」

「いっ、いえそんな大丈夫ですよ先輩のお手を煩わせるなんて滅相もな……ゴメンナサイ……」


 学校を出て約15分後、久那セン内にあるいつものドーナツショップに、2人の姿を発見した。

「おっ、やっと来たな。香澄ちゃん、お疲れ様」

 店の角、テーブルに対して椅子が4つ(2✕2)の席に座っていた椎葉が片手を上げる。

 2人の前には既に食べかけのドーナツと飲み物があり、普段はホットコーヒー派の絢芽も、さすがに今日はアイスコーヒーを注文したようだ。

 テーブルに新しく二人分の飲み物とドーナツがあるトレイを置き、椎葉の隣に腰を下ろした奥村先輩が……斜め前で不機嫌そうな絢芽に、首を傾げた。

「東原、何かあったのか?」

「何でもありませんわ、お気になさらずに」

「……?」

 本人が何も言わないのでこれ以上追求も出来ない。あたしからカバンを受け取った絢芽は中身を確認して、財布を取り出した。

「有坂さん、先ほどのお代を払いますわ。レシートを見せていただけますか?」

「え、いいよ絢芽ちゃん、あれくらい俺が……」

「申し訳ございませんが、家族以外の人間に金銭的にお世話になるつもりはありませんの」

「じゃあ、俺は絢芽ちゃんの家族ってことでいいから」

「有坂さん、至極不愉快なので冗談は顔だけにしていただけませんか?」

「ちょっとヒドくない!? ったく、絢芽ちゃんは律儀だなー……」

 私服ズボンのポケットから折りたたみ式の財布を取り出した椎葉がレシートを探している間……絢芽の隣に腰を下ろしたあたしは、憮然とした表情の絢芽に横目で問いかける。

「な、何かあったの?」

「何でもありませんわ」

「何でもないって顔してないんだけど……どうせ、椎葉がまたいらぬちょっかい出したんでしょ? 絢芽、いっつも聞き流してるじゃない」

 喉が乾いたので自分のコーラをすすりつつ、今度は椎葉を横目に見やる。

 あたしの視線に気づいた椎葉が、口元にニヤリと笑みを浮かべて……。

「絢芽ちゃんはご機嫌斜めなんだよ、俺にたしなめられたからね」

「へ?」

「有坂さん!?」

 絢芽が焦りの声をあげるが、そんな彼女へレシートを突き出した椎葉は、勝ち誇った顔で言葉を続けた。

「さっきの戦い、確かに俺も気付くのが遅くなって出遅れたけど、でも、何の説明もなく突っ走るのは香澄ちゃんだけにして欲しい、絢芽ちゃんまで悪影響を受けないで欲しいってね」

「ちょっと椎葉!?」

「確かに……先ほどの私は香澄さんに流されて冷静さを欠いていたと思います、それは認めますわ」

「絢芽まで!?」

「ですが、私を香澄さんと一緒にされるのは心外です」

「それで怒ってたの!?」

 な、何だか話の流れがあたしに対してヒドいんですけど!?

 視線で目の前の奥村先輩に助けを求めるが……先輩は烏龍茶を飲みながら手元のスマートフォンをチェックしている。こ、こっちなんて見てくれない!!

「い、いいわよ別に……あたし、風使いだし、特攻隊長だしっ!!」

 自分でもよく分からない言い訳(?)を口にして、チョコドーナツを半分かじった。

 そんなあたしを絢芽と椎葉が苦笑いで見つめて、それぞれに溜息をつく。

「香澄ちゃんて、本当に……」

「調子が狂いますわ」

 そう言って椎葉に小銭を手渡した絢芽は、スマートフォンをポケットにねじ込んだ奥村先輩に視線を向ける。

「それにしても、思っていたより時間がかかりましたわね、奥村さん。樋口さんにお説教でもしていたんですの?」

「仲間としての苦言を呈しただけだ。それに、俺も東原に言いたいことはあるんだが……既に有坂が伝えてくれたはずだからな」

 そう言った先輩に、絢芽はペコリと頭を下げた。

「今回はお手数をおかけしました。いくら非常事態だったとはいえ、冷静さを欠いていましたわ」

「絢芽ちゃん絢芽ちゃん、俺にはそんなこと言ってくれなかったよねー?」

「あら、心の中でお伝えしましたわよ」

「口に出さなきゃ伝わらないことって多いんだよ絢芽ちゃん……」

 ガクリと肩を落とした椎葉だけど、その表情はちっとも残念そうではない。普段通りの絢芽が戻って来たことを感じて嬉しそうな気さえする。

 そんな3人を見ていると、自然と顔が緩んでしまった。

 やっぱ、この4人でいる空間は……かけがえがなくて、あたしにとって本当に大切なんだって思う。

 だからこそ、これからも――守るために全力で戦おう。

 あたしは1人、決意を新たにして……残りのドーナツを口に入れるのだった。

香澄がヘアピンをつけている理由を知りたい方は……ブログ版に掲載している外伝も読んでね!!

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