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【外伝3・樋口香澄編】久那高肝試し~王子様なんか待てない!!

 ……がしゃん。

 扉が無機質に施錠された音は、あたし達まで届かなかった。


「……あれ、鍵が……」

 あたし――樋口香澄は、銀色のドアノブに両手をかけ、ガチャガチャと少し強引に動かしてみた。

 変化はない、というか、何かが引っかかって動かない感触がある。要するに、施錠されているのだ。

 世間的には夏休み、週の始まり月曜日。時刻は確か午後6時過ぎくらいだろうか……人が誰も来ない空間で長い時間作業をしていると、時間感覚も狂ってしまう。

 ここは、久那高校の図書室隣にある資料室。可動式の棚には古い本や写真、ビデオテープなどが保存されており、全体的にカビ臭い。部屋の隅ならば長机を2脚置いて、ちょっとした作業も可能。でも狭い。

 普段は生徒会室で色々な作業を(今は主に夏休み明けの文化祭に向けた諸々)しているのだけど、今日は生徒会室で突発的な雨漏りが発生し、急遽、普段使われていないこの部屋を間借りすることになったのだ。

 カバンに潜ませた携帯電話の画面で確認すると、時刻は午後6時10分だそうだ。ほら、やっぱり6時を過ぎていた、自分の勘に1人で感心しつつ……違う違う、そうじゃないと気持ちを切り替える。

「香澄さん……どうしたのですか?」

 あたしの後ろにいる絢芽が、訝しげな声で問いかけた。紺色セーラーな星霜学園の夏服に、首から外部許可制の証であるネックストラップをぶら下げ、髪の毛を珍しくポニーテールに結いあげている。

 今日は不幸にも残りの久那高生徒会メンバーが(といっても3人しかいないけど)それぞれの事情で生徒会活動に参加出来ず。しかし、文化祭の準備は進めなければならないため……あたしが事前に絢芽にアポを取り、午後から手伝ってもらっていたのだ。

 無事に本日分のノルマも達成したため、帰りは久那センで少し休憩してから帰ろう……なーんて話をしていたというのに。

 あたしは改めてドアノブを見つめた。このノブは内側――要するにコチラ側――ら自由に鍵の開閉が出来るようになっているのだけど、今のところ鍵は開いている状態だ。試しにココをガチャガチャ動かしてみたけど、特に変化はない。

 鍵が壊れた? でも、どうしていきなり?

 理由は全く分からないけれど、この部屋の出入り口はこの1箇所のみ。窓は空気を入れ替える出窓が上の方についているだけだし、何よりココは3階なので、大きめの窓があったとしても出入り出来ない。資料を保護するためなのか、基本的に日光が入らないようカーテンが閉じられているので、1日中蛍光灯の明かりが必要な部屋なのだ。

「絢芽ゴメン、ちょっと勝手に鍵がかかっちゃったみたいで……おーい先生、せんせーいっ!!」

 あたしは大声を出して扉を叩き、向こう側にいるであろう図書館司書の先生に呼びかけた。

 ……あれ、無反応? まさか帰った? いやいやそんなことはない……と、思いたいけど……この部屋、確かに普段は全くと言っていいほど使われないから、先生があたし達の存在を忘れて帰ってしまった可能性はゼロではない。

「うぇぇ……じゃあ、内線で職員室に連絡するしかないか……」

 あたしは一旦扉から離れ、扉の脇にある内線電話の受話器を握った。そして、括りつけられたカードから職員室の番号を探し、プッシュするのだが……あ、あれ……?

「……っていうか電話通じてないし!!」

 受話器から何の音も聞こえず、案の定、ボタンを押しても無反応。

 苛立ちから受話器を乱暴に戻すあたしの隣に絢芽が立ち、改めて、ドアノブをガチャガチャと動かした。

 そして、携帯電話で久那高校の代表番号を調べるあたしに、険しい目つきを向ける。

「香澄さん、これは恐らく……意図的に閉じ込められたのだと思いますわ」

「へ?」

「そもそも、こんなアナログな鍵が勝手に壊れるなんて考えられませんし、いくらこの部屋が普段使われていないとはいえ、鍵と内線電話が同時に壊れる可能性も低いと考えるべきです。そして、ここには私達2人だけが残されている……これは故意です」

「え? 恋? ラブ?」

「そういうボケはいりませんわ。それに……周囲が静か過ぎます。まるで、校舎全体が何かに囲まれているような気がしますの」

 確かに、先程まではどこか遠くに聞こえていたグラウンドの声や、廊下を歩く音も聞こえない。まるで、この世界にはあたし達2人だけしかいないみたいで……。

「それって、つまり……あたし達は閉じ込められたってこと?」

「最初にそう言ったではありませんか」

 絢芽が冷たい目であたしを睨み、きまりが悪くなって視線をそらす。

 しかし……面倒なことになってきたぞ。


「あらまぁ……2人して閉じ込められたんですかー?」

 何とびっくり、ダメ元でかけた雛菊への電話は通じたため、とりあえず助けてコールをしてみた。

 スピーカーフォンにしているので、雛菊の声は隣にいる絢芽にも聞こえている。夕方の地域ニュースをBGMに、雛菊があっけらかんと言葉を続けた。

「それは大変そうですね」

 終わり!?

「どうして他人事なのよ!! 困ってるんだから助けに来てよね!!」

「ですが、既に『結界』的なものがあってお2人が隔離されているのであれば、私が行く必要もないような……6時半からのUMA特番、見たいんですよね」

「仕事を放棄するなっ!! とにかく来てね、来なかったら恨むから!!」

 電話越しに怒鳴ると、向こう側で露骨に大きなため息が聞こえてきた。

「ハイハイ分かりました。では、悠樹さんと椎葉さんにも連絡して――」

「――あ、ちょい待ち雛菊、奥村先輩は今日ダメ」

「え? どうしてですか?」

「奥村先輩、一昨日から今日まで、市外の親戚の家に行ってるはずなの。もしかしたらもう帰ってきてるかもしれないけど、まだ移動中かもしれないし……疲れた状態でいきなり呼び出すのは申し訳ないよ」

 そう、奥村先輩が今日、生徒会に参加出来ない理由はそれなのだ。移動手段までは聞いていないけど、電車にしろ車にしろ、全てひっくるめて疲れているに違いない。

 明日からはまた、課外授業と生徒会、『干渉者』としての日々が嫌でも戻ってくる。今日くらいはせめて休んでもらいたいから。それに、先輩がいなくても椎葉がいるしね。

「それに椎葉なら多分大丈夫……」

「……有坂さんも、今回は期待しないほうがいいかと思いますわ」

「へ? 絢芽?」

 急に横から口を挟んだ絢芽に、あたしは目を丸くしてしまった。

 あの、あの絢芽が……椎葉の予定を知っているなんて!! 椎葉になんかミジンコほども興味がないと思っていたのに!!

 そういえば、先日の夏合宿でも、2人は一緒に早朝ランニングをしたんだっけ。帰ってきた2人の空気感が何となくこれまでと違う気がして、何かあったのかと尋ねたいけれど聞けていないチキンなあたし。そうだ、それも含めて久那センで話を聞きたかったのに!!

 いや、今はそんなことどうでもいい。絢芽に言葉の真意を尋ねると、彼女は冷静に言葉を続ける。

「山岸さんからの情報なのですが、今、『灰猫』で1件、大きな問題を引き起こすかもしれない集団を調べているそうなんです。私もあまり詳しくは聞いていませんが、その調査等で連日お忙しいようで……加えて、夏休みの日中もアルバイトをしていると仰っていましたから、もしかしたらすぐには連絡がつかないかもしれません。戦力として数えるにはリスクが高いですわ」

「そ、そうなんだ……絢芽、詳しいね」

 『灰猫』の事情も椎葉の事情も知らなかった。目を丸くするあたしに、絢芽が不満そうな表情で溜息をついた。

「……不本意ながら詳しくなってしまいましたの。と、いうわけで、今回は私達だけで何とかしますわ。雛菊さん、バックアップをお願い致します」

 彼女の凛とした声に、電話の向こうの雛菊が重たい腰を上げたのが分かった。

「要するに女子会ということですね。では、とりあえず現場に向かいます。久那高校ですよね。着いたらまた連絡しますので、目の前のドアとか壊しちゃっても大丈夫ですよ。よろしくお願いします★」


 雛菊の許可が出たところで、あたしと絢芽はカバンを一旦部屋の床に置いた。

 正直、こんなに恐ろしい女子会は辞退したいところなのだけど……そうも言っていられない。これから少し派手に立ち回るから、邪魔になる荷物は後で回収すればいい。最悪、明日になっても構わない。

 まずは事の元凶を探るため、この部屋から――出る!!


「――颯!!」

「――雫!!」


 それぞれに相棒の名前を呼んで、右手にお馴染みの剣を携える。

「とりあえず扉を吹っ飛ばす!! 踊れ・颯!!」

 あたしが『颯』を振り下ろすと当時に生まれた旋風が目の前にある扉を豪快に吹き飛ばし、隣室に吹き抜けていった。

 拍子抜けするほど簡単に壊れた扉に違和感を感じつつ、とりあえず資料室から脱出。人気のない図書室に移動する。

 既に電気が消され、室内に人の気配などない。いくら窓が大きくても、ここは3階なので周囲の明かりも届きづらく……夏の夕方とはいえ、薄暗い、何か出そうな不気味な雰囲気があった。

 あたしの後ろから続く絢芽が隣に立ち、周囲を警戒しつつ、出口となる引き戸の方へ足を向けた――次の瞬間!!


「ひっ……!?」


 珍しく、絢芽が声を引きつらせる。

 何事かと思って彼女の方を見たあたしもまた……その事実を目の当たりにして、さすがに体が硬直してしまった。

「ほっ……本が、いっぱい浮いてる!?」


 そう、まるで1冊1冊の本が自我を持っているように、ページを両翼に見立て、バッサバッサと宙に浮いていたのだ。

 しかも1冊ではない。数十冊の本が宙を漂い、あたし達と出入り口の間を塞ぐように……違う、これはもう既に……!?

「囲まれてる……!!」

 既に気付いていた絢芽も動きを止め、左足を一歩引き、腰を落とした。

 正直、何をどう斬ればいいのか、何をめがけて攻撃すれば良いのか分からないけれど、でも、この空間に巨大な力というか、今回の騒動の親玉はいないような気がしていた。なので、今はとりあえず……この部屋から外に出た方がよさそう。

「絢芽、とりあえずここを出よう。多分、あたし達が倒すべき相手はここにいないよ」

「同感ですわ」

 絢芽の同意も取り付けたところで、あたしは絢芽の前に立ち、『颯』を大きく振り上げて。

「じゃあ、面倒なんでここの扉もぶち破る!! 踊れ・颯!!」

 宣誓と共に再び振り下ろした刃から風が生まれ、軌道上にいた本と一緒に、図書室の出入り口である引き戸を豪快に吹き飛ばした!!

 同時に床を蹴り、部屋の外に出る。非常灯のみの薄暗い廊下は、普段の穏やかな雰囲気はどこへやら……不気味で異質、先の見えない廊下の行き着く先は異空間かもしれない、なんて、バカバカしいことを考える始末だ。

 さて、とりあえずどこに行こう。そもそも、今回の黒幕は一体どこに――

「追ってきますわ!!」

「うげっ!?」

 絢芽の鋭い声に視線だけ図書室に戻すと、バッサバッサとページを羽ばたかせる蔵書達が、先程よりも気配を鋭くして、あたしたちを狙っている。

 正直、本に体当たりされても大したダメージではなく、「ちょっと痛いな」程度だと思うけれど……それが数十冊も続いたら、地味に色々削られそうだ。

「とりあえず1階に行こう。敵の本体も分からないし……一度雛菊と合流した方がいいかも」

「了解しました。では香澄さん、エスコートをお願いしますわね」

「へっ!?」

 『雫』を構えた絢芽が、横目でチラリとあたしを見やる。そ、そうだ、ここは久那高校……あたしが絢芽をリードしていかなきゃ!!

「えぇっと、ここは図書室だから3階で階段が……」

「だから追ってきますわよ! 散れ・雫!!」

 あたしが脳内で校内マップを思い出している間に、図書室から出てこようとした空飛ぶ幽霊本達を、絢芽の『雫』がびしょ濡れにする。悲しいことに本は濡れると重くなるので、しばらくは飛べないだろう。

 刀身に残る水滴を払い落とし、絢芽がジト目であたしを見つめた。

「香澄さん、しっかりしてくださいませ」

「ご、ゴメンってば!! もう大丈夫だから!! さあ、コッチにある階段で一気に降りよ……」

 そう言ってあたしが指差した先、暗くて階段のある突き当りまで見えないけれど……その闇の中に浮かび上がる複数の影には気づかざるをえない。

 しかも……何なんだこの学校の怪談は!!

「や、やっぱり……人体模型とガイコツが動くのはお約束だよねっ!!」

 あたし達の行く手を阻むように(実際そうなんだろうけど)、闇の中から浮かび上がったのは……どこから歩いてきたのか、人間の臓器がよく分かる人体模型が1体、人間の骨格がよく分かるガイコツが1体、そして……。

「後は、バレーボールに机に椅子に……うぇぇ、数えたくない……」

 とりあえず周囲の教室にあったものを片っ端から操って向かわせてみました、的な、全く統一感のない敵集団があたし達の行く手を阻む。特に机と椅子の数が多いため、仮に『颯』で蹴散らしたとしても、その場で積み重なってバリケードになりそうな雰囲気だ。

 じゃあ反対側の階段から、そう思って回れ右をしたあたしは、ほぼ同じ光景を目の当たりにして……すっかり挟み撃ちされていることにゲンナリするしかなかった。

「あ、絢芽、どうしよう……」

 背中合わせで警戒する絢芽へ肩越しに尋ねると、彼女は廊下の奥を真っ直ぐ見据えたまま、冷静に返答する。

「とりあえず強行突破しかありませんわね。この現象を創り出している元凶がいるはずですもの。ただ……蓮華さんや妹さんの気配は感じませんわ」

「あ、やっぱり? ってことは、亜澄とは関係ない『堕落者』ってことだよね……」

 それはあたしも薄々感じていた。今も校舎内全体に漂っている不穏な空気……でも、その中に亜澄や蓮華の気配は感じない。こう何度も手合わせしていると、その気配があれば気付けるようになってきたのだ。あたしだけじゃなくて絢芽も同じ意見だということは、ここには蓮華も亜澄もいない、学校に潜んでいた『堕落者』がいるということになる。うぅ、あの2人が絡んでないならそこまで手がかからないかもしれないけど、今日は午前中から学校にいるというのに、ちっとも気づかなかった……。


「――香澄さん!?」

「え?」

 絢芽の鋭い声が耳に届いた次の瞬間、これまで様子を伺うように宙をフワフワと漂っていた椅子と机が1セット、急にスピードをつけてコチラへ向かって飛んでくる!?

「うわっ!?」

 咄嗟に体を捻って避けられた、あたしはそれでいい、だけど……。

「かはっ……!!」

「絢芽!?」

 あたしが受け止めずに避けたということは、椅子も机もそのまま直進して……丁度振り向きざまに攻撃しようとしていた絢芽を、体ごと豪快に吹き飛ばした。

 華奢な体が宙を舞い、ドサリと音を立てて廊下に転がる。

「絢芽!!」

 彼女を助けようと踵を返した瞬間、背中に鈍い痛みを感じて……あたしの意識は、闇に沈んだ。





「うぐっ……」

 どれくらい意識を失っていたのかは分からない。ただ、先程よりも闇は濃くなり、確実に、夜が深くなっている。

 図書室の床に転がっていたあたしは、痛む体を庇いながら立ち上がった。

 『颯』は、ない。恐らく先ほど倒れた時に手を離してしまったのだろう。

「あや、め……?」

 ようやく暗闇に慣れてきて、視界も良くなってきた。ただ、濡れた本が崩れ落ちたままの図書室に絢芽の姿はなく、また、周囲に感覚を研ぎ澄ましても、何かが蠢いているような、不穏な気配もなくなっていた。

 先ほどの敵の中には人体模型とガイコツがいた。彼らが気を失った絢芽をどこかへ連れ去ったとしても、何の不思議もない。

 絢芽が――いない。

「あたしが……あたしの、せいだ……」

 思えば今日のあたしはただのお荷物だった。絢芽をエスコート出来ず、敵の攻撃にも気付けないまま自分の保身を考えて、それで……。

「……駄目だ、今は反省してる時間なんてない!!」

 後から絢芽にしっかりお説教してもらおう。そう心に決めたあたしは、スカートのポケットに入れている携帯電話を引っ張りだした。

 幸い壊れている様子もなく、暗闇ではやたら眩しく感じるいつものディスプレイが、午後6時55分を示している。

「とりあえず……雛菊、着いたかな……」

 1人が急に不安になり、あたしは、先ほどかけた番号にリダイヤルした。


「そうですか、絢芽さんが……」

 今度も問題なく通じた雛菊ホットライン。彼女に現状を説明すると、電話の向こうでため息をついたのが分かった。

「私も今、久那高校の門の前にいるんですけど……コレ、やったら強い『境界』が設定してあって、外側から無理やり干渉すると、内側にも悪影響を及ぼしそうで怖いんですよねー……」

「内側に悪影響って……どんな?」

「具体的にはやってみないと分からないんですけど、校舎ごと潰れるとか、校舎ごとバーンってなるとか」

「分かった、雛菊は無理しなくていいから」

 その先にある最悪のバッドエンドを想像して、あたしは雛菊を戦力から除外する。

「となると、あたし達が元凶を見つけて攻撃するしかないってこと?」

「それが一番ベストでしょうね。一応、椎葉さんには連絡しておいたんですけど留守番電話でした。折り返しの連絡もありません。『干渉者』の第一段階くらいの弱い術なら、一度攻撃して隙間を作れそうなんですけどねぇ……」

「だったら、雛菊も使う術の効力を弱めればいいんじゃないの?」

「無理ですよ。自分、不器用ですから」

「……」

 雛菊に繊細なコントロールを期待したあたしがバカだった。

 しかし、これで益々あたしが何とかしなければならなくなったぞ。とりあえず今は、いなくなった絢芽と合流しなくては。

「分かった、とりあえず絢芽と合流するから……雛菊、絢芽がどこにいるか分かる?」

「そうですねぇ……何だか校舎の真ん中あたりに良くない気配を感じますよ。2階、だと思いますが」

「了解。じゃあ、一旦切るね。また何かあったら連絡するから」

 珍しく雛菊から有益な情報を引き出せたあたしは、電話を切り、携帯電話をポケットに片付ける。

 そして――


「――もう一回いくよ、颯!!」


 自分へも気合を入れた一言で相棒を呼び戻し、何となく体に感じた負荷に気付かないフリをしながら……あたしは薄暗い図書室を後にした。


 さて、静まり返った3階の廊下を抜け、階段を降りてきた、んだけど……。

「うはー……」

 階段を降りてきた直後、まるで防火シャッターが閉じているかのように……机と椅子とその他様々な備品が折り重なり、バリケードを作っている。

 これらが動き出す様子はないけれど、時間の問題だろうなぁ……。

 2階もシンと静まり返っており、絢芽が立ちまわっている様子はない。と、いうことはまだ彼女は気を失っているということになる。もしも怪我をして動けないのであれば、多少のリスクを追ってでも雛菊に突入してもらわなければならない。

「絢芽……」

 悪い想像をする頭を振って、息を吐いた。最悪のことは考えないようにしよう。第一、そこまでの変化があれば雛菊も気がつく……よね、多分、きっと……。

「あーもー雛菊には頼らないっ!!」

 これはあたしの負債だ。しっかり回収しないと……絢芽の隣で戦えない。

 と、いうわけで。

「邪魔だから吹っ飛べ!! 疾風怒濤!!」

 出し惜しみなんかしない。あたしが『颯』から繰り出した竜巻は、目の前にあるバリケードを巻き込み、蹴散らしていく。

 以前は使う時に違和感を感じていたこの術だけど、あの合宿の成果もあり、今では問題なく使うことが出来るようになっていた。

 ただ、連続で『颯』を出したことと相まって、体の疲労感が普段よりヒドいけど……でも、まだ走れる、まだ動ける!!

 散らばった机と椅子を避けて2階廊下へと突入。廊下の長さは目測50メートルくらいだろうか、この階は主に2年生の教室が並んでいるため、窓と扉が同じ間隔でずっと奥まで続いている。あたしは闇の深くなる廊下を走りながら、大声で彼女の名前を呼んだ。

「絢芽ぇっ!! どこにいるの!? いたら返事して!!」

 既に敵にあたしの存在はバレているので、開き直って声を張り上げてみたところ……。

「……さ、ん……す……さ……!!」

「っ!?」

 廊下の奥から声が聞こえる。あたしは立ち止まって感覚を研ぎ澄ませ、違和感が潜む場所を探し始めた――次の瞬間!!


 がしゃんっ!!


「――ふわっ!?」


 廊下に面した窓を突き破り、教室内から先ほどの人体模型があたしの目の前に飛び出してきた。

 距離は目測10メートル程度。奴は足元に散らばるガラスをバキリと割りながら、あたしの方へ近づいてくる。

「――香澄さん!!」

「絢芽!?」

 人体模型が飛び出してきた教室から、絢芽の声が聞こえてきた。彼女が出てこないということは、手足の自由が利かない可能性が高い。と、いうことは……。

「まずは目の前のコレを何とかしなくちゃいけないわけか……」

 背後には、先ほど蹴散らした机と椅子がジワジワと復活して近づく嫌な気配を感じている。長引くのは不利だ、まずは――!!


「先手必勝!! 疾風怒濤!!」


 『颯』を下から上へ振り上げ、もう一度、竜巻を創りだす。目の前の人体模型だけを的確に攻撃して吹き飛ばした風が、そのまま廊下を駆け抜けていった。

 術が決まれば呆気無いものだと思いつつ、あたしはそのまま前進して、怪しい教室への引き戸を豪快に開く。

 見事に机と椅子が散乱している室内、その中央に、絢芽が座り込んでいた。

 あたしの顔を確認した彼女の顔が一瞬緩み、そして――


「香澄さん後ろです!!」

「分かってる!! おどっ……踊れ・颯!!」


 一瞬、視界がグニャリと歪んだ。でも気合で立て直し、あたしは振り向かないまま後方へ『颯』を凪ぐ。

 そこから生まれた風の刃が、背後から襲いかかろうとしていた机と椅子を再び遠くへ吹き飛ばした。

 ふ、ふんっ……! 何度も同じ手でやられたりしないんだから!!

「絢芽、大丈夫!?」

 改めて彼女へ近づくと、立ち上がった彼女が両手を前へつきだした。

 絢芽の両手は誰のものだか分からないジャージ(スボン)で拘束されており、自由に動かすことが出来ない状態。

「申し訳ありません……これを外していただけますか?」

「了解、っと……」

 『颯』の刃をカッターみたいにジャージに押し当て、ブチッと切る。あ、あとで全部雛菊が再生してくれるはずだし……多分……。

 両手の自由を取り戻した絢芽が、手首をほぐしながらため息を付いた。

「助かりましたわ。そして、ご迷惑をお掛けしました」

 座ったまま深々と頭を下げる絢芽に、あたしの方が萎縮してしまう。

「そ、そんなことないよ、元はといえばあたしの不注意だし……体は大丈夫?」

「さすがに背中が痛みますが……そうも言っていられませんわね」

 頭をあげた絢芽が、鋭い眼光で廊下を睨みつける。

 うん、何となく気付いていた……先ほど蹴散らしたはずの人体模型や机、椅子、ガイコツ、その他有象無象が廊下を埋め尽くし、室内へ突入のチャンスを伺っているのだ。

 うぅ、やっぱり親玉を潰さないとダメか……。

「絢芽、とりあえず雛菊は近くまで来てるんだけど……中には入れないみたいなの。今回の親玉がどこにいるか分かる?」

「そうですわね……周囲の気配が邪魔をして正確には特定出来ていないのですけど、やはり、足元により強い気配を感じます。怪しいのは1階ですわ」

「と、なると……この部屋を突破する?」

 正直しんどいけど、でも、やっぱり正面突破するしかないか……!!

 『颯』を握る手に力を込めたあたしを見つめ、絢芽は首を横に振った。

「それが出来ればいいのですが……ゴメンなさい、やはり先程の痛みが気になって、正直今は、『雫』を出すことにも億劫になっていますの」

「えぇっ!? じゃ、じゃあ……どうすれば……どーんと吹っ飛ばす、吹っ飛ばせばいい!?」

 まさかの絢芽が自ら戦力外宣言!? こ、こうなったら教室と廊下の間にある壁を破壊してでもあたしの風で吹き飛ばすしか……!!

 パニックになりかけたあたしを、絢芽は上目遣いでじぃっと見つめて……。

「……この痛みの責任、とって下さいますか?」

 こんなことを言った。


 と、いうわけで。

 樋口香澄、責任とります!!


 あたしは左手で絢芽と手をつなぎ、右手に『颯』を持ったまま……教室の窓際まで移動した。

 絢芽が窓を開くと、夏の夜風が髪を揺らして室内を駆け抜けていく。

 窓の外はグラウンドが広がっており、今は当然のように誰もいない。

「ほ、本当に……やるの?」

 チラリと隣の彼女を見やると、絢芽はあたしと視線を合わせずにこんなことを言ってのける。

「ええ。香澄さんなら何とか出来ますわ」

「投げやりすぎるんですけど……」

「投げやりにもなりますわよ。週明けで夏休みの午後から他校に駆りだされたかと思ったら閉じ込められて、正体の分からない『堕落者』に襲われて、味方からは文字通り背中を撃たれて」

「……スイマセンでした」

 絢芽の愚痴に反論出来るはずのないあたしは、小さくなって謝ることしか出来ない。

 そんなあたしを意地悪な流し目で見やる絢芽は、右手人差し指を立てて、こんなことを提案した。

「悪いと思っているのでしたら、この後、久那センでドーナツでもご馳走してくださいませ」

「了解。じゃあ――終わらせよう!!」

 この声と同時に、あたし達は敵に背中を向け、開いた窓のサンに片足をかける。

 そして――


「――押し出すからしっかり握ってて!! 踊れ・颯!!」


 あたしが声を張り上げた瞬間、後ろから猛烈な圧力がかかり、あたし達の体が宙に放り出される。

 スローモーションみたいな錯覚、夜といえども昼間の気配が残る、むせ返るような熱気を押しのけて飛び出した次の瞬間――目に飛び込んできたのは、とても綺麗な星空だった。

 しかし、すぐに我に返る。恐らく3階建て校舎の屋上くらいの、予想以上に高い位置まで飛び上がってしまったのだ。背中を(文字通り)押してくれた風の効力が弱くなっていくことをヒシヒシと感じながら次の準備に入る。まずは着地点となる足元を確認、数十メートル下に広がる地面と小さな人影✕2に足元がゾクリと冷える感覚。


 ……ん? 人影!? しかも複数!?


「――っ!?」


 誰? 誰誰誰!?

 雛菊? でも2人? 2人ってことは亜澄と蓮華? 下であたし達を待ち構えてる的な!?

 予想外の人影を発見したあたしの脳裏は一瞬でパニックになってしまう。

 刹那、左手を強く握られた。

 それだけで我に返れるあたしは、この数ヶ月、彼女と共に場数を踏みすぎてしまったかもしれないけど。

 でも――今は、下にいる人ゴメンナサイ、ちょっと吹き飛ばします!!


「そこにいるのが悪いっ!! 踊れ・颯!!」


 あたしは『颯』を自分の真下に向けると、本日何度目か分からない術を運動場に向けてぶっ放した。

 そして、その瞬間に『颯』を放り投げると、両手で絢芽を抱きしめ、地面に背を向ける。

 次の瞬間、唐突な突風が地面に叩きつけられ、下からも凄まじい風圧が襲い掛かってきた。

 その風圧が、いい感じにあたし達の落下速度を落としてくれて……いや、それでも十分早かったけど……何とか、何とか地上に着地することに成功。

「ゲホッ……よ、良かった、生きてる……」

 少しえぐれて砂埃の舞う地面に尻もちをついたあたしは、自分が五体満足であること、そして、腕の中にいる絢芽が安堵の息をついたことを確認。全身の力が抜けた。

「あ、絢芽……大丈夫?」

「……生きていますわ」

 あたしの右肩に額をつけた絢芽が、制服の端を握りしめて、もう一度大きく息をついた。


 刹那、消えかける砂埃の向こうから、足音が聞こえてきて……。

「ちょっ……樋口、東原、一体何がどうなってるんだ?」

「あやっ、絢芽ちゃんと香澄ちゃんがただならぬ関係に!?」

 共に剣を持って砂埃にまみれている奥村先輩と椎葉が、目を白黒させつつ、えぐれた地面の中央で抱き合っているあたし達の方へ近づいてきた。

 しかし、今は……事情を説明している時間が惜しい。

 まず先に立ち上がった絢芽が、スカートのプリーツを整えつつ、あたしに向けて右手を差し出してくれた。

「やはり、外に出て正解でした。分かりましたわ」

「だね。あたしもようやく分かった」

 その手を取って立ち上がったあたしも、見えるところにある砂を簡単に払い落として……。

「先輩に椎葉、丁度よかった。あれ、お願いしますねっ!!」

「私達は根源を叩いてきますわ」

 二人して再び校舎へ向けて走りだす。訳も分からず事情も聞けないままその場に残された男性陣だったが、急に、自分たちの真上に複数の影を感じて――


「――うわぁぁっ!?」


 あたし達を追いかけようと急に上から降ってきた大量の机と椅子に、驚いた先輩と椎葉の声がハモった、ところまで聞こえた。


 開いていた昇降口から再び校舎内に入ったあたしと絢芽は、迷わず一箇所を目指していた。

 あたし達が無茶をしてでも一度外に出たのは……校舎内で相手の強い気配を探ろうとしても、周囲にいる机や椅子が邪魔をして、正確に特定出来なかったから。

 それに、いつ襲われるか分からない場所では気も散ってしまう。だからいっそのこと一度外に出て全部リセットしよう、という絢芽の提案だった。

「これまでのパターンから察するに、あの椅子や机等は、私達が攻撃等で発する音に反応して呼び寄せられているのではないかと思います。もしも私の仮説が正しければ、この狭い教室や廊下で戦いを続けても消耗するだけ、むしろ敵を増やすだけですわ」

 でもまさか、2階の窓から飛び降りることになるとは思わなかったけど……でもまぁ、成功したらいいか!! どうして先輩と椎葉がいたのか? 知らない!!

 先程から怪しいのは1階だと睨んでいる。一度外に出て、改めて校舎の1階を眺めたら……うん、1箇所、凄まじく歪んだ力が発せられている場所がありましたとも。

 暗い廊下を疾走すること数秒、あたし達は目的の場所に――校長室前に辿り着いた。

 自然と2人で顔を見合わせ、口元に笑みを浮かべる。

 そして。


「――颯!!」

「――雫!!」


 呼吸を合わせなくても声は揃い、突入して数秒でカタが付いた。


「……あらあら、お2人もボロボロじゃないですか」

 校庭に積み重なった机と椅子を見上げる雛菊が、校舎から出てきたあたしと絢芽を見つけて、苦笑いを浮かべる。

 そんな雛菊の隣には、こちらも疲れた様子で地面に座り込む椎葉と、額の汗を拭う奥村先輩の姿。

「香澄ちゃんに絢芽ちゃん、あのー……結局コレ、何だったの?」

「ゴメン椎葉……正直、あたしもよく分かってない」

 コチラを見上げて尋ねる椎葉に、あたしは真顔で首を傾げつつ……絢芽をその場に座らせると、『颯』を空に放り投げた。

「雛菊、さっきも言ったけど、絢芽は怪我してて……」

「分かってますよー。それに、香澄さんだってボロボロです。結局悠樹さんも椎葉さんも来てくださったのですから、連絡をして助けてもらえばよかったのに」

 首を傾げる雛菊に、あたしは首を横に振る。

「ううん、これは出来るだけ、あたしと絢芽で何とかしたかったから」

 そう言って眼下の絢芽を見下ろすと、絢芽もまた、一度だけ首を縦に動かした。

 これはもう、正直言って意地以外の何でもないんだけど……でも、何とか終わらせることが出来て、本当によかった。

 ……終わりだよね?

 不安になったあたしは、恐る恐る雛菊に尋ねる。

「んで雛菊、とりあえず校長室にいた親玉は倒したんだけど……これで今日は終わりだよね?」

 雛菊はいつも通りの笑顔で頷いた。

「はい。今回の『堕落者』は遠隔操作には優れていましたが、自分自身の防御力は皆無に等しかったようですね。今は私の『境界』でこの世界を隔離しています。この『境界』を解除すれば終わりですよ」

「そっか……良かった」

 とりあえず終わったことに安堵したあたしは……空を見上げる。

 見上げた視線の先にある星は、さきほどと変わらずに輝いていた。

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