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【外伝1・灰猫編】久那商業で昼食を

ここからしばらくは、基本1話完結の外伝です。本編では中々フォロー出来ない各キャラの日常や裏話をお届け出来ればと思っています。

 夏休みも中盤にさしかかろうかという8月上旬、熱さが徐々に厳しくなる午前11時30分。

 私――山岸司は、1人、久那商業高校のパソコンルームにいた。

 夏服の白いカッターシャツにリボン、膝丈のプリーツスカートという規定通りの出で立ち。首の後で揃えた短髪に眼鏡という地味キャラ、それが私。

 学校は現在夏休みの真っ只中なので、普段は騒がしい校舎もひっそりと静まり返っている。商業高校なので夏休みは資格取得のための自習やアルバイト(3年生なら就職活動)をする学生が多く、学校に来ているのは部活動をする運動部くらいだった。

 現に、40台ほどデスクトップパソコンが並んでいるこのパソコンルームには、近づく人なんかいない。まぁ……私は作業がやりやすいからいいんだけど。

「……これで終わり、と……」

 私は目の前のパソコンをシャットダウンしながら、隣の席へ移動した。そして、OSのアップデート状況を画面で確認しつつ、手元の書類に処理が終わったパソコンの管理番号を記載していく。

 私が今、行っているのは……このパソコンルームのパソコンのOSを最新版にする作業だ。1時間半前から初めて、既に3分の2は終わっている。残りのマシンも既にアップデートは開始してあるので、後は終わったマシンから正常にインストールが終了したことを確認し、電源を落とせばいい。

 私がこの作業をパソコン担当の先生から頼まれたのは、3日程前のことだった。アルバイトの一環として、私はこの学校のサーバー構築とメンテナンスを請け負っている。責任者は勿論大人で、私はその下で働く部下その1だけど。

 そして、そんな私の上司にあたるパソコン担当の先生が、「臨時給料出すから」という魅力的な対価と共に提示してきた仕事が、パソコンルームのOSアップデートだった。

 最新のOSがソフトウェア会社から期間限定で無償提供されており、学校の授業で使っているソフトの互換性も確認されたため、無償期間のうちに最新版にしておこう、ということになったのだ。

 元々、パソコンルームのOSは最新版から遡ること2つ前、という、微妙な状態だった。2日かけて事前準備――全てのパソコンデータのバックアップと、最新OSをインストールして問題ないかどうかのスペック確認――を終えて、3日目の今日、ようやく、本題に入れたという現状である。

「……ふぅ」

 ずれた眼鏡をなおし、再び、画面を見つめる。インストールはほとんど終わっている目の前のパソコンは、妙に動きが鈍いというか、ガリガリ音が聞こえるというか……挙動が怪しいと報告書に付け加えておこう。

 私がペンを取った瞬間、チャイムが鳴り響いた。普段ならば3限目の終わりを告げるチャイムなのだが、今の私にはただの時報――11時35分になったのか、くらいの感覚で聞き流す。

 そういえば……今日の昼食はどうしようか。普段は目の前のコンビニで買って適当に済ませるのだが、そろそろ、あのコンビニのラインナップに飽きがき始めたところなのだ。

 夏休み期間中は学食も休みなので、コンビニかファーストフードかの2択になる。私には、お弁当を作ってくれる保護者なんていないのだから。

 幼いころの事故で両親が他界し、その時のイザコザで――具体的に言うと両親が自身にかけていた保険金や、某上場企業の持ち株、資産運用していた物件などに関して――両家が本性をむき出しにした結果、鮮やかに喧嘩別れ。そして、両家ともにお金も手もかかる子どもの養育を拒否したため、私の帰る場所は児童養護施設になった。

 それだけ聞けば不幸な話かもしれないが、私がお世話になっている施設は良くも悪くも子どもの自主性を尊重しており、高校生上で警察のお世話にさえならなければ、ある程度遊び歩いてもお咎めはない。アルバイト代の2割は施設へ入れるようにしているが、それも私が自主的にやっていることだ。

 それに……両家は保険金や資産があれだけだと思っているけれど、保険金だけでも実際はその倍の額を、唯一私の身を案じてくれた母方の伯母さん(母の姉にあたる人)を代理人として、銀行に預けてある。

 伯母は、両親が死んだ時はまだ若く独身で、私を引き取る余裕なんてなかった。それを恨んではいないし、あの状況であれだけのお金を死守してくれたことには、感謝してもしきれない。

 今は自分の家庭をもっているけれど、毎年のように一緒に住もうと言ってくれているのだ。私が断り続けているのは……彼女を見るとどうしても母親を思い出してしまうし、葬儀の時の嫌な思い出まで思い出してしまうだろうから。私は私でようやく自分の居場所を手に入れたので、高校を卒業するまでは現状維持でいこうと思っている。

 ……じゃあ、卒業後はどうするのか……そろそろ、真剣に考えなければならないのだけど。

「……ま、いいか」

 今考えるべきは私の進路ではない、目の前に並ぶパソコンの未来と、私のお昼ごはんだ。

 そういえば、お弁当……幼稚園だか小学1年生だかの運動会で、母親が作ってくれた唐揚げと卵焼きが美味しかったっけ……そんな昔を思い出すあたり、予想以上に空腹に見舞われていることが伺える。

 幸い、12時は超えても1時前には終わるだろう。今日はそこまで我慢して、久那セン近郊のファーストフードで済ませて帰ろうか……。


「……あ、ダメだ……今日は2時から星霜学園……」


 ここで午後からの予定を思い出し、1人、溜息をつく。今日は午後から星霜学園に呼ばれていたのだ。珍しい出向先、その理由は……。

「……綾小路会長、こんなこと調べさせて、どうするつもりなんだろ」

 私は久那市内で諜報活動をしている『灰猫』という組織にも属している。ここ数ヶ月は私の理解できない世界で理解できない戦いが勃発しており、同じ『灰猫』メンバーでもある有坂椎葉も、その戦いの片棒をかついでいるとかいないとか……。

 とにかく、殊更最近は、私達一般人ではどうしようもないことが当たり前のように起こっていた。今日の夜にも、数日前から目をつけていた怪しいたまり場への実地調査をしようと思っている。どうも最近、この町は物騒で、底知れない何かが蠢いていて……怖い。

 だからこそ、今回、星霜学園の綾小路生徒会長からの超個人的な頼みごとは、私にとっても良い息抜きになった。けど、どうして今更あんなことを……確か、綾小路会長は、学園の納涼祭で、久那高校の奥村会長に告白して……。

「……ま、いっか」

 今度、絢芽さんにも何となく聞いてみようと思いつつ、私が両手をキーボードにかけた――次の瞬間。


「――あ、山岸さん、ここにいたんだね」


 パソコン室の扉が開き、ちょうど、廊下の方を向いて座っていた私と、扉を開いて周囲を見渡していた彼の目が合う。

 久那商業の男子の夏服は、白いカッターシャツに黒いズボンとなる。身長は160センチと男性にしては小柄で、笑顔が多く物腰も柔らかい彼――牧会長は、この高校の生徒会長を務めているため、同じく生徒会副会長の私とは何かと接点がある生徒の1人だ。

「……牧会長、どうかしたんですか?」

 私は牧会長とも何か約束をしていただろうか? スカートのポケットに忍ばせたスマートフォンのスケジュールアプリにもそのような記載はない。とりあえずその場で立ち上がる私に、彼は笑顔で手招きをする。

「山岸さんにお客様が来てるから、呼びに来たんだよ」

「……お客様、ですか? スイマセン、全く心当たりがないのですが……どちら様でしょうか?」

 首を傾げる私に、牧会長は歯切れの悪い返事を返す。

「それが、色々な学校の生徒さんでねー……とにかく来て欲しいんだけど、今は難しい?」

「……?」

 色々な学校の生徒? 牧会長の苦笑いも含めて、私は脳内で可能性を探る。『灰猫』のメンバーならば学校外で私服の状態でコンタクトをとるし、まさか、今日調べようと思っている場所を拠点にしている不良グループに先を越された? さすがに校内で荒事を起こすとは考えたくないけれど……でも、念には念を入れておかなければいけない。

「――さん、山岸さん、やっぱり今は忙しいかな?」

 脳内であらゆる可能性を考えていた私は、牧会長の声で我に返った。慌てて手元の書類をまとめ、扉の方へ近づく。

「い、いえ……大丈夫ですけど、この部屋を施錠して、鍵を職員室に返却しなければならないので……どこに行けばいいですか?」

「じゃあ、生徒会室まで。よろしくねー」

 そう言って彼は踵を返し、廊下の奥へ向かう。

 私は一体何事かと一抹の不安を抱えながら、パソコン室のドアを施錠した。


 そして、5分後。職員室へ一旦鍵を返却した私は、同じ校舎の3階にある生徒会室へ向かい――

「……これは一体、どういうことですか?」

 眉をひそめ、首をひねった。

 普通のクラスと同じ程度の広さがある久那商業の生徒会室は、普段から長机がロの字で配置されており、4役が顔を付きあわせて会議や作業を行っている。

 そして今日も、そこにいる人員が内側を向いて座り、顔を付きあわせているのだけど……メンバーが明らかにおかしいのだ。

 まずは、色々な学校の生徒さんその1&その2、久那高校生徒会副会長&会長コンビ。

「あ、山岸さん! お疲れ様です、ちょっと狭いかもしれないんですけど、ここに座ってもらえますか?」

 私に気づいた樋口さんが座ったまま片手を上げ、笑顔で合図をくれる。確かに彼女の右隣りが1つあいていて、反対側に座っている奥村会長が、いつもどおりの爽やな表情で会釈してくれた。

 そして、空席を超えた隣、角を挟んだ位置には、色々な学校の生徒さんその3、絢芽さんまでいる。

「ごきげんよう、相変わらず大変ですわね」

 状況が飲み込めないままだけど、とりあえず言われた場所に腰を下ろした。

 そんな私を正面からニヤニヤした表情で見つめているのは、色々な学校の生徒さんその4&その5、椎葉と慎吾である。

 そして、司会のように全体を見渡す位置に座っているのは、唯一の久那商業生徒・牧会長だ。

 ……あれ、結局色々な学校の生徒さんばっかりじゃないか……『灰猫』の打ち合わせでも、他校の生徒会との会合でもなさそうだし……一体何事だろうか? 駄目だ何も思い当たらないなんて、私、そんなに物忘れが激しかったっけ……?

 状況を相変わらずさっぱり理解できず、無言で周囲を見渡す私に、牧会長が笑顔で話を切り出した。

「さて、本日の主役も揃ったところで……樋口さん、お願いしていたものを渡してもらえますか?」

「了解です」

 主役とは何かと私が問いかける前に、牧会長の声に頷いた樋口さんが、足元に置いたカバンを膝の上に置き、ゴソゴソと何かを探し始める。

 それを合図に、私以外の全員が、足元や脇においていたカバンの中から何かを取り出した。動けないのは、事情を理解できない私のみ。

 そして……。

「はい、いきなりですが……どうぞっ!」

「え……?」

 私の目の前には……小ぶりな2段重ねのお弁当箱と、割り箸が置かれたではないか。

 益々状況を理解出来ない私の前に、絢芽さんがペットボトルの緑茶を置く。確かに昼食を食べても良い時間帯だけど、やっぱり意味が分からない。

「……えっと、その……これは一体どういうことですか?」

 誰かに説明して欲しくて周囲を見渡すと、笑顔の牧会長と目が合った。

「……牧会長、事情をご存知ですよね? 一体何が……」

 戸惑う私に、牧会長はいつもの調子の笑顔で……自身の目の前にあるお弁当箱の蓋をとる。

「食べながら説明しますので、とりあえず皆さん、いただきましょう」

 その言葉を合図に、銘々が持っていたお弁当の蓋を開いたり、箸箱から箸を取り出したりしているのだが……これ、目の前にあるお弁当は、私が食べても良いということなのだろうか?

 戸惑いが先行して動けない私に、樋口さんが苦笑いで、私の目の前にあるお弁当箱を指差す。

「えぇっと……予めアレルギーや好き嫌いは聞いていたので、大丈夫だとは思うんですけど……よければコレ、食べてくれませんか?」

「え……!?」

 正直、耳を疑ってしまった。だって、樋口さんが私にお弁当……それ以前に、アレルギーや好き嫌いまで聞いて作ってくれたって……やっぱり分からない、一体、何がどうなっているのか?

 どれだけ必死に考えても分からないけど、彼女の厚意を無駄にしたくはなかった。動揺を隠せない手で蓋を開き、1段目にあるおかずを目のあたりにする。

 唐揚げが3つ、卵焼きが2つ、ポテトサラダにブロッコリー、焼色の付いたアスパラガスとベーコンが短い串に焼き鳥のように刺さったものが2本……これ、多分全部手作りだろう。冷凍食品っぽいテカリがないというか、妙に不揃いなのが味があるというか……樋口さん、家事が得意だということは何となく知っていたけど、これは凄い。

 その1段目をとって、下にある2段目も見てみる。8分ほど入った炊き込みご飯からは鶏肉とごぼうの良い匂いがしてきて……お腹が急にすいてきた。

 横から眺めていた絢芽さんも、感心した表情で樋口さんをみやる。

「これは……本気を出しましたわね、香澄さん」

「当然!! 自分以外のためにご飯を作るのは緊張するけど……でも、楽しかったよ」

 グッと親指を突き立てて返答する樋口さんから目をそらした絢芽さんは、まだ呆気にとられている私の方へ、自分のお弁当箱をおずおずとつきだした。

 絢芽さんのお弁当は、焼き魚の切り身にきんぴらごぼう、ひじきの煮つけに高菜という……絢芽さんらしいけど、若干色味が足りない和食弁当。

「あの、もしよろしければ……私の魚を1つ、山岸さんの唐揚げと交換していただくことは可能ですか?」

「え? あ、はい勿論、どうぞ……!」

 慌てて私は割り箸を割り、手近にあった唐揚げを絢芽さんのご飯の上に置いた。どこか嬉しそうな絢芽さんが、テカリが美味しそうな焼き魚の切り身を、私のご飯の上に置いてくれる。

 状況は今でもよく分からないけれど、目の前にある美味しそうなお弁当を無視することなんか出来ない。私もまずは唐揚げを1つ箸にとり、まずは一口、口に入れた。

 隣の樋口さんが、目を見開いて私を見つめる。

「ど……どうですか……!?」

「……美味しい、です……」

「あ、味、しますか?」

 どこか不安そうな樋口さんに、私は口の中身を急いで飲み込んでから、何度も頷いてしまった。

「……醤油が凄く利いています。久しぶりにこんな美味しいのを食べました」

「本当ですか!? 良かったー」

 心底安心した表情の樋口さんは、自分のお弁当の唐揚げを口に入れて、満足そうな笑みを浮かべる。

 彼女の唐揚げはお世辞抜きに美味しかった。でも……。

「あの、ですが……どうして私にこんなお弁当を? そもそも、この会合は一体どういうことですか……?」

 私は改めて、奥村会長と仲良くおかずを交換している牧会長を見つめる。

 彼は相変わらず優しい笑顔のまま、やっと、理由を説明してくれた。

「僕がちょっと、山岸さんにお礼をしたいと思ったんです」

 しかし、その理由を聞いても全く意味が分からなかった。

 お礼? 牧会長が……私に?

「……お礼、ですか?」

「はい。昨年の冬、僕は1年生ながら生徒会長に選ばれて……正直、何がなんだか分からないままでした。この高校は商業高校なので、3年生時に就職活動へ集中するため、生徒会は原則的に1年制が選ばれ、2年の冬までその職を務め上げることになります。自分の名前が候補に上がっていることは知っていましたが、まさか選ばれるとは思っていなかったので……不安だらけだったんです」

 それは、今から半年くらい前のこと。

 この高校の生徒会は、基本的に各クラスから1名代表を出す→その中から会長、副会長、書記、会計に相応しい4名を投票用紙に記入して集計→各役職において最も得票数の多かった4名が当選、となる。

 そして、それは全員1年生が選ばれるのだ。理由は、先ほど牧会長が述べた通り。

 今年の初めに実施された選挙で、牧会長は生徒会長に、私は副会長に選ばれた。

 そこから入学式や体育祭等を乗り越え、秋に開催される中学生の体験入学と文化祭を乗り切れば、ほぼ、仕事は終わりである。

 これまでに大きな問題もなく、順調に行事を進められたのは……ほとんど、牧会長の人徳と能力の高さだと思っていた。穏やかな笑みで人を動かし、不透明な会計支出をなくし、最善の方法を選択する……彼が選ばれたのは間違いじゃないって、一番近くで見てきた私が誰よりもよく知っている。

 だから、私が感謝しても、牧会長から感謝されるなんて……心当たりがないのだ。

 奥村会長から受け取った唐揚げを飲み込んだ牧会長が、目を細めて言葉を続けた。

「山岸さんが『灰猫』だということ、『灰猫』という組織のことは、この役になってから初めて知りました。そして、山岸さんが自活のために学校でアルバイトをしていることも。学生業と合わせて3足のわらじ状態なのに、どの仕事も妥協せず完璧にこなしていて……本当に助かっているんです」

「……そんな、恐縮です……」

「ただ、お昼ごはんの時間帯は、コンビニのパンやおにぎり等を急いで食べてアルバイトの時間を確保している様子だったので……せめて1日くらい、ゆっくりお弁当を気心の知れた相手と食べて欲しいと思いまして、皆さんに相談させていただいたんですよ」

 牧会長が『皆さん』と言った瞬間、その場にいた全員がニヤリと笑みを浮かべる。特に、慎吾と椎葉に関しては……本当、タブレットの角で殴りたいくらい、私をイラッとさせる笑みだ。

 でも、どうしてだろう。今日に関しては……フッと湧いてきた怒りもすぐに収まり、改めて、目の前のお弁当を見下ろす余裕がある。

 樋口さんが用意してくれたお弁当は、私が好きな唐揚げと卵焼きがちゃんと入っていて……これも誰かの入れ知恵なのかと勘ぐりたくなるけど、今は、いいや。

 改めて私は箸を置き、両手を胸の前であわせる。

「――いただきます」

 学校で久しぶりに呟いた言葉は、凄く、幸せな響きだと思った。


「そういえば……奥村君のお弁当も、樋口さんお手製なんですね」

 牧会長が何気なく言った言葉に、当事者と樋口さん以外の全員の視線が、奥村会長に注がれる。

 確かに2人のお弁当の中身を見比べてみると……量こそちがえど、私を含めて3人とも同じメニューだった。

 ふむ、やはりこの2人は……私がアスパラガスを噛みながら1人で納得していると、里芋の煮っころがしを食べている椎葉が、不機嫌そうな……でも、心の底から楽しそうな表情で奥村会長を見やる。

「何だよ悠樹、香澄ちゃんの手作り弁当とか羨ましすぎるだろ!? 見せつけないでほしいぜ!!」

「これまた堂々と見せつけてくれちゃってるっすねー……いやぁ、これだけでごちそうさまっすよ」

 椎葉の隣りにいる慎吾が嫌味しか感じない笑顔で奥村会長を見やるが……あれ、当の本人はどこかゲッソリしているというか、色々諦めた顔をしているというか……特に反論もないのが珍しい。

 私の隣りにいる樋口さんをみやると、彼女は彼女で反論することなく、むしろ満面のドヤ顔である。

 そして、隣りにいる奥村会長をこの場にいる誰よりも意地悪な流し目で見やり、こう、ネタばらしをした。

「ふっふーん、今回は手作りのお弁当っていう縛りだったので、料理が根本的に出来ない奥村先輩に泣きつかれて、このあたし、樋口香澄が寛大な心でお弁当をもう一つ作ってあげたんですよねー♪ ねー、先輩♡」

「話を脚色するな、樋口。俺は泣きついていないし、山岸さんの分も作るからと申し出てくれたのは樋口だろうが。第一材料費は払っているし、それに……」

「分かってますってば。あたしの宿題全教科、喜んで積極的に手伝ってくださいねー♪」

「全教科……」

 奥村会長がゲンナリした表情で肩を落とし、炊き込みご飯を口に入れた。

 ……なるほど、珍しく立場が逆転しているようだ。出汁のきいた玉子焼きを食べながら……諦めた表情で炊き込みご飯を食べている奥村会長を見やり、彼にも苦手なことがあるのか、と、自分の中の情報を書き換える。

 そして、疲れた表情の奥村会長に好奇心の眼差しを向けている椎葉と慎吾に、私から、改めてジト目を向けておいた。

「……あれだけ女の子に声をかけておいて、身内以外でお弁当作ってくれる人がいないんだ……」

 刹那、絢芽さんが2人に蔑んだ視線を向ける。

「そんな多くの女性に……!? 最低ですわ特に有坂さん」

「どうして俺だけ!? いやいやちょと待ってよ絢芽ちゃん、そんな虫を見るような目で……おい司、そういうこと言うんじゃねぇよ!!」

 椎葉に睨まれた私は彼を睨み返し、平然と言い返す。

「……事実だし。もっと具体的に言ったほうがいい?」

「い、いやいやいややめようぜ、今日は楽しいランチタイムなんだからな!!」

 情報戦で私に勝てないことを知っている椎葉が、泳いだ目のまま白米を口の中に突っ込んだ。

 そんな様子を見ていると……何だか久しぶりに、歳相応の自分に戻れた気がする。

 この会を主催してくれた牧会長と、協力してくれた仲間に最大級の感謝を感じながら……私は、あと1つ残った唐揚げを、箸で大切につまみ上げたのだった。

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