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【外伝】風と大地の協奏曲【香澄✕椎葉】

いつもの組み合わせだとありきたりなので、たまにはこういう変化球な組み合わせも試してみました。

ブログで公開した時も、反応が著しく良かったような気がします。(笑)

「香澄ちゃん、悪いんだけど……次の日曜日、ちょっと俺に付き合ってくれない?」


 それは、夏休みも中盤にさしかかろうかというお盆直前の金曜日の夕方のことだ。

 いつものように雛菊に呼び出され、いつものように久那市中央公園に自力で、ノー交通費でやってきて、いつものように『堕落者』を退治して、さぁ帰ろうとしたあたしの背中に……同じく呼び出しを食らって同じく対処した有坂椎葉が、いつも通りの飄々とした笑みで、何だかよく意味の分からないことを言い出した。

 時刻は間もなく18時。『境界』を解除した雛菊の気配はどこにもいない。夏休みの夕方の公園は、近くにある市民プールから帰る人や、犬の散歩をしている人など、それぞれが通りすぎて目的地を目指している。

 そんな中……広い芝生のどまんなかで立ち尽くすあたしと椎葉は、ある意味異色の組み合わせなのだけど。

 いや、しかし……今、あたしは何を言われたんだ?」

「椎葉……聞き間違いかもしれないから確認するけど、次の日曜日に、あたしに用事があるってことだよね?」

 首を傾げるあたしに、椎葉が笑顔で首肯する。

「まーそういうこと。ちょっと香澄ちゃんに付き合って欲しいところがあってさ。都合悪い?」

「時間は?」

「出来れば午前中、昼ごはんくらいおごるよ?」

「いや、それは自分で何とかするけど……次の日曜日って明後日だよね。うん、模試とかないから大丈夫だよ」

 脳内でスケジュールを確認して承諾したあたしに、椎葉が「ありがとう」と軽く会釈して。

「じゃあ、日曜日は俺とデートね」

 笑顔で爆弾を投下するではないか。

 あたしの脳内に勝手にあった「4人でどこかへ出かける」という情報が、大急ぎで修正されていった。

「へ? デート? 絢芽や奥村先輩は一緒じゃないの?」

「誰もそんなこと言ってないじゃん。俺と香澄ちゃん、2人きりだよ」


 俺と香澄ちゃん、2人きり。

 その言葉の意味を理解した瞬間――言いようのない気恥ずかしさが襲いかかってくる。


「……えぇぇぇっ!?」

 大声を出して目を見開き、数歩後ずさりをするあたしを……椎葉がジト目で見つめ、大股で距離を縮めた。

「えー? 4人だと思ってOKしたってこと? 地味に傷つくんですけど」

「い、いや、その……何というか、椎葉が4人で出かける発起人&連絡役なのかと思って……違うんだよね?」

 頭が混乱して上手く働かない。周囲に残る蒸し暑さとあいまって、顔が火照っているのが嫌でも分かった。

 狼狽するあたしに苦笑いを向ける椎葉が、一度息をついて、改めてコチラを見つめる。

「違うよ。じゃあ、改めて聞くけど……日曜日、俺に付き合ってくれる?」

「ど、どこで何をするのか聞いてもいいよね!?」

「ダメ、教えない。あ、健全な場所にしか行かないから大丈夫だよ。香澄ちゃんが望むなら不健全な場所でもいいけど」

「なっ、何言ってんの!? っていうか、場所も目的も分からずに「分かりました」って了承出来るわけないじゃない!!」

「えー? これが悠樹なら、二つ返事でOKしてたんじゃないの?」

「いやいや、そんなことしないよ!?」

 疑いの眼差しを向ける椎葉に、必死で否定するあたし。数十秒ほど無言の押し問答が続いて……結局、折れたのはあたしだった。

「……分かった。あたしの力が必要ってことだよね。よっしゃ、よく分かんないけど椎葉を信じて付き合うよ!!」

「ありがと、香澄ちゃん」

 半分開き直るあたしに、椎葉が満足そうな笑みを向けて頷く。そして、右手の人差指を立てて、こんなことを言うではないか。

「あ、水着とタオルは自分で用意してね」

「だからどこで何をするつもりなの!?」


 そして、あっという間に日曜日の午前中、時刻は10時を少し過ぎた頃。

 待ち合わせの久那駅バスセンターで合流したあたし達は、椎葉の先導で自転車を走らせ、郊外の方へ向かっていた。

 今日も相変わらず空は高い。帽子を被って日焼け止めも塗っているけど、ジリジリした日差しに肌が焦げそうだ。

 額や首元に汗がジワリとにじむ、そんな状態で走り続けること10分程度。椎葉が自転車を止めたのは――

「……へ? 保育園?」

 なんとビックリ、郊外にある保育園の門の前ではないか。

 日曜日なので園はお休み。いつもは騒がしいであろう園庭にも建物の中にも人の姿はなく、うるさく自己主張するセミの鳴き声だけが響き渡っていた。

 自転車から降りた椎葉が、ウェストポーチから取り出した鍵で、簡単に門を開く。

「え? ちょ……椎葉、どうして鍵なんか持ってるの?」

「いいからいいから。自転車ごと先に入っちゃってね。俺は門を施錠しなきゃいけないから」

「はぁ……」

 ここで立ち止まっても意味が無いので、とりあえず自転車ごと門をくぐるあたし。

 後ろからついてくる椎葉の考えが一切理解出来ないまま……あたしは1人、誰もいない保育園を眺めるしかなかった。


「と、いうわけで香澄ちゃん、今からプール掃除するよー」

「……はい?」


 プールの脇にある大人用のトイレで着替えを済ませ、学校指定の水着の上からTシャツと短パン、ビーチサンダルに身を包んだあたしは……水のない、空っぽのプールのどまんなかで、デッキブラシを持って立ち尽くしていた。

 保育園用のプールなので、屋根付きの屋外に、10メートル✕5メートル✕50センチくらいの、浅くて小さな箱が1つ。後は先程着替えに使った女子トイレと、荷物を置く棚、消毒用のシャワーが見える。

 同じく身支度を済ませ、Tシャツに膝丈の水着、サンダルという出で立ちの椎葉が、水が出ているホースを持って、ニヤニヤしながらあたしを見つめている。

「残念だなー。もっと色気のある格好を期待してたのに」

「嫌な予感がして、濡れても良い洋服を持ってきて正解だったわね。っていうか……どうして椎葉が保育園のプール掃除なの?」

「俺がしばらく施設の世話になったって話はしたよね? そこの運営母体がこの保育園も経営してて、卒業生は大体こき使われんの。プール掃除とか草取りとか、焼き芋の枯れ葉集めとかね」

「そうなんだ……でも、なんであたしを?」

 たまたま一緒にいたからだろうか。何となく尋ねたあたしに、椎葉が建物脇の女子トイレを指差す。

「ほら、そこに女子トイレがあるでしょ? 別に俺が掃除してもいいんだけど、ご近所のオバサマに見られたら園の心象も悪くなるから、トイレ掃除は女性がいいって言われたんだよ。本当は司が俺と一緒にやる予定だったんだけど、ちょっと都合が悪くなっちゃって……香澄ちゃんに白羽の矢を立てたってわけ」

「なるほど……じゃあ、最初からそう言ってくれればよかったのに」

「いいじゃん、香澄ちゃんが俺とのデートを受けてくれるかどうか試したかったんだよ。最近は悠樹とばっかり仲良しだからねー」

 意味ありげな横目で見つめられ、あたしは慌てて首を横にふった。

「べ、別に仲良しなんかじゃないし!! 椎葉だって知ってるでしょ? 色々あって大変だったんだから!!」

「うんうん、そうみたいだねー。椎葉くんも、その話は後でゆっくりじっくりねっとり聞きたいと思っていたんだけど……おりゃっ★」

「うわ冷たっ!?」

 唐突にホースの先を指で潰し、あたしの右肩に水をぶっ飛ばす椎葉。

 水が大きくはねて弾ける。髪の毛や頬から、雫が滴り落ちた。

「し~い~ば~っ!!」

「ホラ香澄ちゃん、さっさと掃除しないとお昼過ぎちゃうよー」

「だっ……だから水をかけるのをやめてってばぐふ冷たい……このっ……!!」

 その後も容赦なく水をかける椎葉に、何とかデッキブラシを振り回すことでプールの底にたまった水を巻き上げ、応戦するあたし。

 水しぶきが宙を舞い、太陽の光をキラキラと反射していく。

 そんな戦いを続けること5分……掃除を始める前に、お互いずぶ濡れになってしまった。

 水着の上からまとわりつくTシャツと短パンが地味に気持ち悪い。開始前にゲンナリしているあたしへ、脳天気な椎葉が追い打ちをかける。

「うんうん、Tシャツが張り付いていい感じだねー」

「さ、最低なんですけど!? こうなったら『颯』でプールの底ごと吹っ飛ばすからね!?」

「その発想は非常に物騒だよ香澄ちゃん……さて、そろそろ真面目に掃除しますかねー」

「最初から真面目にやりないさいよ!! ったく……!!」

 あたしにくるりと背を向けて、壁や周囲に水をまきはじめる椎葉。

 その背中にため息をつきつつ……デッキブラシで床掃除を始めるあたしなのだった。


 プール掃除と言っても、今の時期は日常的に使われているし、水は毎日交換しているということで、あまり目立った汚れもなく……周辺も含めて小一時間程度で、掃除は滞り無く完了した。

「お疲れ様、今日はありがとね」

 近くのコンビニでアイスとジュースを調達してきた椎葉が、着替えを済ませて屋根の下のプールサイドに腰を下ろしていたあたしに、袋を差し出す。

 遠慮せず受け取って、中に入っているガリガリしたアイスを袋から取り出した。一口くちに含むと、爽やかなソーダが口の中に広がり、急速に冷やしていく。うん……肉体労働後のアイスは格別!!

 あたしが1人で幸せに浸っていると、隣に座って同じアイスを食べはじめた椎葉が、意味深な瞳であたしを見つめた。

 そして――


「香澄ちゃんは、悠樹のことが好きなんだよね?」

「ふぐっ!?」


 唐突な質問に、氷のカケラがヒュッと喉の奥へ入り込んでいく。むせないように必死で我慢しながら呼吸を整え……あたしは、椎葉をジト目で見つめた。

 だって、その顔が……何でも知ってるって言いたそうに見えたから。

「……何それ。質問じゃなくて確認ってこと?」

「まぁ、そうなっちゃうよね。香澄ちゃんは分かりやすいけど分かりにくいから、俺も正直、100%の自信はないし」

 分かりやすいけど、分かりにくい。

 初めて言われた評価に、思わず眉をひそめた。

 だって、今まではずっと……明るいとか、単純とか、分かりやすいとか、そんな評価ばかりだったから。

「何それ……あたし、バカにされてる?」

「いいや、香澄ちゃんは元気で明るくて真っ直ぐな女の子だと思っていたけど……俺達に亜澄ちゃんとのことをギリギリまで悟らせなかっただろ? だから、香澄ちゃんが本気で隠してるなら簡単には分からないだろうなー、って、俺は思ってるからね」

「……」

 そう言われると黙るしかない。あたしが3人に亜澄のことをひた隠しにしていたのは、紛れも無い事実なのだから。


 だって、怖かったから。

 イメージと違う自分を他人にさらけ出すことが、どうしても。


 視線をそらして、無言でアイスを食べるあたしに、椎葉は残りを素早く食べ終え、「外れか……」と、棒を袋の中に片付けてから。

「まぁ、人は誰しも仮面を被ってるとは思うけどね。だから俺は安心したよ、香澄ちゃんも俺達と同じで、ずっと強かったわけじゃないんだなって」

 そう言って、コンビニの袋からペットボトルのコーラを取り出した。

 あたしもアイスを食べ終えて残った棒を袋に片付け、視線を前に向けたまま……ポツリと呟く。

「……あたし、強くないよ」

「いやいや、そんなことないでしょ。プールを床ごとぶっ壊そうなんて発想、よっぽど強くないと無理だよ?」

「茶化さないでよ!! そういうことじゃなくて……!!」

 思わず大きな声を出したあたしに、椎葉は蓋を開けたコーラを差し出して。

「ん、分かってる。香澄ちゃんが強くなろうと頑張ってること、ちゃんと知ってるよ。俺も、絢芽ちゃんも、悠樹も……多分、亜澄ちゃんも」

 差し出されたコーラを一口、口に含んだ。冷たい液体が喉を通って、体の奥へ染み渡っていく。

 改めて、視線を前に向けた。先ほど掃除したプールの床には水たまりが残っていて……隙間から差し込むヒカリを反射している。

 この水たまりは、いずれ消えてしまうものだ。ここには新しい水が入る。その一部になるのか蒸発するのかは分からないけど……小さな水たまりは消えて、大きな水の束になる。

 1人だと思っていたあたしも、いつか、消えるだろうか。

 弱い個人は消えてしまって、椎葉や……絢芽や、奥村先輩や、雛菊や……亜澄や蓮華、全員が1つになるような日は来るのだろうか?

 今はまだ分からないし、現状からは想像も出来ない。

 だけど、あたしは――

「……少しは、強くなれたかな」

「いやー、十分強くなったよね香澄ちゃんは。相変わらずたまに無鉄砲だけど」

 ……うぐ。

「それは……ゴメン」

「自覚してるなら大丈夫だよね。じゃあ、そろそろ質問を最初のやつに戻すけど……悠樹のこと、特別に思ってる?」

 どうしてだろう、普段ならばここであたしが怒って、椎葉に再び突っかかるのがセオリーなのかもしれないけど。

 でも……今のあたしは、不思議とそんな気分になれなくて。


「……うん」


 自分で一言呟いてみると、どこか、心がスッキリした気がした。

 今まで誰かの前で口に出したことなんかなかった、あたしの心の中にある声。

 そんな声をスルリと引き出してしまう椎葉は……改めて、油断ならないと思うけど。

 でも、どうしてだろう。何でも包み込んでくれるような……大地みたいな、大きな包容力を感じたんだ。

「椎葉には敵わないなー……あたし、こんなこと言うつもりなかったのに」

「フッフッフ、俺のことを見くびってもらっちゃあ困るぜ!! あ、そのコーラ、俺ももらってもいい?」

「え? うん、いいよ」

 何の躊躇いもなくコーラを手渡すあたしに、椎葉は一瞬口ごもった後……。

「……あ、そっか。2人は付き合ってないのにキスしてるっつーただれた関係だったっけ」

 あたしをニヤニヤした眼差しで見つめ、コーラを一口あおる。

「ただれた関係言うなっ!!」

「んぐ……でも、事実でしょ?」

「そ、れは……それはそうですけどっ!! でもあれは、要するに『堕落者』の不可抗力で……!!」

 尚も言い募ろうとするあたしを手で制した椎葉は、コーラの蓋をしめながら立ち上がった。

「ハイハイ分かりました。続きはファミレスに移動して、ゆっくりじっくり聞いてあげるから。なんだったら悠樹も呼び出してあげよっかー?」

 そう言って、あたしを見下ろす。

 その眼差しはいつも通りの、飄々として、掴みどころがなくて……どっちが風なんだか分からない、いつも通りの有坂椎葉。

 先ほど感じた、まるで大地のような包容力は幻だったのか……と、頭が痛くなるけど。

 でもそれが、あたしに必要な仲間なんだ。

「も、もう……やっぱり、椎葉はあたしをバカにしてるーっ!!」

 太陽が高くなっていく、日曜日のお昼前。

 あたしの大声と椎葉の笑い声が周囲にこだまして、プールに残った水たまりが、陽の光に大きく反射した。

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