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不可抗力のトラブル

 絢芽は自分の数十メートル先を走る男性の背中を、瞬きせずに見据えて走り続けていた。

 子ども用プールのエリアを抜けて、このまま行くとウォータースライダーのあるエリアに突入する。スライダーを支える柱の間をすり抜けて、追いかけっこが続いていた。

 あの場に2人を残して、彼が彼女に何もしない保証はなかったけれど……まぁ、あの調子ならば大丈夫だろうと判断した。むしろ、自分たちのような邪魔者がいなくなったほうが彼は満足するだろう、と。

「しかし……あの方は、何者なのでしょうか」

 『堕落者』の気配を背負って走る男性。顔が見えていないので、例え知り合いであったとしても分からないのだが……自分たちに向かってこないということは、戦う意思がないのか、それとも、

「戦うことが出来ない能力なのか……まぁ、どちらでも構いませんわね」

 軽い足取りで息を切らせることなく、確実に距離を詰めていく絢芽。

 そんな女子高生、追いかけられる側にしてみれば、単なる脅威でしかないわけで。

「そろそろ、終わりにしたいですわね」

 絢芽は浅く息を吐くと、改めて相手の背中を見据えた、刹那。

「くそっ……ちくしょうっ!」

 男性が走りながら、自身の右手を絢芽の方へ突き出して――瞬時のうちに手中に集まった水が、弾丸のような塊を成して彼女に向かっていくつも飛んでくる!

 ただの水ではないだろう、でも、数が多いので全て避けることも難しい。

 しかし、絢芽に水で喧嘩を売るのは大きな間違いだ。

「――散れ、雫!」

 凛とした声と共に、持っていた『雫』を水平に凪ぐ。『雫』の軌跡に添って生まれた水が、ブーメランのような形を成して、そのまま前に飛んでいった。

 途中、男性の放った水弾とぶつかったが、勢いが衰えることはなく。

「うどわぁっ!」

 背後から突然水の塊に襲われた男性は、受け身を取ることなく地面に転がった。

 その間に距離を詰める絢芽。だが、

「来るなぁっ!!」

 何とか起き上がり、擦りむいた額から血を流しながら、彼が再度、絢芽に向けて――両手を突き出した。

 一瞬で錬成された、先程より倍化した水弾が、絢芽へ照準を合わせる。

 しかし、彼女は足を止めなかった。

「――唸れ、壇!!」

 男性の後方から別の声が聞こえたかと思った次の瞬間、彼の足元がぐにゃりと歪む。

 とっさにバランスを崩した彼は、自身の両手を、空に向けてしまった。そして、

「うわぁぁぁっ!!」

 彼の放った水弾が、ウォータースライダーの柱を何本も撃ち抜いて……必要な支柱を失ったスライダーが、盛大な音を立てて崩れ始める!

「全く……厄介なことをしてくれますわね!」

 自分たちに向けて降り注ぐ太いパイプを、絢芽は心底迷惑そうな表情で見上げたまま、


「――明鏡止水!!」


 『雫』の切っ先をそれらに向ける。落ちてくるパイプが『雫』に触れた瞬間、一瞬で氷漬けになり、霧散する。

 キラキラした氷の粒が舞い散る様は、真夏とは思えない光景だった。

 そして、園内を最短距離で走り抜けて男性の側に到着した椎葉が、崩れ落ちてくるスライダーの部品の落下地点に立ち、自分の真上を見据えると、同じく『壇』の切っ先を虚空に――落下してくるパイプに向けた。


「――撼天動地!!」


 『壇』に物質が触れた瞬間、木っ端微塵に粉砕されて砂になり……彼らの左右に砂山を形成していく。彼らに直接触れなかったパイプが、すぐ近くに容赦なくドスドスと突き刺さっていき……すぐに、静かになった。



「さて……今回の事件の顛末をお話していただきましょうか」

 両手と両足を氷で動けなくした絢芽が、すっかり怯えきった男性の鼻先に『雫』を突きつけて話を切り出す。

 今回の主犯である彼は、大学生くらいの若い男性だった。脱色した茶髪に中肉中背、薄めの顔立ち。特にこれといった特徴はないけれど……顔がダメだとか、身長が足りないとか、外見ではこれといった欠点も発見できなかった。

 勿論、彼に選択肢はない。彼らの力と場慣れした振る舞いを目の当たりにして、今の自分では敵わないことが身にしみて分かったから。

 仁王立ちで『雫』を向ける絢芽の隣では、膝を曲げてしゃがみこんでいる椎葉が、彼に苦笑いを向けていた。ただし、『壇』の切っ先は地面に触れている。彼が不用意な動きをした時に、地面ごと波打たせて動きを封じるために。

「まず、今回のカラクリを教えていただきましょうか。どうやって人を操っていらっしゃたのですか?」

「ケッ、そう簡単に教えられるかよ!」

 地面に唾を吐いた彼の態度に、絢芽は無言で『雫』を数ミリ近づけると、

「ご自身の立場をわきまえたほうがよろしいですわよ。私は温厚な性格なのでこれ以上の戦いを望んではいませんが、お望みとあれば、全力でお相手いたしますわ」

「プッ、絢芽ちゃんが温厚……?」

 半笑いの椎葉を、絢芽が目で黙らせる。

 そして、まだ横着な態度の彼を、射抜くような目と気迫で睨みつけて。

「もう一度伺います。どうやって人を操っていらっしゃったのですか?」

 これ以上はぐらかすようならば容赦はしない、そう言外に含んだ彼女の言葉に、彼は観念したようにため息をついてから。

「右手から水を出すことが出来る。その水に自分の意思を反映させられるんだ」

「自分の意思を反映……それで、どうしてこんなことを?」

 ふむ、と、左手を口元に添えて考える絢芽に、男性は悔しそうな表情で地面を叩いた。

「ムカついたんだよ! 俺はこんなクソ暑い中働いてるっていうのに、カップル共が楽しそうに見せつけやがって!」

「……はぁ。では、今回はどうして香澄さんと奥村さんを狙いましたの? あのお二人、別にカップルでも何でもありませんわよ?」

「子ども用のプールに2人で来たんだぞ!? カップルに決まってんだよ! 将来の子どもは何人欲しいとか、そういう話をして俺を馬鹿にしてたんだ!」

「……はぁ……申し訳ありませんが、逆恨みが予想の斜め上過ぎて頭が痛くなりそうですわ」

 眉間にしわを寄せる絢芽。さすがの椎葉も苦笑いで彼を見つめて、確認するように尋ねる。

「要するにお兄さんは、自分が気に入らないカップルの飲み物に自分の意思を刷り込ませた水を混ぜたってことだよね。でも、だったらどうして色ボケカップルばっかり生み出したのさ。単純に「喧嘩しろ!」だけでいいと思うんだけど」

「俺だってよく分からねぇよ! でも、結果として喧嘩したんだから大満足だけどな!」

「あちゃー……能力をコントロールできてないってことか……」

 椎葉が嘆息すると、絢芽が『雫』を握る手に力を込めて、

「大体の事情は分かりました。もう結構ですわ」

 心の底から飽き飽きした声で、吐き捨てるように引導を渡す。

「――明鏡止水!」


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「……と、いうわけでしたわ。とばっちりでしたわね」

 男性の首根っこを掴んで引きずってきた絢芽が、気を失っている彼をプールサイドに放置したまま、プールの中で動けないあたしに事情を説明してくれたんだけど……。

「あ、あのー絢芽に椎葉、申し訳ないけれど、あたしも助けて……」

 完全に気を失った奥村先輩を支えるだけで手一杯。地味に彼の全体重がかかっているので、段々あたしもプールに沈みそうになっていた。

 奥村先輩の頭があたしの右肩にもたれかかっているので、髪の毛でチクチクするのが地味に痒い。

 そして、左足が……完全に痺れている。

 半泣きで助けを求めるあたしに、2人もプールの中に入ると、脱力している先輩を観察してから、

「奥村さんの意識は戻りませんの?」

「戻んないんだよね……それもそれで心配なんだけど、あたしの左足もダメだから、地味に踏ん張れなくて……沈む」

「よし、俺の力で何とかしよう!」

 鼻息荒く『壇』を構える椎葉を、絢芽が無言で制して。

「ここは水場です、私が対処いたしますわ。少し荒っぽくなりますが……」

 持っていた『雫』の切っ先を先輩の頭に向けると、大きく息を吸ってから。

「散れ・雫」

 刹那、『雫』の先から大量の冷水が容赦なく先輩の頭に降り注ぐ。余波が容赦なくあたしにも降り注ぎ、直射日光を浴びていても全身が震えてしまった。

 そして、

「……あ、れ……俺は……」

 意識を取り戻した奥村先輩が頭を動かし、あたしの肩にグリグリと押し当てる。恐らく、水を被ったことで髪の毛から顔に水が滴り落ちているのだろう。寝ぼけたような状態のまま、タオルで顔を拭くようにあたしに顔を押し付け、頭を動かしている。

 というか……今気づいたんだけど、奥村先輩の顔があるところって……。

「ちょっ……やぁっ、やめてください、くすぐったいです!!」

「え……? うわぁっ!?」

 刹那、意識が一気に覚醒した先輩が、光の速度であたしから飛び退いたかと思えば、突然動いたことで目眩を起こし、その場に座り込んでしまう。バシャン、と、大きく水がはねた。

「ひ、樋口……!? いや、あの、その……」

 頭から水を滴らせて、狼狽えた瞳であたしを見つめ、何とか言い訳を探そうとする奥村先輩。しかし、動揺しているのはあたしも同じことだ。

「おっ、おおお奥村先輩! わざとじゃないって分かってますけど今のはありえませんよね!?」

「す、すまない! 不可抗力で、そのー……」

「分かってますよ!? 分かってますけど、あんなに動かさなくてもいいじゃないですか!!」

 浅いプールに座り込んだまま言い合うあたし達を、絢芽が白けた目で見下ろして、ポツリと呟いた。

「これは……確かに、狙われても文句は言えませんわね」


 事の元凶である男性の処理を終えた雛菊が合流した時、あたし達4人は、凄まじくぎこちない空気の中にいた。

 足が痛むあたしのみ、椅子に座っている。その隣に絢芽、奥村先輩、椎葉、と、横並びになっていた。

 まず、椎葉は笑顔で奥村先輩に絡んでいる。

「いやー、俺は安心したんだよ悠樹。お前はもっと淡白というか、女性に対して何の興味もないんじゃないかと思っていたりもしたんだが、そんなことなかったな。むしろ俺よりテクニシャンじゃね?」

 絡まれている先輩は、決まりが悪そうな表情で絢芽に助けを求めていた。

「だから、あれは不可抗力なんだって何度言えば分かるんだ!? 東原からも何か言ってくれよ!」

 助けを求められた絢芽は、心底面倒臭そうな表情であたしを見つめる。

「……と、奥村さんはおっしゃっていますが、何か言いたいことはありますか?」

 そしてあたしは、奥村先輩を睨みつけて反論した。

「いいえ、少なくともあの時は奥村先輩として覚醒していたはずです! あの時のアレこそ不可抗力なので水に流そうと思っていますけれど、さっきの事は見過ごせません!」

 刹那、椎葉の目が爛々と輝いて、ターゲットをあたしに変更する。

「ちょっと待って香澄ちゃん! あの時のアレって何のことかなー?」

「へっ!?」

 あ、あれ、あたし……ドサクサに紛れて余計なことを!?

 いつの間にかあたしの目の前に移動してきた椎葉が、ニンマリとした笑顔で問い詰める。

「香澄ちゃんの言葉から推理すると、悠樹に何かされたってことだよね? 何されたの? さっきの、胸に顔が押し当てられた以上のことだと思っていいのかなー?」

「え、あ、いや、別に……何でも……」


 ――脳内であの時のことがフラッシュバックした。

 鼓動が、早くなる。


「――っ!!」

 気づいた時、あたしの顔は耳まで真っ赤にっていて。

 それを確認した椎葉が先輩の隣に戻ると、オタオタしている先輩の肩にポンと手を置いて。

「どーすんだよ悠樹、香澄ちゃんの反応を見ると、お前、とんでもないことしてる可能性があるぜ?」

「樋口……俺、お前に何を……!」

「あぁもう気にしないでください! 不可抗力です不可抗力! それで全部解決ですっ!!」

 椅子に座ったまま大声を出した時、雛菊がにゅっとあたしの前にやって来た。

「あらあら皆さん、随分騒がしいですねー。どうしたんですか?」

「そうだ、雛ちゃんなら全部見てたんじゃねーの?」

 椎葉の言葉にあたしの顔が引きつる。魂が抜けかけた奥村先輩を引きずって雛菊に詰め寄る椎葉に、彼女はチラリと、意味深な視線を向けると、

「ええ、見てましたよー。それはもうバッチリと」

「マジで!? じゃあ教えてよ、雛ちゃん。悠樹は香澄ちゃんに何をしたんだ?」

「そうですねー……」

 雛菊の目線があたしをとらえた。口をパクパクさせながら全力で首を横にふるあたしを。

 そんなあたしの隣で腕を組んで静観していた絢芽が、ひときわ大きなため息をついた。

「……香澄さんが話したくないことをこれ以上詮索するのは下品ですわ。これ以上この場に留まる意味もありませんから、『境界』を解除していただきたいですわね」

「えー? 絢芽ちゃんは気にならないの?」

「特に興味がありませんわね。むしろ、私は早く帰りたいんです」

 お前が黙れば全部終わるんだよ、と、言わんばかりの冷たい視線に、さすがの椎葉も閉口して。

 雛菊は一度周囲をぐるりと見渡してから、いつもの笑顔でこう言った。

「では、『境界』を解除しますので、皆さん、目を閉じてくださいね」


 『境界』が解除された世界に、平和な休日の風景が戻ってきた。

 この騒動を引き起こした男性は、雛菊が能力と記憶を奪い取って本来のポジションに戻している。若干心の中にどす黒い感情は残るかもしれないが、この夏は真面目に労働に勤しむだろう、と、言っていた。

 佐藤先輩と山岸さんとも更衣室の前で合流して、その結果を報告した。

 あまり詳しく説明することは出来なかったけれど、「今回の騒動の原因は潰したから安心して欲しい」、この一言だけで十分だった様子。

「……本当に助かりました。ありがとうございます」

「ま、俺らは何もしてないっすけどね。今後、何か力になれることがあれば、遠慮なく言って欲しいっす」

 爽やかな笑顔でこう言った佐藤先輩は、先程から視線を合わせないあたしと奥村先輩を交互に見やり、

「つーか、樋口ちゃんと奥村会長はどうしたっすか? びっくりするほどきごちないっすよ?」

「……別に何でもないです、気にしないでください」

 憮然とした表情で返事をするあたしに、佐藤先輩は椎葉を見つめたが……椎葉は肩をすくめて首を横に振った。

「俺も詳しくは分からないんだけどさ、どうも、悠樹が香澄ちゃんにセクハラしたみたいで」

「セクハラっすか奥村会長……確かに香澄ちゃんの発育は司よりも進んでるから注目していたっすけど、同意がないのにやっちゃダメっすよー」

 そう言ってマジマジと見つめられると、妙にリアルで恥ずかしいんですけど佐藤先輩!?

「なっ!? さ、佐藤先輩こそセクハラです!」

「ふふふ、『灰猫』である俺の観察眼を舐めちゃダメっすよー。俺の見立てによると、樋口ちゃんのスリーサイズは――」

 刹那、彼の隣にいた山岸さんが、タブレットの角で佐藤先輩の頭を殴った。

「……慎吾、最低。黙ってて」

 彼を見ずに呟く山岸さん。

「い、いやー冗談っすよー……痛ぇ……」

 後頭部を押さえる佐藤先輩に、絢芽が冷め切った目線を向けて。

「とにかく、本日に処理すべきことは全て終わりましたわ。私……そろそろ帰ってもよろしいでしょうか?」

 彼女の言葉に、全員が無言で頷いた。


 椎葉と佐藤先輩はもう少しプールで遊んでいくとのことで、人混みの中に消えていく。

 確かにまだ、太陽は高い。あたしも足に問題がなければ遊びたかったんだけど……まだ本調子ではないので、あまり調子に乗らないでおこう。

 残りの4人は着替えを済ませて、再び、市民プール入口の前に集まっていた。

 午後3時過ぎだというのに、まだまだプールの中に人が吸い込まれていく。楽しんで欲しいな。

「……改めて、本日はお手数をおかけいたしました。私達に出来る事があれば、遠慮なくお申し付けください」

 あたし達3人にペコリと頭を下げる山岸さん。顔を上げた表情は、やっぱり無表情に近いんだけど……どこか安心したような、安堵感を感じた。

「当然のことをしたまでですわ。そちらこそ、何かおかしな動きがございましたら、教えてくださいませ」

 絢芽が言葉を返す。今回の事は、山岸さんの情報提供がなければこんなに早く発覚しなかったので、むしろ、こちらがお礼を言わなければならないかもしれない。

 改めて『灰猫』の情報網に驚き、頼もしく感じた一件だったよね。

「では、ごきげんよう」

「……本日は失礼します」

 私鉄を使って帰る山岸さんと、少し離れた駐車場に迎えが来ているという絢芽が、それぞれの帰路につく。

 その後姿を見守りながら……あたしも帰ろうと思って自転車の鍵を探し始めた。

「――樋口、ちょっと!」

 刹那、奥村先輩に呼び止められる。あたしが鞄から先輩に視線を移すと、苦虫を噛み潰したような表情の先輩が、あたしを真っ直ぐに見つめていて。

「……この後、時間取れるか?」

「別に構いませんけど、絢芽も椎葉もいませんよ?」

「いや、樋口と話があって……単刀直入に言えば、さっき何があったのか、教えて欲しいんだ」

 そう言われて、あたしの顔が引きつってしまう。い、いやー……そうくるとは思っていましたよ、思っていましたけど!

「悪いことは言いません……聞かないほうがいいですよ」

 目をそらして頭を振るあたしだが、奥村先輩も簡単に引き下がらない。

「俺の過失を、樋口にだけ背負わせるわけにはいかない。それとも……言えないようなこと、なのか?」

「うー……恐らく奥村先輩がこれを聞くと、責任を感じるんじゃないかと思っています。あのことに関しては、奥村先輩が責任を感じることは一切ないんですけど、それでも聞きますか?」

 あたしの問いかけに、彼は真顔で頷いた。

 ここであたしがはぐらかしてしまえば、奥村先輩は悶々とした気分のままでこれからの日常をすごさなければいけなくなる。ただでさえ、夏休み期間中も生徒会や『干渉者』として顔を合わせることが多いのだから、あたし達の間にあるわだかまりは、早いうちに解消しておいたほうがいいのかもしれない。

 それに……あたし1人で抱え込むには、少々秘密が大きすぎる。

 意を決して頷いたあたしは、彼に視線を向けて、

「先輩も自転車ですか?」

「ああ、自宅から遠くないからな」

「じゃあ、移動は問題ないですね。ただ……どこで話をしましょうか。あまり人に聞かれたくない話なんですけど……」

 近所にあるのは、ファーストフード店やファミリーレストラン、少し足を伸ばせばショッピングモールのフードコートもあるけれど、夏休みの午後、しかも土曜日ということで、多くの人で賑わっていることが予想される。

 だからといって、個室で話せるような場所はカラオケくらいしか思い浮かばないけれど……考えこむあたしに、奥村先輩が手持ちの電話で時間を確認してから、こんな提案をしてくれた。

「俺の家でもいいか? ここからなら、樋口の家よりも近いだろう?」

「え? お邪魔して大丈夫ですか?」

「今日の父さんは、午後から夜までのシフトだから……家には華奈しかいなくて、なるだけ俺も家にいたいんだ。華奈も樋口に会いたがってたし……ダメか?」

 なんと、華奈ちゃんが家に一人きり!? これは早く帰ってあげなくては!!

 二つ返事で頷くあたしに、どこかホッとした表情になる奥村先輩。

 かくして、あたしと先輩は連れ立って移動を開始するのであった。

「樋口……お前、足を痛めてるのに自転車での移動はどうかと思うぞ」

 ……奥村先輩からのジト目は、無言で受け流すことにした。


 10分後、頭皮に汗が滲む暑さの中、奥村先輩の自宅であるマンション前に到着。

 規定の駐輪場に自転車を止めて、エントランスへ向かうあたしに、

「樋口、先に入っててくれ」

 と、自宅の鍵を投げる奥村先輩。

 ……え?

「へ? あ、いやあの……奥村先輩、どちらへ?」

「華奈からアイスを買ってくるように言われてたのを忘れてたんだ。部屋番号は分かるよな?」

「分かりますけど……じゃあ、あたしも一緒に行きますよ」

 慌てて後を追うあたしに、前を歩く先輩が振り向いてジト目を向けた。

「足が痛い樋口を連れていけるわけないだろう? 今だって左足をかばってる歩き方なんだから……先に入って待っていてくれ」

「……はーい」

 確かに足の痛みが取れないので、ここは素直に従っておくことにした。

 このマンションから近所のスーパーまでは、徒歩2分という劇的な近さなので、買い物を終えた先輩がすぐに戻ってくることは分かっているんだけど。

 小走りで遠くなる背中を見つめながら、あたしは手元に鍵を見つめ、ため息1つ。

「信用されてる……んだよね」

 あの奥村先輩が、一時的とはいえ他人であるあたしに自宅の鍵を預けるなんて思っていなかったのだ。

 実を言うと、奥村先輩の家に来るのは2度目ではない。生徒会活動がない放課後や土日等、時間があるときに、あたしの料理レッスンは続いていたのだ。

 おかげで奥村先輩も包丁をある程度使えるようになったし、華奈ちゃんにも簡単な下ごしらえや洗い物を任せるようになってきた。

 先輩から用事を頼まれた時の華奈ちゃんの嬉しそうな表情は、いつ見てもこちらが嬉しくなってしまうんだよね……。

「……お言葉に甘えよう……暑い」

 このまま待っていると熱中症で倒れてしまいそう。あたしはエントランスのオートロックを解除してから、エレベーターのボタンを押した。


「お兄ちゃん、お帰り……な、さい?」

 鍵を回して玄関の扉を開いた瞬間、廊下の奥にある扉が開き、元気いっぱいの華奈ちゃんがかを出した。

 高い位置でのポニーテールに、ノースリーブのワンピース。手と足がほんのり日焼けしていて、まさしく元気いっぱいの小学生、という感じ。

 一瞬警戒した華奈ちゃんだったけれど、あたしの姿を確認すると、そのままパタパタと近づいてくる。

「香澄ちゃん、いらっしゃいませ。お兄ちゃんは?」

「あー、お兄ちゃんはアイス買うの忘れてたから、スーパーに寄ってるんだ。もうすぐ来ると思うよ」

「えー? お兄ちゃん、また華奈との約束忘れてたのー?」

 ぷぅっと頬を膨らませる姿も、非常に可愛い。

「でも、ちゃんと思い出したから、許してあげてね」

「しょーがないなー……でも、香澄ちゃんを連れてきてくれたからいいやっ! 涼しいとこ行こー♪」

 あたしの手を引っ張る華奈ちゃんに導かれて、クーラーがいい仕事をしているリビングへお邪魔する。

 机には紙粘土が広がっていた。どうやら、宿題の工作をやっていた途中らしい。ゾウやキリンなどの動物が、頭と胴体がバラバラの状態で転がっていた。

 荷物を扉の近くに置くと、目ざとく発見した華奈ちゃんが目を輝かせてあたしを見上げる。

「香澄ちゃん、お兄ちゃんとプール行ってたの!?」

「え? あ、まぁ……うん、そうだね」

 嘘をつく必要がないので首肯すると、「いいなー」と口を尖らせた華奈ちゃんが、粘土の前に腰を下ろして。

「お兄ちゃん、華奈も連れて行ってくれるって言ってたけど、忘れてないかなー。だから宿題を頑張ってるのに……」

 どうやら、奥村先輩と華奈ちゃんの間では、宿題を頑張ったご褒美に市民プール、という話になっているらしい。あたしは華奈ちゃんの前に腰を下ろすと、まだ不満そうな表情の彼女に、ちゃんと朗報を伝えておくことにした。

「奥村先輩、忘れてなかったよ。華奈ちゃんと一緒にまた来るって言ってたから」

 この言葉を聞いた華奈ちゃんが、ハッとした表情であたしを見つめた。

「本当……?」

「本当だよ。華奈ちゃんはウォータースライダーが好きなんだよね。今年は滑るんでしょ?」

「うん、でも、お兄ちゃんは一緒に滑ってくれないからつまんない……」

 また口を尖らせた華奈ちゃんだったけれど、「そうだ!」と、ひときわ大きな声を出して、

「香澄ちゃんも一緒に行こうよ!」

 なんと、華奈ちゃんからもお誘いを受けてしまった。自分から言い出すタイミングを伺っていたので、嬉しい誤算だ。

「あたしも一緒でいいの?」

「うんっ! だって、香澄ちゃんは一緒に滑ってくれそうだもん!」

 あっさり見ぬかれてしまったけど事実なので否定出来ない。まぁ、これで、あたしからお願いする手間も省けたことだし……。

 ……と、ここでインターフォンが鳴る。入り口近くの電話を取った華奈ちゃんが、慣れた手つきでオートロックを解除した。

「お兄ちゃん帰ってきたよ。香澄ちゃんもアイス食べようね!」

 そう言って笑ってくれる華奈ちゃんを見て……妹っていいなぁと思いつつ、あたしと亜澄ではとても真似できない兄弟関係に、羨ましさも感じていた。


 そういえば、奥村先輩の部屋に入るのは初めてではないだろうか。

 とりあえず近くにあったベッドに腰を下ろしたあたしは……なんとも言えない緊張感に包まれて、意味もなく周囲を見渡す。

 あれから、帰宅した奥村先輩と3人でアイスを食べて、華奈ちゃんは再び工作へ、あたしと先輩は込み入った話のために、先輩個人の部屋に移動してきたところだ。

 先輩が帰宅した時にクーラーをつけておいてくれたので、入った時から快適な空間。部屋を入って正面にはベッドがあり、そのとなりに洋服のハンガー。ハンガーの前に勉強机と本棚、という、無駄なものが一切ない、予想を裏切らないシンプルスタイル。

 そして、唐突な来客にも対応出来る整理整頓ぶりだ。さすが奥村会長。

 リビングから持ってきた二人分の麦茶を、とりあえず勉強机の上に置いてから、

「飲みたい時は言ってくれ。他にテーブルがなくて悪いな」

「いえ、お構いなく……」

 緊張してお茶ばかり飲むと、頻繁にトイレに行きたくなるような気がするから、程よい距離感が今の私にはありがたかった。

 本棚には勉強の参考書しか並んでいないかと思いきや……あれ、最近流行してる某少年漫画が全巻揃っているじゃないか。今度、読ませてくれないかなー……。

 あたしが本棚をまじまじと見つめていると、勉強机の椅子を引っ張ってきた奥村先輩がそれに腰掛け、少し高い位置からあたしを見つめる。

「どうかしたのか?」

「え!? あ、いやその、今度漫画読ませてほしいなーなんて思ってませんから!」

「……しっかり口に出してるぞ、樋口……」

 嘆息しつつ見つめられると、少しだけ緊張した。無理もないと思いたい、だって、部屋に二人っきりの状態で、あの話をしなければいけないんだから……。

 反射的に視線を逸らしてしまう。あぁやっぱり無理だ。先輩の顔を見ながら話せるほど、神経図太くないんだから!

 あたしの態度に彼は何も言わず、ただ、待ってくれている。

 一度唾を呑み込んでから、あたしも……覚悟を、決めた。

「じゃ、じゃあ……説明します。あの時、何があったのか」



「有坂さん、挟み撃ち致しましょう。私は後ろから追いかけますわ」

「了解! じゃあ香澄ちゃん、この場は任せた!」

 2人がそれぞれの方向に走って行く後ろ姿を見送りつつ……2人がいなくなって満足そうな奥村先輩をどうしようかと、途方に暮れるあたし。

 今の奥村先輩の状況って、逃げた黒幕が何とかなれば元に戻ってくれるんだろうか……雛菊、そのへんも何とかしてくれるのだろうか?

 顔を引きつらせつつ彼を見上げると、満面の笑みの奥村先輩と、視線が交錯する。

 ……うわぁぁゴメンナサイ奥村先輩! やっぱり、あたしにその表情は受け入れられませんっ!!

 水の中で『颯』を握りしめたあたしは、奥村先輩を真っ直ぐに見据えて、


「威力は弱くします本当にスイマセン! 踊れ、はや……」


 刹那、奥村先輩が無言で距離を詰めた。

 唇が重なり、あたしの呪文は無効化される。

 風は、起こらない。


 ……って、ちょっと待って! 今、あたしに一体何が起こっているの!?

 自分の現状を頭で理解した瞬間、驚きのあまり全身が硬直した。

「ふっ……ぐっ……!」

 驚きで『颯』から手を離しそうになったところを何とか持ちこたえる。あたしは強引に上半身を動かして逃げようとするが、いつの間にか彼の手に『焔』はなく、両肩を掴まれてしまった。身動きが取れない。

「んっ……んんーっ……!!」

 半ばヤケクソで、右足を自分の方へ引き寄せ、思いっきり奥村先輩の腹部を蹴った。『颯』を持っていたことで多少はドーピングされていたのか、先輩の体を引き剥がすことに成功する。

 バランスを崩した先輩が、後方に倒れてプールに尻もちをついたのが見えたけど……個人的にはそれどことではない。

 あた、あたし……今、何をされた?

「はぁ……はぁっ……!」

 とりあえず呼吸を整える。心臓がうるさいくらい脈打ち、顔が真っ赤になっていくのが、自分でも嫌になるほどよく分かった。今がこんな状況でなければ、プールに顔をつけて冷やしたいくらいだ!

 でも、状況がそれを許さない。それはあたしが一番よく分かっていること。

 水中で『颯』を握りしめたまま、奥村先輩を見つめる。再び立ち上がった先輩が、笑顔で、再びコチラへ向かってくるのが分かった。

「香澄は恥ずかしがり屋さんだなぁ。でも……次は抵抗出来なくなるようなこと、しちゃうぞ♪」

「ひっ……!」

 自分でも顔が引きつっているのが分かった。『堕落者』じゃないんだから直接攻撃しちゃダメだって分かっているけど……でも、今目の前にいる奥村先輩が、怖くて怖くて仕方がない。

 攻撃したい、けど、出来ない。

 無意識のうちに『颯』を強く握っていた。今の先輩があたしに何をするのか分からないけど……でも、『焔』を持っていないから、あたしが敵意を見せなければ攻撃されることはない、かな?

 冷静な自分を引っ張りだして、必死に状況を分析する。そうしないと、違うことに意識を持っていかれそうだったから。

 奥村先輩との距離が近づく。そして、


「――明鏡止水!」

「――撼天動地!」


 椎葉と絢芽の声と、何が重たいものがいくつも落下したような音が、少し離れたところからほぼ同時に聞こえてきて。

 刹那、不意に意識を失った奥村先輩がその場で膝をつき、あたしに向かって倒れこんでくる。

「うわっ!! って……先輩? 奥村先輩!!」

 『颯』から手を離して、何とか彼の顔が水につかないように両手で体を支えながら……あたしは、今しがた自分の身に起こったことを、まだ信じられずにいた。



「……と、いうわけです。嘘だと思うならば、雛菊にも聞いてみてください……」

 あたしが説明を終えて奥村先輩を見やると、顔面蒼白の彼が、泣きそうな顔であたしを見つめていた。

「俺が……俺が樋口に、そんなことを……!?」

「いや、奥村先輩じゃありませんから。先輩の体を使った『堕落者』のせいなので……謝ったりしないでくださいね。先輩も被害者だってことを忘れないで下さい」

 予想通りの反応に、あたしから念を押しておいた。こうでも言わないと、奥村先輩は自分を責めて落ち込みそうな気がしたから。

 しかし、先輩は両手で頭を抱えてガクリとうなだれると、何やら1人でブツブツ呟いていらっしゃる様子で……。

「俺……責任とった方がいいよな……」

「何に対してですか!? とにかく落ち着いてください、確かに奥村先輩があたしに無理やりキスしたり顔を胸にうずめたりしたことは事実なんですけど……」

「樋口……俺を『颯』で切り裂いてくれて構わないから……『焔』も使うか?」

「切り裂きませんし『焔』は使えません! あぁもう……えぇっと……そのー……っ!」

 自己嫌悪のループに陥っている奥村先輩に、あたしは、さっきからずっと考えていたことを提案することにした。

「今回のことは……忘れましょう!」

「樋口……」

 先輩が顔上げて、あたしを見つめる。

 狼狽えた瞳が、「お前は何を言い出すんだ?」と語りかけている気がした。

 だから、ちゃんと伝えるんだ。

「難しいなら雛菊の力に頼ってでも忘れましょう! あれは全部、不幸な事故だったんですから」

「確かにその通りなんだが……」

「そもそも奥村先輩は覚えていないんですから、今の話は「こんなことあったなー」的な青春の1ページとして、心の片隅にでも留めておいてください。あたしもそうしますから」

 ここであたしが話を進めておかないと、奥村先輩はいつまでたっても気にしてしまう。だから話をしたくなかったんだけど、あたしが不用意に口を滑らせたことも、この状況を作りだした原因の1つなのだから、あまり先輩ばかりを責められなかった。

 正直、あのことを綺麗さっぱり忘れて奥村先輩と接していくには、少し時間がかかるかもしれないけど……でも、個人的には、笑顔でサムいことを言いまくっていた先輩の方が強烈だったんだよねー……。

「えぇっと……個人的には、見ず知らずの人よりもむしろ奥村先輩で良かったというか……って、何言ってるんだあたしは……とにかく、今回はそんなことがありました、はい、それでオシマイです! これ以上もこれ以下もありませんっ!」

 これ以上フォローを続けると、今度はあたしがとんでもない墓穴を掘りそうな気がして、話を終わらせることにした。

 気がつけば顔が赤くなっている。思い出すと色々恥ずかしい気分になってしまうんだけど……そんなあたしの態度が奥村先輩の罪悪感を呼び起こしてしまうならば、あたしがいつもどおりの態度で接するようにしなくちゃ!

 と、思ってはいるんだけど……それをすぐに実行できるほど、あたしのメンタルも強くないわけでして……。

「あ、あのー……お茶をもらってもいいですか?」

 ひと通り話が終わったら、急にのどが渇いてしまった。あたしの言葉を受けて先輩が机の上のコップを取ると、椅子から降りてこちらへ近づいてくる。

 無言でコップを手渡した奥村先輩が、あたしの隣に腰を下ろした。先輩の体重で、ベッドが沈む。

 な、何なんだ……? コップのお茶をすすりながら横目で見やると、彼もコチラを伺っていることが分かる。1分ほど無言のまま時が流れて、

「……樋口」

「な、何でしょうか……?」

「樋口は望んでいないかもしれないけれど……やっぱり一言、謝らせてくれないか? その……キスをしたことは覚えていないんだが、胸を触ってしまったことは覚えているから。俺が守るとか大口を叩いた結果がこのザマだ、自分でも情けないと思ってる」

 生真面目に語るその言葉の端々に、先輩の中にある憤りを感じてしまう。

 まぁ確かに、後者に関しては謝罪があってもいいかもしれない。一言謝ってもらうことで、先輩の気分が楽になるんだったら、あたしはそれを受け入れるべきなんだと思うけれど、でもね。

「……嫌です」

 違うと思うことを受け入れることが出来ない、あたしはそんな性格だから。

「だって、奥村先輩は悪くないんですよ。先輩が『堕落者』の分まで謝らなくていいんです。まぁ、どーしても気がすまないって言うんだったら……」

 お茶をもう一口飲んでから、あたしは先輩の顔を見つめた。

「今日の晩御飯、奥村先輩や華奈ちゃんと一緒に食べさせてください。家に帰っても雛菊しかいないし」

 あたしの提案に、先輩は一度目を見開くと……すぐに、苦笑いでため息をついた。

「……雛菊さんは放っておいていいのか?」

「いいんですよ、あたしがいなければ勝手に外食してるみたいですから」

 そもそも人間ではない雛菊に食事が必要なのか、という、根本的なところから尋ねたいところなんだけど……怖い答えが返ってくるのもイヤなので聞けない、チキンなあたし。

 提案を受け入れてくれた奥村先輩は、はぁ、と、大きなため息をついた。

「何というか……一気に色んなことがあって疲れたな」

「とりあえず、奥村先輩もお茶を飲んで一服したらどうですか?」

 立ち上がって机まで取りに行くのは面倒だと思ったので、あたしが持っているコップを差し出す。無言でそれを受け取った先輩が、まじまじとあたしを見つめる。

「樋口って……ナチュラルにそういうことするよな」

「え?」

「……何でもない」

 先輩はそう言って、コップのお茶を飲み干した。



 その日の夜は、華奈ちゃんと一緒にハンバーグを作って楽しい食卓を囲むことが出来た。

 華奈ちゃんの宿題の進捗状況と、お盆の予定等を考えて……プールは8月の後半になりそう。でも、それまではあたしも課外授業なんかを頑張るぞ!

 ……と、気持ちも新たに迎えた週明け。あたしにいよいよ、とんでもない爆弾が投下される。


「あ、来た来た香澄ちゃん、遅いよ、待ってたんだから」


 久那高校、生徒会室。

 午前の課外授業が終わって、午後の生徒会活動に向けて、密かに扇風機を導入している生徒会室で昼食を食べようとしていたあたしは……扉の向こうにいた亜澄に、背筋が凍った。

「あ……亜澄!?」

 彼女の名前を呟いた声は、震えていて。

 扇風機で涼んでいた彼女は、あたしそっくりの笑顔を向けて、こう、言い放った。

「そーだよ香澄ちゃん、今日からしばらくお世話になるから、どうぞよろしくねっ」


 ――逃げ続けることは、許されないらしい。

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