悩める淑女のコンサルテーション
「あれ? 今日……奥村先輩はいないんですか?」
週明けの久那高校生徒会室、室内にいるのは稲月先輩と皆瀬君のみ。
近くのテーブルにカバンを置きつつ周囲を見渡すと、パソコンの前に座っていた皆瀬君が、何やらニヤニヤした表情であたしを見つめた。
「あれ、樋口さん……知らないんですか?」
「へ? 何を?」
何のことだろう。意味がわからず目を丸くするあたし。近くで資料整理をしていた稲月先輩が、「だ、ダメよ皆瀬君、奥村君にもお付き合ってものが……」と、妙にワタワタし始めた。
……何事だ?
「何かあったの? 奥村先輩が私用で休むなんて珍しい……」
確かに、文化祭に向けての準備は急いでいない。夏休みだってある。今日だって特に仕事はないけれど、久しぶりに日常を感じたくて真面目に参加しているというのに。(雑談ばっかりなんて言わないで!)
あたしの反応を見た皆瀬君は、急に声を潜めて、
「奥村先輩……今日、デートなんですよ」
「へー、デートなんだ」
そうか、デートだったらしょうがないな。奥村先輩だってたまには羽を伸ばしたいだろうし……。
……って……デート?
……誰が?
……奥村先輩が!?
「えぇぇぇっ!?」
自分でもうるさいくらい声を上げてしまった。いやだって、えぇっと……あの、あの奥村先輩がデート!?
「だっ……誰と!?」
思わず身を乗り出して尋ねる私に、皆瀬君は意地悪な表情で言葉を続けた。
「詳しいことは僕にも分かりませんが……あの反応は間違いなくデートですね!」
「あの反応?」
「ええ。放課後、奥村会長に廊下で会ったんですけど……今日は人と会う用事があるからって、言い終わらないうちに足早に帰っちゃったんですよ。あれはデートですね。間違いないです!!」
人と会う用事がある、足早に立ち去る……確かに、普段のスマートな先輩とは思えない態度だ。家の事情なら素直にそう言ってくれそう。動揺が伺える。
でも、デート……誰と?
私が知っている範囲だと非常に限定されてしまうからあんまり想像したくないけど……でも、奥村先輩生徒会を休んでまでデートする相手だもん。きっと……。
「樋口さん……気になりませんか?」
聞かれて一瞬口ごもった。でも、ここは正直にうなづく。今更隠せないし。
「ま、まぁ……ぶっちゃけ気になるよね。だって、奥村先輩って久那高に彼女はいないはずだし」
「そこなんですよ。考えられるのは他校の生徒なんですけど……例えば、星霜学園の生徒会長さんとか。美人ですしね」
「確かにそうだけど……綾小路さんがそんなに積極的だとは思えないけどなぁ……」
あたしと皆瀬君が互いの考えをぶつけて悩む様子を、少し離れた場所から苦笑いで見守る稲月先輩。
その表情が少しだけ寂しそうなことに……あたしは、気がつけなかった。
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同時刻、久那センの一角にある喫茶店にて。
学生というよりも社会人向けの落ち着いた内装。クラシックが流れ、茶色で統一された室内に、控えめの照明。木造のテーブルと椅子が余裕を持って配置され、スーツ姿でパソコンに向かい合うビジネスマンや、一人で文庫本を読む妙齢の女性など、それぞれの時間を過ごしている。
そんな店内の一番奥、4人がけの席に向い合って座っているのは、
「さすが東原……選択肢が違うな」
「そうでしょうか。これくらい静かでなければ、落ち着いてお話も出来ませんもの」
チラチラと周囲を見渡す悠樹と、したり顔の絢芽。
水を持ってやってきた店員にコーヒーを2つ頼んだ彼女は、居住まいを正してぺこりと頭を下げた。
「それよりも……今日は、ありがとうございます。生徒会は大丈夫ですの?」
「ああ。正直、東原の方が心配だ」
水を一口すすった彼は、表情から優しい笑みを消して、
「この間の戦いは、俺に言われたくないかもしれないが、らしくなかったな」
土曜日の戦いを思い出す。
敵に攻撃を仕掛けるつもりが、結局、囮になってしまった絢芽のことを。
「善処しますわ。その代わり……相談に乗って欲しいことがありますの。いつか、時間を作ってもらえませんか?」
あの時の彼女の言葉が気になり、悠樹は早速行動に移した。
これは……絢芽が頑張って出したサインなのだから。
「……申し訳ありません。あれは私の完全な読み違いでしたわ」
「謝ってほしいわけじゃない、理由を教えて欲しいんだ。自分では分かっているんだろう?」
悠樹の問いかけに、絢芽はゆっくり頷いて、
「焦って……いるのだと思いますわ」
「焦る?」
意外な言葉だった。聞き返す悠樹に、絢芽はコップの水を見つめながら続ける。
「ええ。私は、『雫』を使って戦うために生きてきたようなものです。傲慢かもしれませんが……私が皆さんを引っ張っていくんだと、理不尽な非常識に放り出された皆さんをフォローするようにと、家族から言われることがありましたの」
程なくして店員がコーヒーを持ってきた。上品な香りが鼻孔をくすぐる。絢芽は何も入れずに一口すすった。悠樹もまた、一口すすって……無言でテーブル脇の砂糖とミルクをたぐり寄せた。
「東原は……本当に生まれた時からの『干渉者』なんだな」
「お恥ずかしながら。ですから正直、奥村さんや有坂さん、それに……樋口さんに追い越されるのが、怖くて仕方が無いのですわ」
カップをソーサーの上に戻し、右手を見つめる絢芽。
気がつけば、『雫』を手にとっていた。
いずれ戦うこと、それが確定している限り、鍛錬を怠るわけにはいかない。友達と遊ぶよりも、テレビを観るよりも優先すべきこと……そんな毎日が普通だと思っていた。
だから、自信もある。積み重ねてきた結果は、絢芽を一流の戦士に仕立て上げていた。
それなのに……最近は、突然力を得た他のメンバーに遅れをとるばかり。
一連の騒動だって、星霜学園が多く絡んでいるというのに、敵のしっぽを掴みそこねている。
「焦っていても無駄だということは頭で理解していますの。でも、どうしても行動が焦ってしまう。私だけ……私だけ力を得られなかったらどうしよう、そんなことばかり考えてしまいます」
か細い声で聞こえてきた本音。悠樹は砂糖をかき混ぜながら言葉を探して……浅く、息をついた。
「俺が言っても説得力がないかもしれないが……こればっかりは、その時を待つしかないんじゃないのか? 樋口だってまだ……」
「樋口さんにはその片鱗があります。前例が2度。彼女はまだ感覚だけで戦っていますから、その感覚を身につければ、間違いなく力を使いこなしますわ」
絢芽はそう断言しながら、眼鏡の奥の瞳を伏せて、
「私は……『雫』の力を使いこなせるのか、皆さんの足手まといにならないのか、こんなに不安を感じるのが初めてで、どうすればいいのか……」
「――へぇ、そんなこと思ってたんだ」
刹那、唐突に割り込んだ第三者の声に、絢芽と悠樹はびくりと両肩を震わせた。
慌てて声がした方を見ると、
「お久しぶり。こんな所で密会なんておシャレだねぇ。亜澄も混ぜてもらって……いいかな?」
白いサマーニットと黒いミニスカートという出で立ちの亜澄が、屈託の無い笑顔で二人を見つめていたのだった。
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一方。
生徒会室でシュレッターのハンドルを回しながら、奥村先輩の相手をあれこれ考えていると、
「そういえば週末、星霜学園の生徒さんが行方不明になったそうですね」
印刷された資料を手に取った皆瀬君の言葉に、無意識のうちに奥歯をかみしめているあたしがいる。
あの後――河辺のグラウンドでの戦いを終えたあたし達に、御崎さんが見つかったという連絡が入ったのだ。
彼女は私服姿で、星霜学園内の教会の裏に倒れていた。怪我はない。しかし、自分がどうしてここにいるのか、一切覚えていない状態で。
あの後、検査のために学園内の医療施設へ移送されたと絢芽に聞いたけれど……一連の事件に、三木先生や亜澄、蓮華が関わっていることに間違いはないと思う。
でも、どうして? 一体何のために? 全く分からないまま。
雛菊は「星霜学園へ潜入です!」と言い残したままどこか行っちゃったし……こちらが後手に回っているのは現実。どうすればいいのか。
こんなとき、奥村先輩の考えを聞きたいんだけどなぁ……。
「そういえば樋口さん、延期になった会合の日程がメールで届いてましたけど、奥村会長から聞いてますか?」
「えぇ? 聞いてないよ。っていうか、今日は奥村先輩に会ってないし」
「ですよねー……じゃあ、コレがそうなので、奥村会長にも伝えてもらえますか?」
彼が笑顔で渡したA4のコピー用紙は、星霜学園からの業務メールが印刷されていた。
そこには、御崎さんの件の謝罪と、
「え? 納涼祭?」
星霜学園で、終業式の日の夕方に納涼祭という……多分お上品な夏祭りなんだろう、多分……を行うからおいでませ、という招待状だった。
ちなみに、次回会合は夏休み明けの9月とのこと。忘れないように!と、自分へ言い聞かせる。
しかし、納涼祭ってどんなお祭りなんだろう。夏祭りって表記じゃないから、さぞかしお上品な、それこぞ焼きそばやたこ焼きが似つかわしくないお祭りなんだろうか。それはそれで寂しいかも。
一応、自由参加ってことになっているけれど、絢芽もいるし、行ってみようかな。
奥村先輩は……どうすれだろうか。
この場にいない先輩のことを思い出すと、少しだけ……胸が痛い、そんな気がした。
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「ココ、座っていいよね?」
本人の許可を取る前に、悠樹の隣へ腰をおろす亜澄。
屈託の無い笑顔を、絢芽は冷めた瞳で睨みつけた。
「何のつもりでしょうか。私は、奥村さんとお話をしておりますの。邪魔をしないでいただけます?」
しかし、この程度で萎縮する亜澄ではない。水を持ってやってきた店員にレモンティーを注文すると、
「まぁまぁ、そんなこと言わないでよ。亜澄だってまだ、諦めたわけじゃないんだから」
「諦めていない……?」
「そ。一人でも多く、こっちの陣営に引きずり込まないと……例えば、今、色々悩んでる絢芽ちゃんとか、ね」
亜澄と絢芽、二人の視線が交錯する。数秒の沈黙の後、先に逸した亜澄が手元の水を一口飲んで――急に、目を細めた。
「勘違いしないでもらいたいのは、亜澄だってこの世界をこれ以上悪くしたいとか、そーゆーことしたいわけじゃないんだよね。ただ、時間を戻してこの世界をもっと良くしたい、そのために力を貸して欲しいってだけなの」
「信じられませんわね。では、どうして『堕落者』を煽るような真似をしていらっしゃるのかしら」
「だって……みんな、つまんない顔して生きてるんだもん」
「つまんない顔……?」
絢芽が顔をしかめた。対する亜澄は嬉々として己の理想を語る。
「そうだよ。自分のことを隠して、我慢して、バカみたい。もっと正直に生きたほうが絶対楽しいのにね」
そこまで聞いた絢芽は、思わず笑みを浮かべた。
だって、それは――理想論。空想と呼んでも構わないだろう。
「馬鹿なことを。それはただの理想ですし、無秩序な世界ですわ」
「そ、今の世界でそれをやっちゃったら、単なる動物園になっちゃうだろうけど……だったら、それが許される秩序を創り上げればいい。亜澄は蓮華と時間を戻して、世界を創り変えるんだ。最初から人間がそうやって生きていけばいいんだよ。そうすれば、最終的に『堕落者』だって生まれない、絢芽ちゃんの疑問は杞憂だ」
亜澄が語る理想は、色々飛躍しすぎていると思うのだけど……どうして、それに賛同したいと思う自分がいるんだろうか。
「亜澄が結果として『堕落者』を『繁栄者』に入れ込んでトラブルを起こしてるのは事実だけど、元々『堕落者』も『繁栄者』から生まれたものだし、亜澄的にはちょっと手伝ってあげてるだけなんだよね。その証拠に、亜澄や蓮華がちょっとだけ干渉しただけで、あんなに生き生きしちゃってるじゃない」
「生き生き、ですか……」
「星霜学園のお嬢様って、一番顕著に顕れるんだよね。だから、すごく面白い結果が出てるんだ」
それは、空想のイデオロギィ。だけれど、亜澄の中では実現する目標。
「絢芽ちゃんだって、自分をもっと普通の女の子として生かしてあげようよ。亜澄に協力してくれれば『今の絢芽ちゃん』のままで、その足かせから開放してあげる。家のためとか世界のためとか、そんな使命感で苦しめなくたっていいじゃない」
普通の女の子。それは、どれだけ手を伸ばしても届かない幻。
絢芽の心のなかで発生した、小さいけれども確かな揺らぎ。それを察知されないように注意しながら、迷いなく理想を語る亜澄に問いかける。
「そんなことが――可能だとお思いですの?」
「勿論。香澄ちゃんは無理でも、他の皆が協力してくれれば……ね」
驚くほど迷いがない。この強さはもう一人の「彼女」にも通じているのだろう。絢芽とは正反対で、眩しくて仕方がない――彼女と。
真っ直ぐ見つめらて視線を逸す。呑まれそうな気がしたから。
一瞬、亜澄にかけるのも面白い気がした。そうすれば、自分はこの『宿命』から解放されるのだ。きっと、今よりもっと楽しい毎日が待っている。
一人でもがき、戦うのではなく、友達と一緒に他愛もない話をして、放課後は一緒に遊んで……そんな、日常が当たり前になる世界が。
――じゃあ、今は楽しくないのか?
自分はこれからも、自分を犠牲にして生きていくしかないのか。
自分は……一人なのか?
「ここにいる全員のために命をかけた絢芽をこれ以上侮辱するなんて、気分が悪いのでやめてもらえませんか?」
不意に、彼女の言葉を思い出した。
言いたいことを言い切った、そんな彼女の姿と一緒に。
「いやー、しぶといわこの扉。でも……俺達の息も割と合ってきたと思わない?」
次に、あの時のことが脳裏をかすめる。
意思の疎通など無理だと思っていた、そんな彼と共に力を合わせて、成功した。
「ああ。正直、東原の方が心配だ」
そして、先ほどの言葉を思い出す。
彼にならば相談出来る、そう思える存在だって出来た。
……いるじゃないか、世界を変えなくたって。
悩んで、苦しんで……変わろうともがいている。
それに自分が含まれているなんて、気が付かなかったけれど。
「……随分感化されてますわね、私も」
実感して、ため息を付いた。いつからこんなことになってしまったのか……思い返すのはやめよう。
絢芽が改めて亜澄を見据えた。その瞳に……普段通りのクールな強さを宿して。
「ひと通り伺いましたけれど……ええ、貴女の考えは面白いと思いますわ」
予想以上の高評価に、亜澄が嬉々として腰を浮かせる。
「でしょ? だったら――」
「ですが、私はお断りいたします」
刹那、亜澄の目がすぅっと細くなった。それは、目の前の相手が敵か味方かを最終的に判別するため。
しかし、絢芽もまた、表情を変えずに続けた。
「自分の生まれを嘆いたことがないと言えば嘘ですわ。でも、ようやく最近、それが楽しいと思い始めたところなんですの」
絢芽の言葉を受けて、間髪入れず言い返す亜澄。
「今は楽しいかもしれない……でも、それも続かないよ。いつか絶対に苦しさに負けちゃう。それでも続けるの?」
「当然ですわ。だって……」
そして、絢芽は口元にニヤリと笑みを浮かべて、こう言った。
「だって……私が負けるはずがありませんもの」
亜澄が無言で席を立つ。
「あら、紅茶がまだですわよ」
「いらない。この場にいても無駄だもん」
悠樹に背を向けたまま歩き出そうとする亜澄を、絢芽はコーヒーをすすりつつ、視線だけで追いかけて、
「奥村さんには何も言わないんですのね」
ぴくりと亜澄の動きが止まる。言葉を探しているのか、沈黙が続き、
「悠樹君は……いいの」
「あら、そうですか。私は諦めずに再交渉なさるのかと思っていましたわ。だって亜澄さん、奥村さんのことが――」
「――!?」
刹那、振り返った亜澄が絢芽をすごい形相で睨みつけた。
その顔を、真赤に染めて。
「絢芽ちゃん!!」
絢芽はふいっと視線をそらして、カップをソーサーの上に戻す。
「これは失礼致しました。カマをかけたつもりだったのですけれど……図星でしたのね」
「っ……!!」
亜澄は今度こそ完全に沈黙して……踵を返し、店の外へ出ていく。
終始、一言も発言出来なかった悠樹は、すっきりした表情でコーヒーを楽しむ絢芽に訝しげな視線を向けて、
「なあ東原、最後……俺が何だって?」
「何でもありませんわ。お気になさらずに」
これ以上聞くな、言外に感じる威圧感に圧倒され、黙るしか無い。
だけど……。
「何だかすっきりしたみたいだな」
「ええ、不本意ながら。少し……頭で考えすぎていたようですわ」
悠樹の言葉に笑顔でうなづく絢芽。悠樹は悠樹で胸を撫で下ろしつつ、
「でも、あんまり考えなしに行動しないでくれよ。それは、樋口一人で十分だ」
「あらひどい。私をお宅の彼女と一緒にしないでくださいませ」
「お宅って……」
すっかり調子を取り戻した絢芽に、悠樹は反論せず……肩をすくめた。
と、
「あら、雛菊さん……」
二人の携帯電話が同時に振動する。メールの差出人は雛菊。
その内容は、今日の夜に作戦会議を行うから樋口家に集合というもの。
「作戦会議、ですか。そういえば先日、意味のわからないことをおっしゃっていましたわね」
「とりあえず、次からは普段通りに戦えそうか?」
彼が質問をした次の瞬間、亜澄の注文したレモンティーがテーブルに届く。
絢芽はそのカップを手に取ると、顔に近づけて香りを楽しみつつ、
「ありがとうございます。もう、あんな無様な戦いはしませんわ」
はにかんだ笑顔。それを見た悠樹は、彼女が立ち直っていく確かな気配を感じた。
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夕刻、午後6時30分……なぜか作戦会の場所に指定された我が家に、奥村先輩、絢芽、椎葉、そしてあたしの4人が集合していた。
肝心の雛菊は……まだ、姿を見せない。
「雛ちゃん、呼び出すだけ呼び出して……何してるんだろうね」
一人だけTV前のソファに座った椎葉が、学ランのポケットからおせんべいを取り出してひとかじり。
ダイニングテーブルの椅子に腰掛けているあたし達3人は、顔を見合わせるだけ。
一瞬、正面にいる奥村先輩と視線が交錯する。家に帰る途中で絢芽と一緒に歩いてきた先輩と出会ったんだけど……まさか、今日のデートの相手は絢芽!?
聞きたい、でも、聞けない……。
あたしが一人でもごもごしていると、隣に座っている絢芽がため息をついて、
「姉妹そろって……そんなに悠樹さんに聞きたいことがあるんですの?」
刹那、彼女の言葉に彼女以外の3人が目を見開いた。
え、いや、ちょっとまって……どこから突っ込んでいいのやら!!
「姉妹そろって? っていうか絢芽、今、奥村先輩のこと……!?」
「これは失礼。ちょっと真似をしてみただけですわ」
「真似?」
気がつけば椎葉もおせんべいを噛み砕きながらこちらに近づく。
少し焦った様子の先輩が、絢芽に困った顔を向けた。
「おい、東原……」
しかし、彼女は真顔で首を横に振る。
「黙っておくものではないでしょう? いくつか気になる点もありますの」
そして、事のあらましを話し終えると、もう一度、何かを否定するように首を横に振った。
「秩序を変える、なんて馬鹿馬鹿しいと思っていたのですけれど……私達の常識や考え方、この社会は、全て過去の積み重ねによるものですわ。彼女達が本気で時間を戻して、この世界を作り変えるというならば……過去が変わり、私達の存在も保証されないと考えたほうか懸命だと思いますの」
淡々と告げた絢芽の言葉に、背筋が震えた。
過去が変わる。それは、今の私達の存在を揺るがす。
だって、両親が出会わなければ? そもそも生まれなければ?
もしかしたら『樋口香澄』は存在するかもしれない。でも、それは違う世界の『樋口香澄』であって、『今のあたし』ではないと思うんだ。
以前、蓮華は『今のあたし』のままで時間を戻すと言っていたし、今日の亜澄も同じようなことを言っていたみたいだけど……本当に?
「亜澄は、どうやってそんなことを……」
「私たちの協力が得られない以上、何か別の勝算があると考えるべきでしょうけれど……そこまでは分かりませんでしたわ」
すると、椎葉がひょいと片手を上げて話をまとめる。
「何だか話がデカすぎてちょっと整理したいんだけどさー……今の俺達がやるべきことは、亜澄ちゃん側の手段を把握して止めること、それでいい?」
「ひとまず、そうなりますわね。とはいうものの、どうやって相手の情報を得ればいいのか……」
「ふっふっふ……皆さん、そのへんは雛菊にお任せ下さいっ!!」
刹那、リビングの扉が大げさに開き、
「お待たせしました!! 準備は全て整っておりますっ!!」
何やら自信満々の雛菊が乗り込んできた。
全員が彼女を見つめ……無言になる。
だって、その自信の意味や根拠が分かんないんですよ、雛菊さん。
後ろ手に何かを隠したまま室内に入ってきた彼女は、ダイニングテーブルで固まっているあたし達の近くへ近づき、
「うふふふふ……」
「ちょ、ちょっと雛菊、さっきからその笑いが作為的すぎて怪しいんだけど……」
「あらあら、そんなことありませんよ香澄さん……うふふふふ」
いや、そんなことありますから!!
「ひとまず……これを御覧くださいっ!!」
全員が疑問の眼差しを向ける中、雛菊がばばーんと取り出したのは、
星霜学園の制服×3
全員が硬直する中、雛菊は朗々と宣言する。
「さあ皆さん、敵陣への潜入調査ですっ!!」