奇妙なペアでのストラグル ~悠樹×絢芽編~
焦りは動揺を生み、そこからさらに焦りが募る。
そんな悪循環に陥らないように、明鏡止水の精神で何事も冷静に対処する。
それが、この刃を――『雫』を受け継いだ者の使命だ。
そう、言われ続けてきた。
それなのに。
「はぁっ……!」
珍しく肩で息をしていた。最低限で無駄のない動きと呼吸で『骸』を断つ、それが、東原の家に生まれ、『雫』を持つ者の役割。
そう、教えられてきた。
それなのに。
先歩ほどから何度切り刻んでも、水で巻き上げても、氷で凍らせても。
目の前にいる砂の人形は何度でも再生する。
絢芽とあまり変わらない大きさを維持しながら、何度でも。
そして、絢芽へは攻撃してこない。
お前の攻撃は無駄だ――言外に物語る余裕が、絢芽を余計に焦らせていた。
ノルマは1人1体、言いだしっぺが達成できないとは滑稽な事実。
「鬱陶しいですわね……!」
無意識のうちに奥歯をかみしめる。今までこんなことはなかった。初めて1人で『堕落者』と対峙したあの夜から、一度も。
夏の太陽が容赦なく照りつけるグラウンドで、乾いた風が砂煙を巻き上げた。
そして、一瞬だけ空間がゆがみ……何かに包まれたような、そんな錯覚。
「……雛菊さん、でしょうか」
彼女の位置から姿が見えないが、漂う気配で彼女の加勢を感じる。
刹那――遠慮はいらなくなったと言わんばかりに砂人形から一気に距離を詰め、瞬時に鋭利な刃へと変えた右腕(?)を彼女へ突き出す!
「くっ……!」
咄嗟に横へ体をひねった絢芽のいた空間を串刺しにするように、砂で構成された刃が通り抜けて行った。
貫かれたらひとたまりもない。冷や汗が背中を滑り落ちていく。
……冷や汗?
「しつこい……ですわよ!」
器用に体を回転させて、絢芽を串刺しにしようと執拗に狙う砂の刃をかわしつつ、彼女はぽつりと呟いて……自分の方へもう一体の砂人形を連れて近づいてくる悠樹の姿を見つけた。
「奥村さん……」
椎葉でないことに内心安堵しつつ……これからの戦い方を頭の中で再構築する。
その中心は、自分ではない。
彼がこちらへ向かってくるのは、絢芽に助けを求めているのではない。むしろ逆だろう。
認めるしかない。自分は明らかに劣性であることを。
「東原!!」
走ってきた悠樹と合流した絢芽は、努めて冷静を装い、左右から2人へ殺意を向ける2体の砂人形の位置を確認する。
2人を中央に置いて、それぞれ5メートルほど離れた位置からの挟み撃ち。この状況で2体をまとめて攻撃するのは難しい。
「雛菊さんがいらっしゃいましたの?」
隣に立つ悠樹のほうは見ずに、言葉を投げる。
「あ、ああ。それで……」
「この『骸』を打破できるのは、奥村さんの力。違いますか?」
きっとここで絢芽が悠樹を見てしまったら、力が及ばない悔しさが募り、本来の力を発揮できなくなるかもしれない。
そんな姿を見せるのは――嫌だった、絶対に。
悠樹は彼女の横顔を横目で一瞬だけ見ると、すぐに視線を正面に戻し、
「……そうだ。悪いが、今回は俺に合わせてもらう」
それが、彼に出来る最大限の優しさだった。
絢芽は『雫』を握りなおすと、一度だけ、浅く息をついて、
「善処しますわ。その代わり……」
ぽつりと呟いた彼女の意外な言葉に、悠樹が思わず目を丸くする。
次の瞬間、今まで突っ立っていた2体の砂人形が、両手を鋭い刃に変えて突進してきた!
互いの攻撃が自分たちにあたっても、砂だから痛くもないのだろうか……弾丸のように真っ直ぐ突っ込んでくる姿に、躊躇する気配はない。
しかし、それは……絢芽にとって想定内の攻撃。心を落ち着けて、普段通り、普段通りに――
「東原!?」
刹那、絢芽の体が大きく傾き、地面に倒れこむ。
『雫』が手から離れ、地面に吸い込まれるように霧散した。
それが、悠樹から強引に引っ張られたからだと気がついたのは、
「――炉火純青!!」
攻撃対象がいなくなり、中央ですれ違った砂人形を悠樹の『焔』が捉えて灰にしたことを目の当たりにしてからだった。
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「皆さん、大丈夫でしたか?」
戦いが終わって『境界』を解除した雛菊が、グラウンドまで降りてきてあたしたちに視線を移す。
全員が既に刃を片づけて、世界はすっかり真夏の昼下がりに戻っていた。
「俺と香澄ちゃんは大丈夫だよ。絢芽ちゃんと悠樹は?」
笑顔の椎葉に見つめられ、反射的に視線をそらす絢芽。
その表情はどこか重たく、何かに納得していないような戸惑いがある。
絢芽に話しかけようとしたあたしを、先輩の声が制止した。
「こっちも大丈夫だ。それよりも、あの倉庫を確認してみないか?」
そう言って見つめる先には、例の用具入れ。御崎さんがいるのではないかとあたしたちが疑っている場所だ。
「そうだ! あそこに御崎さんが……!」
「香澄さん、残念ながらあの場所から生体反応はありません。おそらく、誰もいないと思います」
先陣を切ろうとするあたしを制するのは雛菊の一言。
その言葉で、どっと疲れが押し寄せる。
「えぇ~!? じゃあ、御崎さんはどこにいるのよぉ……」
「申し訳ないですが、私でも追いきれません。恐らく……蓮華の元にいる可能性が高いと考えられます」
そう言って、雛菊は軽く頭を下げた。
「蓮華の元って、どうして……」
そこまで呟いて自分で納得した。蓮華の元、それは亜澄がいる場所でもある。
きっと、『暦』の力をもっと自分のものにするためだろう。でも、だったらわざわざ三木先生を使って星霜学園の女子生徒ばっかり集めなくても……乱暴な話、以前と同じように、その場に居合わせた人で試せば済むことではないだろうか。
あたしたちや雛菊、『灰猫』が動いていることを警戒しているのか、それとも……。
いずれにせよ、これで手掛かりが途切れたことは事実。今から三木先生を問い詰めるために学園に乗り込んでも結局は絢芽しか中に入れないし、そもそも、先生がまだ学園内にいるとも限らないし。
「あーもうっ! どうすればいいのよ! せめて星霜学園に入り込めればいいのにっ!!」
じりじり照りつける太陽の下、あたしの声が虚空に響いた。
すると、雛菊の口元ににやりとした笑みが浮かぶ。
「……学園に入り込む、ですか」
名案でも浮かんだのか、その表情にはいつも通りの余裕が戻っていた。
「雛菊?」
あたしを含め全員が首をかしげると、彼女は普段通りの――善良な笑みを浮かべたまま、あたしたちにこんな提案をするのだった。
「ここはひとつ、奇策ということで……皆さん、学園に潜入してはいかがですか?