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奇妙なペアでのストラグル ~香澄×椎葉編~

 すぐに誰よりも前に出た椎葉は、1人、あたし達が下りてきた階段からどんどん遠ざかりながら……彼を追随する形でぴったりとついてくる砂人形を横目で見やる。

 最初は彼が追いかける形を取っていたのだが、何度かぶつかるうちに立場が逆転。気がつけば走る椎葉を砂人形が追いかけ、たまに椎葉の剣を受け止めながら彼の心臓を狙う……そんな構図になっている。

「ちっ……真夏に全力疾走なんて……きっついっつーの……」

 このまま体力勝負に持ち込めば、負けるのが自分であることは明白だった。

 容赦なく照りつける夏の日差し、水っ気のないグラウンド。汗が顔を滴り、Tシャツが肌に張り付く感覚が不愉快になってくる。

 そんな相手は5メートルほど後方。計算したようにぴったりついてくる姿に、思わず嫌な汗が滲んだ。

「ったく……見た目が不気味ってのは卑怯だよ、なっ!!」

 独白と共に足を止め、右足を軸に体を半回転させ、追ってきた砂人形と真っ向対峙!

 そしてそのまま、『壇』を大きく振り上げ、


「――唸れ、壇!!」


 振り下ろすと同時に地面に突き立てた切っ先から大地が裂け、砂人形の体を引き裂こうと迫る!

 不意打ちのつもりだった。この至近距離ならば逃げられない、そんな確信さえ抱いていたのに。

 彼をぴったりマークしているはずだった砂人形は裂ける地面の先にはなく――


「なっ……!?」


 刹那、背後から瞬間的な殺気を感じた椎葉は、無意識のうちに『壇』を自分の背後へ一文字に薙ぐ。

 彼に振りおろそうとされていた砂の腕が空中で砂になって落ちたのは、次の瞬間だった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 気がつけばあたしもまた、一体(?)の砂人形と対峙していた。

 少し離れた場所では奥村先輩と絢芽がそれぞれの剣をふるい、たまに地面が揺れるのは椎葉のせいだろう。

 そういえば……あたし達、最近はちっとも雛菊の到着を待たずに戦いを始めちゃってるけど……だ、大丈夫だろうか? こんな暑い時間に散歩をする物好きな人は少ないと思うけど、い、一応土曜日だし……。

 と、あたしがどれだけ現実の心配をしたところで、それが目の前にいる砂人形に通じるはずがない。

 奴は、両手や頭からサラサラと砂を滴り落としながら、あたしがどう動くのか、待っているように見えた。

 さて、と……砂の弱い部分って何だろう? セメントでも持ってきて固めてしまいたいところだけど、そんなこと出来るはずもないし。

「まぁ……とにかく攻撃あるのみ! 踊れ、颯!!」

 ものは試しの先手必勝。あたしは両足を肩幅に開くと、風を纏わせた刃を自分の正面へ向けて振り下ろした!

 『颯』から解き放たれた竜巻が砂ぼこりや雑草を舞い上げながら砂人形へ迫る!

 奴は避けるそぶりも見せず、ただ、それを真正面から堂々と受け止めて……舞い上がり、

「げげっ……う、嘘でしょう!?」

 それは、あたしにとって一番嫌なパターン。

 竜巻が空へ通り抜けた後――巻き上げられて落ちてきた砂粒が、あたしの前で無傷の砂人形を形成する、という……。

 ……ど、どうすればいいの、コレ……。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 一方、その頃。

「――何をおバカなことをやっちゃってくれたのかな、三木センセ」

 星霜学園の敷地内、教会の裏。

 日曜礼拝がある明日ならばまだしも、土曜日は鍵が閉ざされているので近づく人影はない。

 生い茂る木々と建物の隙間、夏の日中でもひんやりとして過ごしやすいこの場所で……彼女は楽しそうな口調とは裏腹に、失態を犯した彼を冷めきった眼差しを向けた。

 赤いワンピースに黒いストールを羽織り、日焼けを知らない白い肌には汗も滲んでいない。

 一方、彼女に正面から逃げ場なく見つめられた彼は、年上であるにも関わらず、完全に委縮していた。

「わ、悪かったと思ってるよ、亜澄ちゃん。でも、何とか切り抜けた……」

「あれは、悠樹君が見逃してくれたの。現に今、センセが仕掛けたトラップが発動してる……気づかれたよ、どーするつもりなの?」

「そ、それは……」

 彼女――亜澄の優位が圧倒的で、三木は言い訳さえ許されない。

 悔しそうな表情で唇を噛みしめ、拳を握りしめる彼へ、亜澄はゆっくりと歩み寄り……。

「まぁ、要するに、センセが結果を出してくれればいいの。あと何人か、学園の生徒を亜澄達に引き渡してくれれば……センセのお願いだって、いつまでも叶えてあげるから、ね?」

 人懐っこい上目づかいで見上げる亜澄に、三木はただ、頷くことしか出来なかった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 ……どうしよう。

 あれから何度も砂人形へ攻撃しているけれど……あたしの攻撃は全て無効、一切のダメージも与えられていない。

「踊れ、颯ぇっ!!」

 半ば自棄になって『颯』を振り回すけれど、あたしの声と共に増えるのは地面をえぐった痕だけ。

 それを知っている砂人形は、一切攻撃を仕掛けてこないのだ。腹立たしいことに。

 一瞬、目の前が歪んだ。カラカラになった口の中に何とか唾液を作り、倒れそうになる体を必死につなぎ止める。

 消耗しているのは、明らかにあたし。

 椎葉は相変わらず走り回っているし、絢芽と先輩はあたしの位置から見えないけれど、炎の力の方が近くに感じている。応援に来てくれないってことは決着がついていないんだろうし。

「どう、すればいいのよ……!」

 背中を嫌な汗がつたう。このまま長期戦にしたところで勝ち目などないのだ。どうすれば、どうすればこの現状を突破出来るだろう……?


 ――刹那、日差しが一瞬和らぎ、世界が歪んだような錯覚。

 でも、この錯覚を、あたしは誰よりも知っているつもりだ。


「雛菊!?」

 『境界』が設定された。感覚で察したあたしは、彼女の姿を探して――土手の上に座り込んだ彼女の姿を発見する。

 砂人形が攻撃する気配がないので、思わず奴に背を向ける形で、土手の上にいる雛菊を見上げてしまった。

 あの雛菊が走ってきたのだろうか……彼女は両肩で呼吸を整えながら、それでも、こちらへ向けて叫ぶ。


「香澄さん! 残念ですが今の貴女では倒せません!!」


「えぇっ!?」

 それは、まさかの敗北宣言。っていうか、あたしじゃ倒せないって……そんなの、今のあたしが一番実感してるけど!!

「ちょっ……どういうことよ、雛菊!!」

「皆さんが戦っている、それは……蓮華の術によって活性化した『堕落者』なん、です……それを、打ち破るには……同等レベルの術で、対処するしか……」

「同等レベルの、術……?」

 それは、つまり――今、あたしが絶賛探してるアレですか。

「雛菊! それって、奥村先輩と椎葉が使えるやつのこと!?」

「そう、です……だから、皆さんと協力を……!」

 そこまで分かれば十分だ。あたしは雛菊に背を向けると、もう一度、あたしへすっかり攻撃の意思がない砂人形を見据え、

「あたしから近いのは、椎葉か……よし」

 視線の先、走りまわっては砂人形と剣を交えている彼の姿をとらえる。

 目測20メートル。うん、遠くない、多分きっと!

 そして、

「奥村先輩! 多分聞いてたと思いますんで……そっちは宜しくお願いします!」

 先輩に雛菊の声がどこまで届いていたのか分からない。だけど、先輩の返事を待たずに、あたしは、掌に滲んだ汗を強く握りしめ、


「――踊れ、颯!!」


 何度目か分からない攻撃で舞い上がった砂人形には目もくれず、椎葉がいる方へ向けて駆け出す!

 数秒の後に復活した砂人形が、唐突に行動したあたしを追いかけてきた。

 しかし、あたしはその間に、椎葉と、彼が対峙している砂人形との間に割って入る形になり、

「ちょっとどいて!!」

「うわぁっ!?」

 あたしという異物を確認した砂人形は咄嗟に間合いを広げ、割って入ったあたしに驚いた椎葉がその場で数歩たたらを踏んだ。

「ちょっ……香澄ちゃん!? びっくりするでしょー!?」

 息を切らしながら声を上げる椎葉に、あたしは背を向けて『颯』を構える。

「ゴメン。でも、ちょっと今からあたしに付き合ってもらえない?」

「……?」

 振り向かず、簡潔にやってほしいことだけを述べると……椎葉が一言、「了解」と言葉を返した。

 まったく、これだけで通じるなんて助かるよ、本当。

 あたしの眼前には、椎葉と対峙していた砂人形砂人形。

 そして横から迫るのは、あたしと対峙していた砂人形。

 二つの距離は7,8メートルくらいだろうか……うん、これくらいなら巻き込んでみせる!!

 迫りくる砂人形×2に対して、あたしはもう一度、両足に力を込めた。


「――踊れ、颯!!」


 言葉を叫びながら『颯』を振り上げ、その切っ先に風の渦を作る。

 そして、それを振り下ろした瞬間……先ほどよりも幅を広くした風の渦が、あたしと椎葉へ近づくために距離を縮めていた砂人形2体と同時に接触し――奴らの体を空中へ霧散させる!

 思ったより近かったので、吹き付ける風に、あたしの髪が大きくなびいた。

 そして、その場にしゃがみこんだあたしの後ろから、『壇』を構えた椎葉が前に飛び出し――


「――撼天動地!!」


 例の、強力な呪文と共に、砂人形を巻き上げたあたしの術へと『壇』を突き出す!

 あたしからは、椎葉の背中しか見えなかったんだけど……風がおさまって、あれだけ復活していた奴らの姿は、どこにも見当たらなかった。

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