尻尾を出したウィラプラー
星霜学園。
格式高いお嬢様の集う優雅な学園……というイメージを持っていたあたしだが、最近の騒動のおかげでそのイメージが変わりつつあったりして。
そして、今……午前11時前5分、相変わらず荘厳な校門の前、他校の制服を着ている集団が、異質な空気を醸し出している。
本日は土曜日。学校は休みのため周辺にあまり生徒の姿はない。車の通りもまばらで、時々部活動をするためと思われる学園の生徒が、物珍しそうな眼であたし達を見ながら校門をすり抜けていくくらいだ。
じりじりと夏の日差しが照りつける。日陰は校内に入らなければ見当たらないのだけど……残念、相手からのお迎えがなければ一歩たりとも中へ入れないルールなのだ。
「いやー、俺達すっかり注目の的っすねー」
鞄を持った手を頭の後ろで組み、佐藤君がにかっと笑ってこう言った。
隣にいる久那商業の生徒会長・牧先輩もまた、ハンカチで額を抑えながら笑顔で返す。
「そうですね。よっぽど珍しいんでしょう……ふぅ」
ハンカチをスポーツドリンクに持ちかえ、牧さんが一服。
隣にいる山岸さんは、顔色一つ変えることなく、それどころか涼しそうな顔で佇んでいる。
「牧会長、暑そうっすねー……まぁ、ウチの会長の方が汗っかきでむさ苦しいっすけど」
「佐藤、むさ苦しいとは何だむさ苦しいとは!」
悪意のある言葉と共に話題に参加した久那工業の中谷先輩が、空っぽになった1.5リットルのペットボトル(2本目らしい)を右手で潰しながら佐藤君を睨んだ。
まぁ、勿論佐藤君は飄々とした態度のまま、特に顔色を変えることなく待っている奥村先輩を指さし、
「ほら、久那の奥村会長を見てほしいっす。顔色一つ変えることなく待ってるっすよ。紳士っす」
「……一応、俺だって暑いんだぞ。あまり汗はかかないけどな」
男性陣から注目された奥村先輩は、どこか気恥ずかしそうに返事をしつつ……手元の腕時計に視線を落とし、
「今日の集合は11時だったはずだけど……綾小路さん、いらっしゃいませんね」
「そうっすね。俺達がいるってことは、副会長の御崎さんが迎えに来ることはないっすから……時間に厳しい星霜学園にしては珍しいっす」
全員が門の内側に視線を向けるが、目的の彼女は蜃気楼でも見つけられない。要するにいない。
うーむ……綾小路さん、遅刻とか嫌いだと思ってたんだけどなぁ……。
なーんとなく、この学園は最近物騒なので、あたしは奥村先輩のシャツの裾をちょいちょいと引っ張りつつ、小声で囁いた。
「……何かあったんでしょうか?」
「いや、今のところ怪しい気配はないが……」
奥村先輩も顔をしかめつつ周囲を伺い……首をひねる。
こうしている間にも日焼けしちゃうし、何よりも暑くて熱中症になってしまいそうだ。
あーぁ……絢芽がいれば、涼しくしてって頼んでみるのに。絶対断られるだろうけど。
と、あたし達の密談(?)に気づいた佐藤君が、その瞳に少しだけ意地悪な光を宿して、
「樋口ちゃん樋口ちゃん、奥村会長は校外でも割と人気があるっすよ。知ってたっすか?」
「へ?」
あたしが目を丸くして佐藤君を見つめると、彼はどこか遠くを見つめながら、わざとらしく呟いた。
「確か……月に一度は通学途中に他校の生徒から告白されるって聞いてるっす。でも、その場で全部断ってるっすから……本命が久那高校内にいるんじゃないかって言われてるんすよ。樋口ちゃん、心当たりないっすか?」
改めて先輩の人気は凄いと思いつつ、全く心当たりがないので首を横に振るあたし。
隣にいる先輩が、無言で大きなため息をついた。
「どうしてそういう話は広まるんだかな……」
「それだけ奥村会長が人気者ってことっすよ。今後とも興味深い話題を振りまいてほしいっす」
「勘弁してくれ……」
心底嫌そうな表情で奥村先輩がうなだれた瞬間、門の向こうからこちらへ走ってくる足音が聞こえた。
「お待たせして申し訳ございません。ちょっとトラブルが発生してしまいまして……」
お嬢様に似つかわしくない全力疾走の後、あたし達の前で呼吸を整えている綾小路さんは、額に滲んだ汗をぬぐうこともなく、一度頭を下げた。
普段は常に自分のペースを崩さず、堂々とした風格を持っている人だと思っていたけれど……今日は完全に慌てふためている。
「お待たせした上に大変申し訳ないのですけれど……本日の会合、中止にしてもよろしいかしら?」
「中止、ですか?」
奥村先輩の問いかけに、彼女は呼吸を整えてから全員を見渡して、
「実は……副会長の御崎さんと、今朝から連絡が取れなくなってしまって……」
御崎さん……男性が苦手な1年生の子だ。
唐突に飛び出した物騒極まりない情報に、その場にいた全員が表情を強張らせる。
久那商業の牧先輩が、努めて冷静な口調で尋ねた。
「連絡が取れないというのは……具体的にどういうことですか?」
「自宅に連絡してみたのですが、今朝も生徒会の活動があるからと言って家を出たそうなんですの。ですが……誰よりも早くやってきて準備をしているはずの彼女の姿が見当たらなくて、警備の者に聞いても今日はまだ見ていない、と……」
「御崎さんは、いつもどうやって通学しているんですか?」
「彼女はバス通学ですの。バス会社にも問い合わせたんですけれど……事故や遅れはない、と……」
「携帯電話は持っていないんですか?」
「電源が入っていない様子なのです。GPSでも追跡できなくて……」
……今、何となく凄いことをさらっと言わなかったか?
あたしの突っ込みは心の中に留めておくとして……ひと通りの聞き取りを終えた牧先輩が、隣で無言のまま話を聞いていた山岸さんを見やり、
「山岸さん……何か情報は入っていますか?」
「……確認します。お待ちください」
彼女はおもむろに鞄からタッチパネル型のタブレットを取り出すと、画面を数回指で弾いた。
今まではノートパソコンしか見たことがなかったけれど……持ち運び用、なのかな。あたしには違いもよく分からないけれど。
数秒後、彼女はゆっくり首を横に振って、
「……まだ、情報が少なすぎます。ですが、久那市で事故が発生し、女性が巻き込まれたという情報もありません」
淡々とした口調で事実を告げる山岸さんに、綾小路さんもまた、普段の凛とした表情を取り戻して、
「私はこれから、教職員と協力して彼女を探すことになっておりますの。申し訳ございませんが、本日の会合は一旦延期とさせていただきますわ。それから……」
一度言葉を切った綾小路さんは、全員に向けて深く頭を下げた。
「もしも、どこかで彼女を見かけたら……学園まで連絡をお願いいたしますわ」
さて……何だが怪しい気配が漂っている気がするぞ。
再び校内へ戻っていく綾小路さんの背中を見送りながら……その場に残されたあたし達は、互いに顔を見合わせるしかない。
山岸さんだけが、手元のタブレットで何やら調べものをしている様子だ。
どうすればいいのか誰も提案出来ずにいると、佐藤君が率先して口を開く。
「ひと先ず、この場は解散ってことでどうっすか? 俺達『灰猫』が動いて情報は共有するようにしますんで。念のために……それぞれの高校でも行方不明者が出ていないかどうか、学校に立ち寄って確認してもらえるとありがたいっす」
「分かりました」
「了解した」
牧先輩と中谷先輩がそれぞれ首肯し、奥村先輩も黙って頷いた。
その場が解散になってから……あたしと奥村先輩は、一度久那高校へ戻って職員室で情報を確認した。
結果、久那高校で連絡の取れない生徒はいないこと、特にトラブルも発生していないことが発覚。ひと先ず安心……出来ないのは、それを報告した佐藤君から、あまり明るくないニュースを聞いてしまったから。
「御崎さん、確かに今日も星霜学園の前にあるバス停で降りてるっす。それはバスの運転手が覚えてたんすけど……そこからの足取りが掴めないんすよね……」
まるで消えたように、忽然と姿を消した御崎さん。
あたしはどうしても、『堕落者』が絡んだ事件に巻き込まれてしまったとしか思えなかった。
だって……今の星霜学園は、怪しい影がうごめいているから!!
と、いうわけで、解散から1時間後、あたしと先輩は再び星霜学園の門の前にいた。
制服のままだし、御崎さんのことがあったからなのか、警備員のこちらを見る目が先ほどより痛くてたまらない。
椎葉は既に『灰猫』として動いている。絢芽にも連絡はしているけれど、到着までにはもうしばらく時間がかかりそうなのだ。
日差しが強くなる時間帯。ひと先ず屋根のあるバス停のベンチに腰をおろしたあたしは、隣で立っている奥村先輩を見上げ、
「先輩は……どう思いますか?」
あたしの問いかけに、先輩は眉をしかめた横顔で呟いた。
「どうしても、『堕落者』関係の事件に巻き込まれた可能性を考えてしまうな……それにしても、バスから降りてからの彼女を誰も見ていない、というのが……」
そう、そのトリックが見当もつかない。彼女が星霜学園に入らなかったのだとすれば、一体どこへ消えたというのだろうか……?
「あーもう! 考えても分かりません! ひとまず、絢芽と合流したら昼食を食べてあたし達でも探してみましょう!!」
暑さと空腹で若干苛立っていたあたしの言葉に、先輩は苦笑で頷いた。
――と、
「ひっ……!?」
唐突に、驚きで息をのんだ声が響く。
夏の日差しが照りつける歩道、星霜学園の方から歩いてきた彼は、バス停のベンチに座っていたあたしを見つめるなり、驚きで目を見開き、先ほどの反応を示す。
あまりいい気分のしないあたしは、苛立ちをプラスしてその声の方を見やり――
「……あなた、確か……」
外見年齢は30歳前後、長身痩躯、人当たりのいい優しげな風貌。
額から流れている汗は、暑さのせいなのか、それとも動揺しているのか。
「亜澄……ちゃん……」
彼――星霜学園の三木先生は、はっきりと、あたしの双子の妹の名前を呟いた。
屋根の下にいても汗がジワリとにじむ、昼食にはもってこいの午後12時過ぎ。
設定では初対面であるはずのあたし(星霜学園に乗り込んだ件は、雛菊が隠ぺい工作してくれたはずだから)を目にした彼――三木先生は、よりによって……あたしではない彼女の名前を呟いた。
聞き間違いではないことを、先輩の鋭い眼差しが証明している。
「あ……!」
彼に対して正面を向いたあたしを目の当たりにして、先ほどとは別に動揺した声が漏れる。
明らかに揺らいでいる三木先生へ、あたしは立ち上がった瞬間詰め寄っていた。
「すいません、どうして亜澄のことを知っているのか教えてもらえませんか?」
追い越した先輩が何かを言ったような気がしたが、今のあたしには届かない。
気がつけば太陽の下まで出てきたあたしは、頭一つほど身長の高い三木先生を見上げた。
刹那、彼は取り繕ったような苦笑いを浮かべ、
「あ、いや、その……僕の知り合いの子に似ていたんだよ。突然申し訳なかったね」
「知り合い!? そんなしらばっくれたような答えはいらないのよ!」
「えぇっと……」
完全に狼狽している三木先生へ、あたしはさらに詰め寄った。
「いいから白状しなさいよ! 御崎さんの件もあんたが絡んでるんでしょ!?」
「み、御崎君の件って……彼女が行方不明になったってことかい? どうして僕が……」
「だーかーら、しらばっくれるなっていだっ!!」
業を煮やしたあたしが『颯』でも取り出そうかと思った瞬間……背後から近づいた奥村先輩が、無言であたしの頭にチョップを振り下ろし、
「……ちょっと黙ってろ」
痛みで思わずしゃがみこんだあたしを見下ろして冷たく言い放った。
……あの、文句が言えないくらい痛いんですけど……ずきずきするんですけど……。
そんなあたしを歯牙にもかけず、先輩は三木先生へ向けてぺこりと頭を下げて、
「樋口が大変失礼しました。暑さのせいだと思って気にしないでください」
「……」
言いたいことはあるけれど、「黙ってろ」オーラが痛いので口は開きません、ハイ。
やっとまともに話せる人物が出てきたことに安堵したのか、彼は苦笑いのまま「構わないよ、先に失礼なことをしたのは僕の方だからね」と、言葉を返して、
「君は確か……久那高校の生徒会長だったかな」
「よくご存知ですね。奥村悠樹です」
相変わらず痛みで立てないあたしの頭上で、台本のようなトークを繰り広げている2人。
「以前、綾小路君と一緒にいるところを見かけたからね。今日は生徒会の用事かい?」
「はい。ですが、御崎さんが行方不明ということで……」
「そうらしいね。僕もこれから捜索活動に加わるところなんだよ」
「暑い中お疲れ様です。俺たちも彼女を見かけたら、星霜学園へ連絡しますので……」
「宜しく頼んだよ。じゃあ、僕はこれで」
結局あたしの心配はすることなく、そそくさとその場から立ち去る三木先生。
学園の方ではなく、市外へ抜ける国道を川辺の方へ向けて歩いていくその背中を見つめながら……奥村先輩は静かにため息をつき、
「樋口、お前はもうちょっと考えて行動しろ」
ようやく立ち上がったあたしは、涙目のまま先輩を睨んだ。
「そ、そんなこと言われても……だって、あたしを見て「亜澄」って呼ぶなんて、絶対に関係者じゃないですか!!」
「それだけの情報で追い詰めたところでしらばっくれるだろうし、もっと警戒されるだろう。俺達はまだ、三木の手の内を把握していないんだ。もう少し泳がせる必要が……」
「でも、御崎さんはいなくなってるんですよ!? 彼女の身の安全が保障されていないんですから……そんな悠長なこと、やってられません!!」
「……」
セミの声が遠くに聞こえる太陽の下、あたしは歯がゆい思いで先輩を見つめていた。
だって、彼女の手がかりがすぐ側にあったのに……!!
無言で睨みあうこと数秒、先に視線をそらした先輩が、
「……御崎さんをないがしろにしているわけじゃないんだ。ただ、現状では手がかりが少なすぎる」
「ですけどっ……!」
「樋口、三木が向かった方向に何があるのか……知ってるか?」
「へ?」
いきなり尋ねられたあたしは、改めて、その方向を見つめた。
学園の前を走る国道は、久那市から出るための動脈の一つ。もう少し北へ行った所に大きな橋があり、通勤・通学の時間はすこぶる混雑することで有名だ。
「この先って……大橋ですよね」
「そうだな。三木はどうして、わざわざ橋の方へ向かったと思う?」
あたしは流れそうな汗をハンカチでぬぐいつつ、首を横に振る。
「そんなこと聞かれたって分かりませんよ。先輩は分かるんですか?」
「あくまで推測だが、な」
流れる汗をぬぐうことなく、一点を見つめる先輩は……ぽつりと呟いた。
それから、絢芽とすぐ近くのファミレスで合流したあたし達は……昼食を食べながら彼女にこれまでの経緯を説明。
4人掛けのボックス席に通さて腰をおろした瞬間、言いようのない疲れと空腹感に襲われたので、がっつりハンバーグと海老フライのプレートを注文しましたとも!
浅黄色のワンピースに白いカーディガンという格好が似合いすぎている彼女は、アイスコーヒーをストローですすりながら……彼女の正面に座っているあたしを冷たい眼差しで見つめ、
「……相手を余計に刺激してどうするんですの?」
「だ、だって!! いきなり亜澄の名前なんか言われたら……!!」
口の中のハンバーグを飲み込んで反論するあたしを受け流しつつ、絢芽は、あたしの隣で焼き魚定食を丁寧に食べている先輩へ視線を移し、
「奥村さんには考えがあるようですわね」
「確証があるわけじゃないが、三木が向かったのは星霜学園が管理しているグラウンドだと思う」
先輩の言葉に、あたしは首をかしげた。
「グラウンド?」
川岸に、グラウンド?
話がつながらないあたしへ、絢芽が補足する。
「星霜学園は、近隣に3つのグラウンドと2つのテニスコートを所有しておりますの。橋の近くにある第2グラウンドは、確か……主にサッカー部が使っていたかと思いますわ」
「サッカー部……」
お嬢様でもサッカーするんだ。
グラウンドが3つあることよりも、サッカー部が存在していることの方が意外だった。
「でも、どうしてそのグラウンドに三木先生がいると?」
「星霜学園の女子サッカー部は、部員数の減少で休部状態だったはずだ。それに、学園から少し離れた場所にあるあのグラウンドに、この炎天下で別の用事があるとは考えづらい。ましてや、学園の教師がその場にいることに違和感はないだろ? 用具入れでもあればそこを隠れ家に出来るしな。」
「それはそうですが……」
「御崎さんはバスを降りてから、学園ではなくグラウンドの方……学園とは反対方向へ向かったんだと思う。恐らく私服だ。だから、学園前の警備員も気が付けないし、目立つタイプでもないのに制服じゃないから目撃情報も出てこない……というのが、俺の予測だな」
そこまで言い終わり、味噌汁をすする先輩。
絢芽は「なるほど」と呟くと、窓の向こう、道路をじりじり照りつける空を見上げ、
「彼女がその場にいればいいんですけれど、ね……」
ぽつりと呟いたその言葉は、その場にいる全員の願いでもあった。
ファミレスを出たところで椎葉が合流し、あたし達は先輩が指摘したグラウンドに続く階段がある土手の上にいた。
日差しが更に強くなる午後1時半、大通りからも住宅街からも少しだけ外れているため、星霜学園の生徒はおろか、散歩やジョギングをする人影などあるはずもなく、土手の下に広がるグラウンドは、乾燥しきって砂ぼこりを巻き上げている。
サッカーコート1面分の広さを持つそのグランドは、左右に白いゴールポストが立てられ、用具入れと思われるレンガ造りの建物が少し外れた場所に見える。
三木先生の姿は……ない。
椎葉がぐるりと周囲を見渡して、感嘆の声を上げた。
「こんなところにグラウンドがあったなんてなー……ってか、使ってないなら俺達に貸してほしいぜ」
「怪しいのはあの建物ですわね。参りましょう」
先陣を切って階段を降りていく絢芽を、あたしと椎葉、後ろから奥村先輩が追いかける形に。
そして、絢芽が白いミュールで地面に降り立ち――
「――『雫』!!」
鋭い声が響いた。
刹那――今まで人影のなかったグラウンドに、揺らめく不安定な影が4体。
蜃気楼の向こうにいた彼らがゆっくりこちらへ近づき、その姿を現す。
「え、と……砂?」
全員が無言で見つめる中、あたしは一人、正直な疑問を口にした。
グラウンドの中央から唐突に現れたのは、1メートル60セントほどありそうな、えぇっと……砂に覆われた人間。以上。
それ以外に形容のしようがなかった。髪の毛もないし洋服も着ていない泥人形。顔がないので表情も分からないけれど……あたし達に敵意を持っていることは威圧感から察することが出来る。
でも、これで……この場所がすこぶる怪しいことが確定っ!!
「――『颯』!」
「『焔』」
「『壇』!!」
絢芽に続いてそれぞれの剣を握りしめたあたし達に、体一つ前に出ている絢芽が振り向かずに告げる。
「ノルマは一人1体ですわ。よろしくて?」
「上等っしょ!!」
椎葉が絢芽の横を走り抜け、猛然と砂人形に迫っていった。
「……まったく……」
そんな彼の後ろ姿にため息をつきながら、絢芽は椎葉とは別の方向へ走りだし、砂人形のうち1体をおびき寄せている。
椎葉は椎葉で早速1体と剣を交え、残された2体が、あたしと先輩を見下ろした。(ように感じた)
「何だか、こういう『堕落者』っぽい『堕落者』って久しぶりですよね」
「そうだな。さて……俺達も行くぞ」
先輩が『焔』を握り直した瞬間、横顔から汗が滴り落ちた。