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規則正しいアウトサイダー

 奥村先輩の自宅直下で起こった騒動から数日後、週末に何の動きもなかった『堕落者』が、月曜日から3日連続で出現するという異常事態を何とか抑えつけたあたし達に、『灰猫』からの接触依頼が舞い込んだ。

 何でも、先日の星霜学園の生徒について、分かったことがあるらしい。

 そして結局、あたし達4人と向こう側とはきちんと対面していないから……仕切り直しも兼ねているとか。

 以前、絢芽と椎葉(まぁ、椎葉は半分向こう側でもあるけど)がきいたように、あたし達の知らないところで『堕落者』は確実に自分たちの駒を増やしている。現にあたし達も、雛菊が恐らく感知していない存在に絡まれているし。

 それが蓮華や亜澄によるものなのか分からないけれど、雛菊も以前に増して臨戦態勢なので、最近は夜も蒸し暑く虫も多いというのに……えぇ、動きまわっていますとも。

 もうすぐ終業式なので、周囲は夏休みの予定で浮かれているけれど……うぅ、あたし達って久那市から離れられないんだよね。別にいいよ特に予定もないし!!

 そんな木曜日、放課後の生徒会室。週末に2度目の『総会』を控えているあたしと先輩は、入口手前の長机に向かい合って座り、綾小路さんから届いた資料がそろっているかどうかを最終確認。稲月先輩と皆瀬君は、パソコンを使って、生徒から寄せられる「暑い!」「クーラー!」「クーラー!!」という要望を集計している最中だ。

 綾小路さん……あたしと先輩が星霜学園に招待されて以来会っていないけれど、あたしの知らないところで先輩にアプローチしているんだろうか? 絢芽からも特に何も言われないし……。

 どうしても気になってしまうけれど、それを目の前の何も知らない当事者に尋ねる勇気はない。

「樋口?」

「へっ!? あ、はい、何ですか!?」

 明らかに動揺した声音で返事を返すと、正面の先輩が嘆息して続ける。

「俺が聞きたいんだが……さっきから何か言いたそうにしてるぞ」

「そ、それは……そう、先輩は夏休みの予定、あるんですか? 華奈ちゃんとどこか遊びに行くとか!?」

「夏休み?」

 何とか質問を取り繕うと、先輩は手を止めてしばし考え込み、

「今のところは……盆に県外の親戚の家に行くくらいだな。華奈も子ども会でキャンプがあるって、そればっかり楽しみにしてるから」

 そう答えてくれた先輩の頬は完全に緩んでいる。うん、将来いいお父さんになるよ多分きっと。

 だけど、次の瞬間、先輩は真面目な顔で言葉を続けた。

「ただ、正直……俺は久那市に残った方がいいような気がしているな。何が起こるか分からないから」

「そんな……大丈夫ですよ。少なくともあたしは残っていますから」

 先輩の貴重な日常を壊したくない。そう思って言葉を取り繕うあたしに、先輩は頭を振って、

「恐らく東原も残るとは思うが、人数は多い方がいい。行くとしても短期間で終わるようにするよ」

 爽やかな笑顔を添えてそう言ってくれた。

 真面目な人だ……改めてそう思う。心強いけどね。

 ちなみにあたしの場合は、両親共に久那市で生まれ育っているので、親戚が集まるのも久那市。お盆のお墓参りも久那市……うぅ、この地に縁がありすぎる!!

 そういえば……あたしは話題に上がっていない彼のことを思い出し、

「先輩、椎葉ってお盆に久那から出たりするんでしょうか?」

 あたしは椎葉の家族構成を知らないし、彼は交友関係も広そうなので、もしかしたら長期の旅行等を計画しているんじゃないだろうかと思っていた。

 そんなあたしの疑問に、先輩はしばし考え込むようなそぶりを見せて、

「正直、椎葉のことは分からないな。あいつの家族構成も聞いたことがないし……まぁ、『灰猫』としての活動もあるだろうから、あまり長期間いなくなることはないんじゃないか?」

 そういえば、椎葉は『灰猫』の一員だったっけ。そっち側で活動している姿を見ないからいまいち実感がないけれど……。

 椎葉、彼は最初から友好的で、あたしへの距離を一気に詰めてきた印象がある。

 だからこそ、あたしは彼に踏み込むタイミングを逃してしまったのだけど……どうして気になるんだろう。単純な好奇心だろうか。

 誰しも人に知られたくないことはあるのだから、あまり自分から詮索したくないけれど……。

 あたしがそんなことを考えながら手元の資料をそろえた時、目の前の奥村先輩が冷たい目であたしを見ていることに気がついた。

 ……あれ?

「あのー、何でしょうか、先輩?」

 びくびくしながら問いかけるあたしへ、先輩は一度ため息をつき、

「やっぱり聞いてなかったな」

「す、すいませんっ! 何ですか?」

 素直に謝ると、先輩はふいっと視線をそらして、

「……大したことじゃない。あんまり根詰めるときついから、少しくらい息抜きも考える必要があるかな、と、思ったんだが……樋口には必要ないな」

「必要です! そんなこと言わないでくださいよぉ……」

 妙に拗ねてしまった先輩をなだめる姿を、事情を知らない2人が生暖かく見守っていたのだった。


 そして、その日の午後6時半。

 あたしと先輩、そして絢芽は、以前にも来たことがある久那セン近くのカラオケボックス、その一室にいた。

 コの字で壁際に並べてあるソファの一角、扉の近くから、あたし、絢芽、先輩の順番で座っている。

 そして、そんなあたし達と向かい合うように、実に対照的な彼と彼女が腰をおろしていた。

 1人は、先日にあたし達を助けてくれた山岸さん。久那商業の制服に身を包み、ちょこんと静かに始まりを待っている。

 そして、もう1人が、

「椎葉、遅いっすねー……遅れるなんて連絡は受けてないっすよ」

 手元の携帯電話を見つめ、首をかしげるのは、久那工業の生徒会メンバーでもある佐藤君。あたしは『灰猫』としての彼に会うのは初めてだけど、印象は全く変わらない。

 椎葉が来る前に改めて互いの自己紹介をしたんだけど、面くらっているあたしにも「よろしくっす」と気さくに挨拶をしてくれたのはつい10分前のことだ。

 そして、この場にいないのは椎葉のみ。

「全く……どこで何をしていらっしゃるのでしょうか……」

 隣にいる絢芽の口調に苛立ちが混じっている。事情が分からないのでフォロー出来ずにいると……こちらへ近づく足音が聞こえた。そして、

「いやー、遅くなってゴメンねー」

 扉を開き、悪びれた様子など一切感じない椎葉が部屋に飛び込んでくる。

 そして……全員からの(一部容赦ない)冷たい視線を浴び、その場に固まった。

「あ、いや、そのー……そんなに冷たい目で見なくても……」

 あはは、と、乾いた笑いを浮かべる椎葉へ、笑顔の綾芽がはっきりと言い放った。

「ゴメンなさい。私、理由なく遅れる方が好きではないんです」

「どうもスイマセンでした……」

 つーんと視線をそらす絢芽やあたし達へヘコヘコ頭を下げながら、今日は『灰猫』側、佐藤君の隣りに腰を下ろし、

「いやー、こうしてみると合コンみたいだよねー」

 彼にとっては起死回生を狙った一言だったのかもしれないが、それがその場を凍りつかせたことは言うまでもなく。

「……いや、ごめんって。俺だって好きで遅れたわけじゃないって」

 何やらぶつぶつと呟きつつ、持っていた鞄を足元に置いた。

 3対3。学校もバラバラ、一見して共通点など見当たらないあたし達。

 ただ一つ、『堕落者』から久那市を守る、という一点で繋がっている。

 全員の顔を見渡した山岸さんが、ふと、膝の上で小さなノートPCを起動させて、

「……先日、皆さんが相対したという星霜学園の生徒の情報を読み上げます」

 そう断ってから、話を始めた。


「……名前は、小野寺加寿子さん。星霜学園の3年生。父親が会社経営、母親は星霜学園のPTA役員でもあります。一人っ子。先日、フェンシング部を引退したばかりで、星霜学園女子大学への進学を希望しているようです。性格は温厚で生真面目。人付き合いは良好。今までにトラブルを起こしたこともなく、模範的な……星霜学園では一般的な生徒です」

 山岸さんの淡々とした口調で紡がれる情報を聞きながら、あたしは先日見学をさせてもらったフェンシング部を思い出していた。

 あの中にいたかもしれないんだ……全く、怪しい様子はなかったのに。

「……しかし、彼女は最近、別の部活へも入部しています。数学研究部。勉強会を目的にしたサークルのようなもので、顧問は三木涼太。今年の4月に赴任してきた男性教師です」

 放課後まで勉強会だなんて、熱心なことだ。エスカレーター式で登れるってわけでもないのかもしれないなぁ。

 ……あれ、三木? どこかで聞いたことがあるような、ないような……。


「東原さん、三木先生の言葉に従いなさい。年上を敬う淑女になるようにと、何度も言っているでしょう?」

 刹那――以前に星霜学園のカフェで大暴れしてしまった時のことを思い出す。

 あの、ちょっといけ好かないシスターが、そんな名前を呼んでいたような……。

 そしてその場に、若い男性教師がいたような……。


 あたしは隣にいる絢芽の方を指でつつき、

「ねぇ絢芽、三木って、この間、あたし達を説得しようとした先生のこと?」

 あたしの質問に、絢芽は正面を向いたまま、一度だけ頷いた。

 山岸さんの情報はまだ続く。

「……この研究会ですが、所属している生徒の動向が、最近少し怪しいことが分かっています」

「怪しい?」

 あたしが首をかしげると、山岸さんは一度、絢芽を見つめて、

「……東原さんは聞いたことがありませんか? 最近、星霜学園の生徒と教師の姿を、歓楽街で見かけた……という噂」

「歓楽街!?」

 驚いたあたしが声を上げると、苦い表情の絢芽が一度だけ首肯して、

「噂も何も……私も一度、誘われたことがありますの」

「えぇっ!?」

 衝撃告白に、その場にいる全員が目を見開いて綾芽を見つめた。


 絢芽の衝撃発言から数秒。

 誰もが言葉を失う中、周囲の視線を全て集めている彼女は、一度軽く息をついて、

「最初は、自身が主催する部活の勧誘でしたわ。私にはそんな時間がないので丁重にお断りさせていただいたのですが……妙にしつこくて」

 思い出すだけで嫌なのか、絢芽の表情が嫌悪感に満ちていくのが分かる。

「何度か、二人きりで会おうですとか……そういう類のお誘いをいただいたことがございます」

「そ、それで……綾芽、どうしたの?」

 あたしが口の中にたまった唾を飲み込んで尋ねると、刹那、彼女は満面の笑みを浮かべて、

「手段を選ばず懇切丁寧にお断りしたら、ようやく分かってくださいましたわ」

「そう、ですか……」

 それ以上は色々怖くて聞けなかった。手段を選ばなかったんですね、絢芽さん。まぁ、気持ちは分からなくもない……ような気がする。

「それから、私は声をかけられることもなくなりましたけれど……周囲ではそのような噂話が絶えませんの。正直、気が付いている一部のシスターも頭を悩ませているのですけれど……三木先生が理事長の親類ということもあり、あまり強く出られないのが現状ですわ」

 そこまで言い終えた絢芽が山岸さんを見やると、彼女は手元のパソコンに視線を落とし、

「……三木涼太。26歳。教育大学を卒業したのち、塾講師を経て今年の4月に縁故で星霜学園の教壇に立つ。爽やかな外見と優しい物腰で人気がある。しかし、人間関係にだらしない。過去に女性関係でのもつれあり」

 淡々と、事実を冷静に告げる。これだけ聞くと良い印象など持てるはずもない。

 あたしは軽く手を上げると、山岸さんに尋ねた。

「要するに、その三木先生が今回のことに絡んでるってこと?」

「……確固たる証拠はありませんが、その可能性が高いと考えられます。星霜学園にいる『灰猫』にも潜入を含め、情報収集を行っている最中です」

 どこまでも抜かりなく事を進める山岸さんに、佐藤君と椎葉は感心しっぱなしの様子。

 ……ってオイ、二人だって山岸さんと同じ立場なんじゃないの!?

 あたしのジト目に気がついたのか、佐藤君が苦笑いで右手を振って、

「正直、こういうことは司が一番得意なんっす。俺達はその情報をもとに、裏を取ってくるのが主な役割なんすよ」

「……もう少し役に立ってもらえないと、迷惑」

 間髪入れずに彼女からの容赦ない突っ込みが入る。苦笑いのまま閉口する佐藤君に代って、椎葉が「まぁまぁ、適材適所って言葉があるでしょ」と強引に割り込んできて、

「確かに最近、星霜学園のお嬢様の外歩きが噂になってるんだ。正直、誘拐されそうになってる現場に俺達が割り込んだこともある。三木って奴がその原因を作っているんなら、『堕落者』が関わっていなくても何とかしたいんだよ」

 そこまで言って、絢芽を見据えた。

 絢芽もまた、椎葉を見つめる。そして……絢芽らしからぬ、面倒くさそうなため息が漏れた。

「何となく察していますわ……皆様、私への協力を要請したいんですわね」

「ご名答。さっすが絢芽ちゃん」

 椎葉の口元ににやりとした笑みが浮かんだ。

「正直、『灰猫』のメンバーも星霜学園内にはいるけど……三木に気に入られなかったみたいで、一切声をかけられてないんだ。でも、絢芽ちゃんなら過去に接点があるし、いざとなれば自己防衛できる。俺達が求める条件にことごとく当てはまってるんだよねー」

 これを聞いた絢芽もまた、口元に笑みを浮かべると、腕を組んで椎葉を再度見据えた。

 眼鏡の奥にある瞳が、好戦的に光る。

「確かに私であれば問題なくこなせる案件だと思いますわ。ですが……『灰猫』の皆様はそれでよろしいんですの?」

 絢芽は暗に、外部の立場である自分に協力を要請することで、『灰猫』内部の不信感を煽ることにならないのかと尋ねている。現に、星霜学園にも『灰猫』のエージェントは存在しているのだから。

 そんな彼女の問いかけに、椎葉は真っ向から首を横に振って、

「綾芽ちゃん、これは『灰猫』の総意だよ。俺達『灰猫』は久那市で楽しく過ごしたいと思ってる。そして、誰もが楽しく過ごして欲しいと望んでる。そのための障害物をどけるためなら、最適の手段を選ぶだけなんだ」

 それは、迷いのない真っすぐな言葉。

 佐藤君と山岸さんも、それぞれの思いを胸に絢芽を見つめている。

 絢芽は、そんな3人をそれぞれに見つめ、

「私が裏切る、という可能性もありますわ」

「それはない」

 椎葉が即座に否定する。

 刹那、絢芽の眼が細くなった。

「どうして断言できますの?」

「絢芽ちゃんは自分の使命に誇りを持っている。そんな君が、『堕落者』と関わりがあるかもしれない三木側につくとは思えないだろ?」

「……」

 椎葉の揺るぎない信頼の上にある言葉は、絢芽にとって、一方的に思えたかも知れない。

 だけど……それはきっと、以前の絢芽の話。

 今の彼女は、本人としては不本意かもしれないけど……少しだけ、丸くなったんだよね。

 その証拠に、彼女は足を組み替えると……一度だけ、浅く息を吐いて、

「私に出来ることであれば協力いたしますわ。緊急事態でもありますものね」

 綾芽が協力を約束した瞬間、椎葉と佐藤君は目を合わせ、ほっとした表情で肩の力を抜いた。

 そんな二人の様子を一瞥した山岸さんは、スカートのポケットから紙きれを取り出し、

「……私の連絡先です。気がついたことがあれば、報告をお願いいたします」

「了解しましたわ」

 用意周到な紙きれを受け取った絢芽は、自身の携帯電話を取り出して登録操作を始める。

 そんな彼女を挟みながら、あたしと先輩は無言で目を合わせて……役割のない自分たちに苦笑いをしてしまった。

 と、そこへ、佐藤君が「樋口さんと奥村会長にもお願いしたいことがあるっす」と話を切り出す。

「2人と俺、あと司は、次の『会合』で星霜学園に行くっす。その時に可能であれば校内をチェックして、怪しいところがないか確認するっつー感じで……何となく意識して警戒してもらえると助かるっす。特に俺達は、その『堕落者』っつー存在については分からないっすから」

「なるほどな。了解した」

 先輩が首肯し、あたしも無言で首を縦に振る。

 しかし、星霜学園が怪しいなんて……最近は特に縁があって、何度となく尋ねているけど……確かに、『堕落者』の発生率も高いよね。

 何か地理的な原因があるのだろうか。忘れなかったら雛菊に聞いてみよう。

 あたしがそんなことを考えていると……携帯電話への登録を終えた綾芽が、それを机上に置いて3人を見渡し、

「差支えなければ教えていただきたいのですが……皆さんのような『灰猫』のリーダーというのは、どうやって決まるのですか?」

 あたしも気になる素朴な疑問。だって……この3人、特に山岸さん、あたし達と同じくらい共通点がないんだもん。

 先輩も気になっているのか、無言で3人を見つめている。

 当事者たち――山岸さん以外の二人――は、少しだけ気恥ずかしそうな表情で、何度か目配せをした後、佐藤君が口火を切った。

「俺達、同じ施設で育ったんっす」


 今から約12年前、久那市内にある児童養護施設にて。

 それぞれの事情を抱えた3人は、年齢も近いことから一緒に遊ぶようになる。


「俺と椎葉は親の育児放棄、司は……事故のせいで身寄りがなくなって、市内の児童養護施設に預けられたっす」


 それは、予想もしていない昔話だった。

 椎葉の両親は、それぞれが相手を作って蒸発。彼を施設の前に残して立ち去ったらしい。

 佐藤君は、父親の暴力がひどく、近所の人の通報で警察沙汰になり、身の安全を確保するために施設に預けられることとなった。

 山岸さんは、家族旅行の帰りに事故に巻き込まれ……彼女だけが重傷ながらも助かった。


「最初はよそよそしかったっす。でも、俺達、どこか似てるんっすよね……いつの間にか一緒にいて、兄弟みたいに小学生を施設で過ごしたっす」


 転機は中学生に上がった頃。

 まず、椎葉。父方の祖父母が椎葉を引き取りたいと申し出て、彼もそれに応じた。

 次に佐藤君。父親から逃れた母親が、彼を引き取れるだけの力をつけて久那市へ戻ってきた。


「司は今でも施設から高校に通ってるっす。でも、空いた時間にパソコンの勉強をして、今では久那商業と久那工業の校内ネットワークシステムの管理を任されているっす」


 そして山岸さんは、自分で生きていくための術を着実に手に入れようとしている。


 そんな3人が『灰猫』の存在を知ったのは、中学校3年生の時だったとか。


「俺達が加入した時、『灰猫』っても活動してるのは数人で、メンバー同士の繋がりも希薄だったっす。むしろ『灰猫』はヤンキーの喧嘩に巻き込まれるってイメージで……新規加入希望なんて皆無だったんすよ」


 それを変えたのが山岸さんだった。

 彼女はまず、ネットワークを使ってメンバー同士の繋がりを密にした。

 そして……自分たちの役割を、『久那市を楽しい町にするための暗躍者』だと位置づけた。

 目的はあくまでも情報収集。扱う情報は真実のみ。危ないところへは決して一人では近づかない、何かあったらすぐに警察――未成年が逆らえない社会的権限――に頼る、これを徹底させたのだ。

 反発もあった。しかし、そんなメンバーをなだめすかして自分たちのペースに巻き込む……それが、2人の役割。


 この試みが功を奏して、スリルを求めるけれど喧嘩には巻き込まれたくない、という、今どきの若者をメンバーにとりこむことに成功した。

 そして同時に、大人の間での『灰猫』の信頼度をぐっと押し上げたのだという。

 今では彼らの情報を求め、色々な大人から頼られるようになった。

 それを成し遂げたのは――誰でもない、かつて大人に見捨てられ、大人を失った子ども。


「俺達はただ、この町で今度こそ楽しく学校に通いたいだけなんっすよ。それに……憧れるっしょ、こういう『正義の味方』っぽいことってさ」

 そう言った佐藤君の表情は、あどけなさの中に強い意志を持っていて。

「……よくやりますわね」

 ぽつりと呟いた絢芽の口元から、笑みがこぼれていた。

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