【外伝】予想外のプレゼント・フォー・ユー【香澄✕悠樹+絢芽】
「樋口、前髪が長すぎるぞ」
事の発端は放課後の生徒会室、対面で資料のファイリングを行なっている時のこと。
皆瀬君と稲月先輩は本日欠席。二人だけの室内で15分ぶりの声は……まさかのダメ出しだった。
自分でも薄々気がついてはいて……まぁ大丈夫かなと思って放っておいたんだけど……。
「えぇっと……そうですか?」
苦笑いで誤魔化そうと頑張ってみるけど……ダメだ、この生徒会長、クスリとも笑わないよ!!
奥村先輩は、狼狽えるあたしをじぃっと凝視して、
「校則では、目にかかったら切るか、ヘアピン等で止めるようになっているんだが……樋口はどちらを選ぶつもりだ?」
「そ、そうですねー……じゃあ、明日からピンで止めてきます!」
あたしは苦し紛れにこう答えた。美容室に行きたいところではあるけど、あたし、あの空気が苦手なんだよねー……何を喋っていいか分からないから、無言で雑誌を読むしか無いあの空気が!
そんなあたしを、奥村先輩は更に冷めた目で見つめて、
「……って、昨日も同じ事を言っていたことを覚えているか? 副会長」
はっ!?
昨日と全く同じやりとりが一瞬でフラッシュバックして、背中を冷や汗が滑り落ちていく。
そ、そういえば昨日、皆がいるところでも同じように注意されて、同じ答えを返したんだった!!
奥村先輩は同じ事を2度も言わせるのが嫌いだ。ほら、あの視線、冷たすぎて凍りそうです!
生徒会は模範であれ、過去にそんなことを言われた気もする。だから特に、見た目に関することは細かいのだ。皆瀬君がブラウスの下に色のついたシャツを着ていて、この場で着替えさせられそうになったのを稲月先輩と二人がかりで止めたことだってある。
こ、今回は……あたし、どんな目にあうの!?
「あ、あの、えぇっと、そのー……」
完全に狼狽えるあたしにため息を付いた奥村先輩が、無言で手招き。
こっちに来い、口に出さないのが逆に怖いんですよぉぉ!!
「あ、あのー……お説教ならここで聞きます……」
反対の手にハサミとか持ってるんじゃないだろうか……萎縮して首を横に振るあたしに、奥村先輩は嘆息しつつ、
「ハサミなんか持ってないから。ちょっと来い」
その言葉を信じて……あたしはヨタヨタと立ち上がり、先輩が指差す椅子――先輩の隣――に座った。
「こっちを向いてくれるか?」
指示通りに椅子ごと45度動かすと、奥村先輩と間近で向かい合う位置になった。
ヤバい……何、この近さ。拷問ですか?
20センチの距離。思わず両手を膝の上で握り締める。気恥ずかしいのと怖いのでよく分からなくなりそうで……視線が右往左往。
奥村先輩が何やらズボンのポケットに手を入れて何か探している。
「お、奥村先輩……何を……?」
「ん? そうだな……樋口、ちょっと目でも閉じててくれ」
「えぇ!? そ、そんな怖いこと出来ません!!」
全力で首を振るあたしを、先輩は少し意地悪な目線で見下ろし、
「いいから。これは会長命令だ」
「そんな特権知りませんよ!?」
半泣きになるあたしに、明らかに面白がった先輩が半笑いで言い返した。
「会長命令だ、副会長」
楽しんでるよこの人!? あたしの中で色々とくすぶっていた感情が……弾ける。
「あぁもう分かりましたっ! 好きにしてくださいっ!!」
覚悟を決めて目を閉じた。大丈夫、奥村先輩を信じよう、いきなり前髪をバッサリ切ったりなんてことはしない人……だと、信じたい……いや、信じる! こうなったら信じますから!!
刹那、前髪の上に気配を感じた。多分、奥村先輩が手を伸ばしてる。
そして……その手が、髪に触れたのがはっきり分かった。そして、何か……髪が引っ張られる感覚。おっかなびっくりというぎこちない手つきの作業が30秒ほど続き、
「……これでセーフ、かな」
うむ、と、満足そうに頷いた気配。そして、
「よし、目を開けていいぞ」
あたしが目を開くと……おお、視界が広くなっている。目線を上にあげてみると、前髪が半分より少し左側の位置で、ピンで止められていた。
ブレザーの胸ポケットからコンパクトミラーを取り出す。少しぎこちない位置であたしの前髪を止める赤と黄色のヘアピン。黒いヘアピンを想像していたあたしには意外な結果だ。
まさかコレ、先輩の私物?
「あ、あのー……このピン……」
「持って帰っていいぞ。その代わり、明日から忘れないこと」
「持って帰っていいって、でも……」
「いいから。華奈が使ってないやつを拝借したから、デザインが幼いかもしれないけどな。気に入らなかったら自分で何とかしてくれ」
なるほど、華奈ちゃんのピンだったのか。どうりでカラフルなわけだ。
「ありがとう……ございます……」
何とかお礼を搾り出す。今度、華奈ちゃんにも何かお礼をしないと。また、夕ごはんでも作りに行っていいだろうか。また、皆で押しかけたら……奥村先輩は、苦笑いで受け入れてくれるだろうか。
……あぁもう違う、こんなにしおらしいのはあたしじゃないっ!
泳いでいた視線を先輩に向けた。そして、普段のあたしになってきちんとお礼。
「……ありがとうございますっ! 大事にしますね。あと……以後、気をつけますっ!!」
今までよりも見えるようになった世界。そこで最初に見つめた奥村先輩は、実に満足そうな表情でうなづくのだった。
以下余談。これはまだ、あたしが知らない物語。
「あら、ようやく渡したんですのね」
河川敷にて『堕落者』の討伐が終わった夕刻、『焔』を片付けた奥村先輩に、絢芽が綺麗な笑顔で近づく。
「東原……あの時はありがとう」
「全くですわ。どうして貴方が樋口さんに渡すヘアピンの選定と代理購入に、私がお付き合いしなければいけないのか……しかも、渡すのに1週間以上かかるなんて」
「……チキン野郎で悪かったな」
「あら、誰もそんなこと言っていませんわ。ただ……」
「ただ?」
絢芽の視線が少し遠くを見つめる。その先にいるのは、戦いを終えて深呼吸をするあたしと、談笑する椎葉と雛菊。
風が、吹き抜ける。絢芽は髪の毛を抑えながら、ぽつりと呟いた。
「ただ……樋口さんが羨ましいですわ。だから、早くこの事実を教えて差し上げたいと思っておりますの」
「頼むから勘弁してくれ……」
あたしがこの事実を知るのには……また、もうしばらく時間がかかるのだった。